消費者物価指数(CPI)の減速を根拠とした株式市場楽観論は、12月2日に発表された11月分雇用統計の力強い数字によって打ち砕かれたようにも……。
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10月の米消費者物価指数(CPI)は市場予想を下回って前月比での減速が確認され、米連邦準備制度理事会(FRB)もタカ派姿勢を緩めるとの見方が広がったことで、11月の株式市場はおおむね楽観ムードに包まれた。
10月のCPIは前年同月比で7.7%上昇、前月の8.2%から減速し、6月に記録した前年同月比9.1%を最後にピークアウトしたようにも見える。
物価の安定はFRBが負う二大責務の一つであり(もう一つは雇用の最大化)、それゆえに物価上昇率が低下すれば、FRBはインフレ抑制を目的としたタカ派的な金融政策を後退させる可能性が高まる。
しかし、前年同期比7.7%という数字は、FRBが掲げる長期物価目標の2%をまだはるかに上回っており、FRBの幹部たちもその水準まで戻すことにコミットすると発言している。
そのように物価目標にこだわるFRBの姿勢を疑問視する投資家もいる。
まず、FRBはここまで過去数十年で最も急ピッチな利上げを実施してきており、あとはタイムラグを伴って表れる景気の反応を見極めてからにすべきとの意見は多い。
一方、反応を見る時間などなく、すでに手遅れとの意見もある。アナリストら市場関係者の多くは、ここまでの金融引き締め政策によって景気後退入りの日が差し迫っており、実際にそのような展開になれば、FRBは再び緩和に舵を切るしかなくなると考えている。
折しも11月30日、パウエルFRB議長が首都ワシントンのブルッキングス研究所で講演し、利上げペースを減速する可能性に言及。投資家たちはこの発言を、引き締め政策の終了もしくは方針転換と受けとめた模様で、同日のS&P500種指数は3%超上昇して引けた。
また、市場の利上げ織り込み度は、連邦公開市場委員会(FOMC)が直近4回の会合で決定してきた0.75%(75ベーシスポイント)より、0.25~0.5%(25〜50ベーシスポイント)の利上げ確率が上回った。
ところが、12月2日に発表された11月の雇用統計は、金融政策の早期緩和を期待する人々の期待に待ったをかける内容だった。
米労働省によれば、11月は非農業部門雇用者数が前月比で23万6000人増加し、市場予想の中央値20万人を上回った。失業率は3.7%で前月と変わらず、50年来の低水準を維持した。同日、株価はおよそ0.5%下落して引けた。
雇用市場の強さを示すこの数字は景気の底堅さを示唆しており、おそらくはFRBにタカ派姿勢の金融政策を継続して問題ないとのお墨付きを与えることになりそうだ。
株式市場には2023年も困難が待ち受けている
11月の雇用統計が発表された当日、米ウォール街の金融関係者の多くが、株式市場にとっては悲報だと口を揃えた。
金利上昇は最終的に消費者需要を圧迫し、企業の収益を毀損(きそん)する。また、国債や社債の利回りにも上昇圧力がかかるので(売り圧力)、よりリスクの高い株式銘柄の競争力が高まることになる。
米投資顧問会社RIAアドバイザーズ(RIA Advisors)の最高投資責任者(CIO)を務めるランス・ロバーツ氏はこう分析する。
「11月の非農業部門雇用者数を前月比5万人増、場合によっては前月比マイナスもあり得ると予想する人が相当数いました。もしそんな数字が出ていれば、FRBは確実に利上げサイクルを中止せねばならなくなるので、株式にとっては最高に素晴らしい展開になっていたでしょう。
しかし、実際に発表された雇用統計は市場予想を上回る雇用の伸びを示し、FRBは利上げを続けなければならない非常に苦しい状況に追い込まれました。12月に少なくとも0.5%(50ベーシスポイント)の利上げが行われるのは確実で、0.75%(75ベーシスポイント)になる可能性も完全には否定できません」
ロバーツ氏は、年末に企業の自社株買いが集中することや、年明け早々に年金基金からの資金が流入することから、S&P500種株価指数は1月中旬にかけて4100〜4200まで回復すると予測する。ただし、その後は再び3700前後まで下落して(10月中旬に記録した)年初来の安値に迫るとみる。現在の水準(12月5日終値は3999)から8%近く下げる計算だ。
米資産運用会社BMOウェルス・マネジメントのチーフ投資ストラテジスト、ヤンユー・マー氏も株式市場の雲行きは怪しいとみる。同氏は顧客向けメールで以下のように指摘する。
「株式市場はこの先、力強い雇用の伸び、賃金の伸びの加速、労働参加率の低下というトリプルパンチで苦しめられそうです。
11月30日のパウエル講演はハト派転換を示唆するものと市場から受け止められましたが、そうした色眼鏡のかかった解釈は雇用統計をベースに見直されることになるでしょう。タカ派にさらなる引き締めを促す数字であることは間違いありません」
米投資運用会社グレンミード(Glenmede)富裕層向け資産管理部門のジェイソン・プライド最高投資責任者(CIO)も、長期化する金融引き締め政策のリスクを指摘する。
「FRBは会合ごとの利上げペースを0.75%から0.50%に減速させるかもしれません。しかしその一方で、2023年に入っても利上げを継続する可能性があります。そのように金利の高止まりを長期化させるFRBのスタンスは、債券市場と株式市場の両方に水を差すことになるでしょう」
英投資運用会社ジャヌス・ヘンダーソン・インベスターズ(Janus Henderson Investors)のリサーチ部門責任者を務めるマット・ペロン氏も、BMOのマー氏が指摘するように、11月の雇用統計で示された堅実な賃金の伸びに懸念を表明する。
11月の平均時給は前月比0.6%増、前年同月比では5.1%増だった。賃金上昇が消費者の可処分所得を増やし、インフレを助長する役割を果たすことは言うまでもない。
「賃金の伸びは驚くほど堅調で、最近の(上昇基調の)トレンドを追認する形になりました。インフレ沈静化の観点から見ると、残念ながら一歩後退で、市場にとっては引き続き不安の種になるでしょう。数カ月前に比べれば良い方向に向かっているものの、まだ危機は脱していない、というのが実情です。
金融政策は引き締めが当面続く可能性が高く、長期化すればするほど、2023年の企業収益を圧迫することになります」
なお、米ウォール街のストラテジストやファンドマネージャーの中には、11月雇用統計の発表以前から、株式市場を待ち受ける難局に警鐘を鳴らしてきた人たちもいる。
米銀大手バンク・オブ・アメリカ(Bank of America)の米国株・クオンツ・ESG戦略責任者を務めるサビータ・スブラマニアン氏は、12月5日に開かれたウェビナーで、景気後退の影響が徐々に出てくる中で、年明けの株式市場は荒れ模様が予想されると語っている。
また米金融大手ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)のチーフ米国株ストラテジスト、デビッド・コスティン氏は、ソフトランディングを基本シナリオと位置づけながらも、2023年の投資判断は「中立」とし、S&P500種指数については年末目標を現在の水準に近い4000としている(同指数の底値は基本シナリオなら3カ月後に3600までの下落を想定)。