Long-Term Stock Exchangeのサイトよりキャプチャ
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
短期で売買を繰り返すトレーダーよりも、長期で応援してくれる株主と良い関係を築きながら会社を成長させていきたい——経営者の共通の願いではないでしょうか。そんな理想を実現すべくアメリカで立ち上がったのが「ロングターム証券取引所」です。こうした仕組みはうまくいくのでしょうか?
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株を長く持つほど議決権が増える証券取引所
こんにちは、入山章栄です。
10年ほど前ですが、『リーン・スタートアップ』という本が話題になりましたね。今回はその本の著者でシリアルアントレプレナーのエリック・リースが、2019年に創設した証券取引所の話題です。
BIJ編集部・常盤
入山先生、ロングターム証券取引所(LTSE:Long-Term Stock Exchange)というものをご存知ですか? 私も最近知ったのですが、この証券取引所の特徴は、より長く株式を保有しているほど議決権を与えられる仕組みになっていることです。興味深いと思いませか?
それというのも、イーロン・マスクがツイッターを買収してから、いろいろな騒動がありましたよね。ツイッターにとってこれが良いことだったかどうかは時の検証を経ないと答えは出ないでしょうが、私は「お金さえあれば会社を買って好きにすることもできてしまうの?」とちょっとモヤモヤしてしまいました。それよりもLTSEのように、長く応援してくれる株主ほど声が大きくなるという制度のほうが、会社にとって幸せなのではないか、と。
でもLTSEのサイトを見るかぎり、今のところLTSEに上場しているのは大手テック企業のAsanaとTwilioの2社のみ。LTSEのような動きは今後広がっていくのか、それとも限定的なものなのか。入山先生のご意見はいかがでしょうか。
僕はLTSEに詳しくありませんが、これは興味深いし、共感できるところがあります。
実は先日、ユーグレナの出雲充さんと対談をして、まさにこのテーマで話をしたばかりなんですよ。
ご存じのように同社はミドリムシで燃料や食料品をつくって、環境問題や食糧問題を解決しようとしている会社です。まさに「ミドリムシで世界を救う」ことを目指しているわけです。
僕は、いい意味で言っているのですが、これはある意味“宗教”に近いと考えています。繰り返しですが、これは悪い意味ではありません。それどころか最近、僕は「これからのいい企業は宗教に近づいていく説」を唱えているのです。
なぜなら、ユーグレナはまだ赤字だけれど、同社の理念に共感したある意味“信者”のようなステークホルダーに支えられてこの先伸びていく可能性があるからです。出雲さんも、環境問題に関心が高いミレニアル世代がビジネスの中心になる数年後には潮目が変わる、という見通しを対談でおっしゃっていました。
こういう会社に必要なのは、株主を選ぶことです。端的に言うと、「超短期思考の投資家には株を買ってもらわない」という作戦をとるのが一つの考え方になるでしょう。なぜなら、ユーグレナが達成したい夢は、どう考えても時間がかかる。1〜2年でできるものではありません。
でも、ユーグレナが目指す未来は長い目で見たらできるかもしれない。そのような会社の思想を本当に理解して、共感している人だけに株を買ってもらい、長期で保有してもらうのが理想のはずです。
しかし、これはユーグレナのことではありませんが、一般に日本の会社はこれまで政策保有株を多く持っていたこともあり、「本当に自分たちが買ってもらいたい株主に株を買ってもらう」という戦略がまだ弱い。いわゆるIR戦略というやつですね。その点ユーグレナはうまくいっていて、個人株主が7割だそうです。多くの個人株主の方は、ユーグレナの思想に共感しているのではないでしょうか。
余談ですが、個人株主が多いといえばカゴメもそう。全株式数の6割近くを個人株主が占めています。
BIJ編集部・常盤
へえ、それは多いですね。
カゴメはすごい会社ですよ。みんな野菜を信じている、ある意味で「野菜教」ですから。みなさん野菜と健康への思いがすごく強い。その思想に共感する方々が株を買っているはずです。
それはさておき、出雲さんとの対談でうかがったのですが、彼にはとても尊敬している経営者がいて、その方はまさに長期株主視点の人だった。ところがその人が「もっと短期で利益を出せ」というアクティビストからの圧力によって、クビになってしまったらしいのです。
それが出雲さんには本当にショックだった。そこで「サステナブルな事業に取り組む企業が上場できる証券取引所をつくれませんかね」という話に対談でなったのです。
BIJ編集部・常盤
まさに今日のテーマそのものじゃないですか。
そうでしょう? だから日本でもLTSEのようなシステムが求められているとも言えるのではないでしょうか。
今後は自社の社会における存在意義を重視する「パーパス経営」の会社が増えていくはずです。今はそういう会社をインパクト投資やESG投資などで支援するのが主流ですが、証券取引所の形でそれをするのも当然あり得る。ですから、将来的には日本にもLTSEのような取引所ができるかもしれません。
投資家も企業もメリットが少ない?
しかし問題はここからです。ではなぜLTSEには今のところ2社しか上場していないのか。
おそらく次の2つの課題があるのではないでしょうか。
まず「投資家がつかない」という課題。つまり現実の投資家の多くは上場株を長期で持つことにあまり魅力を感じていない可能性がある。これは想像ですが、機関投資家はセカンダリーマーケットなどで未公開株も買うことができるので、わざわざLTSEに投資する意味がないのかもしれない。それにやはりほとんどの個人株主は、やはり短期の売買に魅力を感じるデイトレーダーが多いのかもしれません。
そして2つめの課題は、もしかしたら上場する側にも意外とメリットが少ないのかもしれないということです。僕はLTSEの仕組みをちゃんと理解していないので、素人の意見だと思って聞いていただきたいのですが、要するに企業は上場することで資金調達したいわけでしょう。
BIJ編集部・常盤
そうですね、一番の目的はそこだと思います。
もしかしたらLTSEではIPOをしても、一気に株価が跳ね上がる可能性が低いのかもしれない。長期取引ですからね。以上のようなことを考えると、簡単にはうまくいかないかもしれません。
BIJ編集部・常盤
そうですね。証券取引所はマーケットなので、売り手も買い手も少ないと、どうしても魅力に欠けてしまいますよね。
ちなみに野田さんは、こういう長期の証券取引所についてどう思いますか?
BIJ編集部・野田
応援したいですが、株を買う人の気持ちとしてはまさに国債を買う、みたいな感じなのかもしれませんね。すぐには売れないし、値上がりも期待できないから、儲けようという気持ちでやるものではないのかも。
確かに国債や定期預金に近い感覚かもしれないですよね。株というのは、上場株であればいつでも現金化できることに価値があるわけで、それができないというのはかなり不自由ですね。
BIJ編集部・常盤
ただ、ここに上場していることによって、世の中に対して「うちの会社は長期で株を持ってくれる人と長く付き合いたいと思っています」というアピールはできますよね。まだ数は少ないとはいえ、こういう証券取引所に賛同する企業があるということを、私はポジティブに受け止めています。
そうですね。ちょっと厳しいことを言いましたが、僕もこういうに動きは大賛成です。別にいまの株式市場が常に偉いわけではないし、いろんな資本主義の形があっていい。今後もLTSEの動きに注目していきたいですね。
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入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。