ワールドカップ賞金総額、男女差「15倍」。米国サッカー連盟の新方針で30年超の闘いに訪れた「歴史的な節目」

ワールドカップ

米国サッカー界の男女賃金格差問題が大きく一歩前進した(写真は2019年女子ワールドカップ時)。

REUTERS/Denis Balibouse

11月29日、2022 FIFAワールドカップでアメリカがイランを下し、ベスト16に進むことが決まった。この瞬間、今回のワールドカップには参加してもいないのに、これまで得たことのない多額の賞金を手にしたチームがある。米サッカー女子代表チームだ。

このたびのワールドカップのトップ9位から16位のチームにFIFAが与える賞金1300万ドル(約17億8000万円)は、米国男子代表チームと女子代表チームの間で、650万ドル(約8億9000万円)ずつ等分に分けられる。これは、米国サッカー連盟の新たな方針に基づくものだ。

サッカー界の男女賃金格差問題に取り組んできた国は他にもあるが、「国際大会において男女どちらのチームが勝っても、その賞金を半分ずつに分ける」という方法を取り入れたサッカー連盟は、アメリカ以外にまだ例がない。

アメリカ国内でも、この方針は革命的なものと捉えられており、「今の時代にふさわしい」と称賛する声と、悪平等であるとして非難する声の両方がある。

30年以上の戦いの末に

2022年2月、長い間争われてきたサッカー界における訴訟がやっと合意に達した。

2016年に米国女子代表選手5人が、報酬や待遇で性差別を受けているとして米サッカー連盟を相手取って訴訟を起こした。それが発端となって2019年には集団訴訟に発展。28人の選手が制度的な性差別の存在を主張し、損害賠償や格差是正措置を求めた。

両者は2022年2月、男子と女子の代表チームに同一賃金を支払うことに同意し、選手側は2400万ドル(和解金2200万ドルに加え、女子サッカーの慈善活動・キャリア支援の基金200万ドル)を受けることとなった。合意内容には、トレーニング環境、移動手段などで男女の格差をなくすことも含まれている

中でも、ワールドカップや親善試合を含むすべての試合での報奨金も平等に分割されることは選手たちにとって非常に大きな勝利だ(後に述べる通り、男女ワールドカップの賞金レベルには大差があるため)。

この合意をもとに、今年5月には代表チームで活動する選手の報酬を男女同一にする内容の新たな労働協約(Collective Bargaining Agreement)の締結に男女それぞれの選手会と合意(2028年まで有効)、9月に正式な署名が交わされた。スポーツ界における男女賃金格差是正の試みとして歴史的な節目であると評価されている。

「Equal Play, Equal Pay」と書かれたボードを持つ女性

2019年の女子ワールドカップ準決勝戦では、男女の賃金格差是正を訴えるファンの姿も見られた。

REUTERS/Denis Balibouse

このたびの訴訟自体は6年間だったかもしれないが、米国女子代表チームが男子と同等の待遇を求める戦いは、1991年のワールドカップで女子チームが優勝した時から始まっていた。つまり、30年以上の戦いの末やっとここまでたどり着いたのだ、もっと早く是正されるべき問題だったという人々もいる。

ワールドカップはじめ試合の賞金を男女代表チーム合わせてプールし、両チームで半々に分けるという方法をとるのはアメリカが初めてだ。ただ、男女チームの賃金格差問題是正を求める声は、他国でも起きている。

10月10日付けのニューヨーク・タイムズの記事によれば、2017年にノルウェーのサッカー連盟が男女代表チームの賃金を平等にすると発表してから、ニュージーランド、ブラジル、オーストラリア、イングランド、アイルランド、最近ではスペイン、オランダなど数多くの国が同様の方針を取るようになっているという。

ただ、これらの国の多くにおいて「平等」の定義は、FIFAから与えられる賞金の「同じパーセンテージ」をボーナスとして男女代表チームに渡すという意味に留まっている。これには根本的に問題がある。男女のワールドカップの賞金レベルに、そもそもまったく桁違いの差があるためだ。

男女ワールドカップの報酬差

米サッカー女子チームが喜んでいる写真

サッカー米国女子チームは近年の世界的な大会のほとんどを制している(写真は2019年ワールドカップ優勝時)。

REUTERS/Bernadett Szabo

サッカー米国女子代表チームは、オリンピック金メダル(1996年、2004年、2008年、2012年)とワールドカップ(1991年、1999年、2015年、2019年)を4度ずつ制し(いずれも史上最多)、チャンピオンズリーグ(CONCACAF)で9回優勝した強豪で、世界で最も成功している女子代表チームとみなされている。

でも、このたびの米サッカー連盟の新方針のもとで女子代表チームが手にする650万ドルという金額は、これまでチームが得てきた賞金のどれよりも大きい。というより、女子チームが2015年、2019年のワールドカップで優勝した時に得た賞金の「合計」よりも多い

2015年のワールドカップでアメリカ女子チームが優勝して得た賞金は200万ドル、2019年は400万ドル、合計600万ドルだ。かたや今回、アメリカ男子チームは、トップ16に入った時点で1300万ドルを得た。今年のワールドカップの優勝チームは、4200万ドルを手にする。

男女のワールドカップの賞金のレベルは、そもそもまったく桁が違う。2019年の女子ワールドカップの賞金総額は3000万ドル(2015年はその半分の1500万ドルだったので、それに比べれば倍になった)。今年の男子ワールドカップの賞金総額は4億4000万ドル、つまり女子ワールドカップの賞金総額のおよそ15倍ということだ。

これに対しては、「男子ワールドカップの方が視聴者も多く、スポンサー企業も多いのだから当たり前」という意見もあるだろう。FIFAによると、2019年の女子ワールドカップの視聴者数は11億2000万人、2018年の男子ワールドカップの視聴者数は35億7200万人ということなので、確かに男子の方が3倍近くの視聴者を得ている。

CNNの人気キャスターであるドン・レモンは番組の中で、

「こんなことを言うとみんなから非難されると思うが、男子チームの方が稼ぐんだから、彼らの方が多く報酬をもらうべきなんじゃないか。世の中のより多くの人は、男子のスポーツに興味がある。だから、男子スポーツの方が稼ぐ」

と発言、より稼ぐスポーツがより多く報酬を得るのは資本主義的に考えて当然のことではないかと述べた。その後、批判を予期してか「自分は性差別主義者ではない」と言ったが、これはSNS上で物議を醸すこととなった

レモンのような意見を言う人は決して少なくないし、SNS上でもしばしば目にする。私の知人でも、こんなコメントを送ってきた人がいた。

「アメリカ女子代表チームは、男子チームと同じレベルの収益を生み出していない。彼女たちがいくら多くの試合に勝とうが関係ない。関心が低ければ、視聴者の数も少なく、収益も低くなる。よって賃金も低くなる。彼女たちの商品は、男子チームのそれよりも収益性が低い。それだけ」

成功するチャンスすら与えられていない

「男子チームと同じレベルの収益を生み出していない」というポイントについては、先のレモンの番組で、同僚の女性キャスターがこう述べていた。

「大手メディア、大手テクノロジーや広告企業が、女子スポーツをもっと流し、人々にもっと女子スポーツを見る機会を提供しない限り、平等にはならない。女子スポーツはいろんな意味で十分な機会を与えられていないし、十分な投資も受けていない。それでは成功するチャンスすら得られない」

「男子スポーツのほうが世間の関心が高い」というのは、よく言われることだし、ほとんどのスポーツはそうかもしれない。

ただアメリカでは、伝統的に、バスケットボール、アメフト、野球などのほうが人気スポーツで、男子サッカーの人気は比較的最近の現象だ。今でこそ男子代表チームも上位に食い込むようになってきているが(男子は2018年ワールドカップ出場を逃している)、世界的には女子チームの方が長い間その実力を認められ、注目を浴びてきた。

米サッカー女子チームに向けられた歓声

女子ワールドカップを制してニューヨークを凱旋する選手たち。アメリカのサッカーは男子より女子のほうが活躍が目立つため、その分ファンも多い(2019年撮影)。

Word City Studio / Shutterstock.com

5月のワシントン・ポストの記事によれば、2015年の女子ワールドカップの決勝戦は、男子女子問わず、アメリカ史上最も視聴者が多いサッカーの試合だったという。NBAバスケットボールの決勝戦よりも多くのアメリカの視聴者が見たというのだからすごい。

この時、サッカー連盟が得た収益は2000万ドル跳ね上がった。しかしそれでも連盟は、食事の日当ひとつとっても、女子には60ドル、男子には75ドルという差別を続けていたという。

また近年では、収益面でも女子が男子を上回っているというデータも出ている。2019年のウォール・ストリート・ジャーナルによると、2016年から2018年の間に女子代表チームが約5080万ドルの収益を米サッカー連盟にもたらしたのに対して、男子代表は4990万ドルと100万ドルほど少ない。

それなのに報酬を比較すると、1年間に20の国際親善試合を行い全勝した場合の当時の報酬は、男子が平均26万3320ドル(1試合あたり1万3166ドル)であったのに対し、女子は最大9万9000ドル(同4950ドル)という差がみられた。これは2019年の訴状でも述べられている内容だ。

このたびの米サッカー連盟の新方針を知った時、私が感心したことの一つは、これに男子代表の選手会も理解を示し、女子選手たちの「Equal Pay, Equal Play」(同じプレイには同じ報酬を)という主張をサポートしたということだ。性別を超えて、同じスポーツに取り組む者としての連帯感もあっただろうし、自分たちのスポーツの将来のためには、こうすることが合理的で正しいと考えてのことだろう。「男女力を合わせて、アメリカにおけるサッカーというスポーツのパイを大きくし、盛り上げていこう」という意志が感じられる。

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