天の川銀河の「巨大ブラックホール」が示す新たな問い:物理学者が語る

天の川銀河。地球は天の川銀河の円盤上に位置しているため、夜空に浮かぶ天の川銀河の姿は、銀河の円盤上から中心方向を見ているようすだ。

天の川銀河。地球は天の川銀河の円盤上に位置しているため、夜空に浮かぶ天の川銀河の姿は、銀河の円盤上から中心方向を見ているようすだ。

Denis Belitsky/Shutterstock.com

私たちの住む地球は、無数の星々からなる「天の川銀河」の“はずれ”に位置しています。では、天の川銀河の中心には、一体何があるのでしょうか?

天文学者たちの長年の研究によって、銀河の中心には巨大な「ブラックホール」が存在すると考えられています。

国際共同研究プロジェクト「イベント・ホライゾン・テレスコープ」(Event Horizon Telescope:EHT)では、2022年5月11日、世界で初めて天の川銀河の中心にある巨大ブラックホール「いて座A*」(Sagittarius A*、Sgr A*)の姿を捉えた画像を発表しました。

この発表は、2022年に発表された天文学に関する成果の中でも、とくに注目度の高かったテーマの一つではないでしょうか。

EHTの理論作業班のコーディネーターをしている水野陽介氏が、このいて座A*のブラックホール画像から何が分かり、これから先、ブラックホールの研究がどのような展開を迎えるのか、解説します。

天の川銀河の中心には何があるのか

記者会見の様子

2022年5月に都内で開催された記者会見。筆者(水野)は上海で長期の隔離封鎖にあう中、アパートから中国の記者会見にオンラインで参加していた。

撮影:三ツ村崇志

天の川銀河は、私たちにとって特別な銀河です。その「中心」には一体何があるのか、これまでに多くの観測が行われてきました。

1990年代初頭には、天の川銀河の中心に位置する、いて座A*の周りを回る星の軌道を基に、いて座A*の重さが実に太陽の約400万倍であると計算されました。この研究から、天の川銀河の中心には「コンパクトな重い天体」があることが示され、2020年にはノーベル物理学賞に輝きました。

このように、EHTの観測前から天の川銀河の中心には巨大な「高密度天体」が存在することは分かっており、その正体は「おそらくブラックホールだろう」と考えられていたのです。

ただ、その直接的な証拠はこれまで見つかっていませんでした。

ブラックホールであることを直接的に確かめるには、やはり実際に見る(観測する)しかありません。

しかしブラックホールは、光さえも逃げられないほど強い重力をもつ天体です。そのため、ブラックホールの存在を直接確かめるには、ブラックホールの周囲に存在する高温の「プラズマガス」から放たれた光によって生み出される、「ブラックホールの周囲を縁取る光の輪」を観測する必要がありました。

2019年にEHTが発表した「M87」の画像は、その姿を世界で初めて観測したものでした。

観測を難しくした3つの困難

ブラックホールの写真

天の川銀河中心のブラックホールの画像(左)と、2019年に発表したM87のブラックホールの画像(右)。

画像:EHT Collaboration

EHTでは、M87に加えて、天の川銀河の中心にあるいて座A*を初期の観測対象としていました。実は、どちらの天体も2017年4月に観測を実施しています。

ただ、M87のブラックホールの画像を公開したのは2019年4月。一方、いて座A*の画像を公開したのは2022年です。M87の発表から3年も間が空いたのには理由があります。

実は、いて座A*の画像を取得する上で、3つの大きな困難がありました。

1つ目の課題は、宇宙空間に存在する塵(ちり)やダストと呼ばれる細かい物質(星間物質)による「散乱」でした。

地球と天の川銀河の中心の間には無数の星間物質が存在しています。この星間物質が、「ブラックホールの周囲を縁取る光の輪」から放たれた光を四方八方に散乱させ、普通に観測してもぼやけてしまうのです。

また、画像化を難しくする2つ目の要因として、天体の「時間変化」という問題もありました。

いて座A*の中心天体(ブラックホール)の重さは、太陽の400万倍と巨大とはいえ、M87の中心天体に比べると約1000分の1程度と非常に軽いことが分かっていました。ブラックホールの大きさは重さで決まるため、いて座A*のブラックホールはM87に比べて約1000倍小さいことになります。

小さいブラックホールを覆うプラズマは、その周囲を数分から数十分程度で周回します。しかしEHT の観測にかかる時間は約10時間。これでは、素早く動いているものを長時間シャッターを開けて撮影したときのように、ぼやけた写真しか撮影することができません。

資料

画像:EHT Collaboration

加えて、画像化を難しくした3つ目の要因として「観測データ点」が少なかったことも挙げられます。これは、M87の画像化のときにもあった難しさです。

EHTでは、地球上にある複数の電波望遠鏡をつなぎ、一つの巨大な望遠鏡のようにして観測をしています。ただ、EHTの観測網はまだまだ粗く(データ点が少なく)、画像を簡単に復元することができませんでした。

例えるなら、所々音符が抜けた楽譜を見て、元の曲を再現するようなものでした。

ぼやけた画像から鮮明なブラックホールの姿を探し出す

ブラックホールの画像

史上初の天の川銀河中心のブラックホールの画像。

画像:EHT Collaboration

いて座A*の画像の公開がM87から3年後に遅れたのは、この3つの困難をそれぞれ解決するために時間がかかったためでした。

私たちはまず、波長の長い3ミリメートルの電波の観測データを基に、散乱の特徴を推計。EHTの観測データから差し引きすることで、星間物質による散乱の影響を解消しました。

また、時間変化の影響を解消するために、ブラックホール周りでのプラズマの運動を再現する現実的なシミュレーションによって、いて座A*の構造の時間変化をモデル化。そこから予測される時間変化分の観測データ(ぼやけた画像データ)を「ノイズ」(データの誤差)と捉えることで、時間変化の影響を弱めました。

この画像復元の過程では、再現した画像が特定の解析手法の影響を受けていないことを確認するために、4つの異なるソフトウェアを使用しています。そのうちの一つが日本のメンバーが主導して作成したソフトウェアでした。

一番もっともらしいブラックホールの姿は?

ブラックホールの画像

画像一番上がさまざまな模擬観測データの実際の構造。2段目以降はそれぞれの模擬観測データから画像化ソフトウェアによって復元された画像。これで、模擬観測データから正しく画像を再現できそうなパラメーターが決定された。

画像:EHT Collaboration

観測データからブラックホールの画像を復元するには、決めるべきパラメータが多数あります。ソフトウェアでは、一番もっともらしいパラメーターの組み合わせを見つける必要があります。

解析ではまず、事前に観測したデータと似たような特性(散乱や時間変動の効果)を持つ「構造が分かっている模擬観測データ」を用意しました。その後、画像化ソフトウェアを使い、約20万通りのパラメータの組み合わせから模擬観測データの構造を再現できる組み合わせを約1万通り選び出し、EHTが観測したいて座A*のデータから1万パターンの画像を復元しました。

ただ、復元した画像はさまざまな構造をしていました。これでは、何が本当の構造を表しているのか分かりません。そこで私たちは、復元した1万点の画像を、リングの有無と、リング上の明るい領域の位置に応じて、4つのグループに分類しました。

記者会見の様子

復元されたさまざまなブラックホールの画像。2022年5月の記者会見の様子。

撮影:三ツ村崇志

このうち約97%の画像でドーナツ状の明るいリング構造が再現されました。残り約3%の画像からは「リングではない画像」が得られましたが、いくつかの要因を調べていく中で、EHTの観測データの不足が原因ではないかと結論付けられました。

研究チームとしては、いて座A*にはドーナツのような明るいリングが存在することはほぼ間違いないことだと考えています。

ただ、2019年に発表したM87の画像では、リングの下側が明るくなっていた一方で、いて座A*の画像ではリング上の明るい領域がうまく定まりませんでした。これは「いて座A*の構造が短い時間で変化しているため」だと考えています。

短い時間で変わる構造を正確に捉えるには、観測データの不足分を補うより密な観測網と時間発展も復元できる解析手法の確立が必要です。

これを実現するには、画像の撮影から動画撮影へ、観測をステップアップする必要があります。これはEHTの次の目標の一つであります。

天の川銀河の中心にあるブラックホールから何が分かったのか

ブラックホールの写真

天の川銀河中心の巨大ブラックホール いて座A* (SgrA*)の電波観測画像。いて座A*は太陽系から約2万7000光年の距離にある。

画像:NASA/JPL-Caltech/ESO/R. Hurt(天の川銀河の想像図)、Cho et al.(EAVNの画像)、EHT Collaboration(EHTの画像)

私たちの住む天の川銀河の中心にあるブラックホールの画像がこうして得られたわけですが、ではここからいったい、何が分かったのでしょうか。

物理学(一般相対性理論)では、ブラックホールの特徴(性質)は「質量」、「回転」、そして「電荷」の3つで決まります。ブラックホールは基本的に電気を帯びていない(電荷がない)ので、私たち物理学者は「質量」と「回転」の2つに注目しています。

ブラックホールの質量はブラックホールの「影」の大きさから、そして、ブラックホールの「回転」は影の歪みから見積もることができます。

EHTで観測されたいて座A*までの距離は、約2万7000光年。約リングの直径は約6000万キロメートルでした。これをもとに「影」の大きさを計算すると、ブラックホールの質量は太陽の約400万倍であることが分かりました。

この値は、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のアンドレア・ゲズとマックス・プランク地球外物理研究所のラインハルト・ゲンツェル率いる2つのグループが星の軌道を基に推定されていた値とピッタリ一致していました。

では、影の「歪み」はどうでしょう。

天の川銀河の中心にあるブラックホールは、その回転軸も天の川銀河と同じだと考えられていました。つまり、天の川銀河の「円盤の上」にある地球から中心を見ると、ブラックホールを「真横から見た」画像が得られているだろうと考えられていました。

もし本当にブラックホールを「真横」から観測していた場合、ブラックホールの影は変形するはずです。

しかし、私たちが復元したいて座A*の画像はほとんど変形がみられませんでした。

これは、ブラックホールを真横からではなく、回転軸方向から見ているからだと考えられます。今回得られた画像の結果をそのまま信じると、天の川銀河の中心に存在するブラックホールは、天の川銀河の上で40度以上傾いているということになります。

これは、天の川銀河が過去に他の銀河と衝突した可能性を示唆する結果であり、天文学者たちにとっては驚きでした。

まだ不完全なモデル。残された「未知」を探して

ブラックホールから「ジェット」が吹き出すイメージ。

ブラックホールから「ジェット」が吹き出すイメージ。

画像:NASA/JPL-Caltech

天の川銀河の中心に存在するブラックホールは、私たちにとって特別な天体であり、過去に多くの観測がなされています。

私たち理論作業班は、大規模シミュレーションによって、今回復元されたブラックホールの姿や、これまでの観測結果をうまく説明するためのブラックホールの理論モデルの検証を進めています。

しかし、あらゆる検証を経て分かったのは、私たちの用意した理論モデルがまだ不完全であるという事実でした。

少なくとも、私たちが考案したモデルでは、観測結果の大半をうまく説明することができています。しかし、どうしてもうまく説明しきれない「時間変化する電波」が残されていました。時間変化する電波は理論モデルより観測の方が「穏やか」だったのです。

こういった謎を解明するためにも、より細かい時間変化を観測できる動画の撮影が期待されています。

EHTは2017年以降も、観測に参加する望遠鏡の数を増やしながら観測を続けています。

2018年、2021年そして今年3月に、いて座A*とM87を再び観測しており、私たちの手元には解析待ちの観測データがたくさん残っています。

これから先、まずやらなければならないことはドーナツ状の構造が、再確認できるかどうかの検証です。これが分かって初めて、私たちは本当に銀河の中心に変わらず存在するブラックホールの影を見ていると確信できることになります。

また近いうちにEHTの新しい結果をお見せすることが出来るでしょう。それまで、楽しみに待っていてください。

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