第10回全国裁判官会議に出席するロシアのプーチン大統領(2022年11月29日、ロシア・モスクワにて撮影)。
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ロシアがウクライナに侵攻したのは、およそ10カ月前、2月24日のことだった。この状況を受けて、欧州連合(EU)の執行部局である欧州委員会は、3月8日にロシア産の化石燃料からの段階的な脱却を目指す戦略「リパワーEU」を発表した。
そして、EUは石炭、石油、天然ガスといった化石燃料について「脱ロシア化」を目指すことになった。
エネルギ−の「脱ロシア化」が戦争継続を難しくさせる?
ロシア侵攻初期の戦闘で大きな被害を受けたウクライナの町ホストメルにて。バンクシーの作品とされるグラフィティ。この絵はその後、12月2日に壁を剥がす形で剥ぎ取られ、容疑者らが拘束された。
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ロシア産の化石燃料の最大の需要家であったEUがその利用を手控えれば、ロシア経済に大きな打撃を与えられる。
その結果、「戦争の継続」を難しくすることができる。
さらにEUにとっては、ロシア産の化石燃料の利用を削減すれば、安全保障上のリスクを軽減することができる……以上が、EUが「脱ロシア化」を目指した主な理由だ。
EUによる化石燃料の「脱ロシア化」の取り組みは、石炭や石油は比較的容易だ。しかし、天然ガスはそのロシア依存度の高さから難航すると予想された。
EU統計局(ユーロスタット)によれば、2020年時点でEUの天然ガスの総供給量のうち、ロシア産の天然ガスが占める割合は34.4%だった。特にドイツでは、その割合が62.4%にも達した。またEUの場合、ロシアから天然ガスの多くをパイプライン経由で輸入していた。
したがって、EUはロシア以外の国から液化天然ガス(LNG)の輸入を増やそうにも、再気化のための設備が不足しており(編集部注:LNGはタンカーなどで運んだ後、気体に戻す必要がある)、十分な量を受け入れることが不可能な状態だった。このこともまた、天然ガスの「脱ロシア化」を困難にさせると予感させた。
こうした困難を抱えつつも、EUは(1)使用量の削減と(2)調達先の多様化という二本柱を掲げて、天然ガスの「脱ロシア化」に向けた取り組みを進めてきた。
数字で見る、EUの「脱ロシア化」の現状
ドイツ・ルブミンの工業地帯にある、「ノルドストリーム1」の施設(2022年8月30日撮影)。
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EUはこの間に、天然ガスの「脱ロシア化」をどのくらい進めることができたのか。ユーロスタットが公表する天然ガスの消費・輸入データから簡単に分析してみたい。
天然ガスの使用量は10%減少
まず「(1)使用量の削減」はどれくらい進んだのだろうか。図1は、EU27カ国の天然ガスの使用量の推移を、その主な調達手段別に確認したものだ。9月時点の天然ガスの使用量は、年率換算値で370BCM(BCM:十億立方メートル)程度だった。2021年通年の使用量が410BCM程度だったため、約10%の使用量が減少したことになる。
顕著な動きとして、ロシアがウクライナに侵攻した2月以降、EUが天然ガスの在庫を増やしていることがある。冬季を見越してEUが天然ガスの備蓄に努めてきたことが、この動きから確認できる。
ある程度の天然ガスを備蓄できたため、今冬のヨーロッパは厳冬にならない限り、ガス不足をどうにか免れることができそうだ。
(注)Tramo-Seats法で季節調整を施した3カ月後方移動平均値。
(出所)ユーロスタット
また純輸入(輸入−輸出で算出)も増加し、2022年1〜9月期は前年同期比5.3%増となった。純輸入が増えた理由は、輸出の急減(同14.9%減)にある。ヨーロッパ内で天然ガスの需要が高まったことで、輸出が急減したためと推察される。一方、輸入も減少(同4.4%減)したが、これは主に、ロシアからのガス供給が減少した影響を受けたものだ。
EUからの経済・金融制裁に反発するロシアは、ドイツとロシアを結ぶガスパイプライン「ノルドストリーム」の稼働を止めるなど、ヨーロッパ向けのガスの供給を絞り込んでいる。LNGの受け入れ能力に限界がある中で、ロシアからのガスの供給の減少が輸入の減少につながった形だ。そうした状況の下で、EUはガスの備蓄に備えてきた。
冬季に入り、ヨーロッパは天然ガスの本格的な需要期を迎えている。ガスの消費量は2023年の初めまで増加せざるを得ないが、EUは備蓄してきたガスの利用でそれを乗り切ろうとしている。
とはいえ厳冬となれば、備蓄してきたガスは早期に枯渇することになる。仮に乗り越えても、2023年以降も冬季を見据えた戦略的な備蓄に努める必要がある。
着実に進んだロシア産天然ガスの代替
次にEU27カ国の天然ガスの輸入量を、主な調達先別に確認したい(図2)。
顕著な動きとして、2022年の半ば以来、ロシアからの天然ガス輸入量が激減している。この間、ロシアからの天然ガス輸入量は、年率80BCM程度から同50BCM程度まで約4割減少した。ロシアが天然ガスの供給を意図的に絞り込んだ結果だ。
(注)3カ月後方移動平均値。Tramo-Seats法で季節調整を施した。
(出所)ユーロスタット
またウクライナからの天然ガス輸入も減少している。
ロシア産の天然ガスをヨーロッパにパイプラインを通じて送る際、ウクライナは主要な経由地の1つとなる。ロシアは5月以降、ウクライナを経由したヨーロッパへの天然ガスの供給を絞りこんでいるが、ウクライナからのガス輸入の減少はそのことを反映した動きと考えられる。
他方でEUは、ノルウェーや英国からガスの調達を増やしている。これは主にパイプラインを通じて行われる。そのほかにも、再気化のための施設が不足しているにもかかわらず、EUはLNGの輸入を可能な限り増やしてきたようだ。例えば米国を筆頭に、カタールやアルジェリアなどからの天然ガスの輸入はLNGによって行われている。
まとめると、2022年1月から9月までの9カ月間で、EUがロシアから輸入する天然ガスの量は年率で約37BCM減少し、またウクライナからの輸入量は約23BCM減少した。
他方で、この2カ国以外の7カ国からのガスの輸入量は約67BCM増加した。つまりEUは、ロシア産の天然ガスの供給減を、ロシア以外の国々から輸入増で補うことができたわけだ。
「脱ロシア化」進めても、そう簡単にロシアと手は切れない事実
2019年12月、フランス・パリで首脳会談にのぞんだドイツのメルケル首相(当時)、フランスのマクロン大統領、ロシアのプーチン大統領。2年2カ月後のロシアのウクライナ侵攻によって、こうした距離感で対話することは難しい情勢になった。
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ヨーロッパの天然ガスの価格(図3)は10月下旬に大幅な下落を記録したが、それはロシア以外の国々からの天然ガスの輸入量が増えたことなどで、需給が緩んだことを反映した動きだと考えられる。しかし天然ガスの価格は11月に入って再び急上昇しており、ヨーロッパのガス需給が依然として不安定なことを映し出した。
ヨーロッパ天然ガス価格の週次データ。
データ出典:Bloomberg
2023年以降もEUは、LNGの輸入を増やすために再気化のための施設の整備を進めることになる。
また北アフリカや西アフリカの産油国との間にパイプラインを整備し、天然ガスの輸入を増やす計画を進めている。さらにアゼルバイジャン産の天然ガスを、トルコを経由で輸送するパイプラインも開通しており、中東欧諸国との接合を急いでいる。
EUの立ち位置が難しいのは、こうした天然ガスの「脱ロシア化」を進めても、ロシアからの天然ガスの輸入も当面は継続しないと、ヨーロッパ経済が立ち行かないことだ。
それがEUにとっては泣きどころであり、ロシアにとっては攻めどころでもある。EUとロシアのせめぎ合いが続くため、来年のヨーロッパのガス価格も不安定となろう。
そしてヨーロッパの不安定な天然ガス価格は、ヨーロッパ経済の圧迫要因となるだけではなく、東アジアのガス価格の上昇圧力となり、日本にも悪影響を与えると懸念される。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です