Jemal Countess / Stringer
マーク・ベニオフ(Marc Benioff)は後継者を失った。
セールスフォース(Salesforce)は11月30日に実施した四半期決算発表の場で、ベニオフの後継者と見られていたブレット・テイラー(Bret Taylor)が退任する予定だと発表した。ベニオフとの共同CEOに就任してからちょうど1年での降板となった。
それ以来、同社経営幹部の流出が止まらない。セールスフォースとその子会社からトップ幹部5人が退任すると発表したのだ。なかでも気になるのは、スラック(Slack)のCEOであるスチュワート・バターフィールド(Stewart Butterfield)と、タブロー(Tableau)のCEOであるマーク・ネルソン(Mark Nelson)だ。彼らが退任を発表したのはテイラーのわずか数日後だった。
幹部流出の原因はどこにあるのか。社内関係者たちは、昨今の経済後退局面へのベニオフの対応の仕方が原因だと見ている。コロナ禍に好調だったセールスフォースの業績見通しが翳りを見せるなか、ベニオフは側近幹部を遠ざけ、社員には成果を上げろと圧力を高めることで支配力を強めている。
テイラーをはじめ複数の経営幹部が退任を決めたことで、セールスフォースは危機に立たされている。同社はこれまでもベニオフの後継者問題を解決しようとたびたび試みてきたが、本人に経営トップの座を明け渡すつもりがなく、加えて景気後退が迫っているとあって、ベニオフは影響力を高めつつある。
ベニオフに近しい関係者はInsiderの取材に対し、「今は市場が厳しいので、マーク(・ベニオフ)はまるで会社を完全に掌握しているかのように振る舞っている」と話す。ベニオフはテイラーの管轄下にあった事業にも干渉し始め、営業チームへの圧力を高めているという。
以降では、匿名を条件にInsiderの取材に応じた12人の現社員と元社員(身元確認済み)の証言をもとに、セールスフォースの社内でいま何が起きているかを探る。なお、セールスフォースにもコメントを求めたが回答は得られなかった。
逆風の中で圧力を高めるベニオフ
セールスフォースの経営幹部は四半期ごとに世界各地で会議を開き、人員配置から同社の多種多様なプロダクトに至るまで、事業の見直しを行っている。だがこれらの会議の場は最近、まるでベニオフがセールスの幹部を裁く“法廷”のような有様だとある社員は言う。
この会議に出席している関係者いわく、幹部たちは自分のチームの業績を弁護し、目標を達成できていなければ謝罪して悔悟の念を示さなければならないのだという。
「何四半期かこういうことが続いたら会社を去ることになっているんです」(同関係者)
コロナ禍はセールスフォースにとって追い風となったが、それ以降、通期売上の見通しを5月に示した約310億ドルから約300億ドルへと下方修正した。株価も下落し、昨年同時期の半値で取引されている。
ベニオフは営業チームがセールスフォース復活のカギだと見ている。
四半期ごとの会議に出席した前出の関係者は、ベニオフは営業部門が同社の成長の最大の牽引力だと見ているとして、次のように話す。
「販売が振るわないと彼はとても苛立つんです。みんな業績に一喜一憂していますよ」
最近会社を退職した元社員によると、ベニオフは営業幹部に対しては常に高い成長を期待してきたという。「マークがこれまで営業幹部を辛抱強く育ててきた実績を見たら、その人数に驚くと思いますよ」とこの関係者は語る。
セールスフォースは2022年11月、社員数百人を対象に人員削減を行った。営業部門に所属していた元社員によると、削減人員の大多数は営業部門の社員で、過去6四半期に大きな契約を取ってきていない社員が標的とされたという。
社内では、12月にさらなる人員削減が行われるとの噂が飛び交っている。
営業チームに残った社員も、一部の社内関係者が言うところの「非現実的な新しい指示」に従わなければならない。例えば、休暇シーズン中も毎日対面で会議をすることしかり、オフィス出社の指示に従うこと(ベニオフは表向きは「在宅勤務も生産性は変わらない」と発言しているのだが)しかりだ。
こうした圧力の多くは、アクティビスト投資家のスターボード・バリュー(Starboard Value)と関係があるのではと推測する社員もいる。というのも、同社がセールスフォース株を大量取得したことが明らかになったのは10月のことだったが、その直後に人員削減が行われたからだ。この事情に詳しい人物の話では、スターボードは2022年夏にセールスフォースの幹部数人と初めて接触して以来、コスト削減策を要求しているのだという。
こうした変化からもセールスフォースのカルチャーが大きく変わりつつあることが見て取れる、とある社員は言う。
かつては世界屈指の「働きがいのある会社」とも評された同社の受容的な「オハナ(Ohana:「家族」を意味するハワイ語)」カルチャーは、評価基準とセールス目標を容赦なく優先するカルチャーへと置き換わりつつある。最近の人員削減についても社内では「業績マネジメントの一環」と言われているというが、適切な表現かもしれない。
しかし、ベニオフはテイラーの退任発表を受けて発信した社員向けのメッセージの中でさえ、営業チームの重要性を強調していた。
「社内の全員が協力して営業チームをサポートし、第4四半期に素晴らしい業績を上げること。この一点に集中することが、これまで以上に必要です。これこそが最優先事項なのです」とベニオフは記している。
共同CEO体制の失敗
ベニオフは営業幹部に圧力をかける一方で、最高幹部に対する支配力を強めつつある、とベニオフに近い複数の人物は明かす。
Insiderが社内組織図を確認したところ、同社の主要5部門(財務、オペレーション、エンジニアリング、人事、マーケティング)を統括するトップ幹部10人はブレット・テイラーの配下となっていた。一方ベニオフの配下には、慈善事業を担当する幹部、諮問機関議長、「信頼と安全」の担当者などが含まれる。
しかしベニオフに近い関係者によると、共同CEO体制はうまくいっていなかったという。
「決められた自分のレーンからはみ出してお互いの領分を侵食し合っているんですから、そりゃうまくいきませんよ。そういったことが積み重なって一つの結末を迎えたわけです。若いほうが退任するというね」(ベニオフに近い関係者)
ベニオフとテイラーは企業経営の基本的な部分でも意見が合わなかった。テイラーが気にするのは収益性だがベニオフは成長だ、とある関係者は言い、「ウォール街は営業利益を大幅に改善するよう求めてきたし、ブレット(・テイラー)の関心もそこにあった」と続ける。
セールスフォースの共同CEO体制に軋みが生じたのはこれが初めてではない。
ベニオフに近い関係者によると、セールスフォースの元共同CEOであるキース・ブロック(Keith Block)が2020年に退任したのは、ベニオフと揉めたからだったという。当初の計画ではベニオフが18カ月だけCEOに留まってからブロックが単独CEOになるはずだったのが、ベニオフがなかなか退任しなかったのだ。結局、ベニオフは幹部数人に対し、ブロックではなく引き続き自分の下につくよう求めた。
「キースにつくかマークにつくかの二択でした。彼らは表向きは『私たちは以心伝心だ』とかなんとか言って親密さをアピールしていましたが、裏では喧嘩していましたよ」(ベニオフに近い関係者)
決定的だったのは、ベニオフがブロックに何の相談もなしに、ベニオフ派だったテイラーをCOOに就任させようとしたことだ。結局、ブロックは単独CEOに就任することなく、退任の道を選んだ。
後継者問題ふたたび
このたびのテイラーの退任はブロックの時ほど険悪なものではない。2人に近い関係者は、ベニオフは「本当にショックを受けて動揺している」と話す。ベニオフは直近の四半期決算発表の際、テイラーに向けてこう熱烈に訴えた。
「ブレット、私たちは心から君を愛している。君の家はここだし、私たちも何とかして帰ってきてもらおうと頑張るつもりだ。生きて出られるなんて思うなよ、無理だから」
テイラーはツイッター(Twitter)がイーロン・マスクに買収されるまで同社の取締役会会長も務めていたが、その買収騒動に対処しながらセールスフォースを経営しようとして燃え尽きてしまったのもあったのだろうと、テイラーに近い関係者は言う。「ツイッターの買収騒動は彼にとって、思いのほか堪えたようです」
テイラーが退任するということは、セールスフォースは彼の後任を見つけるだけでなく、いずれはベニオフの後任も見つけなければならないということだ。最近退職した元幹部社員は次のようにこぼす。
「ベニオフの後継者問題がようやく片付いたと思った矢先にテイラーの退任ですからね。あれほどの力量を持ってセールスフォースの主だった事業を経営できる人物を見つけるのは相当大変だと思いますよ」
ベニオフにしろテイラーにしろ、その後継者になりうる人材はセールスフォース社内にはあまりいない、とは複数の社内関係者の意見が一致するところだ。社内では、最高財務責任者(CFO)のエイミー・ウィーバー(Amy Weaver)がテイラーの後を継ぐのではと推測する者もいれば、これで共同CEO体制は終わりだろうと見る者もいる。
「マークが単独CEOになるか、自分は会長になってCEOを別に迎え入れるか。どういう体制であれ、候補になる人はみな『なぜこう何度も失敗しているんだ? なぜ私ならうまくいくと思うんだ?』と尋ねるでしょうね」