Tomohiro Ohsumi/Getty Images; IStock; Vicky Leta/Insider
2022年11月11日、ソフトバンクの投資家が四半期決算説明会に臨んだとき、ダークカラーのモックタートルネックとブレザーを着て笑顔を浮かべた孫正義氏は、これが彼にとって最後のプレゼンテーションになると告げた。
何十年もの間、ソフトバンクの会長兼CEOは、絵画、芸術、歴史、神秘的な方程式、そしてイエスから金のガチョウまで、あらゆるものに言及することで、ありきたりな会合を魅力的なものに変えてきた。そうして彼の四半期決算説明会は伝説的なものになったのだ。
しかし、日本のハイテク持株会社の舵取りをする孫氏の独創的なリーダーシップは、ベンチャー投資部門に大きな失敗をもたらし、マスコミはそのプレゼンテーションを奇抜、不可解、妄想的とさえ評するようになってきた。
ソフトバンクグループが数カ月ぶりに利益を出したにもかかわらず、2つのビジョン・ファンドとラテンアメリカ・ファンドを含むベンチャー投資では、四半期で約1兆3325億円の損失を計上した。4月から9月までの半年間でベンチャー投資による損失は3兆3507億円に達したと、同社の担当者は述べた。
孫氏はその最後のプレゼンテーションで「我々は守りのモードに入らなければならない」と述べ、ソフトバンクのCFOである後藤芳光氏に今後の四半期報告を担当させるとした。孫氏は、後藤氏は「守りのモード」では「私よりも適している」と述べた。
孫氏はさらなる大打撃を受ける直前に、公の場から姿を消すタイミングを計っていたのだろう。ビジョン・ファンドは仮想通貨取引所のFTXに1億ドル(約135億円、1ドル=135円換算)を投資していたが、FTXが11月初旬に破産したため、それをゼロと評価することになるとInsiderは見ている。
ブルームバーグによると、孫氏は現金を前払いすることなく投資ファンドの株式を個人的に取得している(なおかつ利息が発生している)という報酬プランが物議を醸しており、11月17日の時点で約47億ドル(約6300億円)の債務をソフトバンクに負っているという。
ソフトバンクのビジョン・ファンドは2017年に1000億ドル(約13兆5000億円)という莫大な資金を調達したのに続き、2019年には2号ファンドで1080億ドル(約14兆6000億円)を調達する計画を立てるという、これまでに設立されたベンチャー投資ファンドとしては最大級の2つのファンドで一大勢力を誇っていた。
しかし、ビジョン・ファンドの元投資家、元社員、ベンチャーキャピタル、業界アナリストなど11人がビジョン・ファンドの今後について語ったところでは、彼らは同ファンドが影響力を取り戻せるかどうかを疑問視している。Insiderは全員の身元を確認しているが、一部の参加者は会社から報道機関に話す許可を得ていないため、匿名を希望している。
トップが直面する経営危機
ビジョン・ファンドの元投資家がInsiderに語ったところでは、業界幹部は孫氏を壮大なアイデアから逃げることがない「偉大なビジョナリー」だと考えているが、そのアイデアを実行に移すのは難しいことが証明されている。
7月には、孫氏の側近で長年ビジョン・ファンドを率いてきたラジーブ・ミスラ(Rajeev Misra)氏が役割が大幅に縮小された職務に就き、他の上級パートナー数名と投資ファンドを立ち上げる準備をしているとInsiderが報じた。
ドイツ銀行の元クレジットトレーダーで、2008年のリーマンショックの際には同社の債券ビジネスを指揮したミスラ氏は、投資銀行業務で培った複雑な取引の指南役として、すぐに孫氏の信頼を得た。
例えば、2016年にソフトバンクが半導体設計会社のアーム(ARM)を320億ドル(当時のレートで約3兆3000億円)で買収する際の資金調達で重要な関門を乗り越え、1号ファンドではサウジアラビア政府をパートナーとして獲得するために極めて重要な役割を果たしている。孫氏は現在、アームを最終的に新規株式公開(IPO)するための準備に集中していると11月に語っている。アームのスピンアウトが成功すれば、切望していた資金の償還が可能になる。
もっとも、ミスラ氏はしばしば論争に巻き込まれることもあった。ウォール・ストリート・ ジャーナルは2020年、ミスラ氏がライバルのソフトバンク幹部のキャリアを妨害するために動いたとする暴露記事を掲載した。ソフトバンクとミスラ氏は、この報道は正確ではないと否認している。
ソフトバンクの孫正義CEO。
SoftBank event/Insider/image capture
幹部の退任
ビジョン・ファンドのマネージング・パートナーであるヤニ・ピピリス(Yanni Pipilis)氏とムニッシュ・ヴァルマ(Munish Varma)氏も、ミスラの新ファンドに参加するために退職するとブルームバーグは報じており、1号ファンドのリミテッド・パートナー投資家の1つであるムバダラ・インベストメント・カンパニー(Mubadala Investment Company)が彼らの新ファンドを支援しているという。
ロンドンのある投資家は、ミスラ氏が元同僚や馴染みのリミテッド・パートナーを引き抜いて新しいファンドを設立し、一方でSVFの1号ファンドの監督を続けることについて、経営者が通常は雇用契約に含める競業避止条項を考えると「不可解」だと述べ、次のように語った。
「自分のファンドを去るのもおかしいし、前のファンドのチーム全員を新しいチームに引き込むのも、新しいファンドで同じ投資家に支援してもらうのも変だ」
あるソフトバンクの内部関係者は、ソフトバンクは近年、コーポレート・ガバナンスとコンフリクト・マネジメント・プロセスの改善に努めてきたと述べているが、この体制は明らかに通常とは異なるものになっている。
今回の幹部の離脱で、孫氏は窮地に立たされることになった。ビジョン・ファンドの元投資家の1人は、現在2号ファンドの経営に携わっている孫氏を「経営者らしくない人物」と評した。
「彼は経営者らしい素振りも見せないし、物事を生真面目にこなそうともしていない」とその投資家は述べている。
2020年以降、ソフトバンクからはビジョン・ファンドのシニア・マネージング・パートナーであるディープ・ニシャール(Deep Nishar)氏、最高執行責任者のマルセロ・クラウレ(Marcelo Claure)氏、最高戦略責任者の佐護勝紀氏など、上級幹部10人が退社している。マネージング・パートナーのスメール・ジュネーヤ(Sumer Juneja)氏がヨーロッパの投資を統括する。
ソフトバンクグループの株主であるコムジェスト(Comgest)のアナリスト兼ポートフォリオ・マネージャー、リチャード・ケイ(Richard Kaye)氏は、最近の相次ぐ退社は、孫氏が経営を日本に回帰させる好機であると指摘する。
「マルセロ・クラウレ氏が去った後、日本での事業であるソフトバンクとZホールディングスが成功を収めていることから、孫氏は日本のチーム、特に優れたCFOである後藤氏をグローバルな事業でも起用したいと考えていると思う」とケイ氏は述べた。対照的に、クラウレ氏はマイアミに拠点を置いていた。
ビジョン・ファンドは海外投資機能を1つのグローバルなユニットに統合したが、これは無秩序なスタートアップ帝国になりつつあったポートフォリオをより適切にマネジメントするためだろう。元社員はさらなる人員削減も可能だと考えている。
しかし、ビジョン・ファンドの元投資家によれば、孫氏は「苦境に陥っている」ことを嫌うので、第一線の投資家が流出することはソフトバンクの今後の投資計画について疑問を投げかけるものだという。
この投資家は、ソフトバンクのポートフォリオを監督するチームが大幅に縮小されたことから、ソフトバンクは投資のペースを落とし、これ以上の資本投入を行わない可能性があると指摘した。この投資家は「ポートフォリオマネジメントに上級幹部は必要ない」と述べている。
ソフトバンク・インベストメント・アドバイザーズのラジーブ・ミスラCEO。
Reuters / Mike Blake
市場は再び打撃を与える
ソフトバンクの今後のベンチャー戦略について疑問に思う理由は他にもある。巨額の資金を用いて、スタートアップを数十億ドルの評価に押し上げる多額の小切手を切ることは、低金利だった2017年には容易に追求することができた。
あるライバル企業の投資家は、ソフトバンクの当初の戦略について「まさに権力を振り回し」て創業者に厳しい条件を課す「構造」でディールに臨み、創業者はディールを断れば恐ろしい結果になることを心配したと述べている。
「基本的に、ソフトバンクの資金を受け取らなければ終わりという感じだった」とその投資家は言い、創業者たちは、もし資金を受け取らなければ、競合他社に投資するという含意を感じたと説明した。「ソフトバンクは、多くの人の感情を害している」
ソフトバンクに近いある関係者は、同社は例えば配車サービスのように同じ分野の複数のスタートアップに投資することもあると指摘し、この意見を否定した。
金利が上昇し、景気が後退している今日、投資家はビジョン・ファンドのポートフォリオの中核をなす、多額の資金を必要とするハイテク・スタートアップへの投機的株式投資に対して慎重になっている。
初期の頃、ソフトバンクは最大の投資先だったウィーワーク(WeWork)が危機に陥った際、積極的に救済に乗り出したことで悪名高い。2019年にウィーワークがスキャンダルで株式公開に失敗した時に数十億ドルの救済策を提示したのだ。
ソフトバンクが支援したスタートアップのある共同創業者は、そのスタートアップが低迷したとき、ソフトバンクは「緊急流動性を提供」するとともに、「非常に多くの人的資源を投入」し、彼らのビジネスに「必要がないときにもビジネスチャンスをつくろうとした」と、Insiderに話している。「投資に伴う悪評を避けたかったのだろう」とその共同創業者は振り返る。
しかし、投資家たちは今日、命綱を必要としているスタートアップ企業を救済することにソフトバンクがどれほど意欲的であるかを疑問に思っている。例えばケイ氏は、現在のような状況下で孫氏が「苦境にある企業を救済することはない」と述べている。それは、すでに起こっている現実でもある。
2021年にSVFの2号ファンドが主導したラウンドで6億3900万ドル(当時のレートで約700億円)を調達し、460億ドル(同約5兆円)の評価を得た後払い決済サービスの大手、クラーナ(Klarna)は、7月に規模を縮小した。投資家の間で多額の資金を必要とするスタートアップ企業への投資意欲が低下しているため、セコイア(Sequoia)、シルバーレイク(Silver Lake)、ムバダラなどの投資家から67億ドルのバリュエーションをもとに8億ドルを調達している。ここにはソフトバンクは参加していない。
ゴーパフ(GoPuff)、ワントラスト(OneTrust)、カメオ(Cameo)、リモート(Remote)など、同社のポートフォリオに含まれる他の企業も人員削減を実施している。
調査会社ラジオ・フリー・モバイル(Radio Free Mobile)の創業者でオーナーのリチャード・ウィンザー(Richard Windsor)氏は、「ウィーワークを救済したために、あれほどの大失敗を経験した株主は、おそらく同じような規模の別の大失敗に耐える意欲が大幅に低下している」と述べた。
孫正義氏によるソフトバンクの投資家向けプレゼンテーションの説明図。
SoftBank
ソフトバンクはどうしたら立ち直れるのか
8月、ソフトバンクは過去最悪の3兆1627億円の損失を計上したが、そのうちの約2.3兆円はビジョン・ファンドの投資評価減によるものだった。
11月の決算報告では、孫氏は市場が最高潮だった時期にスタートアップ企業を買収したことの愚かさを認め、投資を縮小し、ビジョン・ファンドの人員削減を含むコスト削減を行い、立て直しを図ると述べた。
「繰り返しになるが、ビジョンは変わらない。我々の信念は変わらない。しかし、好むと好まざるとにかかわらず、事業運営コストを削減しなければならないことは分かっている」と孫氏は語った。
現在、ソフトバンクはポートフォリオの状況について、平静を保っている。ビジョン・ファンドのCFOであるナブニート・ゴビル(Navneet Govil)氏は8月の決算報告会で、6月30日の時点では投資先のスタートアップ企業の95%が「12カ月以上のキャッシュランウェイ(資金の猶予期間)」を持っていると述べている。
ウォール・ストリート・ジャーナルによると、9月にソフトバンクは3つ目のファンドを募る案が浮上し、孫氏と同社に挽回のチャンスが訪れるはずだった。しかし、リミテッド・パートナーの投資家、あるいは同社の公開株式の機関投資家の投資意欲が低下している兆候が見えていた。
フィナンシャル・タイムズによると、ソフトバンクが株式の非公開化を検討しているという噂の中で、株主への利益還元を行う孫氏の能力を信頼できなくなったエリオット・マネジメント(Elliott Management)は、パンデミック発生時にソフトバンクの株式を25億ドル(約3375億円、1ドル=135円換算)保有していたが、今年その株式の大半を売却している。
これまでの投資実績を踏まえると、2号ファンドがフルインベストメント後はどうなるのかという疑問は当然生じる。ロンドンを拠点とするある投資家にとって、現在の経済状況を考えればその答えは明確だ。
「3号ファンドが、彼らにとって容易な資金調達になるとは思えない」と、その投資家は語った。
「おそらくそれが、皆が離れていく理由なのだろう」