撮影:伊藤有
ソニーグループ(ソニーG)は、研究開発(R&D)体制の大幅再編に着手する。
2023年度から、本社「R&Dセンター」の一部を、製品を担当する「ソニー株式会社」や、半導体を製造する「ソニーセミコンダクター」側に移管する。そして、R&DセンターとAI開発を行う「ソニーAI」は、より純粋な研究開発に近い領域に特化する。
「すべてはAIを前提としたテクノロジーになる」
ソニーGの北野宏明・専務兼CTO(最高技術責任者)はそう説明する。ソニーGのR&D体制変更とAI開発はどうなるのか、北野CTOに単独インタビューした。
ワールドカップで話題の「VAR」も。ソニーが目指す「ダブルホイール」とは
12月6日、ソニーGは「Sony Technology Exchange Fair(STEF)」というイベントを開催した。
ソニーの「社内技術交換会」は50周年を迎えた。
撮影:西田宗千佳
これは「社内技術交換会」とも呼ばれ、ソニー社内で研究中の技術を社内の他部門に対して公開し、新たな価値創造を目指すものだ。
「社内」とついているところから分かるように、本来は社外には公開していない。しかし今年は50周年という節目でもあるため、プレス関係者に対して、一部の技術について公開した。
その内容は注目度の高いものだった。
ワールドカップで話題になった「VAR(Video Assistant Referee)」に使われている画像認識技術に、「aibo」「poiq」といったロボット同士の協調動作、作物の実りを計測するためのセンサー技術、画面に合わせて「目の前の人に、必要なタイミングだけ」匂いを伝える技術、さらには人をリアルサイズ・立体で見せて対話できるディスプレイ技術などが一同に公開された。
スタジアムでVARに使われるカメラから、選手全員とボールの動きを取得、立体視でサッカーの試合を完全再現している。
撮影:西田宗千佳
ソニーのロボット「aibo」と「poiq」(左)が、クラウドを介して情報を「会話」しながら、お互いの会話や動きを見つつ、協調動作していた。
撮影:西田宗千佳
イメージセンサーにエッジAI処理の機能を搭載することで、作物の育成状況や天気などを非常に小さなデータにして収集できる。
撮影:西田宗千佳
CGで手術をリアルに再現。ただ映像がリアルなだけではなく、内臓の「硬さ」「触感」も再現しているので、手術の講習がより正確になる。
撮影:西田宗千佳
小さなモジュールに「匂い」を出す機構が組み込まれている。映像に合わせごく少量の香料を流すと、見ている人だけに映像と匂いが同時に伝わる。
撮影:西田宗千佳
55型・8Kのディスプレイを使い、目の前の人に「立体として」映像を伝送。土木工事などのほか、セールスやアイドルとのコミュニケーションにも使える。
撮影:西田宗千佳
そこでも核となるのは「センサー」と「AI」だ。
イメージセンサーや重量センサーは「現実空間」の情報を捉えることに使われる。だがそれを見る・見せるだけでなく、AIでさらに処理することで、情報には付加価値が生まれてくる。AIで処理した情報はコンピュータの中の「仮想空間」でシミュレーションなどに使われ、価値ある情報へと生まれ変わる。
現実空間と仮想空間、両方で価値が回るわけだが、その間を、大規模なAI技術がつなぐという流れである。
北野CTOはこの構造を「仮想空間と現実空間のダブルホイール」と呼んでいる。その双方を持つことがソニーの強み、というわけだ。
ソニーの技術戦略は「仮想空間と現実空間のダブルホイール」。
撮影:西田宗千佳
「AIありき」で事業とR&Dを近づける
冒頭で書いた通り、ソニーのR&D体制は再編される。基礎研究は基礎研究として残りつつ、一部を「製品」「事業」に近い領域に移管していくわけだ。
なぜこのような改革が行われるのか? 北野CTOは「速度にある」と話す。
ソニーGの北野宏明CTO。
撮影:西田宗千佳
「研究開発部門に良い技術はあります。重要なのは『どれだけ素早くマーケットに出していけるのか』ということ。ならば研究開発も、事業部門の製品計画やサービス計画とシンクロするのが必然です」と北野CTOはいう。
研究開発から製品化の間に“谷”があり、お互いがうまく連携できないことは「デスバレー問題」と言われる。今回のソニーの組織再編はその解決を目指すということなのだが、その狙いは、単に「部門の距離を近くする」という話にとどまらない。
「研究のできる限り早い段階でデータが入らないと進まない。(製品に)使えるデータ、リアルなデータは事業部門にあります。(仮の小さな)トイデータでいくら研究をしても先には進まない。特にAIでは『データの量と質』が重要。ならば、事業部と研究開発は隣接する必要があるんです。もちろん、基礎的なAIの研究のように、独立して研究としてやっていい部分もありますが」(北野CTO)
今のAIは「エンジンしかない車」だ
その上で北野CTOは、開発するAIが「使えるAIであること」の重要性を説く。
「著作権の問題や、AIの倫理性の問題がきわめて重要です。せっかくデータを取って作ったとしても、製品に使えないので意味がない。訴訟対象になる危険性もあります。国際的にもルールが決まっていない部分がありますし、我々の試行錯誤も必要で、少し時間かかるかもしれませんが、脇を固める作業をしながら研究を進めていくことになります」(北野CTO)
いわゆるビッグテックは、こぞって大規模なAIモデルの開発を行っている。ソニーGもその必要性は認めているし、研究はしている。
一方で、北野CTOは「それをどう使うかが重要」だと話す。
「(画像生成AIの)『Stable Diffusionに情報を入れて面白い結果が出るね』という点も重要です。しかし、コンスタントに成長するものを作ろうとした時には、どうデータを入れるのか、出てきた結果をどう扱うのか。その制御が必要です。今は自動車に例えるなら、エンジンはできているけれどステアリングもなにもないような状態。全体パッケージをどう作るか、ということはこれからです」(北野CTO)
ゲームから独自AIを作れるのはソニーの特権
SIEのSophy発表会見映像より
ソニーGはAIをどう作っていくのだろうか?
他社との差別化領域として、中期的にやっていくのは、センシングやクリエーションの領域だ。前出のように、STEFでもセンサーとそれを活かしたコンテンツ制作が大きなテーマとなっていた。
北野CTOは「実はゲームも大きな領域」だと指摘する。
その典型的な例が、「ソニーAI」とポリフォニー・デジタルが共同で開発した、レースゲーム「グランツーリスモ」を走るレーサーAIである「Gran Turismo Sophy」だ。
「ゲームを活用して独自のAIを作れるのは、ソニーの特権。最先端の研究成果がゲームの中に入っていくのは面白い変化です」(北野CTO)
ソニーAIは、2020年4月にAI専門の研究機関として設立された。北野CTOが中核となり、戦略的に立ち上げたものだ。
「世界中から最先端の人材を集めました。日本人の比率は数%もないですね。人材を集めるには報酬も重要ですが、いかに特別なことができるか、という点も大切です。AI研究は手ぶらでやってもしょうがない。ソニーAIでは、ソニーが持っている特別なアセットを使ってAI研究ができる。そこがチャレンジングなので、いい人材が集まるんです。プロジェクトとして、Gran Turismo Sophyは好例ですね。(グランツーリスモを開発する)ポリフォニーとがっつり組んで研究できるから、最先端のことができたわけです」(北野CTO)
優秀な人には、自由に、変わったことができる場所が必要だと北野CTOは言う。
優れた研究者を集めることは、どの企業にとっても重要なテーマだ。
ソニーGにとってソニーAIは、AI研究のコアであると同時に、「AI人材採用」戦略のコアでもある。
「技術のソニー」をAIの力でさらに高める。北野CTOが立ち上げたソニーAIには、そんな戦略的な意味が込められているわけだ。