古来より、人類のコミュニケーションツールとして、また記録媒体として活用されている「紙」。しかしここ数年は、モバイル機器の普及や環境への配慮の視点などから、紙をなるべく使わないようにする傾向にある。
新聞や雑誌、マンガや小説などは、電子書籍で読むことが多くなり、紙に触れる機会が減ったと感じている人も多いのではないだろうか。
実際に新聞や雑誌などに使われるグラフィック用紙の需要は、2010年頃から減少傾向にある。
社内資料などのデジタル化は、紙の消費量を減らすことができるだけでなく、保管スペースの削減ができたり検索性を高めることができるなど、享受できるメリットも多い。
しかし、紙というメディアの持つ本質的な価値は、まだ衰えていないのではないか。
デジタル時代の紙の価値とは?
紙の持つ価値をデジタルと組み合わせて示した取り組みとして、ドバイ万博の日本館で提供されたブラザーの「ORIGAMI LETTER」に注目したい。同プロジェクトは、日本の文化である折り紙にメッセージを書き込み、贈ることができるこのサービスは来場者にも好評を博し、世界的に最も権威あるデザイン賞の一つ「iF DESIGN AWARD」の中から、特に優れたデザインに与えられる「iF GOLD AWARD 2021」を受賞した。
「ORIGAMI LETTER」では実際にプリンターで印刷した紙を折るほか、スマートフォン上で画面をタッチすることで折り紙を疑似体験することもできる。
「iF GOLD AWARD 2021」の受賞理由として、「折り紙という日本の伝統的な文化をデジタル世代のコミュニケーションツールに昇華させたことや、プリンターを活用することで、その伝統や文化を気軽に家庭で感じられるようにしたことのほか、簡単に折り紙メッセージのやりとりを始められるよう操作に関する案内がされている点などが高く評価された」からだという。
改めて紙やプリンターの可能性に光を当てたことも評価されたと言っていいだろう。
日本の「ORIGAMI」文化を世界に
岩田俊夫(いわた・としお)氏/ブラザー工業 CSR&コミュニケーション部 CSR&ブランドグループ シニア・チーム・マネジャー。
「ORIGAMI LETTER」は、どのような背景から生まれ、2021年10月1日〜2022年3月31日まで開催された「2020年ドバイ国際博覧会(以下、ドバイ万博)」日本館で展開されたのか、また、そこにはどのような思いがこめられていたのか。ブラザーの岩田俊夫氏に話を聞いた。
「1996年10月にブラザーインターナショナル(ガルフ)をドバイ市に設立し、20年以上にわたってビジネスを行ってきました。ドバイ万博では、中近東はもとより、アジアなど広く海外からの来場が見込まれていたため、ドバイ万博 日本館への協賛だけでなくプロモーションを目的としたコンテンツを制作することになりました。
そして、折り紙をモチーフにしたのは、ドバイ万博 日本館の建物のイメージが折り紙であり親和性があったからです。また、ドバイ万博の来場者は、おそらくパビリオンのことを家族や友人などに伝えたいだろうと思ったので、待機列が長くなる万博パビリオン訪問の待ち時間に、メールやSNSなどとは違う形で発信できるツールを提供できればおもしろいなという発想でした。
大切な方とのデジタルコミュニケーションツールとして使っていただきたいと思って公開しましたが、結果的に200万通くらいの利用がありました」(岩田氏)
この「ORIGAMI LETTER」だが、ドバイ万博で公開したのは英語版とアラビア語版だったが、この度、日本向けの手紙コンテンツ「折り紙レター」をリリースすることになったという。
「対面でのコミュニケーション機会が減少するコロナ禍においても、SNSなどで手軽にメッセージを送れる現代ですが、『いつもより相手を想った言葉を贈りたい』という気持ちを多くの人たちが持っているだろうと思い、それに応えたいという想いが強くありました。
ただそのまま日本語版として作り直すのではなく、折り紙の柄にメッセージや写真をはめ込む機能を追加しました。これにより、折り紙レターをプリンターで印刷し、折り、物として残したくなるのではないでしょうか。
データで残すことに比べると少し手間がかかりますが、このひと手間が大切な贈り物として残ると思うとうれしくなりますね。
これからコミュニケーションが活発になるクリスマスや年末年始を迎えるので、そのようなタイミングで活用していただきたいです」(岩田氏)
日本の方々に「折り紙レター」をどのように使ってほしいかについても尋ねてみた。
「家族や友人、カップル、そしてなかなか会えない大切な人など、いつもとは違った、温かみのあるコミュニケーションツールとして使っていただければと思っています。普段、言葉にしない思い……例えば、会えなくて寂しいとか、感謝の気持ちや、恥ずかしくてなかなか言えない愛情表現とかを『折り紙レター』で伝えてもらえたらいいですね」(岩田氏)
「折り紙レター」は、デジタルだけでも完結できる情報の伝達の意味を、改めて捉え直すいい機会になりそうだ。さらに今回、「折り紙レター」のローンチに合わせて動画も作られた。
登場人物は、地方都市に住む父母と娘。その娘が就職をきっかけに都会で一人暮らしを始めたが、仕事で忙しい毎日を送っている。そこで父親のことを思い出して、メッセージを送るという内容だ。
「折り紙レター」のコンセプトや機能についての解説の動画であると同時に、ブラザーの企業広告にもなっている。
ブラザーの今後
紙の需要、プリンターの需要はデジタル化の波で以前とは変わってきているが、プリンティングビジネスが売上の半分以上を占めるブラザーにとって、具体的にどのような変化があったのだろうか。
長期的に見ればDX化や働き方の変化に伴い、オフィスでの印刷量は減少傾向にあるものの、SOHO(Small Office, Home Office)向けの製品に強みを持つブラザーとしてはコロナ禍においても売上は堅調。2021年度は在宅勤務・在宅学習用途として、小型複合機・プリンターの需要は各地域で2020年度に引き続き順調な伸びを示したという。
そのような状況のなか、ブラザーとしては今後どのような事業展開を考えているのだろうか。
衣類などの布に印刷できる「ガーメントプリンター(画像)」のほか、金属や樹脂に刻印できるレーザーマーカーなどもブラザーは扱っている。
「今後は業務用・産業用印刷の分野でプリントボリュームが増加していくと考えています。
ブラザーとしては、食品や飲料の製造年月日や賞味期限、医薬品のトレーサビリティ確保のためのロット番号の印刷、商品パッケージの多品種少量化に対応した印刷などは堅調に推移していくと見込まれています。また特殊なインクを使ってTシャツなどの布に直接印刷できるガーメントプリンターの展開や、eコマースが拡大したことで業務用ラベル印刷の需要も増えています」(岩田氏)
最後に、「紙」や「印刷」に対しての意識が変わりつつある昨今、ブラザーとしてどのような姿勢で取り組んでいるのかを尋ねた。
ブラザーの歴史と現在がわかる展示施設「ブラザーミュージアム」には60年以上前に同社が生産した欧文ポータブルタイプライターなど、紙にまつわる展示物も多く見受けられた。
「ブラザーは、ミシンの修理業からスタートして、家庭用ミシン、タイプライター、そしてプリンターというように、社会や市場の移り変わりに合わせて主力製品を変化させながら成長してきました。
これは、新しい事業への製品開発に取り組む際に、お客様からいただいた意見や改善点などを活かして、迅速に対応してきたからこそ実現できたものです。
企業広告で使用しているキャッチフレーズ『あなたのブラザーでいたい。』は、あらゆる場面でお客様を第一に考え、製品の開発・製造・販売・サービスを行っていくことを表現しています。
お客様の生産性と創造性をすぐそばで支え、生活と地球環境の発展に貢献できる企業でありたい。そのためにも生活をより豊かにする製品をお届けすることでブラザーへの信頼を築いていきたいと考えています。
ブラザーは現在、プリンティングビジネスが中核となっています。必要なものを素早くきれいに印刷することが一番大切なことですが、そこに今回公開した「折り紙レター」のようなプラスαの付加価値をつけることで、プリンターや紙がひとつのコミュニケーションツールになればいいなと思っています」(岩田氏)
ブラザーのロゴの下にある“at your side”は、同社のコーポレート・メッセージ