プライベート市場ではこの2年間、スタートアップを支援するために湯水のごとく資金が投入されてきたが、今や市場の熱は冷めつつある。
Insiderは、スタートアップが今後どのように備えるべきかを探るため、10社以上の大手VC(ベンチャーキャピタル)に2023年の見通しを聞いた。
テック業界が低迷するなか、VCの注目する有望セクター、衰退するトレンド、スタートアップとファンドマネジャー双方にとっての資金調達の新たな現実をつまびらかにしてもらった。
取材によって浮かび上がってきた17の注目トレンドを、前項年の2回に分けて紹介する。本稿はその前編だ。
超高性能ソフトが世界を席巻する
ジェネレーティブAIでさまざまなテキストや画像が作成できる。上図はOpenAIの「DALL-E 2」が制作した。
OpenAI提供
「ジェネレーティブAI」は投資家がこぞって口にするバズワードとなるだろう。これはコンテンツを生成できるAIのことを指し、スタートアップはここ数カ月、この基本技術をコードの記述や写真・動画の編集といった実用的なケースに応用するようになってきた。
インサイト・パートナーズ(Insight Partners)のマネージングディレクターであるジョージ・マシュー(George Mathew)は、「いまわれわれは、AIの黄金時代に向かって加速している」と話す。近い将来、多くのスタートアップが、人間の働き方を劇的に改善し生産性を高めるためディープラーニング(深層学習)ソフトをプログラムに組み込むようになるだろう。
セコイア・キャピタル(Sequoia Capital)のパートナーであるソーニャ・フアン(Sonya Huang)は次のように語る。
「グラフィック画像を描いたり、面倒なコードを書いたりすることにかけて誰が一番うまいかなんて、もはや重要ではなくなります。それよりも、簡単な知的作業は自動化されるので、クリエイティブに考えたり、AIに巧みに指示を出したりできる人が評価されるでしょう」
将来的には、「ほぼすべての分野のソフトで、新世代のエンタープライズ向けアプリケーションが登場し、大手のベンダーに挑んでくるでしょう」と、ツーシグマ・ベンチャーズ(Two Sigma Ventures)のパートナー、ヴィリ・イルチェフ(Villi Iltchev)は話す。
パーティーラウンドは終焉を迎える
いっとき注目を集めていたパーティーラウンドでの資金調達にも潮目の変化が。
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この10年間、アーリーステージのスタートアップ企業は資金調達に少数の大口投資家を頼るのではなく、いわゆる「パーティーラウンド」(多数の出資者から少額の資金をかき集めること)を好む傾向があった。ラウンドの条件を交渉するリードインベスターはおらず、創業者が自ら取り決めることが多い。
しかし、パーティーラウンドは間もなく姿を消すかもしれない。ザ・ファンド(The Fund)の共同創業者兼ゼネラルパートナーのジェニー・フィールディング(Jenny Fielding)は次のように話す。
「近頃のパーティーラウンドには厳しい目が向けられるようになりました。価格が高い場合は特に、投資家はみんなパーティーラウンドに眉をひそめます。当社のケースですが、低い値付けをしたラウンドでも何度かまとめることができました。以前ならありえなかったことですが」
インテル・キャピタル(Intel Capital)のマネージングディレクター兼副社長であるトリーナ・バン・ペルト(Trina Van Pelt)は、この変化は創業者にとってプラスだと考えている。「スタートアップが資本戦略を練るうえで、資金と実績のバランスをよく考えることが、これまで以上に重要になっています」と話す。
次世代を象徴する消費者向けアプリが誕生する
SNSにも世代交代の波。次はどんなプラットフォームがZ世代の心をつかむのだろうか。
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「Z世代向けのSNSは急成長しつつあり、TikTokやSnapchatに次ぐ、新たなアイコンとなる消費者向けアプリが今まさに誕生しようとしています」
そう話すのは、ツイッター(Twitter)の元幹部でニュー・エンタープライズ・アソシエイツ(New Enterprise Associates)のパートナーであるアン・ボルデツキー(Ann Bordetsky)だ。
ボルデツキーによれば、スタートアップが飛躍するための条件は整っているという。Z世代は昔ながらのSNSに嫌気が差していることに加え、メタやツイッターのような大手企業から流出した優秀な人材が今後、新たな消費者向けアプリを開発していくと思われるからだ。
AIの台頭により、次世代を担う企業は創造力を発揮し、まったく新しい体験をユーザーにもたらすだろう。
ベンチャー市場は回復する前にもう一波乱
ベンチャー市場にとって2022年は波乱に満ちた一年だった。だが2023年もそこからすんなり回復とはいかないかもしれない。
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過酷なマクロ環境のなか、VCは2022年に資金の蛇口を引き締めたため、多くのスタートアップが資金調達に苦戦した。
「ベンチャー市場は回復する前に、もう一波乱あります」と前出のボルデツキーは警告する。
調査会社ピッチブック(PitchBook)によると、VCや投資家は2900億ドル(約37.7兆円、1ドル=130円換算)ものドライパウダー(待機資金)を密かにため込んでいる。だが、ひとたび市場環境が悪化すればその使途には慎重になるだろうと、キャピタルG(CapitalG)の法務責任者兼最高コンプライアンス責任者のジェレマイア・ゴードン(Jeremiah Gordon)は指摘する。
インデックス・ベンチャーズ(Index Ventures)のパートナーであるマーク・フィオレンティーノ(Mark Fiorentino)は、投資家は資金提供を行う際、企業の売上や資本効率を以前にも増して入念に調べるようになると見ている。
また、セブン・セブン・シックス(Seven Seven Six)の創業パートナーであるケイトリン・ホロウェイ(Katelin Holloway)は、審査が厳しくなると、資金調達はアーリーステージでもクローズまでに時間がかかるだろうと指摘する。
「市場が激動するなか、起業家は自社の価値を証明するために新たな投資基準を満たす必要がありますし、VCは投資によってリターンが確実に見込めることを確認しなくてはいけません」
ライトスピードのベテラン幹部でベンチャーアドバイザーのマイク・カーペンター(Mike Carpenter)は、そう話す。
対面勤務にシフトする
リモートワークを経験したことで「対面」のメリットに気づいた企業は多い。
GoDaddy
イーロン・マスクはツイッターの社員に対して今後はリモートワークを認めないと伝えているが、このような決断を下すのはマスクに限ったことではない。スナップ(Snap Inc)でも、2023年は少なくとも週4日は出社するよう指示が出されている。
インスパイアード・キャピタル(Inspired Capital)の創業者兼マネージングパートナーのアレクサ・フォン・トーベル(Alexa von Tobel)は次のように語る。
「対面での仕事へと振り子は戻ると確信しています。多くの企業は生き残るのに必死なので、成功確率を高めるためには作戦会議室を設置してチームをそこに集め、共同で事に当たらせるようになるでしょう」
キャピタルGの人材パートナーであるローレン・イロフスキー(Lauren Illovsky)は、実際には社員に週5日出社を求める企業は少ないと見ている。しかし、社員が楽しみながら創造性を高められるように、対面で集える場は設けられるだろう。
ライトスピードのパートナーであるアリフ・ジャンモハメド(Arif Janmohamed)も次のように話す。
「すべての人が100%オフィスに戻るとは思いませんが、社員がともに過ごす時間はこれからも増えていくと思います。週2〜3日程度の出社や四半期ごとの懇親会などを通して、カルチャーを育み、人間関係を強化し、成果を上げていくでしょう」
ビジネスツールは試練に直面する
景気後退局面で企業がコスト削減に走ると、新興の生産性向上系ツールは試練に直面するかもしれない。
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コロナ禍でリモートワークの普及に伴い、生産性向上とコラボレーションツールは不可欠なものとなった。しかし、テック業界の低迷により、多くのクライアント企業は支出を削減していることから、小規模で新参企業のツールは今後淘汰される、と投資家は見ている。
このような新たな局面では、マイクロソフトやグーグルのような大手企業が再び優勢になる。挑戦者であるスタートアップは必死になって自社ツールを改良している。
コントラリー(Contrary)のゼネラルパートナーであるカイル・ハリソン(Kyle Harrison)の見立てはこうだ。
「私たちの職場は、さまざまなプロダクトの戦場となります。1つ2つ程度の作業ならツールが既に自動化してくれているのですが、これからは私たちの業務をもっと支配するようになるでしょう。
将来的には、多くのプラットフォームが重なり合います。マイクロソフトがCanva(キャンバ)やCalendly(カレンドリー)に対抗するために類似の機能を追加したり、Notion(ノーション)が業務を代行する機能を大幅に増やしたりするかもしれません」
キャピタルGのゼネラルパートナーであるデレク・ザヌット(Derek Zanutto)は、特定の業務向けに作られたソフトよりも、汎用性の高いアプリが勝ち残ると予想している。
「過去5~10年間は、潤沢な投資資金に支えられたスタートアップが、企業のデジタルトランスフォーメーションやクラウド化から生じるペインポイント(課題)を解決しようと躍起になっていました。
2023年は、厳しい予算環境に直面し、大掛かりなポイントソリューション(特定の問題のみ解決)に投資しようとする企業は減るでしょうね」(ザヌット)
フォン・トーベルは、リモートワーク、さらには海外進出を支援する企業も危機感を抱くようになると予想している。「リモートワークは疎まれ逆風にさらされますし、現在の地政学的な情勢が脱グローバル化に向かわせるからです」と話す。
ベンチャーファンドの新設数が減少する
不況になればファンドの組成にも大きな影響が及ぶ。
Luis Alvarez/Getty Images
この10年間、豊富な資金の流入を受けて、多くのベンチャーキャピタリストが大手VCから独立し、個人で資金を調達するようになった。
しかし不況に見舞われると、ベンチャーファンドに資金を提供していた超富裕層、財団、年金基金などの投資家は、初めてのファンド設立はもちろんのこと、2号ファンドであっても個人への支援に「ますます消極的になるだろう」とハリソンは指摘する。その結果、2023年は「新設ファンド数が劇的に減る」と見込んでいる。
また、新たに独立したファンドマネジャーは、フォローオン投資の資金調達にも苦戦を強いられる。そのため、小口投資家に協力を仰ぐ可能性がある、とアンダースコアVC(Underscore VC)のゼネラルパートナーであるリリー・ライマン(Lily Lyman)は言う。
「ベンチャーは統合されるでしょう。資金を新たに調達できない個人運営のゼネラルパートナーや小規模のファンドが急増して、合併したり、運営会社に戻ったりする人も出てくると思います」(ライマン)
ユニコーンの評価額に達する重要性が増す
ユニコーンの上場は加速している。
AP / Leo Correa
10年ほど前、10億ドル(約1300億円)のバリュエーションに到達するスタートアップは非常に珍しい存在で、「ユニコーン企業」と呼ばれるようになった。しかし、2021年だけで340社のユニコーンが新たに誕生した強気相場では、もはやありふれた存在となっている。
VCによると、成熟したスタートアップへの資金が枯渇し、投資家がビジョンではなく実際のデータに基づいて価格を調整し始めたため、バリュエーション10億ドルという大台は2023年、再び意味のある指標になるとのことだ。
アーリーステージに特化したM13のゼネラルパートナー、ラティフ・ペラチャ(Latif Peracha)は、「ユニコーンが再び非常に大きな存在感を示すでしょう。VC業界における重要なマイルストーンとして再認識されます」と話す。
またIVPのゼネラルパートナーであるカック・ウィルヘルム(Cack Wilhelm)は、「ここ2年は異常でした。今後は、2020年以前に用いられていた長期的な業績指標と同様の評価基準や指標が再び活用されます」と話す。
創業者は長い目で見れば、このような軌道修正にありがたみを感じるだろう、とセコイアのフアンは言う。
「いったん冷静になり、むやみに突き進まないことが大切です。今日調達した額は、次回の調達までに拡大すべき収益の目安になることを忘れてはいけません」(フアン)
バーティカル市場向けソフトが黄金期を迎える
ニューヨーク州パッチョーグのメインストリートにある理髪店で顧客の髪を整えるサル・バデムチ。
Alejandra Villa Loarca/Newsday RM via Getty Images
ツーシグマ・ベンチャーズのプリンシパル・パートナーであるカイラ・ドゥルコ(Kyra Durko)は、投資家は長らく、バーティカル市場(特定の業種に特化)向けソフトへの投資を避けるようにしていたと明かす。市場が小さすぎて採算がとれないと考えられていたからだ。
しかし、不況下でこの状況は変わりつつある。顧客にとってミッションクリティカル(業務遂行に必要不可欠)な製品を提供する企業にこそ、ツーシグマ・ベンチャーズやインデックス・ベンチャーズといったVCは注目しているのだ。
バーティカル市場向けソフトが黄金時代に突入すると、保険から食料雑貨店、ヘアサロンに至るまで、「社会の隅々まで近代化する」とドゥルコは言う。
バックオフィス業務もまた大変革が必要な分野だと指摘するのはIVPのゼネラルパートナー、アジェイ・バシー(Ajay Vashee)だ。
「ここ10年は、デザインやマーケティング、セールスといった顧客と接する業種にイノベーションの波が押し寄せてきました。Figma(フィグマ)、Adobe(アドビ)、Salesforce(セールスフォース)のようなかつてのスタートアップが牽引したのです。
同様に、金融や人事といった業種にも変革をもたらすため、これまでにないほど多くの優秀な人材が参入し、市場は勢いを増しています」(バシー)
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