※本記事は、2022年11月17日に掲載した記事の再掲です。
太陽の主成分は水素。核融合反応によってヘリウムやさらに重たい元素が生まれている。
muratart/Shutterstock.com
太陽は約46億年前に誕生してから、絶え間なく光り輝いています。
そのエネルギーの源泉となっているのが、太陽の主成分である水素原子同士が融合する「核融合反応」です。
世界で脱炭素化の流れが加速する中、太陽で起きている核融合反応を地上で再現する「核融合炉」が二酸化炭素を排出しない新しいエネルギー源として注目されています。
すでに欧米では、民間から巨額の資金も集まり始めています。
米核融合産業協会(Fusion Industry Association)の2022年版のレポートでは、1年前に調査した頃から新たに28億ドルの追加投資があったと報告しています。核融合産業に民間から投じられた資金は、累計47億ドルにものぼります。
2022年8月末段階での世界の核融合ベンチャーの資金調達金額。
表:編集部作成
アメリカでは、11月4日にバイデン政権が2050年までのカーボンニュートラル達成に向けた「Net-Zero Game Changers Initiative」を発足させ、15億ドルの投資を発表しました。そこで注力する5つのイノベーションの1つとして、核融合技術が挙げられています。また日本でも、2023年春を目処に国としての核融合戦略の策定が進められています。
世界で核融合に対する期待が高まる中、研究開発の主流となっているのは、フランスで建設されている国際プロジェクト「ITER」や、日本の茨城県那珂市にある「JT-60SA」という実験装置が採用している、磁力を利用する「磁場閉じ込め型」と呼ばれるタイプの核融合炉です。
しかし研究現場では、磁場閉じ込め型とは異なる手法で核融合を実現するための研究開発も進んでいます。今回特に注目したいのが、超高出力のレーザーを用いて核融合を発生させる「レーザー核融合」です。
実は、レーザー核融合が実現すれば、核融合炉の応用可能性はさらに広がるのではないかと期待されています。
そこで11月のサイエンス思考では、核融合産業におけるレーザー核融合の位置づけや、そこから広がる他の産業への応用の可能性について、大阪大学レーザー科学研究所の藤岡慎介教授に話を聞きました。
レーザーで「ミニ太陽」を作る
チャンバー内で実験用の標的に調整用のレーザーを当てている様子。
画像:藤岡教授
「レーザーを使って高温・高密度の水素の塊であるミニ太陽を作り、エネルギーを取り出す。これがレーザー核融合です」
藤岡教授は「レーザー核融合とは何か?」と非専門家に尋ねられたときにはこう説明することが多いとBusiness Insider Japanの取材に語ります。
太陽の中心部は、温度が1000万度以上、気圧も2000億気圧以上という極限環境です。レーザー核融合では、超高出力のレーザーを使うことで「太陽よりも温度と密度が少し高い状態を作る」(藤岡教授)のだといいます。
大阪大学レーザー科学研究所の藤岡慎介教授。
提供:藤岡教授
このような極限環境では、太陽の主成分である水素は原子核(水素の原子核は陽子1個)と電子に分離した「プラズマ」の状態になり、4つ結合することで「ヘリウム」へと変わります。そしてこのとき、同時に大量の熱を放出します。これが「核融合反応」です。
太陽では、膨大な量の水素が核融合反応を起こし続けることで、誕生してから約46億年もの間ずっと光り輝き続けています。この反応を人工的に再現し、そこで得られるエネルギーを発電などに活かそうとしているのが「核融合炉」なのです。
2022年4月に撮影された建設中のITER。
画像:ITER機構
フランスで建設中の「ITER」や日本の「JT-60SA」など、磁場閉じ込め型の核融合炉では、磁力を利用することで燃料である水素(三重水素と重水素)の「希薄なプラズマ」を炉内に閉じ込めています。プラズマを長時間閉じ込めることで、時折原子核同士がぶつかり、核融合反応が起こるのです。
そのため磁場閉じ込め型の核融合炉では「いかにプラズマを長時間、安定的に留めるか」が非常に重要なポイントになります。
一方、レーザー核融合では核融合反応を起こすまでのプロセスがまったく異なります。
レーザー核融合では、三重水素や重水素を凍らせて作った「数ミリサイズ」の試料(燃料)に超高出力レーザーを照射することで加熱・圧縮します。こうすることで瞬間的に燃料が高温かつ高密度のプラズマになり、核融合反応が起こるのです。
藤岡教授は、磁場閉じ込め型核融合とレーザー核融合はプラズマの密度の違いから、
「まるで別の現象のように見えるのではないでしょうか。レーザー核融合の方が本物の太陽(主成分が水素で高密度)に近い温度、密度で核融合を起こしていると思っています」
と語ります。
このプラズマの密度の違いは、核融合炉のサイズに影響します。
磁場閉じ込め型核融合炉ではプラズマの密度が低いため、十分なエネルギーを得るには装置全体を大きくして核融合反応をたくさん起こす必要があります。実際、フランスに建設しているITERは、核融合炉の直径だけで30メートル近くある巨大な装置です。
一方、レーザー核融合では、大きさ数ミリ程度の小さな試料内で核融合反応を起こすため、炉そのものは小さくできる可能性があります(ただし、レーザーなどの周辺設備も含めると一定の大きさにはなります)。
レーザー核融合の試料。大きさは数ミリメートル程度。
提供:藤岡教授
また、磁場閉じ込め型の核融合炉とレーザー核融合では、発電設備として捉えたときに想定される運用方法にも大きな違いがあります。
磁場閉じ込め型の核融合炉は、プラズマを安定して維持し続ける必要があるため、一定の出力で常に発電し続ける原子力発電のような「ベースロード電源」に向いています。
一方、レーザー核融合は核融合反応を起こすたびに試料にレーザーを照射する必要があるため、その頻度を調整することで柔軟に出力を変更することが可能だと考えられています。
「磁場閉じ込め型核融合がベースロード電源を担い、レーザー核融合がピーク電源を担う。かつての原子力発電と火力発電のような棲み分けができるのではないかと考えています」(藤岡教授)
「壁」を超えたレーザー核融合
重水素とトリチウムが爆縮するようすを撮影したもの(撮影は2016年)。
LLNL/Don Jedlovec
核融合炉に対する世界的な期待が高まっているとはいえ、技術的にはまだ研究開発が必要な段階です。これはレーザー核融合も同様です。
レーザー核融合を巡っては、実は2021年夏に大きなブレークスルーがありました。
アメリカ、カリフォルニア州にあるレーザー核融合実験施設であるアメリカ国立点火施設(NIF)の実験で、「高出力のレーザーを照射するために必要なエネルギー」とほとんど同じ規模のエネルギーを得ることに成功したのです。このとき得られたエネルギー約1.3MJ(メガジュール)は、NIFが2021年春に実施した実験の8倍、2018年の実験の25倍にものぼります。
レーザー核融合を利用して発電をするなら、核融合反応によって得られるエネルギーが「核融合を発生させるために投じる(レーザーなどに消費する)電力」よりも大きくなければ意味がありません。藤岡教授はNIFの成果について「いわば『損益分岐点』にやっと到達したといえます」とその意義を語ります。
レーザー核融合で大量のエネルギーを得るには、レーザーを当てて試料の中心部で核融合反応を起こすだけでなく、その瞬間に生じた熱によって周囲に「連鎖的に」核融合反応を生じさせる必要があります。
2021年夏のNIFの実験では、レーザーの設計変更や、均等に圧縮するためにできる限り試料を丸く作るなどさまざまな工夫の結果、これまでの成果を劇的に上回る効率で、試料内で核融合反応を「燃え広がらせる」ことができました。
ただ、レーザー核融合を実現するには、入力したエネルギー「以上」のエネルギーを生み出さなければなりません。
実は理論上、試料が核融合反応で燃えれば、投入したエネルギーの約10倍ものエネルギーを得ることができます。そう考えると、2021年の夏にNIFが報告した実験でも、核融合反応が燃え広がった領域はまだ小さいのです。
レーザー核融合をより現実的なものにするには、今よりも試料全体に核融合反応が広がり、回収できるエネルギーを増やすためのさらなる工夫が必要になります。
ただ、この点について藤岡教授は、
「NIFのレーザーが核融合反応を起こすためにギリギリの出力だったため、レーザーの当て方や試料の質などにもこだわらざるをえなかった可能性があります。もっと高出力のレーザーを使えば、核融合反応を起こすこと自体はもっと簡単だったのではないかと思っています」
と話します。
資金面の問題はあれど、お金をかければレーザーの出力を高めることはある程度可能です。また、高い出力のレーザーの技術開発が進むことで、十分な核融合反応を起こすこと自体はそう難しくはなくなるだろうと指摘します。
むしろ技術的に課題が大きいのは、「レーザー核融合を継続的に実現するシステム作り」の方だと藤岡教授は話します。
高速で移動するミリサイズの試料にレーザーを当て続ける
高速で移動するミリサイズの試料にレーザーを当て続ける
提供:藤岡教授
レーザー核融合を実現するには、ひたすら供給される数ミリサイズの試料に、核融合反応が起こるほどの高い出力のレーザーを的確に当て続けなければなりません。
口で言うのは簡単ですが、実現するのはかなり難しそうです。実際、藤岡教授も、
「今は『レーザーで核融合反応を起こせるのかどうか』という点にフォーカスして研究が進められていますが、次のステージでは『連続的にレーザーを当てる』という部分が課題になります。私自身、この部分が一番難しい技術課題だと思っています」
と、高出力のレーザーを制御する技術に課題があると話します。
ただ、これも絶対に実現できない技術というわけではなさそうです。
例えば、半導体の製造現場で使われている「極端紫外光」という光を生み出す装置(EUV露光装置)の中では、「連続的に落ちてくる『すず』のしずくに、毎秒5万回ものレーザーを照射する」ということが実現されています。
「もちろんレーザー核融合を実現するには、はるかに大きい出力のレーザーを全方位から照射する必要があります。また、核融合で使う試料はすずよりも取り扱いが難しい冷凍された水素です。ただ、ベースとなる技術はもう既に実用化されていて、身近なものにも使われているんです」(藤岡教授)
極端な話、そのスケールアップを目指していけばよいわけです。
だからこそ藤岡教授は、
「我々としては、レーザー核融合を最終的なゴールに設定した上で、その要素技術を利用する研究によって、装置のコストダウンや技術の成熟に貢献するようにしていきたい」
と、これから先の研究に対する考え方を語ります。
宇宙デブリ対策や半導体開発に活用も
核融合産業が世界的に活況にあるとはいえ、主流である磁場閉じ込め型の核融合炉でも実証プラントの完成が早くても2020年代後半。発電を実現する原型炉の完成はその後。レーザー核融合の実装となると、さらにその先になるという見方が現実的です。
そう考えると、レーザー核融合を「ビジネス」として捉えるのは、まだ当分先のことのようにも思います。しかし実は、2021年に、日本でもレーザー核融合の実現を目指すスタートアップが誕生しました。
EX-Fusionの松尾一輝代表。アメリカ出張中に取材に応じた。
取材時のスクリーンショット
レーザー核融合スタートアップ、EX-Fusionの代表を務める松尾一輝さんは、
「最終的にレーザー核融合を目指していますが、基本的にその過程で出てくるレーザーの制御装置などはかなり応用がきく商品です。我々が貢献しているのは『光産業』であり、光産業はもうすでに社会の基盤技術になっています。レーザー核融合炉実現の手前では、コンポーネントの販売を進めたり、レーザーの応用をしていく予定です」(松尾さん)
と、Business Insider Japanに今後のビジネス展開を語ります。
では、レーザー核融合の技術には、どのような応用可能性があるのでしょうか。
松尾さんは、「宇宙デブリ(ゴミ)の除去」を例に挙げます。
「次々と投入される核融合の試料にレーザーを当てる」という、レーザー核融合で必要とされるレーザーの制御技術を活用して、「地球に高速で向かってくるデブリをタイミングよく狙い、レーザーで排除する」ことが可能になると考えられているというのです。
実際、スカパーJSATや理化学研究所などは、2026年にレーザーを照射して宇宙デブリを除去するサービスの提供を目指し開発を進めています。宇宙産業が成長産業である以上、今後需要が高まっていく分野だといえます。
また、松尾さんは「すでに実用化されているもので売上が大きい分野で言えば、半導体製造に欠かせないEUV露光装置にも技術を生かすことが可能です」と話します。
EUV露光装置の内部では、先程説明したように「すず」のしずくにレーザーを当てることで極端紫外光を発生させています。
「ただ、すずにレーザーを照射する際に打ち損じることがあります。打ち損じると装置が汚れて、クリーニングのために止める必要が出てきます。すずのしずくを小さくすればゴミは減らせますが、今度はちゃんと当てるのが難しくなる。そこにレーザーの制御技術が応用できるはずです」(松尾さん)
実際、EX-Fusionでは、自社で開発しているレーザーの制御装置の開発に目処が立ち、2023年度以降にも納品に向けて動き出そうとしていると言います。
レーザー核融合の実現までには、まだ数十年スパンで時間がかかると考えられているものの、その要素技術は幅広く社会に実装できます。藤岡教授はレーザー核融合の技術開発に対する考え方を次のように語ります。
「磁場閉じ込め型をベースに核融合炉の研究を進めていくのが国の方針です。ですので、幅広い応用でベースの技術をとにかくしっかりと構築して、いざ自分たちの出番が来た時に手を挙げられる状態にしておく。レーザー核融合の研究者としては雌伏の時かなと思っています」(藤岡教授)