南極半島付近で、ボートとドローンを使ってザトウクジラを調査する様子。
Duke University Marine Robotics and Remote Sensing under NOAA permit 1 4809 - 03 and ACA permits 2015 - 011 and 2020 - 016
- クジラは地球上で最も大きな動物であり、その巨大な体は炭素循環の一翼を担っている。
- 彼らは生きている間に体内に炭素を取り込み、その排泄物で生物多様性を育む。
- 死ぬと海の底に沈み、炭素の貯蔵庫として機能しているという。
クジラは生きているときも、死んでからも、炭素を大気から隔離していると研究者が論文で述べている。
クジラは非常に大きい。最大のものになると恐竜よりも大きい。そのため生涯を通じて取り込む炭素の量も相当なものだ。クジラが炭素を貯蔵する能力だけで、気候危機の解決につながるわけではないが、それでもクジラの生息数を増やすべき理由の1つになっていると科学者は考えている。
彼らの研究をまとめた論文が、学術誌「Trends in Ecology and Evolution」に2022年12月15日付で掲載された。
クジラは自然に炭素を蓄えている
クジラがフンをすると、それを餌とするプランクトンが増え、プランクトンは大気中の炭素を取り込む。クジラが死ぬと、海底で炭素の貯蔵庫となる。このような炭素隔離の仕組みが下図で説明されている。
クジラによる炭素隔離の仕組み。
Trends in Ecology & Evolution/Pearson
大小を問わず、どんな動物も炭素循環を担っている。地球上のすべての生命体の中に炭素が存在しており、動物は植物や他の動物を食べることで炭素を取り込み、植物は大気から炭素を取り込んでいる。
動物が取り込んだ炭素は、その動物が死ぬまで体内に蓄積されるか、フンとして排出される。それが他の動物や植物に取り込まれ、再び食物連鎖に戻される。
クジラのように大きな体になると、その影響も極めて大きなものになる。
「クジラは非常に大きいので、蓄えている炭素の量も相当なものだろう」と、論文の筆頭著者でアラスカ・サウスイースト大学の生物学者ハイディ・ピアソン(Heidi Pearson)はInsiderに語っている。
クジラは体重が150トンにもなり、100年以上生きることもある。そして大気から取り込んだ膨大な量の炭素を体内にため込む。
「クジラは海に浮かぶ森林のようなものだと考えられる」とピアソンは言う。
米マサチューセッツ州沖のステルワーゲンバンク国立海洋保護区で餌をとるザトウクジラ。
Elliott Hazen
食べて、排泄して、生態系をよみがえらせる
体内に蓄積されないものは、排泄物として海に戻っていく。
これが生態系にとって非常に重要であることは、先行研究で明らかになっている。
1900年代に捕鯨が盛んに行われ、クジラの個体数が減少すると、プランクトンの数まで減少してしまった。プランクトンはクジラのフンを餌にしているため、クジラが1頭減るだけで海の生態系が大きくバランスを崩してしまうのだ。
クジラがプランクトンなどの命を支えることで、他にも多くの生物が生まれ、それらが大気中の炭素を吸収する。クジラはそれらの生物を大量に捕食し、そうやって取り込まれた炭素が、何十年にもわたってクジラの体内に閉じ込められる。
そして、クジラは死ぬと海底に沈み、死骸に含まれた炭素もそこに留まることになる。
「炭素は大気から隔離された状態を何百年、何千年、あるいはもっと長い間、維持することになる。クジラはこれを自然に行っているのだ」とピアソンは言う。
海面をジャンプするザトウクジラ。メキシコのバハ・カリフォルニア半島、カボ・サン・ルカス沖で撮影。
Getty Images
気候危機を解決する決め手にはならない
クジラの数を増やすことは、炭素隔離の効果を高めることにつながる。
「さまざまな理由から、クジラを保護する意義は大きい。クジラは健全な生態系の重要な構成要素であり、生物多様性の危機が叫ばれる現代において、生物多様性を育む役割を担っている」とピアソンは語る。
「気候変動に対してよい影響を与えるということも、理由の1つだ」
クジラの保護というと、現在では捕鯨を禁止するというより、船舶との衝突を避け、穏やかな海を保ち、漁具にクジラが絡まないようにするなど、海洋保護区を設けることが重要だとピアソンは言う。
「それともう1つの大きな理由は気候変動だ。つまり結局は元に戻るということになる」
しかし、ピアソンは、それだけが気候危機に対する有効な解決策と見なすべきでないと警告している。
自然に基づく解決策を提唱する人々は、植林や再野生化(re-wilding)の促進などによって生物多様性を取り戻せば、大気中の過剰な炭素の多くを生物に取り込むことができると主張している。これは事実であり、この方法は環境にとって確かにプラスの効果をもたらすが、それだけでは十分ではない。
世界銀行によると、世界の平均気温上昇を摂氏2度以下に抑えるという「パリ協定」の目標達成に向けて、2030年までにやるべき気候変動緩和策のうち、自然に基づく解決策で担えるのは37%だと試算されている。
「自然保護は問題解決の決め手とはならない。たとえ、強力な保護策を講じて、クジラの個体数を産業革命以前の豊富な状態にまで回復させたとしても、気候危機の解決にはならない」と彼女は言う。
「それは、我々がやらなければならないことのほんの一部に過ぎないのだ」