なぜロシア人に海外旅行をする余裕がある? 悪化するロシア経済との矛盾

プーチンの写真

ロシアのプーチン大統領(2022年11月23日、アルメニア)。

Contributor/Getty Images

ウクライナとの戦争の予期せぬ長期化と、欧米を中心とする国際社会からの経済・金融制裁を受けて、ロシアの経済は着実に疲弊している。最新7〜9月期の実質GDPは前年比4.0%減と、前期(同4.1%減)と同様に厳しい結果となった。続く10月の月次の実質GDPも前年比4.4%減と、9月(同4.5%減)とほとんど変わらなかった。

石油やガスの輸出が中国やインドなど新興国向けに好調であるから、「ロシアの経済は盤石だ」という見方は的外れだ。

石油やガス輸出で潤っても「ロシア経済は盤石」であるはずがない

確かに、ロシア最大の国営石油企業であるロスネフチの業績は、ドイツ政府に同社のドイツ部門を接収されるなどしたものの、好調を維持しているようだ。好調な石油やガスの輸出を受けてロシアの財政も潤ったはずだが、その相当な部分が戦費に充当されていると考えられる。

それに財政が潤ったところで、モノが生産できなければ経済は成長しない。ロシアの製造業は輸入依存度が高く、国内で完成品を生産するためには、海外から中間財や資本財を輸入しなければならない。そうした中間財や資本財の輸入をヨーロッパに頼っていたため、国際社会からの制裁を受けてロシアはモノが生産しにくい状況になった。

スターズコーヒーの看板の写真

スターバックスのロシア撤退後にオープンした「スターズコーヒー」のロゴ。2022年8月18日撮影。

REUTERS/Maxim Shemetov

潤った財政を原資に経済対策を打っても、完成品の生産に必要な中間財や資本財を輸入できなければ国内でモノが作れず、売ることはできない。それに、完成品の生産に必要な中間財や資本財の調達先を、ヨーロッパから中国やインドへとすぐにシフトできるわけでもない。第三国を通じた並行輸入でカバーするにしても限界がある。

それでも、ロシアでは減少した輸入品について、その代替生産が国内である程度は行われているようだ。が、そうした急ごしらえの国産品の品質が輸入品と同等とは考えにくい。

加えて、代替品を増産すれば、これまで作っていたモノの生産が滞ることとなる。財政が潤っても、ロシアの経済は着実に悪化していると考えられる。

ロシア人観光客の回復を見込むタイ

ドンムアン国際航空の写真

タイのドンムアン国際空港。

MosayMay / Shutterstock.com

ロシアの経済が悪化していることは間違いない事実だ。

一方で、ロシアからの観光客を呼び込もうとする国は少なからず存在する。東南アジアのタイもまた、そうした国のうちの一つだ。タイは欧米を中心とする国際社会による対ロシア制裁に参加せず、あくまで中立の姿勢を保っている。

タイには、新型コロナ流行前までロシアから多くの観光客が訪れていた。年間150万人近いロシア人がタイに入国、特にロシアの厳冬期にあたる1〜3月期には60万人近いロシア人がタイに押し寄せた。首都バンコクから南に150キロ程度下ったパタヤなどのリゾート地でバカンスを過ごすことが目的だ(図表1)。

ロシアがウクライナに侵攻した直後の2022年春には、欧米からの経済・金融制裁を受けてクレジットカードが利用できなくなったロシア人観光客がタイのビーチリゾートで右往左往している姿がよく報じられた。その後、ロシア人観光客の数は減少したが、10月末にタイとロシアとの間で定期便やチャーター便が増え、再び増加に転じた。

その結果、10月のロシアからの入国者数は4.4万人と9月(1.6万人)から3倍近く増えた。

このペースが続けば、10〜12月期は20万人近いロシア人がタイに入国することになる。またタイ観光・スポーツ省は、来年1〜3月期にタイに入国するロシア人が約38万人と、新型コロナ前の6割程度まで回復すると見込んでいる。

グラフ

(注)2022年10~12月期は筆者による、2023年1~3月期は当局の推計

(出所)タイ観光・スポーツ省

すでに欧米では出入国が正常化しており、コロナ前の状況に戻っている。

タイもまた入国規制を撤廃しており、出入国は自由だ。そうした中で、今度のハイシーズン(2023年1〜3月期)のロシア人観光客数はコロナ前の6割の水準が期待されている。6割しか戻らないのか、それとも6割も戻るのか。この数字をどのように評価すべきだろうか。

ロシア人観光客がなぜ増えるのか

経済が悪化し、生活が苦しくなっているはずのロシア人がなぜタイに押し寄せるのか。それには主に2つの理由がある。

理由1 タイ政府の「ロシア観光客誘致」

まず、タイ側がプロモーションを仕掛けている側面が大きい。ゼロコロナ政策を堅持する中国からの観光客の回復が見込めず、タイの観光業は厳しい状況が続く。代わりにロシアから観光客を誘致し、少しでも観光業を活性化させたいタイ政府の意図があるようだ。

現地報道によると、パタヤの各ホテルは新型コロナ前よりも価格を割り引いてサービスを提供している模様である。政府による指導や補助がどの程度あるのかは不明だが、ホテルもまた、割引価格でロシアからの観光客を誘致しようとしているわけだ。官民が一体となって振興策を打った結果が、ロシア人観光客の増加につながっている。

理由2 ルーブル高で「海外旅行が安い」

グラフ

(出所)タイ中央銀行

ロシア側の理由もさまざまだろうが、大きな要因として、ルーブル高があると考えられる。ウクライナ侵攻を受けて暴落したロシアの通貨ルーブルだったが、その後は急激に反発し、いまや高値圏にある。輸入の急減で貿易収支の黒字が急増したことや、薄商いで相場が回復しやすかったことなどがその主な理由と考えられる。

一方で、タイの通貨バーツは、世界的なドル高の流れを受けて安値圏にある。その結果、ルーブルの対バーツ相場もまた、ルーブル高バーツ安となっている。実際、ルーブルはバーツに対して、侵攻前と比べ50%上昇し、侵攻直後の2倍近い高値となっている。こうしたルーブル高が、ロシア人にタイで安いバカンスを実現させているようだ。

そうはいっても、タイでルーブルを両替する際には、かなりの手数料が取られる。パタヤの外貨ショップのサイトを参照すると、タイ時間12月15日18時時点で1ルーブルあたりの売値は0.58バーツだが、買値は0.4ルーブルと、米ドル(売値35.1バーツ、買値34.65バーツ)や日本円(売値0.2595バーツ、買値0.256バーツ)に比べてかなり割り引かれている。

いずれにせよ、タイを訪れるロシア人観光客の多くが、所得の高い層に属することだけは間違いないだろう。ロシアの国内では厭戦ムードが広がっており、開放感を求めるロシア人がバカンス先にタイを選んでいるのだろう。同様の理由からトルコに旅行に出かけるロシア人も少なくないようだが、避寒地としての魅力はタイのほうが勝る。

順調な回復は見込みがたいロシア人観光客

空港の写真

シェレメーチエヴォ国際空港に並ぶアエロフロート機(2020年4月撮影)。

REUTERS/Tatyana Makeyeva/File Photo

結局、ロシア経済は着実に悪化しているが、まだ余裕があるロシア人の層が少なからずいる。そうした人々が、タイにバカンスとして来ているというのが真のところだろう。とはいえ、タイを訪れるロシア人観光客がこのまま増加し続ける展望は描きにくい。ロシアの経済は着実に疲弊しており、今後はさらに悪化していくと予想されるためだ。

ロシア政府は2023年度の予算の3分の1近くを国防費関連に充てるようだ。もちろん、これはウクライナとの戦争に費やされる。再来年の2024年に大統領選を控えていることもあり、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ウクライナとの戦争に固執するが、一方で医療費や教育費を削減しており、ロシアの人びとの生活はさらに苦しくなる。

経済の疲弊で所得に余裕がある人々は着実に減っていく。一部の富裕層は盤石でも、多くの中間所得者層の所得は減少する。ウクライナとの戦争が長期化し、戦時色が濃くなれば、ロシア側の出入国管理も厳しくなる。

ロシアからの観光客が順調に回復するシナリオは。描きにくいし、タイもまたそれを見越しているからプロモーションの強化に努めているのだろう。

タイとしては、中国がゼロコロナ政策を緩め、中国からの観光客が回復するまでの「つなぎ」として、ロシア人観光客に期待したいというところだろう。いずれにせよ、タイに入国するロシア人の動きは、ロシア経済の実情を表すものとして有益なはずだ。注目すべきは、来年以上に再来年のハイシーズン(2024年1〜3月期)の動きだろう。

つまり2024年のハイシーズンにタイを訪問するロシア人観光客が、2023年のハイシーズンよりと同程度なら、ロシアの経済は大方の予想よりも持ち応えているのかもしれない。一方で、顕著に減少していれば、やはりロシアの経済は着実に悪化していることになる。後者の確率のほうが高いというのが筆者の私見だ。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です

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