中国は3年近く続けて来たゼロコロナ政策を大幅緩和した。
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今月7日、中国で3年近く維持されていたゼロコロナ政策の大幅緩和が発表された。厳しすぎる行動制限、経済の混乱で国民の我慢が限界に達し、政策の転換を迎えたわけだが、大規模なPCR検査や濃厚接触者の追跡が突然なくなったことで、中国は新たな混乱に包まれている。政策修正によって2023年のGDP成長率は5%まで回復するとの見通しもあるが、不確実性はなお高いままだ。
追い込まれて突然の緩和
中国政府は12月7日、新型コロナウイルスの感染対策を「適正化」するとして10項目の措置(新10条)を発表した。従来は1人でも感染者が出ると、棟ごと封鎖して全員隔離した上でPCR検査を行ったり、オフィスビルや商業施設を即時閉鎖した。感染者が増えてくると、省や自治区を超えて移動する際や公共施設に立ち入る際にも陰性証明書や個人の感染リスクを示す健康コードアプリの提示が求められ、物流停滞を引き起こしていた。
新10条では、一斉PCR検査の大幅な縮小や、特定の施設以外での陰性証明書・健康コード提示の取りやめ、無症状・軽症感染者の自宅隔離の容認などを盛り込んだ。
ゼロコロナ政策の緩和は11月から模索されていた。財政圧迫に悩む地方政府がPCR検査の有料化に動き、中国当局は同月11日に濃厚接触者の隔離期間短縮や、行動制限やPCR検査の対象となる人をできるだけ減らすことを謳った20項目の措置(20条措置)を発表した。行き過ぎた規制・制限が頻発し、市民生活の混乱が深まっている状況を受けた措置だったが、ゼロコロナ政策を巡る政府や当局幹部の発言にも揺れが見られ、11月に感染者が急増する中で市民の体感的にゼロコロナ政策はむしろ強化しているように映った。
世界最大のiPhone生産拠点である鴻海精密工業(フォックスコン)の鄭州工場では感染や行動制限を嫌って従業員が大量離脱、アップルが生産減少について声明を出すほど影響が生じた。11月下旬に入ると広州市や新疆ウイグル自治区、上海市、北京市など多くの都市で抗議行動が発生し、SNSで拡散した。
抗議活動の広がりを、「3期目に入った習近平政権が権力を固めきれておらず、反対派が後ろにいる」「権力移行期の事象」と分析する声もあった。真相は定かではないが、いずれにせよ政権はゼロコロナ政策の大幅緩和に踏み切った。
感染恐れ人通りが減少
緩和後は発熱外来の受診者が激増。解熱剤や風邪薬を求めて薬局には列ができている。12月中旬、南京で撮影。
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ゼロコロナ政策は緩和されたものの、撤回・終了には至っていない。だが、制限が突然緩み、あれほど頻繁だったPCR検査も大幅に縮小され、市民の多くは急激な変化に戸惑っている印象だ。今は喜びや安堵より、感染爆発への不安の方が上回っている。
7日を境に春節(2023年1月)前後の交通チケットや宿泊施設の予約が急増。同時に検索ポータルのバイドゥでは「検査で陽性になったら」「家族が感染したら」というワードの検索が急上昇した。解熱剤や風邪薬の販売も伸び、北京市の衛生当局は12日、発熱外来の受診者が1週間前の16倍になったと発表した。行動制限が緩和されたにもかかわらず、感染を恐れてテレワークに切り替える企業が増え、北京市内はむしろ人通りが減った。
14日には無症状感染者の人数の公表が打ち切られた。PCR検査の大幅な縮小と、無症状・軽症者の自宅隔離を認めたことで実数を把握しにくくなったからだ。
国民の不安に乗じて、検査キットを高値で販売する転売ヤーも暗躍し始めた。政策緩和が発表された7日には、北京市朝陽区の消費者行政を管轄する当局が、抗原検査キットを仕入れ値の2~3倍の価格で転売しているとしてドラッグストアに20万元(約400万円)の罰金を命じた。北京市海淀区の当局も12日、写真スタジオが市場価格を大きく上回る価格で抗原検査キットを転売していたと認定し、30万元(約600万円)の罰金を命じた。2件とも「中華人民共和国価格法」第十四条第三項が禁止する「価格つり上げ行為」に抵触していると判断された。
新型コロナウイルスの流行が始まった2020年初めには、マスクの不当販売や詐欺が横行し、仕入れ価格の数倍で転倒販売した天津と北京のドラッグストアが、いずれも罰金300万元(約6000万円)を科された。今回は検査キットや解熱剤絡みの不正行為の増加が警戒され、条例制定を進める地方政府も現れている。
2023年のGDP成長率5%を期待も
抗議デモの拡大に突如政策が転換されたが、ウィズコロナの混乱が早期に落ち着くかは分からない。
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2022年はゼロコロナ政策によって経済活動が停滞し、多くのシンクタンクや調査機関が中国のGDP成長率を2%台と予測する。春先の上海のロックダウンで経済指標が大きく落ち込んだことを受け、中国政府は夏以降景気回復に力を入れてきたが、結局10月からの感染拡大と行動規制によって生産・消費ともに想定以上に悪化してしまった。
もともとは今年2月の北京冬季五輪が終わればゼロコロナ政策が修正され、水際対策も含めた移動も緩和されるとの見方が大勢だったのに、ゼロコロナにこだわったことで経済正常化への取り組みは周回遅れになってしまった。
政府系シンクタンクの中国社会科学院は13日、2023年のGDP成長率の目標を5%以上に定めるよう提言した。大和総研も12日に公表したレポートで「ウィズコロナへの転換が早期に実現すれば、過去3年分のリベンジ消費を牽引役に、同6%超の成長も期待できる」と言及した。
だが足元では年末年始にかけて感染者がさらに増え、春節の大規模移動で感染がピークを迎えるとの懸念も高まっている。中国・北京市にある日本の半導体大手ルネサスエレクトロニクスの主力工場では従業員に感染者が相次ぎ、16日夜から数日間の操業停止に入った。筆者の周りの中国在住者からも発熱・感染の報告が相次いでおり、集団免疫の獲得が進んでいない同国で、ゼロコロナの反動が一気に来る可能性も否定できない。
1年近くにわたって経済関係者や国際社会が疑問を呈し続けて来たゼロコロナ政策はようやく修正が始まった。だが、追い込まれてのタイミングだったため、来るリスクへの備えは心もとない。
ある意味無菌室のような環境に慣れきっていた市民たちは、突如市中感染のリスクと向き合うことになり、日本の1回目の緊急事態宣言(2020年4月)、あるいはデルタ株感染拡大局面(2021年夏)のような雰囲気になっている。本当の意味でウィズコロナが始まったということだろう。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。