撮影:伊藤圭
「ぷいぷい」という独特の鳴き声、驚いた時にきゅっと開かれる小さな口にふわふわした丸っこいお尻……。
テレビアニメ『PUIPUIモルカー』は、モルモットが車になった「モルカー」が大活躍するショートアニメだ。
小さなタイヤでけなげに歩く(走る?)モルカーたちの姿は、子どもだけでなく大人をも魅了し、作品は大ブレイク。見逃し配信の視聴回数が300万回を超えたエピソードもいくつかある。
声優は本物のモルモット
©見里朝希JGH・シンエイ動画/モルカーズ
放送後は毎回、「#モルカー」がTwitterトレンドに入り、あれよあれよという間にぬいぐるみなどのグッズが発売され、自作の似顔絵やぬいぐるみを披露するファンアートも多数投稿されるようになった。
「モルカー」は人形や背景を少しずつ動かしながら、画像を撮影して連続再生する「ストップモーションアニメ」の手法で作られている。生みの親は、アニメシリーズの監督である見里朝希だ。
モルカーたちの、ふわふわかわいいフォルムをつくり出しているのは「羊毛フェルト」という素材。またモルカーの声には、見里家で飼っている本物のモルモット「つむぎ」の声があてられた。
「猫はニャーニャー、犬がワンワンと鳴くのはみんな知っていますが、モルモットがぷいぷいと鳴くのは、皆さんあまり知らないでしょう。それをアニメで伝えたくて、つむぎを『声優』に起用しました」(見里)
©見里朝希JGH・シンエイ動画/モルカーズ
制作は『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』で有名なアニメ制作会社シンエイ動画。2021年1~3月にテレビ東京系の朝の子ども向け番組『きんだーてれび』の1コーナーとして第1期が、続いて22年10月から、同局の子ども向け番組『イニミニマニモ』の中で新シリーズが放送された。
見里すら当初、ここまで多くの人が反応するとは予想していなかったという。
「『モルモット好きの人たちが、SNSで話題にしてくれればいいな』くらいの思いだったので、あっという間にモルカー公式アカウントのフォロワー数が10万を超えたことに、まず驚きました」
世界が注目するアニメーション監督
マイリトルゴート公式サイトよりキャプチャ
見里は大学・大学院在学中からショートアニメーションを多数発表し、そのほぼすべてが高い評価を受けてきた。
中でも2018年に発表された東京藝大大学院の修了制作『マイリトルゴート』は、国内外で30以上の賞を獲得。見里自身も2020年、30歳以下の若手クリエイターに贈られる国際賞「Young Guns」を受賞した。
『マイリトルゴート』は、ほの暗いトーンで描かれた映像のち密さ、美しさもさることながら、児童虐待という社会的なテーマを童話になぞらえて描いた点が大きな特徴だ。
リアルなら悲惨になりかねない描写を、アニメとして寓話的に表現することで質の高いエンターテイメントに仕上げた。
この作品を見たシンエイ動画の社長が「一緒にキャラクターアニメを作ろう」と見里を誘ったことが『PUIPUIモルカー』製作の発端になった。
最初は『マイリトルゴート』のようなややシリアスな中編アニメを想定していたというが、「子どもも楽しめるシリーズもの」へと企画が変わった。
このため、当初案のデザインはややリアルで毛などが詳しく書き込まれていたが、「子どもが絵に描きやすいように」と、シンプルで幾何学的なフォルムに決まった。
「子どもだまし」にはしない
ただ、見里はモルカーを「子どもが楽しめる作品であっても、子どもだましにはしたくなかった」と強調する。
「かわいいキャラがかわいいことをするだけでは、展開が予測できて退屈になってしまう。かわいいのに容赦ないストーリー、キャラクターを追い詰める試練が、物語を面白くする」
見里は、子ども時代に見た『おくびょうなカーレッジくん』や、大学時代に衝撃を受けたストップモーションアニメ『コララインとボタンの魔女』などに影響を受けたというが、これらの作品も社会風刺やホラーの色彩が強い。
モルカーにも、運転手の迷惑行為による渋滞やごみのポイ捨て、室温の高い車内に取り残される猫など、社会的な要素が盛り込まれている。
さらにモルカーには、ハリウッド映画『ワイルド・スピード』シリーズやアニメ映画『AKIRA』など、過去の名作に対するオマージュも散りばめられ、見つけた大人をニヤッとさせる。
「子どもにはかわいい動きを、大人には作品に込めたメッセージや、ひそかな『ファンサービス』を見てもらう。これによって二度楽しめるスタイルを目指しています」
2分40秒の制作に1カ月
爆発シーンの爆炎は、綿と懐中電灯で表現されている。
©見里朝希JGH・シンエイ動画/モルカーズ
モルカーの制作にあたって最も苦労したのが、「1話2分40秒という短い時間で、いかに面白くて分かりやすいストーリーを作るか」だったという。最初に思いつくストーリーで絵コンテを描くと大抵5分を超えてしまい、どこを削るかに苦心した。
人形や背景を少しずつ手で動かしながら画像を撮影するストップモーションアニメは、制作に手間もかかる。さらにエピソードによっては(モル)カーアクションや爆発シーンまで登場する。1日かかっても作れるのは数秒分、1話制作するのに1カ月以上かかったエピソードもあるという。
アニメーションは、1秒間に24コマの画像を使用することで動きを表現する。だが、日本の2Dアニメの現場では1秒のコマ数を減らす「コマ落とし」と呼ばれる手法が一般的だ。作業量を減らすだけでなく、コマ落としならではの視覚的効果もある。
だが、見里はモルカーたちの登場場面については「生きている小動物感」を出すため、24コマをすべて撮影する「フルアニメーション」で制作した。さらに鼻が常にひくひく動くなど、モルモットの動きの特徴も盛り込んでおり「スタッフ泣かせだったかもしれません」(見里)。
ただこうした動きのこだわりと、「羊毛フェルト」でできたモルカーたちの温かみが、視聴者の「かわいい!」を引き出したと言える。
爆発シーンも、カメラワークはハリウッド映画さながらなのに、爆発そのものは綿と懐中電灯で作られていて、ちょっととぼけた効果を生んでいる。ちなみに最も苦労したのは、ヘリコプターの墜落シーンだそうだ。
クリエイターに「なった」弟
声優であるモルモット、つむぎの「アフレコ」も、見里家で1カ月ほどかけて行われた。「体をなでたり、おやつをあげたりして鳴き声をたてやすい状況を作って、すかさず録音機材を差し出した」という。
そもそもモルモットを飼い始めたのは見里の姉で、モルカーにも出演する女優の見里瑞穂だ。大学時代、動物園のプレイコーナーでモルモットに「ドはまり」し、初代の「ミルキー」、二代目の「つむぎ」を迎え入れた。ミルキーも、見里の大学時代の作品『あたしだけをみて』に声優として出演している。
「弟は最初にミルキーが来た時、興味津々だけど噛まれるのが怖いといった風情で、おそるおそる抱っこしていました」と瑞穂は振り返る。しかしまもなく朝希も含め、家族全員がモルモットに夢中になった。
瑞穂は監督としての弟・朝希について「エンタメの視点から、押し付けがましくなくメッセージを届けるのが上手」だと評する。
「子どものころから1つのことに夢中になる気質はありましたが、学生時代はやりたいことがはっきりしない時期もあった。でもアニメ-ションと出合ってから、どんどんクリエイターになっていって、今は姉の目から見ても、世界レベルの作品を作る監督だと思います」
世界から注目を浴びる見里だが、中学から高校2年までは絵もほとんど描かず、表現活動とは無縁の時期を過ごした。そこからわずか10年ほどで、美大から藝大の大学院へ進み、作品が国内外で多数の賞を受けるに至ったのは、生来持つ「才能」のなせる業か、それとも瑞穂の話すとおり、クリエイターに「なった」のだろうか。
次回は彼の生い立ちから、『PUIPUIモルカー』や『マイリトルゴート』のような作品を生み出した背景を探る。
(敬称略・続く▼)
(文・有馬知子、写真・伊藤圭、連載ロゴデザイン・星野美緒)
有馬知子:早稲田大学第一文学部卒業。1998年、一般社団法人共同通信社に入社。広島支局、経済部、特別報道室、生活報道部を経て2017年、フリーランスに。ひきこもり、児童虐待、性犯罪被害、働き方改革、SDGsなどを幅広く取材している。