撮影:伊藤圭
アニメーション監督、見里朝希の姉で女優の見里瑞穂は「弟は熱中すると、1つのものを見続けるのが苦にならないようでした」と話す。
例えば見里が武蔵野美術大学3年生の時、初めて作ったストップモーションアニメ『あぶない!クルレリーナちゃん』。車になったバレリーナが車道でくるくると踊り出し、事故に遭うという筋立てだ。瑞穂によるとこの作品を制作中、見里はバレエ教師である母親の姿をずっと見ていたという。
このほかにも「(エレベーターが主人公のアニメ作品)『恋はエレベーター』では、空港のスケルトンのエレベーターをずっと凝視していました」。
初ストップモーションアニメで受賞
『あぶない!クルレリーナちゃん』は見里が大学入学後、初めて作ったストップモーションアニメだ。
Tomoki Misato YouTubeチャンネルより
見里は大学入学後、しばらくストップモーションアニメの制作をためらっていた。3次元の人形やセットを動かして撮影するため、撮影の場所や機材の確保、人形制作などにお金がかかるからだ。素材としてよく使われる粘土の扱いが苦手だったせいもある。
そんな時、手芸用品店「ユザワヤ」で羊毛フェルトと出合う。値段が手ごろな上に丸めたり針で刺したりするだけで形になり、扱いやすい。この素材を使って『クルレリーナちゃん』を作り、ACジャパンのCM学生賞で優秀賞を獲得。その後も『あたしだけをみて』『PUIPUIモルカー』など、主だった作品の多くに使うようになった。
また見里はこの頃の授業で、同大客員教授の中島信也(東北新社顧問)に言われたことを今も心に留めている。
—— クリエイションは映像、アニメ、紙媒体、デザイン、何であれ見る人の時間を奪う。だからこそ、人々に見て良かった、『得るもの』があったと思ってもらえる作品をつくるべきだ。
お祈りメールに返信
『恋はエレベーター』は恋愛関係のすれ違いを2台のエレベーターで表現した2Dアニメ作品だ。
Tomoki Misato YouTubeチャンネルより
見里は大学卒業後の進路として、就職を念頭に置いていた。『恋はエレベーター』を作ったのも「映画祭で賞を取ると、就活で有利ですよ」と大学の就職支援スタッフに言われたことが一因だ。
面接を受けたのは、数多くのアニメやCM、ドラマなどを制作していた2社。しかしどちらも受からなかった。
「1社は最終面接の手前まで行ったんですが……」と見里。同社から「お祈りメール」が来た時は、あまりにショックで「とても残念です」と、メールを返信したほどだ。
しかし就活の失敗で、かえって「卒業制作に専念しよう」と腹が決まり、結果的には代表作の一つとなる短編アニメ『あたしだけをみて』が生まれた。
人生変えた一作
『あたしだけをみて』は2020年11月にYouTubeに公開された。記事公開時点で2100万回以上再生され、25万の「高評価」が付いているヒット作だ。
Tomoki Misato YouTubeチャンネルより
デート中、男性が手元のモルモットに夢中なことに相手の女性が苛立ち、ついに怒りを爆発させる……というストーリー。
同大教授の陣内利博(67)は、見里の抜きんでた力の一つは「アニメの中に遠近感を作れる」カメラワークにあると評する。この作品の冒頭シーンについて、こう話した。
「女の子の後ろ姿がテーブルの下から映し出されるだけでも斬新なのに、さらに彼女の奥で、別の女の子が手を動かしてお菓子を食べている。写真のような2次元ではなく3次元の動きのある場面を頭に描き、実際に奥行きを持って表現できる人は世界でもまれです」
『あたしだけをみて』は、TOHOシネマズ学生映画祭ショートアニメーション部門グランプリなど、多くの賞を獲得した。その年、東京藝術大学の大学院に合格。
「選考の際はポートフォリオ(作品歴・受賞歴)を評価されたと思います。『あたしだけをみて』を作らなかったら、藝大には入れなかったでしょう」と、見里は自己分析した。
苦悩から学んだ「意見の聞き方」
『Candy.zip』は見里が東京藝術大学大学院の1年次に制作した作品。プラスチック板を使った表現は斬新だったが、反省点も多いという。
Tomoki Misato YouTubeチャンネルより
藝大院では、NHKで長年放映されているストップモーションアニメ『ニャッキ!』の制作者、伊藤有壱に師事。周囲の学生も粒ぞろいで「大学時代とは違う緊張感を持てました」。絵コンテの書き方を含めた、アニメーション制作の具体的なプロセスもみっちり学んだ。
ただ藝大1年の時に作った『Candy.zip』には、反省点も多かった。
「羊毛フェルトに少し飽きて、新しい挑戦をしようとプラスチック板を使いました。素材の魅力は引き出せたと思いますが、表現に時間を掛けすぎてストーリー作りが甘くなった。もっと自分の欲をさらけ出すような物語を作るべきでした」
一人で制作していると「独りよがり」な内容になってしまい、伝えたいことが視聴者に伝わらないことがあると、見里は考えている。このため作品のビデオコンテなどを家族や友人、担当教授らに見せ、意見を聞くようにしてきた。しかしCandy.zipではそれが裏目に出た。
見里自身が悩みながら制作していたこともあり、意見を言われるたびに立ち止まって考えてしまった。その結果、自分のやりたいことが十分ストーリーに反映できなかったという。
撮影:伊藤圭
「制作技術がどんなに進歩し、どれほどCGがリアルになっても映像作品の魅力はやはり中身、ストーリーです。この作品以来、意見は求めますが納得した内容だけを取り入れ、自分のやりたい『軸』はぶれさせない、という心構えに変わりました」
社会課題は「オブラートに包む」
『マイリトルゴート』は2022年6月にYouTubeで公開以来、580万回以上再生され、30万の「高評価」がついている(記事公開時点)。
提供:見里朝希
見里は院修了の際、またしても就活に失敗している。相手から断られたわけではなく「制作職」の募集を見て面接に行ったら、実際は制作進行だったという「落ち」だ。
この時もがっかりしたが、大学時代同様、修了制作に打ち込むよう頭を切り替えた。藝大のアトリエに簡易ベッドを持ち込み、泊まり込みながらほぼ1年をかけて作ったのが『マイリトルゴート』だ。
ストーリーは、童話『オオカミと7匹の子ヤギ』がベース。10分ほどの短い上映時間で被害者と加害者がくるくると入れ替わり「善とは」「親の愛とは」などを考えさせられる。かといって教条的ではなく、ハラハラ、ドキドキしながら見られる娯楽作品でもある。
見里はこの作品で一気に「社会問題に切り込んだ作品を作る」という評価が高まった。ただ本人にはまず「表現したい演出が先にある」という。
『あたしだけをみて』は、女の子が怒りを爆発させる様子や、男の子が逃げる場面、モルモットがスマホに変わる場面など、作りたい映像からストーリーを起こした。
『マイリトルゴート』は童話の「その後」を描いているが「お母さんヤギがオオカミのお腹から子ヤギたちを助け出した時、すでに消化が始まっていたら……」という発想からイメージを膨らませて、児童虐待の要素を取り入れていった。
『マイリトルゴート』のイメージボード(設定画)。
提供:見里朝希
見里はアニメーション制作を志した時から、一貫して「作品にエンターテイメント性を持たせ、映像で楽しませること」にこだわってきた。「虐待」などの社会課題を前面に押し出すのではなく、オブラートに包んで作品にそっと入れ込むのが、見里のやり方だ。
「虐待はダメだとはっきり言われると『そんなこと分かっているよ』とイライラする人もいるかもしれない。エンタメの中でさりげなく発信した方が、素直に受け取ってもらえることもあるでしょうし、そこが演出のしどころだと思います」
「人生の半分賭けた」作品が未来を変えた
『マイリトルゴート』の撮影風景。セットを作って照明を当て、キャラクターを手で動かしながらひたすら撮影していく。
提供:見里朝希
見里は『あたしだけをみて』と『マイリトルゴート』を「人生の半分を賭けて作った」と振り返る。ふたつの作品はそれぞれ、見里が次のステージへと進むための大きな出会いをもたらした。
一つは連載第1回で紹介したように、『マイリトルゴート』が後の「モルカー」制作会社、シンエイ動画との縁をつないだこと。
もう一つは2017年、アニメーション制作会社WIT STUDIOのプロデューサー山田健太が、映画祭でグランプリを獲った『あたしだけをみて』を見たことだ。彼は見里に「何か一緒にやりましょう」と声を掛け、その後も関係が続いていた。
WIT STUDIOは2020年12月、ストップモーションアニメのスタジオを新たに立ち上げ、見里を監督として迎えた。セットも人員も、規模が格段に大きくなった制作環境で、見里はこれから何を目指そうとしているのだろうか。
(敬称略・第4回に続く▼)
(第1回はこちら▼)
(文・有馬知子、写真・伊藤圭)
有馬知子:早稲田大学第一文学部卒業。1998年、一般社団法人共同通信社に入社。広島支局、経済部、特別報道室、生活報道部を経て2017年、フリーランスに。ひきこもり、児童虐待、性犯罪被害、働き方改革、SDGsなどを幅広く取材している。