撮影:伊藤圭
アニメーション監督、見里朝希は、幸運の女神に見放された2度の就活から一転、アニメーション制作会社WIT STUDIOに人生初の就職を果たした。
現在は同社が新しく立ち上げたストップモーションアニメのスタジオの監督として、多くのスタッフと協力しながら制作に取り組んでいる。
インタビュー時も多忙を極めていたようで「(同社が制作する人気アニメ)『SPY×FAMILY』もまだ見てません」と半ばぼやいていた。
新しい挑戦ができるワクワク感
WIT STUDIOと言えば、テレビアニメ『進撃の巨人』における空中アクションシーンが特に有名だ。
Netflix Japan 公式YouTubeチャンネルより
見里が『PUIPUIモルカー』を含めこれまで制作に使っていたのは、主に「親戚が所有するアパートにある6畳の部屋と、祖母の家の4畳半の部屋」だった。
しかしWIT STUDIOが立ち上げたスタジオには、アパートの部屋よりもはるかに大きい部屋が7つもあり、スタッフの人数もけた違いに多い。
その分、スタッフとコミュニケーションする負担も増えたし、思いついたらすぐオリジナル作品を作り始める、というわけにもいかなくなった。
それでも見里は、スタジオ第一作の『Candy Caries』で、プラスチック板を使ったモーションアニメと、WIT STUDIOがノウハウを持つ2Dアニメを融合させるという、新しい試みに挑戦している。
WIT STUDIOと言われて多くのアニメファンがイメージするのは、前シーズンまで制作していた『進撃の巨人』だろう。巨人との戦闘シーン、空中を高速で移動する人間を追いかけるように映し出すカメラワークに、多くのファンが「これは絶対、アニメでしか再現できない」と感嘆させられた。
見里は「進撃などの作品を見て、WITは新しい手法や表現を取り入れることに前向きな会社だとずっと感じていました。だからこそ、日本ではなじみの薄いストップモーションアニメという新しい領域に挑もうとしているのだと思います」と語る。
WIT STUDIO側も見里との協業で「制作のジャンルを広げて新しい映像のニーズに対応し、今までのカラーとは違うアニメを発信」することを目指すとしている。
「ここでなら、モーションアニメの領域で存分に挑戦できるというワクワク感はすごくあります」と、見里は期待を口にした。
完璧でない手作り感がモーションアニメの魅力
見里がWIT STUDIOで制作した第一作『Candy Caries』。幼児とその口に住まう虫歯のキャラクターの賑やかな日常が描かれる。
WIT STUDIO 公式YouTubeチャンネル
日本は緻密な2Dアニメのコンテンツが豊富で、海外での人気も高い。『トイストーリー』のような3DCGアニメも発展する中、ストップモーションアニメはいずれなくなるのでは、と言われた時代もあったという。しかし見里は「そんなことはない」と断言する。
「ストップモーションアニメは多くの人に受け入れられることを、モルカーでも確信しました。スタジオの立ち上げを機に、この分野がもっと注目されるようになり、国内の他のクリエイターからもいい作品がたくさん出てきてほしい」
ストップモーションアニメの良さは「手作り感や、完璧でないことが生み出す温かみ」だと見里は言う。「コマ撮り」で作られた画面は、たとえ1秒に24コマもの画像を撮影する「フルアニメーション」であっても、2Dアニメのような滑らかな動きにはならない。
特に見里の作品は、限りなく細部にこだわる部分もあるが、意図的にかなり大まかな動きで流す場面もある。その「抜け」や「遊び」が視聴者をほっとさせる。
©見里朝希/PUI PUI モルカーDS製作委員会
見た人が「自分も作れそうな気持ちになれる」ことも特長で、ファンが自ら羊毛フェルトでモルカーたちを作り投稿するといったファンアートも盛り上がる。
見里は今後の制作について「ずっと同じでは視聴者に飽きられるし、制作するモチベーションも下がる。新しい作品を作る時、3割くらい今までにない試みをしたい」と意欲を示す。
素材についても「羊毛フェルトを極めたい気持ちもあるが、シリコンなどの新しい素材も使ってみたい」と話す。ただ何よりも「物語とキャラクターの必然性」から素材を選ぶことが大事だ、という。
『マイリトルゴート』のヤギ、『モルカー』のモルモットには、羊毛フェルトが適していた。一方、『Candy Caries』は2Dアニメとの相性を考慮し、平たくつるりとした質感のプラ板を採用した。
「素材のメリット、デメリットが表現したい内容に合うよう、作品をコントロールしていきたい」
才能とは実現する力を積み重ねること
『マイリトルゴート』の撮影風景。物語は、オオカミに食べられた我が子たちが消化されかけているという衝撃的なシーンから始まる。
提供:見里朝希
改めて、才能とは何だろうか。
作品だけを見ると、見里には他の人にない「クリエイターとしての才能」が生来与えられているように思える。しかし見里には、自分が新奇な発想や「ひらめき」に恵まれている、という認識はないようだ。
「マイリトルゴートの時に、(モチーフとなった童話『オオカミと7匹の子ヤギ』で)『ヤギの子たちが消化されかけていたら……』と僕がふと思いついたように、日常生活で疑問が浮かぶことは誰でもあるでしょう。それを言葉にするか、作品にするかの違いにすぎないように思います」
見里の恩師である、武蔵野美術大の陣内利博は言う。
「才能とは、本当にやりたいことを自分で探し出し、それを実現する力を少しずつ積み重ねることじゃないでしょうか。見里君は、とにかく『アニメーション』というやりたいことに気づくのが早く、アニメに対する熱意と愛情、行動力が抜きん出ていました」
やりたいことを実現する力とは、必ずしも画力や表現力、構想力だけではなく、スケジュールを立てて人を集め、作品をみんなで形にすることも含まれると、陣内は指摘する。
「私たちは大学でも、アーティストを育てるのではなく『制作には多くの人が関わる』ことを教えています」
そういう意味では見里も、多くのスタッフを巻き込んで制作に取り組む今、本当の意味でアニメの「作り手」になろうとしているのかもしれない。
「見里君は、作品を通じて多くの人を感動させたり救ったりすることと、商業的なエンターテイメントとして見る人のすそ野を広げることを、両立できる人。その力を才能というのなら、彼が自分で才能をつくってきたのです」と陣内は語った。
行動し、形にし、発信することが大事
見里は学生映画祭に『あたしだけをみて』を応募し、観客賞を受賞した。
提供:見里朝希
見里自身は、アニメの監督として認められるようになった大きな要因として「在学中、作品を映画祭や展示会に応募しまくったこと」を挙げる。
「作品を出展し映画祭に参加することで、プロのクリエイターや同世代のすごい作品の作り手たちと出会えたし、賞を取ると各地の映画祭から、他の作品も含めた上映依頼を頂くようになりました。シンエイ動画やWIT STUDIOとの縁も、受賞がなければ生まれなかった」
全国の大学や専門学校の学生が作った作品を集めて上映する「インター・カレッジ・アニメーション・フェスティバル(ICAF)」にも、陣内の誘いで大学2年から参加するようになり「クオリティの高い作品ばかりで衝撃を受けた」。『あたしだけをみて』と『Candy.zip』は、ICAFの観客賞も受賞している。
こうした経験から、見里は若い世代に対して「自分の生み出したものを、周りに発信することが大事」だと呼びかける。
撮影:伊藤圭
「同級生の中には、映画祭に作品を出すなんて恥ずかしい、と応募しなかった人もいます。しかし見る人がいるからこそ、作品をブラッシュアップするきっかけも得られるし、人とのつながりも広がっていきます」
どんなに新鮮なアイデアも、創造性あふれるクリエイションも、頭の中だけで描いているだけでは人の共感や感動は得られない。見里は言う。
「思ったことを形にするために行動し、納得できるものができたら発信する。それが人生を変えるきっかけになりました。クリエイターも会社員も、そこは同じではないでしょうか」
(敬称略・完)
(第1回はこちら▼)
(文・有馬知子、写真・伊藤圭)
有馬知子:早稲田大学第一文学部卒業。1998年、一般社団法人共同通信社に入社。広島支局、経済部、特別報道室、生活報道部を経て2017年、フリーランスに。ひきこもり、児童虐待、性犯罪被害、働き方改革、SDGsなどを幅広く取材している。