米インフレ率はピークアウト、米連邦準備制度理事会(FRB)も利上げペースを緩め、さて、日米金利差もさすがに2023年には縮小へ……との楽観的見通しが強まっている。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
近ごろ、為替市場では「2023年は円高の年」との見立てが支配的になってきている。
しかしそのような見立ては、ここ数カ月続く有意なインフレ率の低下が、今後もそれなりに持続することを前提としている。
筆者としても、インフレ率は低下を続ける可能性が高いとは考えている。
それにしても、想定外の円安に逆戻りするリスクケースとして、アメリカのインフレがいま想定されているほどには減速せず、結果として米連邦準備制度理事会(FRB)による利上げサイクルが(ペースはともかく)続く可能性を警戒しておく必要はあるだろう。
その文脈で、ブルームバーグが最近(12月19日付)報じた、資産運用世界最大手ブラックロックのストラテジストらの指摘は非常に興味深い。
同社ストラテジストのスコット・ティール氏は、インフレの急減速を期待するムードに異を唱え、特に消費者物価指数(CPI)については「7%から5%に下がるほうが、5%から3%になるよりもおそらく容易だろう」とコメントしている。
筆者もティール氏らと同じような問題意識を抱いている。
サプライチェーンの寸断による供給制約や資源価格上昇の影響が薄れていくにつれ、前年比10%近い伸びを示していたインフレ率が減速していく展開は、当初から多くの関係者が想定していたシナリオだ。
しかし、FRBや欧州中央銀行(ECB)など世界各国の中央銀行は、一般物価の上昇が続いてきた中で人々のインフレ期待(家計や企業の予想する将来の物価変動)が高止まりし、企業による値上げも常態化、それに応じて(名目)賃金まで上昇する展開を懸念している。
実際のところ、下の【図表1】から確認できるように、「米供給管理協会(ISM)製造業景気指数」(図表は総合指数を構成する5指数のうち入荷遅延指数)の推移に注目すると、供給制約はほぼ正常化し、モノの流れの「目詰まり」は解消されたように見える。
【図表1】米供給管理協会(ISM)景気総合指数を構成する5指数(新規受注・生産・雇用・入荷遅延・在庫)のうち、入荷遅延指数の推移。橙線が、モノの「目詰まり」感を示す製造業の景気指数。
出所:Macrobond資料より筆者作成
こうした数字の動きから確認される供給制約の解消は、今後インフレ指標の下押し(インフレの減速)に波及してくるはずだ。
インフレ率低下「いつどこまで?」それが問題だ
ただし、前節で示したような供給制約のはっきりとした改善傾向にも、ここに来てブレーキがかかっているように見える。
サービス業などの非製造業(【図表1】の青線)は、モノではなくヒトに依存している。非製造業における供給制約には(製造業に比べれば)まだ改善の余地が残されており、それが賃金の上昇につながっている。
上述のブラックロックのストラテジストらも「根強い労働者不足や賃金上昇、在庫減少」をインフレ高止まりの理由に挙げているが、それも然りで、労働の現場に人が足りない状況で賃金が下がることはあり得ない。
郊外へ移住する人が増えたり、(コロナ感染リスクの高い)接触型のサービス業への従事を避ける人が増えたり、労働市場の構造がパンデミックを経て根本的に変化したことを考慮すると、人手不足の解消が期待したほど進まず、そのため(名目)賃金の伸びも期待ほどに鈍化しない可能性はある。
足元で見られるインフレ率の低下が、どこかの段階で下げ止まるとすれば、そうした雇用・賃金情勢の「壁」に直面した時だろう。
そして問題となるのは、下げ止まるのが(消費者物価指数の前年比伸び率で言えば)3%なのか4%なのか、あるいは2.5%なのか、そのタイミングと水準だ。
例えば、FRBが物価動向を見極める上で注視する「ミシガン大学消費者マインド指数」を見ると、足元のインフレ期待は3年先について3%程度、5年先について5%弱となっている【図表2】。
【図表2】ミシガン大学消費者マインド調査におけるインフレ期待の推移。3年先(青線)と5年先(橙線)。
出所:Macrobond資料より筆者作成
こうした論点を踏まえると、インフレ率が10%弱から4~5%まで急減速するシナリオを前提とした市場予想に従って本当に大丈夫なのか、懸念が生じてくる。FRBが目標とする2%までのインフレ収束は、本当に2023年春にも実現するのだろうか。
利上げによる景気のオーバーキル(過剰な金融引き締めにより景気が冷える)懸念もあるので、2023年春の利上げサイクル停止はメインシナリオとして筆者も据え置いているが、とは言え不安が尽きない前提であるようにも思う。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。