究極の「ジャパン・ブルー」を求めて──気鋭の藍染作家とシチズン時計による、妥協なき挑戦

藍染和紙

日本人の生活に深く根付き、愛されてきた「藍(あい)」。

明治時代に来日した外国人が、庶民の衣服や店ののれんなど街の至るところに藍があることに驚き、「ジャパン・ブルー」と称賛したという逸話もあるほど、日本にとって特別な色だ。

その藍に魅せられ、イノベーティブなものづくりを行った2人がいる。

藍の一大産地として知られる徳島県板野郡上板(かみいた)町で活動を続ける藍師・染師の渡邉健太氏と、「次なる理想を創るもの」をブランドステートメントに掲げ、1995年に誕生した高品質ウオッチ「The CITIZEN(ザ・シチズン)」の文字板開発を担当する、シチズン時計マニュファクチャリングの山影大輔氏だ。

2022年11月に発売されたThe CITIZENの藍染和紙文字板モデルでは、土佐和紙に手染めで藍を施すという初の試みが行われた。強度や発色の面から見ても、時計の文字板に藍染和紙を採用することは難しいとされつつも、実現に向けてどのようにものづくりを行ったのか。その妥協なき挑戦に迫る。

こだわりを持って取り組む両者の「共鳴した出会い」

ツーショット写真

シチズン時計マニュファクチャリングの山影大輔氏(左)と藍師・染師の渡邉健太氏(右)。

1995年に誕生し、光発電によって駆動するシチズン独自の技術「エコ・ドライブ」を搭載するなど、卓越した精度を誇る高品質腕時計ブランドThe CITIZEN。

シチズン時計の「市民に愛され、市民に貢献する」という企業理念を体現するプロダクトとして誕生したブランドだ。「常に先を見据え、理想を追求する」「身に着ける人に永く寄り添う」ことを掲げ、精度、品質、デザイン、ホスピタリティの4つの軸で腕時計としての本質的な価値を追求してきた。

そんなThe CITIZEN は、2017年に初めて和紙文字板モデルを発表。「とにかく美しい文字板を作りたい」との思いから、日本で古くから障子や提灯などにも使われ、独特の柔らかさと強さのある和紙に着目。幾度も検討を重ねつつ文字板への採用に至った。

「時計の構造的に、文字板に使用する素材はできる限り薄い方が望ましいんです。

一言で和紙といっても多様な種類があり、いろいろと調べ上げたなかで辿り着いたのが、1000年以上の歴史を誇る『土佐和紙』の中でも世界で一番薄い和紙と言われている『土佐典具帖紙(とさてんぐじょうし)』。

美術品や文化財の補修にも使われているそうで、これを時計にも使ってみたいと興味をそそられたのが最初のきっかけでした」(山影氏)

話し中

山影大輔(やまかげ・だいすけ)氏/シチズン時計マニュファクチャリング 外装部 文字板技術課 所属。2007年シチズンセイミツ(当時)に入社した後、文字板の製造や開発などに従事。2019年からは和紙文字板を担当し、伝統工芸の文字板への落とし込みを模索している。

以降、色鮮やかな和紙文字板や、金箔、プラチナ箔を撒いた和紙文字板などに挑戦してきたThe CITIZENが次に求めたのは、土佐典具帖紙を天然の阿波藍で手染めした文字板へのチャレンジだった。

ジャパン・ブルーとも呼ばれる深みと冴えた藍色を文字板の染色に取り入れるために、山影は藍染の産地・四国の徳島県に目を向けた。

「我々のものづくりに共鳴してもらえる染師を探しましたが、実は日本の伝統工芸の職人は領域が細分化していて、商品開発に際して二人三脚で柔軟に取り組んでいただける人は思いのほか少なかったんです。

The CITIZENが目指す世界の実現のためには、ピンポイントの専門性だけではなく、試行錯誤しながら新しいチャレンジをしてくださる方を探していました」(山影氏)

知り合いの伝手や行政の紹介を頼りつつ作り手を探していく中で知ったのが、阿波藍の藍師・染師の渡邉氏だった。

渡邉氏

渡邉健太(わだなべ・けんた)氏/徳島県上板町を拠点に藍の栽培、染料となる蒅づくり、染色、製作を一貫して行う『Watanabe‘s(ワタナベズ)』の代表。1986年生まれ、25歳時に藍染に出会い、藍師・染師に。2021年NHK大河ドラマ「青天を衝け」では藍染・藍造りを指導。

「藍の栽培から染料となる蒅(すくも)づくり、染色、制作までを自らの手で一貫して手掛けています。

最初に山影さんからご連絡をいただいたのは独立して間もない頃だったので、正直なところなぜお声掛けくださったんだろうと驚きました。

藍色の美しさを究極まで追求するために、土づくりや原料の栽培から深くコミットしようと思って藍染の研究を続けていたので、おもしろいチャレンジができそうだと感じたのを覚えています」(渡邉氏)

自然と時間が生み出した、奇跡の色

ザ・シチズン

シチズン時計の基幹技術を搭載したフラッグシップブランド「The CITIZEN」の藍染和紙文字板モデル。1年間を1秒以内の誤差で刻み続ける、高精度年差±1秒光発電「エコ・ドライブ」を搭載している。

渡邉氏が行う藍染技法は「天然灰汁発酵建て(てんねんあくはっこうだて)」と呼ばれるもの。タデ藍という植物の葉を乾燥・発酵させて作る蒅(すくも)に灰汁(あく)、貝灰、ふすまを加え、さらに染液を発酵させる……という日本で古くから続いてきた伝統技法だ。「ほぼ全てを手作業で、1年間を通して藍づくりを行っています」(渡邉氏)と聞けば、どれだけ手が込んでいるかはたやすく想像できるだろう。

収穫

収穫したタデ藍の葉を土間に広げて、水と空気のみで約4カ月かけて発酵。その後半年ほど熟成させることで、藍の染料「蒅」ができる。

染色液

蒅に菌の働きを活性化させる高アルカリの灰汁などを加え、発酵・還元させて染色液を作る。

染色中

染色過程では、液につけては出しを繰り返して理想とする色に近付けていく。

「藍は季節や気温、状態などで発色が異なります。同じ色は出ない。『藍四十八色』という言葉があるように、一言で『藍色』といってもその濃淡や色味の違いでさまざまな色があります。

天然灰汁発酵建てのプロセスでは、2回の全く異なる種類の発酵工程があるんです。

それは、『人間が介在できない自然界の摂理によって生まれた、奇跡の上に成り立っている』と言っても過言ではありません。薬剤を使ってしまえば簡単に済むものを、あえて自然の力に頼る。その上で生み出される藍色に、魅せられているんです」(渡邉氏)

今回のThe CITIZENの文字板の染色で最も大きな課題となったのも、その色の美しさを土佐典具帖紙に表現することだった。

「文字板に採用する上で、光の透過率を設定範囲内にピタリと収めることは、The CITIZENが求める絶対条件でした。しかし、渡邉さんは手染めですから、いわゆる工業製品のように機械の設定などで一定品質を保てるわけではありません。

和紙の強度を上げるために糊を塗布し、染色後に洗浄・乾燥に至る工程でも、感覚と技術の合わせ技で細部を調整しながら求める透過率と色味を実現してくださいました。その職人技を近くで見ていて、これはもう『すごい』としか言いようがないんです」(山影氏)

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くしくもコロナ禍で制作のやり取りはオンラインがベースとなっていたが、それがものづくりのクオリティに影響することはなかった。オンラインで議論を重ね、渡邉氏がサンプルを作って山影氏に送付し、フィードバックを経てさらに試作する…といったコミュニケーションを繰り返した。

「僕はこれまでにも、ブランドや企業の方と取り組むこともありましたが、発注と受注の関係が垣間見えるやりとりも少なからずありました。

山影さんはあくまでも作り手に寄り添って提案をしてくれて、品質を追求するための真の協働ができました。

そのようなスタンスのおかげか、試すアイデアが片っ端からぴったりはまっていったんですよ。もちろん、細かな修正や調整は幾度となく行いましたが、全体的にはすごくスムーズに完成に至れたんじゃないかなと思います」(渡邉氏)

文字板の要素開発担当として、他の伝統工芸品を扱った経験もある山影氏も同意する。

「大変なこともあったはずなのですが、それ以上に『次はどんなことが実現できるだろう』『どうすればもっと良くなるかな』という気持ちの方が強くて、終始ワクワクしながら取り組んでいました」(山影氏)

「藍は生きている。完成はあくまでもスタートライン」

対談風景

丹精込めて作り上げた藍染和紙文字板モデルのThe CITIZENは、2022年11月に発売された。品質に対する絶対の自信に、手ごたえを感じていると言う。

「藍色の表現においては、これ以上ないほどまでに突き詰めました。だからこそ、その美しさは自信を持ってお届けできます。

藍って実は、色と共に発酵菌が生きているので、時間と共に色が深まっていくとも言われています。

だからこの『The CITIZEN』に搭載された土佐和紙の藍色はスタートでもあって、身に着ける人だけに見えてくる藍の表情もあるかもしれません。

そういった独自の風合いを楽しんでいただきたいですし、唯一無二の相棒として大切に使っていただけると嬉しいです」(渡邉氏)

実は販売後に、渡邉氏の元に直接感想を届けてくれた購入者の方がいたと言う。

「『カタログや写真で見た印象より、実物の美しさが上回っていた』というお言葉をいただき、とても嬉しかったことを覚えています。

今の時代、写真や映像を美しく『盛る』ことは簡単にできます。それゆえに実物を見た印象との乖離が大きくなってしまうこともあるのに、このモデルでは真逆の驚きを提供できたんだ、と。美しさの本質を求め抜いたものだけが持つ圧倒的な力強さがきちんと伝わったんだなと、感動しました」(渡邉氏)

工房

尽きることのない藍色の美への追求。渡邉氏こそ、誰よりもそのとりこなのかもしれない。

「まだまだ、色を突き詰めていきたいんです。例えば、江戸時代に作られて300年が経過している正絹のとてつもなくきれいなブルーを目にすると『これを超える色を生み出したい』と、ものづくりの心に火がつきます。

一方で、真の美しさを生み出すうえで、実は自分の我なんて全然いらない。求める本質はどこにあるのか、そのためにどうするのが最善か。大切なものを見失うことなく、より鍛錬しながら本質の色と美しさを追い求めていきたいです」(渡邉氏)

「この美しい藍は、光を受けてこそ映える製品なので、時間や季節によっても異なる表情を見せてくれるはず。身につけた方だけが楽しめる価値を堪能していただきたいですね。

藍は『ジャパン・ブルー』とも呼ばれますが、このThe CITIZENの魅力は世界で通ずる域のレベルだと自負しています。今後もさらに連携しながら、今よりももっと美しいもの、今よりもっと素晴らしいものを作り上げる挑戦を続けていきたいです」(山影氏)

ものづくりへのこだわりが実現した、圧倒的な藍色の美。本質へのあくなき挑戦は終わることはない。


KV-1

「ザ・シチズン」高精度年差±5 秒 光発電エコ・ドライブ 税込み440,000円<左>/「ザ・シチズン」Caliber 0100 高精度年差±1 秒 光発電エコ・ドライブ 税込み 880,000円(特定店限定モデル)<右>。

「The CITIZEN」について詳しくはこちら。



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