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日本国内でユニクロよりも店舗数が多く、そのユニクロを展開するファーストリテイリングや売上では国内アパレル業界2位のしまむらよりも利益率と成長率が高いアパレル企業——さて、それはどこでしょうか?
答えは株式会社ワークマン(以下、ワークマン)です。近年では、アウトドアの文脈でワークマンという社名をよく見かけるという方、SNSで脚光を浴びている「#ワークマン女子」が気になっているという方も多いのではないでしょうか。
もともとは作業着というニッチ市場を主戦場としてきたワークマンが、新領域でも注目されるようになったのはここ数年のこと。それもそのはず、ワークマンの別ブランドであるワークマンプラス(WORKMAN Plus)が初出店したのは2018年9月、#ワークマン女子に至っては2020年10月とコロナ禍に入って以降のことです。
そこからワークマンは快進撃を続け、わずか4年で売上は2倍以上に成長しました。もはや一過性のブームではなく、本格的に市場に受け入れられているといってよいでしょう。
なぜワークマンはこれほどまでに国内のアパレル業界で成長できているのでしょうか? そこで今回は前後編の2回にわたり、ワークマンの強さの秘密を会計とファイナンスの視点から考察してみましょう。
営業利益率はユニクロ超え
近年アウトドア市場においても注目されているワークマンは現在、4200億円の時価総額を誇ります。2022年には株価市場にブレーキがかかったのでさすがにピーク時からすると直近の時価総額は相当に落ち着いていますが、コロナ前の2018年3月時点からわずか4年で2倍以上になっています(図表1)。
アパレルで比較すると、しまむらの時価総額が4700億円前後、アウトドアの雄であるスノーピークでさえも1000億円弱ほどですから、ワークマンの時価総額がいかに高いかが分かります。
次に財務状況はどうでしょうか。図表2はワークマンの営業総収入、営業利益、営業利益率の推移です(なおワークマンの決算書では、直営店の売上を「売上高」、フランチャイズからの売上を「営業収入」として計上し、その合計を「営業総収入」と表記しています。本稿でも以降その表記に倣いますが、営業総収入はいわゆる売上高と読み替えていただいてかまいません)。
(出所)ワークマン 有価証券報告書より筆者作成。
このグラフで特筆すべきことは主に2つあります。
第一に利益率の高さです。ワークマンは営業利益率を年々伸ばし、直近の2022年3月期では23%です。ユニクロを展開するファーストリテイリングの営業利益率は12.9%、しまむらは8.5%ですから、ワークマンの利益率の高さは際立っています。
第二に注目したいのは、成長率の高さです。5年間の平均成長率は20%と創業から40年が経つ企業としてはかなり高く、2018年3月期から2022年3月期までの4年間で営業総収入は2倍近く伸びています。
なぜワークマンは、このように高い利益率と成長率を実現できているのでしょうか? まずは利益率の高さのヒントを探るために、同社の損益計算書(P/L)の内訳を図表3で確認してみましょう。
(出所)ワークマン有価証券報告書より筆者作成。
図表3で目を引くのは、売上原価が営業総収入の60%を占めるという点です。利益率が高いわりに原価がかかっている印象を受けますが、ユニクロやしまむらと比較するとどうなのでしょうか。
まず、ユニクロの原価率は47.6%と、実はワークマンより低く抑えられています。一方しまむらは66%と、ワークマンよりも高い水準です。同じアパレルなのにこれだけの差異が生じる理由は、各社の製造形態の違いに由来します。
ユニクロはSPA(Specialty store retailer of Private label Apparel)と呼ばれる製造小売のビジネスモデルを採用しているため、サプライチェーンにおける企画・開発と製造も自社で扱うことで、原価率は低くなります。一方のしまむらは、企画・開発と製造は外部の業者が担い、主に仕入れ販売でビジネスを回しています。サプライチェーンにおける上流の企画開発と中流での製造で他社がマージンを載せているため、原価率は高くなりがちです。
ではワークマンはどうかというと、営業総収入の60%以上をプライベートブランドが占めています。つまり、製造の企画は自ら行い、外注で製造したものを仕入れることで販売をするというモデルです。このように、3社それぞれの製造形態に違いがあることで原価率に差が出ているのです(図表4)。
(出所)ワークマン、ファーストリテイリング、しまむらの有価証券報告書より筆者作成。
一方、営業利益率にまで目を向けると、前述のとおりワークマンはユニクロやしまむらを大きく上回っています。その主な理由は人件費率の低さにあります。ユニクロやしまむらの人件費は営業総収入の10%以上を占めますが、ワークマンはわずか3%。この人件費率の低さが、たとえ原価率が60%を占めていてもワークマンが23%という高い営業利益率を維持できているゆえんです。
では、なぜワークマンはこれほど低い人件費率を達成できているのでしょうか?
営業総収入の9割以上がフランチャイズ収入
図表5はワークマンの営業総収入の内訳を示したものです。実はワークマンの営業総収入は、90%以上がフランチャイズからの収入なのです。
(出所)ワークマン有価証券報告書より筆者作成。
図表6は、2022年3月期のワークマンの決算説明資料です。ご覧のとおりワークマンの国内店舗数は2022年3月時点で合計944店舗あり、うち95.7%がフランチャイズ・ストアです。
(出所)ワークマン 決算説明資料より。
これに対してユニクロやしまむらは基本的に直営店で事業を展開しており、ワークマンとは特に販売面においてビジネスモデルがまったく異なります。図表7は、各社の店舗数、従業員数を比較したものです。店舗あたり従業員数を見ると、ワークマンが他の2社を圧倒していることが分かります。
(注)ファーストリテーリングについては、国内ユニクロ事業のみで、しまむらについては、しまむら事業のみの数字となっている。また、従業員については、アルバイト等は入っていない数字。ユニクロの売場面積については、有価証券報告書の国内外のユニクロの売り場面積の合計された数値より国内外の店舗数から推定したもの。しまむらの売場面積については、しまむらが抱えるすべての店舗の売場面積の合計された数値よりしまむら事業に関する店舗数から推定したもの。
(出所)各社有価証券報告書より作成。
ここまでの議論を企画、製造、販売の観点からまとめると図表8のとおりです。
ここでは簡易的に表現しているが、しまむらについては、現在各事業で自社開発ブランド(PB:Private Brand)とサプライヤーとの共同開発ブランド(JB:Joint Development Brand)を強化させていて売上に占めるPBやJBの割合は30%近くになっている。
筆者作成
原価率ではSPAモデルのユニクロに敵わないものの、ワークマンはフランチャイズモデルを採用して人件費を抑えることで、ユニクロやしまむらをしのぐ営業利益率を実現しているのです。
ワークマンの主戦場はニッチ市場
次に、ワークマンの第二の強みである成長率の高さについて考えていきましょう。
図表9は、ワークマン、ユニクロ(以下、ユニクロの数値はすべて国内事業)、しまむらの3社を、過去5年間の平均売上高の成長率(CAGR)で比較したグラフです。ユニクロやしまむらはコロナの影響もあって売上高はほぼ横ばいですが、ワークマンはコロナ禍を経てもなお20%の成長を達成できています。
(出所)各社有価証券報告書より筆者作成。
なぜワークマンはこれほど高い成長率を維持できているのでしょうか? ここからしばし、ワークマンの土屋哲雄専務の著書『ワークマン式「しない経営」』の内容も適宜参照しながら、その秘密を探っていくことにします。
まずは、2022年3月期のワークマンの商品別の売上構成を見てみましょう(図表10)。
(出所)ワークマン 有価証券報告書より筆者作成。
ワークマンは近年、後編で詳述する「ワークマンプラス」や「#ワークマン女子」といった新領域での飛躍がメディアなどでも盛んに取り上げられていますが、そんな中にあってもなお、営業総収入の56%はワーキングウェアと作業用品が占めています。
このように商品別で見ると、ワークマンは伝統的なアパレルとは違い、いまだに作業服市場を主戦場としていることがよく分かります。
ワークマンが主戦場とする作業服市場とは、一言でいうとニッチ市場です。作業服の市場規模は4600億円。国内アパレル総小売市場規模は7兆円を超えていますから、わずか7%にも満たない市場です(※1)。
この作業服市場のうち、顧客は法人が6割、個人が4割となっていて、規模だけを見れば法人の方が優勢です。つまり、大企業と法人契約を結ぶことができれば、それだけで数千人分の作業着の継続受注が見込めるということです。
その半面、法人契約にはそれなりの手間がかかります。BtoB向けに交渉を重ねたり見積もりを出したりといった業務も発生しますし、社員に合わせた作業服の調達や管理も必要になります。
この点について、ワークマンの土屋専務の著書には非常に興味深い記述があります。つまり、同社ではこれまで、こうした手間のかかる仕事はすべて「しない」という判断をして、「作業服×個人」という小さい市場で高いシェアを獲得するという戦略をとってきたというのです。
このことをマイケル・ポーターが提唱した「ファイブフォース分析」に当てはめると、図表11のように表現できます。
(出所)土屋哲雄『ワークマン式「しない経営」』(ダイヤモンド社、2020年)を参考に筆者作成。
「作業服×個人」は市場が小さいため、それほど激しい競争に晒されずに済みます。いわゆる「ブルーオーシャン戦略」です。このブルーオーシャンで圧倒的な存在感と市場シェアを取ることで勝ちパターンを築いてきたのが、これまでのワークマンの経営なのです。
ワークマンは法人取引の例に限らず、多くの「しない」経営を実践してきました。例えば、粗利率の低い商品は扱わない、値引きはしない、海外進出はしない、などです。これら「しない経営」をすることで、ワークマンは「作業服×個人」というブルーオーシャンにおいて、低価格にもかかわらず高品質な商品を提供してきたのです。
一方で課題も見えてきました。市場がニッチなこともあり、「作業服×個人」だけで勝負をしていたのでは、営業総収入1000億円程度で頭打ちになってしまうのです。この課題をワークマンはどう乗り越えたのか——この点については後編で詳しく見ていくことにしましょう。
※後編は12月27日(火)公開予定です。
※1 土屋哲雄『ワークマン式「しない経営」』(ダイヤモンド社、2020年)を参照。
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。著書に『決算書ナゾトキトレーニング』(PHP研究所)がある。