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“いいね”を獲得してもあなたは何も変わらない。宇野常寛さんに聞く「遅いインターネット」のススメ

Twitterアプリ

Yasu31 / Shutterstock

2022年10月に現在のSNSやインターネットの使い方に警鐘を鳴らす本『砂漠と異人たち』を上梓した評論家の宇野常寛さん。宇野さんは、ロシアのウクライナ侵攻に関するニュースなど、現代人が「速いインターネット」の波に飲まれてしまい、SNSがデマやフェイクニュース、陰謀論の温床になっていると話す。

『砂漠と異人たち』のテーマの1つである、SNSやインターネットとの適切な付き合い方について聞いた。

SNSとインターネットによって不自由になった人類

—— まず、『砂漠と異人たち』の中に登場する「速いインターネット」「遅いインターネット」とは、どういう意味でしょうか。

僕は数年前から「速いインターネット」に抗う「遅いインターネット」を提唱して活動しています。

前提として現在の、特にSNSのプラットフォームが中心になってからのインターネットは「速すぎる」と僕は考えています。僕たちはインターネットで日々膨大な情報に接していますが、果たしてその内容を吟味しているのか、胸に手をあてて考えてほしいんです。

ほとんどの人が見出しだけを見て、それが何の話題について扱っているのかだけを確認して、書かれたものの内容についてじっくり考えることはほとんどないのではないかと思います。

もっと言ってしまえば、SNSで饒舌(じょうぜつ) な人の多くが、タイムラインの潮目を読み、「これに肯定的にコメントを加える方が有利か、否定的なコメント加えた方が有利か」だけをジャッジしているように思います。

既に話題になっていることに、それも主流派の意見にYESかNOのどちらかの立場に立ち、敵を強い言葉で攻撃する —— これが、残念ながら、いまもっとも簡単に承認を獲得する方法になっています。

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『ゼロ年代の想像力』『遅いインターネット』などの著作がある評論家の宇野常寛さん。

本人提供

その結果として、この拙速なアプローチ、つまり「速いインターネット」は最終的にデマやフェイクニュースの温床にまでなっていることが大きく可視化されたのがこのコロナ禍でした。この問題はアメリカの国会襲撃事件が象徴するように民主主義の根幹を揺るがすものにすらなっています。

デマとフェイクニュース。「速いインターネット」が引き起こした弊害

かつてインターネットは人々に発信能力を与えることによって、人を自由にすると思われていました。しかし、実際は逆にインターネットがこうして承認を交換する「相互評価のゲーム」に陥ってしまってるために、最も息苦しい場所になってしまっています。

そしてこの相互評価ゲームはプラットフォーマーたちには換金の、ポピュリストには集票の手段として利用されています。

僕は一人の書き手として、あるいは小さなメディアの運営者として、こうした相互評価のゲームに陥ることなく、タイムラインの潮目の外側にある情報発信を心がけてきました。それが「遅いインターネット」という運動です。

具体的には、SNSの大喜利的な相互評価のゲームとは異なる、もっとしっかりとした、独自の問題設定のできるアマチュアの書き手を育てていきたいと考えて、僕が運営する「PLANETSCLUB」では、考える力、発信するノウハウを中心としたゼミやディスカッションを続けています。

これからは、ここで培った知見をもっと広く世の中に訴えて、「速い」インターネットに対抗していきたいと思っています。

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『砂漠と偉人たち』朝日新聞出版

編集部撮影

—— この3年のコロナ禍で「速いインターネット」によって起きた弊害としてどんなものがありましたか。

先程述べたように、反ワクチンやQアノン、ロシアのウクライナ侵攻に関するデマやフェイクニュースです。

デマや陰謀論の氾濫でパンデミックの2次被害であるインフォデミック(大量の情報が氾濫するなかで、不正確な情報や誤った情報が急速に拡散し、社会に影響を及ぼすこと)が起こりました。

世界保健機関(WHO)も2020年2月の段階で新型コロナウイルスの感染拡大とともに世界に警戒を呼びかけています。

東日本大震災以降のTwitterは「悪いゲーム」になってしまった

—— 宇野さんが今のSNSの使われ方に危険性を感じ始めたのはいつ頃からですか? きっかけはなんですか?

最初に感じたのは、東日本大震災の直後です。あのとき、国内ではTwitterが大きく普及しました。もちろん、Twitterがこのとき果たした役割は大きい。

しかし、同時にTwitterがもう1つの世間になってしまった。ここから誰もがタイムラインの潮目を読み、発言することで注目を集める社会が始まっていったと思います。

例えば、この10年でTwitterは週刊誌やワイドショーと同じように、失敗した人間や目立ちすぎた人間に石を投げることによって、自分がマジョリティであることを確認したり、溜飲を下げるツールになってしまったと思います。

いま、粗製乱造されているオンラインイベントも同じですね。登壇者が観客の歓心を買うために、「敵」を貶める発言をして場が湧く。それが気持ちよくなり登壇者の発言がどんどん過激化し、デマや陰謀論の温床になっています。

負のフィードバックが働くそれを僕は「オンラインイベント症候群」と呼んでいます。

SNSのプラットフォームがもたらした「誰もが発信できる社会」は、同時にいつでも、簡単に承認の交換ができてしまうためにその中毒になる人が続出している。そしてこの中毒は、人間から「考える」力を奪います。

—— SNSがアーリーアダプターに使われていた時期は平和だったけれど、1つの巨大な街のようになって「SNS世間」みたいなものができてしまった結果、駄目になったと。

僕はネットサーフィンが機能したころのインターネットが好きだったんです。

SEO対策が普及する前は、例えば眠れない午前2時に、好きな作家の名前でGoogle検索をかけたら、どこの誰かも分からないけれどとりあえず暇な人の書いた3万字ぐらいのブログの文章に偶然出会ったりすることがあり得たはずです。

しかし、今日ではGoogle検索の結果はSEO対策の施された広告表示目的のウィキペディアを引き写したような記事が並び、SNSには、相互評価のゲームのプレイヤーたちが他人の顔色をばかり伺った、事実上自分の頭で考えていない無内容な言葉だけが並んでいる。僕の好きだったインターネットはもう存在しなくなっていると認識しています。

—— コロナ禍がSNSに与えた影響はあるでしょうか?

コロナ禍はSNSの相互評価のゲームを加速したと思っています。

当初、人々は新型コロナウイルスという未知の存在から目を背けたかったのだと思います。検索しても「分からない」ものがあることに耐えられなかった。

その結果として、新型コロナウイルスを「分かる」ものとして扱ってくれるデマやフェイクニュースや陰謀論を信じたくなった人が多かったように思います。

ドナルド・トランプ前大統領にいたってはこの心理を悪用して、「コロナはただの風邪」と述べることで票固めをしようとしていた。

僕たちは検索しても答えがわからない未知の物事と真摯に向き合うことを、人間同士の相互評価のゲームに夢中になることで忘れてしまったのだと思います。

「いいね」を獲得してもあなたは何も変わらない

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本人提供

僕は現代人はSNSのプラットフォームに「書かされている」と思います。自分の発信が他の誰かにどんな形でも認められる快感の中毒になり、事実上botのようにタイムラインの潮目を読むだけの装置になっているユーザーが多いように感じます。

僕はこの状況に抗うために、もう少し人間が物事を受け止める主体になることの快楽を思い出してもらうことが必要だと考えています。

現代人は自分が何かを発信することによって「なりたい自分」になろうとしています。しかし、いくら自分がタイムラインの潮目を読んで、人を貶めたり、自分を賢く見せてセルフブランディングしたとしても、自分の中にあるものは何も変わっていない。

これは僕自身の実体験でもありますが、人間が変化する時というのは、自分の外側から「襲われた」時です。

思春期のころの僕の場合はそれがアニメや特撮などのサブカルチャーの創作物でした。森の中で虫に遭遇し、花の臭いに惑わされるように、圧倒的な物事に心身を侵されてしまう。そんな体験です。これは「なりたい私」になるために承認を交換し、注目を集める行為とは真逆の体験です。

僕はもっと人が「人間外の物事」に触れることによって、変身してしまうような体験が必要だと思うんです。それこそが世界を多様にして成長させるコミュニケーションです。人間同士の承認の交換では世界は多様化しません。

—— 相互評価のゲームから外れる活動というのはどういうイメージでしょうか。

僕がこの本の中で提示した「砂漠」は相互評価のゲームから外れた場所、近代社会の外部のことです。

しかし、残念ながらそのような都合のよい絶対的な「外部」は存在しない。だから、僕はこの本でプラットフォームを内破するものとして「庭」のような環境を提案しています。

それは要するに、人間同士が承認を交換し合うプラットフォームではなくて、人間外との物事に触れられる場所のことです。それは、最近よく語られているコモンズ(価値観を共有した社会システム)が担うべき機能でもあり、いま必要なメディアのかたちでもあると思います。

誰かが用意した「ゲーム」に乗っていていいのか

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Shutterstock

—— 「庭」というのは、「遅いインターネット」から生まれるものとも言えると思います。「遅いインターネット」がもたらす豊かさとは何なのでしょうか?

僕が提唱している「遅いインターネット」は、要するに時間的に「ずれる」ことのできる情報空間のことです。

いま、世界中の人たちが同じタイミングで、同じことに関心を持っている。そのせいで、自分だけの時間を持ち、自分だけのテーマで考えることが難しくなっている。

僕は一世代前のインターネットの長所を取り入れることで、インターネットの別の使い方を提案していきたいと考えています。

まだまだ試行錯誤の途中ですが、インターネットに接続することでむしろタイムラインの潮目とは無関係な物事に出会えるようなメディアと、相互評価のゲームに飲み込まれない独自の問題設定のある発信のできる人を育てる、ということを地道にやっていきたいと考えています。

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