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シマオ:皆さん、明けましておめでとうございます! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。いつもは読者の皆さんからこちらの応募フォームにお寄せいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えてもらっています。ただ今回はお正月特別編ということで、編集部から質問が来ています。
2023年、佐藤さんが注目しているキーワードや潮流をいくつか教えてください。ビジネス分野や政治分野はもちろん、テクノロジーやカルチャーなど、ジャンル横断的にご教示いただけたら嬉しいです。
シマオ:2022年お正月の同じ質問では「第三次世界大戦」、すなわちロシアとウクライナの戦争をキーワードに挙げていただきました。その時は「まさか戦争なんて……」と思っていたのですが、本当に起きてしまいました。まさに予言でしたね!
佐藤さん:予言ではありませんよ。公になっている情報を丁寧に見ていれば、可能性を論理的に推測できるということに過ぎません。
シマオ:さすが情報のプロ……。さて、今年のキーワードは何でしょうか?
佐藤さん:2023年のキーワードとしては、「半導体」「キャンセルカルチャー」「インフレと円安」の3つを挙げておきましょう。一つひとつの言葉は、シマオ君もニュースなどで聞いたことがあると思います。
シマオ:はい、あります。
佐藤さん:ただし、重要なのは、それらをつなげて考えてみることです。つまり、連想ゲームのように「論理の飛躍」をさせることで、一連の時代の流れが見えてくるはずです。
半導体から見る国際関係
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シマオ:それでは、まず「半導体」から。コロナ以降、半導体不足が深刻だという話はよく聞きますね。自動車を買おうとしても納車は1年も2年も先だとか、Nintendo Switchが手に入りにくいとか……。
佐藤さん:シマオ君は、世界の中で半導体製造が得意な国を一つ挙げるとしたらどこだと思いますか?
シマオ:えっと、やっぱりアメリカかな……。いや、韓国も強かったですよね?
佐藤さん:それらの国も強いのですが、製造という面から見れば圧倒的に台湾です。しかも、台湾積体電路製造(TSMC)という会社1社で、半導体受託製造の世界市場シェアの5割超を占めているのです。
シマオ:たった1社で!? なんでそんなに強いんですか?
佐藤さん:これについては、ひとえに技術力のなせる技です。半導体というのは、集積度を上げるほど性能が良くなる。
そのためにはより微細な加工技術が必要で、ナノメートル(10億分の1メートル)単位の勝負になっています。TSMCはこの技術で世界をリードしており、アメリカの半導体メーカーであっても、製造はTSMCに頼らざるを得ない訳です。
シマオ:なるほど。でも、あまり一極集中するのってどうなんでしょう?
佐藤さん:各国もそれを懸念しています。だから、半導体の問題は、地政学や経済安全保障という問題と関連してくる訳です。
シマオ:経済だけでなく、国際関係にも影響してくる、と。
佐藤さん:その通りです。例えば、中国と台湾の関係を考えてみましょう。
シマオ:中国は台湾を取り入れようと強気で、武力行使も辞さない構えというのは、ワイドショーで見たことがあります。
佐藤さん:一見そう見えますが、中国の産業にとっても台湾の半導体は死活的に重要です。下手なことをして台湾が半導体を輸出しないとなったら痛手ですから、そう簡単に強圧的な手段には出れないはずです。
むしろ中国は、このまま行けば2045年頃には自分たちが世界一の経済大国になると考えている。そうすれば台湾もおのずとついてくるはずで、今無理をする必要はないと考えている可能性があります。
シマオ:なるほど。
佐藤さん:そして、そこに目をつけたのがアメリカです。アメリカが中国のファーウェイ製通信機器を規制したことで米中対立が深まったことは有名ですが、実は半導体においてもアメリカは台湾を取り込もうと腐心してきました。
このあたりの事情は太田泰彦さんが書いた『2030 半導体の地政学』という本に詳しいのですが、アメリカは莫大な補助金を出して、TSMCの工場をアリゾナ州に誘致しました。さらに、台湾と中国との間のサプライチェーンを断ち切ろうという政策を取っています。
シマオ:そんなことをすれば、中国も黙ってはいないでしょうね。それにしても、半導体をめぐってそんな争いがあったとは!
佐藤さん:太田さんはこの本の中で、バイデン大統領の次のような言葉を引用しています。
「釘が1本足りないため、馬の蹄鉄が駄目になった。蹄鉄一つがないため、馬が使えなくなった……」
米国の第46代大統領に就任してからわずか約1カ月後のこの日、バイデンはマザーグースを引用して半導体サプライチェーンの重要性を強調した。
もとの歌詞はこう続く。馬が走れないので、騎士が乗れず、騎士が乗れないので戦いができず、戦いができないので王国が滅びた……。
釘とは半導体チップのことだ。
シマオ:まさに半導体1つで国が亡びる可能性がある、ということですね。
佐藤さん:その通りです。グローバル化は自由貿易を推進してきましたが、今は逆に保護貿易の時代に戻りつつあるかのようです。このように、半導体というテクノロジーを通して国際関係を読み解くことができる訳です。
シマオ:世界はどんどん争いが激化していくのでしょうか?
佐藤さん:必ずしもそうとは限りません。半導体をめぐるサプライチェーンを断ち切ることは、どこの国もしたくない。だとすれば、国家間で多少もめ事が起こったとしても、このネットワークだけは維持しようとする。それは対立を抑止する方向にもつながる可能性があります。
シマオ:できれば、そっちの方向に行ってほしいですね。
文化・思想にまで広がるキャンセルカルチャー
シマオ:2つ目が、「キャンセルカルチャー」ですね。差別的な発言をしたり、過去にハラスメントを行ったりしていた有名人が、SNSなどで大きな反発を受けて社会から排除される動きを指すようですね。差別やハラスメントが許されないのはもちろんですが、過剰なバッシングが起こることも問題になっていますよね?
佐藤さん:はい。キャンセルカルチャーの一番の問題点は文字通り「キャンセル」、つまり無かったことにされてしまうことです。それは有名人の仕事にとどまらず、文化全体にまで及んでいます。
シマオ:文化全体をキャンセル? そんなケースもあるんですか。
佐藤さん:直近での大きな出来事は、ロシアによるウクライナ侵攻です。そこから派生して、ドストエフスキーやチャイコフスキーの作品を排斥する動きが欧米を中心に出ているのです。もちろん、大前提として戦争は即座に止めるべきですが、「悪者」であるロシアの文化まで排除するというのはやり過ぎだと思います。
シマオ:日本でも銀座にあるロシア食品店の看板が何者かに破壊されたことがニュースになっていましたね。でも、どうして急激にキャンセルカルチャーが広まったのでしょうか? やはり、SNSの影響ですかね。
佐藤さん:それはもちろんあるでしょう。ですが、私は個人主義とそれから派生している新自由主義の問題として考えてみる必要があると考えています。
シマオ:ちょっと難しいですね……。どういうことでしょうか?
佐藤さん:近代以降、人間は国や家族という共同体の中でのあり方よりも、個としてのあり方が重視されるようになりました。人類学者のエマニュエル・トッドは、イギリスやアメリカに見られる核家族制度が、そうした個人主義的な価値観の根幹にあると指摘しています。
シマオ:日本も18歳未満の子どものいる世帯の8割が核家族だと聞いたことがありますが、それが個人主義とつながっているというのは何となく肌感覚で理解できますね。
佐藤さん:そして個人主義は非常に強い自由主義——すなわち新自由主義的な経済へとつながりやすい。つまり、弱肉強食の世界観です。ある意味で、キャンセルカルチャーというのは、文化や思想における新自由主義と捉えることができます。
シマオ:どういうことですか?
佐藤さん:市場というのは、誰もが参入できますが、負ければ退場するしかない。現在のキャンセルカルチャーは、文化や思想にもそうした競争を適用しようとしています。正義のルールから外れたものは去らなければならない、という訳です。
ですが、文化については、その民族や国民、歴史の積み重ねによって成り立っているものです。それを「白紙」にすることはできないのです。
円安とインフレの危機に立ち向かうために必要なことは?
シマオ:3つ目のインフレと円安ですが、すでに僕たちの生活を直撃していますよね。多くのものが値上げされて、苦しくなるばかりです……。
佐藤さん:コロナでインフレが始まったと考えている人が多いですが、実はこれは日本経済の構造的な問題です。アベノミクスの本質は、為替ダンピングだったということです。
シマオ:為替ダンピング……って何ですか?
佐藤さん:為替ダンピングというのは、自国の通貨レートを意図的に下げることを指します。通常は輸出価格を安くすることで国際競争力をつけ、輸出量を増やすことを目的としますが、アベノミクスの目的はそこではありませんでした。
シマオ:本当の目的はどこに?
佐藤さん:それがひと頃よく言われていたインバウンドです。円安であれば、海外からの旅行客にとっては旅費が安く済みます。インバウンドの増加を目指して為替を安くする方向に舵を切っていた政策の影響が、コロナによって起きたグローバルサプライチェーンの崩壊によって目につくようになった、というのが近頃のインフレ・円安の実態でしょう。
シマオ:なるほど。それにしても、このままだと海外の物価が高過ぎて海外旅行なんて行けませんよ!
佐藤さん:先日、池上彰さんがアメリカに取材に行ってきた際に現地のラーメン屋でラーメンと餃子を食べたところ、5000円したと言っていました。
シマオ:ハワイ旅行に家族4人で行ったら100万円かかるそうですからね……。では、アベノミクスは結局失敗だったということですか?
佐藤さん:これは見方によって変わります。例えば、雇用環境を考えればアベノミクス以降の失業率や有効求人倍率は確かに改善していて、一定の効果があったとされています。
シマオ:う〜ん、それは確かに……。僕よりも少し上の世代は、就職氷河期で大変だったと聞きます。
佐藤さん:ただし、それは非正規雇用の増加によってもたらされたもので、世帯当たりの所得は増加したけれど個人当たりの所得は減少している訳です。不安定な身分の人が増えたという面を見れば、評価できるものではないという意見を持つ人もいます。
シマオ:悩ましいですね……。この先の日本経済はどうなるのでしょうか?
佐藤さん:インフレを抑制するためには、アメリカがやっているように金利を上げるのが普通です。ですが、今の日本はアメリカ並みに長期金利を引き上げることは難しいでしょう。金利を上げれば、大量に発行した国債の利子も上がることになるからです。
シマオ:でも、金利を引き上げなければ、今のような円安ドル高傾向は続いてしまうんですよね?
佐藤さん:そうです。円安とインフレが続けば、景気も悪くなる。現時点では、あまりいいシナリオを予想することはできません。
シマオ:何か、僕ら個人レベルでできることはあるのでしょうか?
佐藤さん:家族や友人など、リアルな人間関係を維持しておくことです。危機においては、これが何よりも大切です。
シマオ:それって、家族はともかく、友人にも金銭的に頼るかもしれないってことでしょうか。
佐藤さん:もちろん金を無心するということではありません。ただ、ちょっとした仕事を回してもらったり、残業の時に少しだけ子どもを預かってもらったりといった助け合いをすることはできます。これらを経済的に換算すれば、それなりの価値になるはずです。
シマオ:なるほど。そういう人間関係を維持しておくためにはどうすればいいんでしょう?
佐藤さん:半年か、一年に一度くらいの頻度で接点を持つことです。その際、なるべく違う業界にいる人と会うとよいでしょう。世の中に情報はあふれていますが、大切な情報はまだまだ属人的なものが多いからです。
シマオ:どんな時に、その属人的な情報が役立つんでしょうか。
佐藤さん:例えば、保険の見直しや、子どもの受験への対応、法的なトラブルなどがあった時には、ネットや本で調べるよりも、それを生業としている知り合いに聞いた情報のほうが何倍も役に立ちます。
シマオ:コロナでリアルな関係が薄れてしまった世の中だからこそ、人間関係の重要性が高まっているのですね! コロナに戦争、経済問題など、なかなか明るい話題がありませんが、だからこそ手を取り合って頑張っていきたいと思います。
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。次回の相談は1月18日(水)に公開予定です。それではまた!