2023年の働き方の未来を語るVCたち。(左から)エマージェンス・キャピタルのジェイク・セイパー、インデックス・ベンチャーズのエリン・プライスライト、グレイロックのデイビッド・サッカー、アレイ・ベンチャーズのシュルティ・ガンジー。
Emergence Capital; Index Ventures; Greylock Partners; Array Ventures; Marianne Ayala/Insider
パーティションで仕切られた職場の中で、9時−5時で働く時代は終わった。
少なくとも、働き方の未来についてInsiderが取材した投資家たちの多くはそう答える。
3年近く続いたコロナパンデミックをきっかけに、柔軟な働き方、ワークライフバランス、職務上の充実感の向上などへの労働者の要求が高まり、職場ではパラダイムシフトが起こっている。アメリカでは2021年、労働力不足により主導権が雇用者から従業員に移り、労働者たちは働き方の変化の恩恵に預かることができた。
一方、2022年は揺り戻しも見られた。リモートワークを数年間続けてきた企業は、従業員にオフィス勤務復帰を求めるようになった。市場や経済の先行きが不透明な中、企業は人員や経費を削減している。
とはいえ、働き方の未来に関心のある投資家が期待を寄せることは、まだまだたくさんある。Insiderは15人のベンチャーキャピタリスト(VC)に取材し、現在の働き方や生き方に革命を起こす可能性が最も高いと彼らが考えるトレンドやニッチな市場について話を聞いた。
1. ハイブリッドワークが定着
パンデミック下でリモートワークが盛んになったにもかかわらず、企業がオフィス勤務への回帰を従業員に促すことができるようになったのは、最近の人員削減や採用削減が背景にある。そう語るのは、グレイロック(Greylock)のパートナー、デイビッド・サッカーだ。
そんな中、今後成功するスタートアップは、ハイブリッドワーク、すなわちオフィスワークとリモートワークを組み合わせた働き方を導入している企業だとVCらは予想する。
IVP在籍の投資家、シュレヤス・ガルグは、SlackやZoomなどの定番ツールでは現在のハイブリッドワークのニーズを満たすには不十分だと言う。ガルグの指摘によれば、求められているのは、彼が最近出資したローム(Roam)のようなスタートアップだ。こうしたスタートアップにより、出社して働く人とリモートで働く人がバーチャル空間で同じオフィスにいるように気軽に会話し、サードパーティアプリ上で簡単にコラボレーションできるようになる。
同時に、リモートワークかオフィスワークのどちらか一方に偏向していたスタートアップ、例えばバーチャルイベントプラットフォームのホピン(Hopin)やバーチャルオフィス企業のギャザー(Gather)などは、生き残りのためにハイブリッドワークを視野に入れるよう方針転換をする必要があると、アレイ・ベンチャーズ(Array Ventures)のジェネラルパートナー、シュルティ・ガンジーは語る。
2. 職場でのコラボレーションをめぐるニーズが具体化
「コラボレーション」は2022年のバズワードだった。しかし今、この分野に対するVCが求める要件は、よりきめ細かなものになりつつある。
アドビ(Adobe)やセールスフォース(Salesforce)などのレガシー企業と好対照をなす形で、技術的なリテラシーを問わず誰でも理解しやすく簡単に扱えるプロダクトが台頭してくると見るのは、エマージェンス・キャピタル(Emergence Capital)のゼネラルパートナー、ジェイク・セイパーだ。従来型の企業が提供するプロダクトは「非常に複雑」で、デザイナーや販売担当者といった一部の従業員が利用することだけを想定したものだという。
例えば、デザインツールを提供するフィグマ(Figma)は、デザイナーと非デザイナーの両方に好感を持たれる直感的なインターフェースを提供した。フィグマが2022年にアドビに買収された際に200億ドル(約2.66兆円、1ドル=133円換算)という途方もない評価額がついたのはそのおかげだとセイパーは見ている。
NEAのパートナー、バネッサ・ラーコは、2023年のコラボレーション分野では、チームを横断した正確な状況伝達を可能にすることで最善の判断を促すプロダクトに注目が集まると予測する。例えば、財務チームがAWSの利用状況についてエンジニアから情報を受け取り理解したうえで、コスト削減を提案するまでの過程を支援するようなものだ。ラーコは、情報要約とチーム間の情報伝達にAIを活用することができるスタートアップを探しているという。
3.ジェネレーティブAIがさまざまな業界に普及
2022年はジェネレーティブAI、すなわちコンテンツ生成可能なAIがもてはやされたが、インデックス・ベンチャーズ(Index Ventures)のパートナー、エリン・プライスライトは、ジェネレーティブAIが今後数年のうちに労働者に及ぼし得る影響はまだまだ過小評価されている、と語る。
実際、さまざまな職務や業界に対応したジェネレ−ティブAIを得意とするスタートアップがすでに登場している。マーケティング担当者向けにはジャスパー(Jasper)、ソフトウェアエンジニアにはオープンAI(OpenAI)のコーデックス(Codex)、医師向けにはディープスクライブ(DeepScribe)、弁護士向けにはドラフトワイズ(DraftWise)などだ。
プライスライトはAIアプリケーションプラットフォームのヒューマンループ(Humanloop)などのジェネレーティブAIスタートアップに投資しており、インデックス・ベンチャーズはディープスクライブにも出資している。
組織の効率向上が必要とされる厳しい市場環境では、生産性の水準を「十二分に引き上げ」ることができるジェネレーティブAIは企業にとってますます魅力的になるとプライスライトは言う。
4. 職場の変化が家族計画などの個人的変化につながる
厳しい仕事と私生活の間のバランスをとれるように、従業員たちの間では、魅力的な福利厚生やツールを提供してくれる雇用主を求める気運が高まっている。
彼らは今や「日常生活で享受している『パーソナライズされたもの』と同様なことを職場にも求めている」とゼネラル・カタリスト(General Catalyst)のマネージングディレクター、クエンティン・クラークは言う。
特に個人向けの福利厚生に関してはその傾向が強い。その一つが不妊治療クリニックや家族計画に関する福利厚生への需要の高まりだと、バーテックス・ベンチャーズ(Vertex Ventures)のゼネラルパートナー、サンディープ・バドラーは言う。バドラーは、柔軟な働き方によって自宅で子どもの面倒を見ることがしやすくなったことが背景にあると語る。
CRVのジェネラルパートナー、クリスティン・ベイカー・スポーンは、柔軟な働き方が可能になり、高齢や病気の家族の介護をしながら働く人々が増加していると指摘する。そのためベイカー・スポーンは、ギバーズ(Givers)のようなスタートアップの人気の高まりは今後も続くと考えている。ギバーズは、家族を介護する労働者を対象に支援・費用軽減サービスを提供している企業だ。
「ここ数年で労働力をめぐる地殻変動が進んできました。大退職時代やパンデミックをきっかけに多くの労働者が働き方を変えたのです」(ベイカー・スポーン)