『邪神ちゃんドロップキックX』地方編のうち、釧路編と富良野編のキービジュアル。原作は2012年からユキヲさんが「COMICメテオ」で連載中。東京・神保町を舞台に、半身が蛇の悪魔「邪神ちゃん」と彼女を召喚した「花園ゆりね」を中心にキュートな悪魔や天使たちが織りなす人気コメディだ。
(C)ユキヲ・COMICメテオ/邪神ちゃんドロップキック製作委員会
クラウドファンディングや「ふるさと納税」を活かして地方の魅力をPRするアニメーションをつくるなど、革新的な制作スキームを生み出してきたアニメ『邪神ちゃんドロップキック』シリーズ(以下、『邪神ちゃん』)。その宣伝戦略を一手に担うのが栁瀬一樹さん。「一生邪神ちゃんをやっていく」と、この作品をこよなく愛する宣伝プロデューサーです。
ただ、今夏放送のアニメ3期では意図しない形で作品が注目されました。コラボした富良野市の議会で一部の市議が「市のイメージを落としかねない」と主張。波紋が広がりました。
栁瀬さんは「公共圏でのあり方は今後の課題として残った」と受け止めつつ、「キャラクターがアニメの中で観光することで街の名所や名産を再発見できる」「少子高齢化に悩む地方自治体が街の魅力をPRする助けになれる」と、『邪神ちゃん』が地方創生に貢献できる可能性を語ります。
現在は仕事の傍ら大学院に通い「行政広報とポップカルチャー」をテーマに社会学を学んでいるという栁瀬さんに、これからの『邪神ちゃん』が目指す未来を聞きました。
dアニメ、KADOKAWAを経てアニメ宣伝の道へ。
栁瀬さんはこれまでに『邪神ちゃんドロップキック 』のほか『理系が恋に落ちたので証明してみた。』『恋と呼ぶには気持ち悪い』等の宣伝プロデューサーを務めている。
撮影:杉本健太郎
── クラファンや「ふるさと納税」を活かして制作資金を募るなど、栁瀬さんが手掛ける『邪神ちゃん』の宣伝戦略が注目されています。そもそも、栁瀬さんはなぜアニメの宣伝の道に入ったのでしょう。
新卒では、もともと出版社志望だったんです。学生時代にはTRPG(テーブルトークRPG)が大好きで、TRPGを扱う角川書店の主催イベントに入り浸っていました。当時からゲームマスターもやったり、ゲームを“作る側”にもいました。
なので「就職するなら絶対に角川書店に入るぞ!」と思っていたんですが、一次選考で落とされまして。その後、ご縁があったNTTドコモに入りました。
そこで立ち上げに携わったのが「dアニメストア」です。設計時にサービスの全画面遷移を自分でノートに書いたことを今でも覚えていますね。「サービスを設計する」ってこういうことなのだと学びました。
それから10年間、今でもdアニメストアを使っていますが、マイページの「○話中、□話見ました」と数字が残る仕組みなども当時私が作ったものでした。これがアニメ業界に関わるきっかけです。
それからKADOKAWAに転職して毎クールの新作アニメのPVをひたすら見る「僕たちは新作アニメのプロモーション映像を3時間かけて一気観したらどのくらい続きを観たくなるのだろうか?」(“つづきみ”)というイベントなどを企画しました。
3年ほど勤めて親の介護をきっかけに独立。今はアニメ作品の宣伝をやり、アニメと何かやりたいと考えている一般企業をつなぐ仕事をしています。
──作品にガッツリと関わる宣伝の仕事は『邪神ちゃん』が初めてだった。
きっかけは「つづきみ」のイベントに来ていた夏目公一朗さん(アニプレックス元会長、『邪神ちゃん』制作総指揮)をはじめとする邪神ちゃん関係者の方たちでした。お話をする中でアニメを宣伝するお仕事には需要があるんだと気付いて。
『邪神ちゃん』制作総指揮の夏目公一朗さんはアニプレックス元会長。作中でもよくいじられています。
(C)ユキヲ・COMICメテオ/邪神ちゃんドロップキック製作委員会
──愛情がすごい。栁瀬さんのモチベーションの原動力は。
『邪神ちゃん』が好きなのはもちろん、「邪教徒」(『邪神ちゃん』ファンの総称)の皆さまをはじめ、色々な方が『邪神ちゃん』を応援してくれる。その期待を全て背負っている覚悟もあるからでしょうか。
全ての人を幸せにはできないですが、せめて「『邪神ちゃん』が好き」と言って、集まってくれたスタッフ、キャスト、ファンの皆さんを幸せにしたい。そう思ったら止まるわけにいかない……みたいなところはあります。よく言われます。止まるんじゃねえぞと。
日本初の「ふるさと納税」アニメが生まれた。
2019年には北海道千歳市とタッグを組み、名所や名産品をPRするアニメの制作資金を「ふるさと納税」で募りました。
(C)ユキヲ・COMICメテオ/邪神ちゃんドロップキック製作委員会
──2019年には北海道千歳市とタッグを組み、名所や名産品をPRするアニメの制作資金を「ふるさと納税」で募りました。2000万円の目標額に対し、1億8438万円が集まりました。
ふるさと納税でアニメの制作費を募る試みは日本で初めてで、NHKさんにも取り上げられました。それに、千歳市さんは邪神ちゃん役の鈴木愛奈さんの故郷でもあります。
間に製作委員会メンバーである北海道文化放送さんが入ってくれて、千歳市さん側とお会いした際に「何か一緒にやりませんか」とお話があり、「ふるさと納税でアニメを作ったらいいと思うんですよ」「いいですね。やりましょう!」と。40日後ぐらいにはイベントで発表しました。ものすごいスピード感でしたね。
──自治体側はアニメを通じて全国に街の魅力を発信でき、ふるさと納税をしてもらうきっかけにもなる。アニメ制作側は制作費を調達できる。この「千歳邪神ちゃんモデル」は、コンテンツビジネスと地域振興を結ぶ新しいモデルと言えそうです。
前編で述べましたが、邪神ちゃんのような弱者はパッケージが売れず、海外のプラットフォームにも高い値段で買ってもらえない以上、従来のアニメのビジネスモデルにとらわれていたら生き残れません。
そこで考えた手法の一つが、邪神ちゃんたちがタレントとしてあなたの地元に遊びに行くスタイルのアニメ製作です。決まったストーリーを持つ作品ではキャラクターが地方に遊びに行くなんて気軽にできませんが、『邪神ちゃん』は1話完結型のオムニバス形式の作品です。やり方次第では無限に作れるかもしれない。
それが今回のアニメ3期にも活かされ、北海道の帯広市・釧路市・富良野市、長崎県の南島原市とのコラボにつながりました。
千歳市との取り組みは地元紙でも1面に取り上げられました。
撮影:吉川慧
富良野市議会で思わぬ批判、見えた「新たな課題」とは。
(C)ユキヲ・COMICメテオ/邪神ちゃんドロップキック製作委員会
── 一方、3期の富良野編のエピソードをめぐって市議会の決算委員会で「借金があるため臓器売買を提案するなど社会通念上許されない行為」「富良野のイメージを落としかねない」と批判され、波紋が広がりました。栁瀬さんとしてはどう感じましたか。
まだ答えを出せてはいないのですがIPが大きくなっていく、新しい活動を行っていくという際に「公共圏における表現のあり方」というのは不可避な課題なんだなあと感じました。
公共圏におけるポップカルチャー表現の是非については、古くはドリフターズ対PTAのような事象が有名ですし、最近では女性の二次元キャラを使った新聞広告や駅広告が話題になっています。
今回邪神ちゃんの場合は性的な表現というよりも、視聴者を楽しませるためのブラックコメディ表現がネックになりましたので『クレヨンしんちゃん』『おぼっちゃまくん』『ボボボーボ・ボーボボ』といった偉大なギャグアニメの先輩たちが直面した課題と同じものから洗礼を受けたと思いました。
今年放映された『邪神ちゃんドロップキックX』では帯広市・釧路市・富良野市・南島原市とコラボ。各地の名所や名物が登場した。
(C)ユキヲ・COMICメテオ/邪神ちゃんドロップキック製作委員会
── 富良野市での一件が報道されると、栁瀬さんはすぐ富良野編の無料公開に動きました。さらに実際にイメージダウンになったと思うか、アンケートで感想を調査しました。一連の対応はとてもスピーディでした。
邪神ちゃんが富良野のイメージを下げる可能性を否定することができなかったので、実際に視聴した方たちがどう思ったのかアンケートを取ろうと思いました。観たことがないという方もいらっしゃると思うので1週間無料でご覧頂けるようにしました。
この結果、10万票以上のアンケート結果が集まり93%以上の人が「イメージが上がる」と回答しました。一部「イメージが下がる」と答えた方たちの回答理由はほとんどが作品に由来するものではなく、今回の騒動自体を原因として挙げていました。これらの研究結果は資料化して北海道大学学術成果コレクションに格納してありますのでぜひご覧ください。
一方で富良野の騒動とは関係がないのですが、今回は『邪神ちゃん』の制作側の課題が見えたのも事実です。私たちの調査では3期の自治体とのコラボ回(ふるさと納税編)を見た30%ぐらいの人がネガティブな反応を示していました。
これはファンのみなさんが思い描いている「見たかった『邪神ちゃん』」と違っていたことが理由だと思います。コアなファンの方であればあるほど期待値とのギャップが発生した。
出典:「自治体が主体的にコンテンツツーリズム目的地=聖地を創ることは可能か? : アニメ『邪神ちゃんドロップ キック』の地域コラボ事例から考える」(北海道大学 観光学高等研究センター 第15回(2022年度 第6回)オンライン観光創造フォーラム)
──たしかに。「神保町で好き勝手に動く『邪神ちゃん』をもっと見たい」というファンの気持ちもあったかもしれません。
なので、このやり方を続けるのも違うなと今は考えています。例えば、ふるさと納税で作る回はナンバリングのタイトルからは外してスピンオフにしたり。
ただ、ネガティブな反応があったのは事実ですが、「『邪神ちゃん』のアニメの世界観が広がってとても良かった」という意見も負けないくらい沢山いただきました。
コンテンツを作り続けるためには、作り方に変化がなくなったら終わってしまう。一部の人がずっと同じものを楽しめばいい状態になってしまいますからね。
そして「変化する」時には良い点と悪い点が出る。でも、それは当たり前だと思います。
古参ファンだけでは先細ってしまいますが、『邪神ちゃん』は1期〜3期まで続く中で、ファンの裾野が広がっていると肌で感じています。
特に3期の反響は大きかった。初音ミクさんの出演と切り抜き動画、そして「ふるさと納税編」のおかげだったと思います。千歳市さんとのコラボをきっかけに始まった北海道の自治体を応援したいというコンセプトがここにつながった。
3期はとてもうまくいったところもあるし、次回に向けての課題も残った。この二つを受けて次にまた新しいもの作りをしていこうと思ってます。
『邪神ちゃんドロップキックX』では邪神ちゃんと初音ミクの共演が実現した。これも「北海道を応援したい」という想いが結んだ縁だった。
(C)ユキヲ・COMICメテオ/邪神ちゃんドロップキック製作委員会
──アンケートの結果公表時には、ファンの高評価バイアスがあることに留意してほしいと栁瀬さんご自身が注意を呼びかけていましたね。また、ファンからのネガティブな反応についても包み隠さず公開されている。
はい。これはアカデミックなアプローチの方法です。相手の意見を否定するのではなく、「よりよきゴール」に近づくため、それぞれが持っているデータを惜しみなく出していこうという考え方です。
ですから自分のデータに弱点があるのであれば「ここには留意をして考えてね」と注意書きするのは当然のことですし、自分に都合がいいデータだけ示すなんてこともありえないです。
ファスト風土化、少子高齢化…地方の危機に『邪神ちゃん』が効くかもしれない。
『邪神ちゃんドロップキック X』地方編のキービジュアル。釧路、帯広、南島原、富良野の名所・名物が描かれている。
(C)ユキヲ・COMICメテオ/邪神ちゃんドロップキック製作委員会
──社会学を勉強したいと思ったきっかけは。やはり『邪神ちゃん』と関係があるのでしょうか。
ニッポン放送の吉田尚記さんに教わった一冊の本でした。見田宗介先生の『現代社会はどこに向かうか――高原の見晴らしを切り開くこと』(岩波新書)という本です。
私自身は社会人になってからずっと会社勤めをしていましたので「ビジネスは、会社のためにお金を稼ぐことが大事」という、ある種の新自由主義的な考え方で生きてきました。
ですが、見田先生の本を読んで「無限にお金を稼ぎ続ける、無限に成長をし続けることは本当に正しいのだろうか?もっと大切な価値観もあるんじゃないだろうか」と考えるようになりました。
いまの研究テーマは一言で言うと「行政広報とポップカルチャー」です。
地方自治体では、どこも少子高齢化が課題になっています。商店街にはシャッターが連なり、ロードサイドには巨大なユニクロや西松屋やレストランが並び、いわゆる「ファスト風土」的な殺風景な世界が今の日本中に広がりつつある状態です。
自分たちの街の魅力がどんどんなくなって、均質化してしまっている。いろんな自治体の方からそういうお話を聞きます。
──多くの地方自治体に共通する危機だと思います。
以前、青森の弘前に行ったときのことでした。「弘前をもっと良くしたいんだけど、弘前には何もなくて!」とおっしゃる地元の方に「えっ!弘前と言えばりんご最強じゃないですか!」と伝えたら「リンゴなんて、どこにでもあるじゃないですか」と言われました。
この時痛感しました。あまりにも慣れ親しんだものはその人にとって「異化」されないのだということを。
前に述べた通り、宣伝はいかにして差を生むかが大事ですから、自分の強みが異化されていない状態は、自分の強みを認識できていないことと同じなので効果的な宣伝が期待できません。ですから観光者の視座はとても大事だと感じたきっかけでした。
日本全体がそんな状態になっていく中、邪神ちゃんが地方の街に遊びに行く。すると、邪神ちゃんという「観光者の視座」で、その街の魅力を再発見できるんですね。
ふるさと納税でつくる『邪神ちゃん』では、まず制作チームでロケハンに行き、その街の魅力を吸収するところから始まります。
「ここが良かったな」と思うところを観光者の視座で描く。そうすると邪神ちゃんたちが遊びに行って楽しんだ感覚に近くなる。これがちゃんと形にできたら、少子高齢化に悩む地方自治体が全国に向けて街の魅力をPRする一助になれるかもしれない。
うまくいったらもっと規模を大きくして、今では全くうまくいってない「クールジャパン」というものを変えられる可能性があるんじゃないか。そう思って社会学を勉強しようと思ったんですね。
本当に『邪神ちゃん』で人生が変わった感じがします。
『邪神ちゃん』には、人の心を動かす力がある。
邪神ちゃんたちがよく出没する神保町の「すずらん通り」。作中には「フレッシュムーン」(橘昌文銭堂)や「大丸やき」(大丸やき茶房)など神保町のご当地グルメも登場する。
撮影:吉川慧
──『邪神ちゃん』の舞台である神保町の老舗の方は「『邪神ちゃん』のおかげで今まで来なかった人、特に若いお客さんが来てくれて嬉しい」と話していました。すでに「公共」に資する例も出ていますね。
作品には、人を動かす力があります。
直近だと11月末の北九州ポップカルチャーフェスティバル(KPF)で、劇中に登場する「神保町献血センター」を模したリアルの献血会場を設けました。すると、80リットル(400mlの献血200人分)もの献血が集まりました。
原作のユキヲ先生も公言されていますが、私たちには「人々の役に立つために『邪神ちゃん』をやっていこう」という側面があります。
そこは邪神ちゃん自体のキャラクターの魅力ともつながっています。普段はクズですけど、根はいいやつ。だから好きなんですね。そんな邪神ちゃんが世の中の役に立っている。そこがとてもいい。
ゆりねを殺さなければ魔界には戻れないけど、本気で殺すまではいかない。殺そうとするけれど、実際にはそうならない。
原作『邪神ちゃんドロップキック』の単行本と公式コンプリートブック。
撮影:杉本健太郎
──天敵であるはずの天使たちともつるむし、天使たちもブラックな面がありつつ、なんだかんだで優しい。
そうなんです。だから、作品自体もそういう存在になっていきたい。時に表現が過激になるときもありますが、実際どこかでみんなの役に立っているような……。
ファンの方から「『邪神ちゃん』のおかげで不登校から立ち直れた」とかコメントを頂いたことがあって、すごく嬉しかったですね。
献血イベントでも赤十字さんから「これで患者さんを助けることができます」と言ってもらえました。今後は都内でも同様の取り組みを行っていこうと思いますので、ぜひお越しいただきたいです。
“ずっと続く”作品になるためには「運命に抗う」覚悟が必要だ。
「ずっと続く」コンテンツになるためには、ゆりねに何度倒されても諦めない邪神ちゃんのような不撓不屈の精神が求められるのかもしれない。
(C)ユキヲ・COMICメテオ/邪神ちゃんドロップキック製作委員会
──12月に始まった新たなクラウドファンディングは開始35分で最初の目標3000万円を突破。現在6000万円まで届きました。『邪神ちゃん』のように、「ずっと続くコンテンツ」を実現するためにはどんな戦略が必要なのでしょうか。
そもそもなのですが、コンテンツはずっと続く必要があるのでしょうか。今のコンテンツ市場は激烈な可処分所得と可処分時間の奪い合いです。常にキャッチーで目新しいものが続々と市場に登場する、大量生産・大量消費の世界です。
アニメ市場は特にその傾向が顕著で、1クールごとに一斉に入れ替えが行われます。この市場で企業がビジネスを行う場合、1つの作品にこだわるよりも、時代に即した作品を次々と打ち出していった方が企業としての勝率は上がるはずです。ですから1クールで作品がいなくなるという今の仕組みはとても理に適っています。
永久に壊れない自動車が存在したら新しい自動車が売れなくなってしまうように、市場・経済が回っていくためには破壊や損傷や摩耗や廃棄が必要であり、コンテンツ市場においては忘却こそがその役割を果たしていると考えられます。
とはいえ、作り手としては自分たちが生み出したかわいい作品がずっと続いてほしいと願いますし、応援してくれたファンの方たちも同じように願ってくれています。
ただ、それは市場・経済が求める動きではないので「ずっと続く」ということを願うのは「定められた運命に抗う」ということになります。
これを実現するためには、作り手もファンの皆さまもただでは済まないです。何もせずに「4期はよ」と唱えるだけでは決して到達しません。願う人全てが主体的に動き、生き残る道を模索しなくてはなりません。
── そして『邪神ちゃん』もそれを探し続けている。
そして、まだ見つけられてない。 だけど、探し続ける。探し続けて、探し続けて「またお金なくなっちゃったぞ……」と、邪神ちゃんが皆さんに助けを求めるのでしょう。
先日『邪神ちゃん』に関わることで得られる自分の利益と損益、メリットとデメリットを真面目に書き出してみたんです。すると計算式上は、イコールの右と左は必ず同じ数値にならなければいけないのに全く釣り合わない。式が解けない。式を解く唯一の方法は足りないところに「無限大」を入れるしかなく……ああ人はこれを「愛」と呼ぶのだなと。
弱い者には強気、ゆりねから預かった生活費や親友メデューサにもらったお金をギャンブルにつぎ込んでお仕置きされる……。それでも、どこか憎めない不思議な魅力をもっている。それが「邪神ちゃん」なのだ。
(C)ユキヲ・COMICメテオ/邪神ちゃんドロップキック製作委員会
── 究極の推し活ですね。
そうか。これって究極の推し活だったんですね。気づかなかった。自分は作り手側ではありますけど、根っこの部分は邪教徒の皆さまと全く同じ、作品の存続に対して提供している価値が違うだけってことなんですね。
そう考えてみますと、邪神ちゃんを続けたい、という共通の目標に向かってお金だけではなくさまざまな能力を持った人材が続々と集まってくれています。
映像制作のフジワラコウスケさんに、イラストレーターのまめこさん、最近では3Dモデルの卯月ノムさんに、何よりエキュートオーディション1661倍の倍率を勝ち抜いた忍者系VTuberの朝ノ瑠璃さんは、もう邪神ちゃんの宣伝においてなくてはならない存在です。
この様子を夏目公一朗(製作総指揮)さんは「(水滸伝の)梁山泊みたい」と表現していますが、確かに水滸伝も大きな流れに対する叛逆の物語ですから、とても含蓄に富んでいるなと思います。
以上のように『邪神ちゃん』は弱者なので、放っておいたらすぐにダメになってしまいます。メデューサのように「私がなんとかしないと!」と多くの皆さまがお金や能力を提供してくれてなんとか生き延びているのが現状です。
そして普段はダメなのですが意外と根はいいやつなので、みんなを笑顔にしたり地域や献血に貢献することもあります。
面白いアニメを作って、公共に資することもやりつつ、ビジネスとしても回るようにする。それができたら「ずっと続くコンテンツ」に近づけるかもしれないですね。
(完)
※前編はこちら。既存のアニメビジネスの枠にとらわれず、競争激しいアニメ業界で独特の存在感を放つ「邪神ちゃん」の生存戦略を聞きしました。
【無料】邪神ちゃんドロップキック(第1話・前半)
邪神ちゃんねる/YouTube
栁瀬一樹:上智大学外国語学部卒。2002年NTTドコモ入社。iモードコンテンツビジネス業務を経た後、2012年アニメ配信サービス「dアニメストア」のサービスを設計。2016年KADOKAWAに入社。2019年に独立しTVアニメ「邪神ちゃんドロップキック 」「理系が恋に落ちたので証明してみた。」「恋と呼ぶには気持ち悪い」等の宣伝プロデューサーを務める。全国初のふるさと納税を用いたアニメ制作や、違法アップロードよりも早い公式切り抜き動画配信、違法アップロードの合法化など今までにないプロモーションの案を練る。2022年に邪神ちゃん研究計画で東京大学大学院に合格。