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東工大が入試「女子枠」創設のワケ。益学長が語る、大学が変わらなければならない理由【後編】

東京工業大学の益一哉学長。2018年から学長を務める。

東京工業大学の益一哉学長。2018年から学長を務める。

撮影:今村拓馬

博士人材の不足や、多様性の欠如 ——。日本のアカデミアが抱える課題は根深い。

2022年に主要8部局の教授・准教授ポストでの女性限定の公募や、入試改革における「女子枠」の導入を決定した東京工業大学。

前編に引き続き、東工大の益一哉学長に日本のアカデミアが抱える「人材問題」、そして昨今議論が進んできた、アカデミアや理工系大学に女性を増やす取り組みについての考え方を聞いた。


貴重な「博士人材」どう支えるか

益学長

撮影:今村拓馬

—— 研究人材の待遇面の悪さは、日本の科学力を衰退させている要因の一つのように感じています。この点、益先生はどう感じていますか?

益:日本は、研究者や研究者になる人材(博士課程の学生)だけではなく、そもそも人に投資をしないですよね。

例えば、産業界と共同研究をするとお金は出ます。ただ、極端な話、実験装置などの「もの」に対する「直接経費」にしか出ないんです。実際に研究を進める博士課程の学生の給料を払う必要性が認識されていない。

ヨーロッパだと、博士課程の学生の給料は国が出しています。

日本の大学の先生も認識が甘い。本当に高度な人材を育てているのだというなら、セミプロの学生にもちゃんと給料を払って研究をさせる必要がある。けど、なぜか学生、特に大学院生にお金を払わない。

—— 原資がない、ということではないですか?

益:僕は大学なら、ちゃんと給料を払う必要があると思っています。国も産業界も、次世代を担う博士課程の学生へきちっと投資すべきです。先生方も、そのための競争的資金くらいは取らないといけない。

「紙と鉛筆しかいりません」みたいなことを言う研究者もいますが、何を言っているんだと。学生に給料を払うために資金を取るんです。実際、そうやって若手を育てている先生も中にはちゃんといる。

ただ、日本全体ではまだ少ない。研究者の待遇が悪いと言う人は多いですが、それを良くする努力を私たちはやれているのか……という話です。

世界の主要国の研究開発費推移(名目額)。2000年を起点にすると、日本の伸びは1.2程度。増えてはいるが、世界各国と比べると勢いは鈍い。

世界の主要国の研究開発費推移(名目額)。2000年を起点にすると、日本の伸びは1.2程度。増えてはいるが、世界各国と比べると勢いは鈍い。

出典:2022年科学技術指標より引用

—— 益先生は、国からの支援は足りていると思いますか?

益:日本は、ずっと国立大学に研究をやらせてきていました。

世界ではちゃんと大学の予算規模も増えて、人も増えて、産業も増えている。そういうことを知っていたのに、日本の実情に合わせて高等教育にお金を投資してこなかった。それはやっぱり、政策的なミスがあったと言ったほうが良いと僕は思っている。

でも、欧米の変化が分かっていながら、僕らはついていけなかった。そこは大学側も大いに反省すべきだと思う。

そういうことで「足りていますか?」と言われたら、足りていない。大学自身が変わることも足りない。どっちもどっちだと思う。

大学統合に女子枠創設、決断の背景にあったもの

東工大と東京医科歯科大の統合後の新大学では、政府が進めている大学ファンドの支援対象となる「卓越大学」の認定を取りにいきたいと話す。ただ、「卓越大学の認定を取りたいから統合をする」というわけではないとも。

東工大と東京医科歯科大の統合後の新大学では、政府が進めている大学ファンドの支援対象となる「卓越大学」の認定を取りにいきたいと話す。ただ、「卓越大学の認定を取りたいから統合をする」というわけではないとも。

撮影:今村拓馬

——「大学もやるべきことがあった」とおっしゃいました。大学改革の中で東工大が進めてきた特に重要な変化はどういったことですか。

益:法人統合や女子枠の創設のような大きな変化をみんなで議論できるようになった背景として、「組織がきれいになっていた」ことが挙げられます。

——「きれい」とは?

益:東工大は昔、3学部23学科・6研究科45専攻あって、附置研究所などが独立に5つありました。

2016年の教育改革で6学院19系にして、附置研究所も科学技術創成研究院にまとめて、さらにリベラルアーツ研究教育院を作りました。昔は各部局での選挙で決めていた部局長も、すべて学長指名にしたんです。

そうなると、昔より部局長とコミュニケーションを取る必要がでてくる。「大学はこういうことをやりたいから、お願いします」と。

部局長も指名されているので、まず聞いてくれる。一方で部局長には部局内からもいろいろと意見や要求が来るわけです。

—— まさに中間管理職ですね。

益:すっごい大変だと思いますよ(笑)。

ただ、この組織変更で組織がスリムになって、現場から執行部までの風通しが良くなった。これを前学長の三島良直先生時代の2016年から、6年間やってきた。

その結果、今は大学を一緒に運営していくという空気感がある程度醸成されてきたなと感じます。

—— 大学が大きく変わろうとした時に、決断しやすくなった?

益:思い切ったことをやろうとした場合、部局長は「学長の考えは、まあわかった」と。

そこから部局長個人や、部局からの考えを引き出してくれて、やっぱりできないとなる場合もあるだろうけど、うまくまとめてくれている。大学としての大きなチャレンジにも、一緒になって動いてくれたから、医科歯科大学との統合の合意も、入試の女子枠導入も実現できた。

どちらも教育改革前(2016年以前)にやろうとしていたら、かなり難しかったんじゃないかな。

今は、大学にガバナンス改革が求められていますよね。

その最たるものは「大学としての大きな方針」を打ち出して実行できるか、だと思うんです。それを大学全体で理解した上で、実行する。それがガバナンス改革なんだろうと。

女性比率が増えないことへの「危機感」

日本の高等教育機関(大学)の入学者に占める女性の割合は、OECD諸国と比較してもかなり低い。

日本の高等教育機関(大学)の入学者に占める女性の割合は、OECD諸国と比較してもかなり低い。

出典:Society5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ(案)(概要)より引用

—— 2022年、東工大は主要8部局で同時に教員の女性限定公募を実施したり、2024年4月入試から総合型選抜・学校推薦型選抜に「女子枠」を創設することを発表したりと、理系女性を増やす施策を一気に進めた印象があります。急にそこに力を入れた理由は?

益:めちゃくちゃ正直にいうと、女性が増えないことへの危機感はずっと持っていたんです。学内の会議でも常に話題に出ていた。やっぱり増やさないといけないと。

実は、できることからやろうと、2021年に教員を1人女性限定公募で採用したんです。それがうまくいった。

当時、期待以上に多くの応募があったんです。広い研究領域を設定して公募すると、東工大に興味を持ってくれる女性研究者がちゃんといることがわかった。女性研究者は絶対数が少ないから、特定の分野に限定して募集をかけると、応募者のうち女性が一人しかいないということもよくある。それだと、選ばれる確率は単純に低くなる。

(応募条件の研究領域を幅広く設定して)応募者が何十人も来れば、当然その中には優秀な人がいます。「女性限定公募をするとレベルの低い人を採用することになる」という意見もありますが、それを心配する必要はない。

この成功体験があった。

—— 2022年には主要8部局で同時に女性限定公募を実施しています。これも同じ発想でしょうか。

益:これも2021年の成功体験があったから踏み切れた。僕らがやらない限り、どうしようもないという危機感があったので。

この女性限定公募もしばらくは続ける必要があります。東工大の教員は約千名ですが、女性教員はやっと10%を超えたばかりなので。

ただ、女子学生の方は、入試に関わるので本当に頭が痛い問題でした。

入試科目を変えれば女子学生が増えるかもしれないとか、そういう話もあったんです。ただ、それでは劇的な改善は見込めない。だから、今の入試の範囲でできる方法を考えていったんです。

世界的なESG投資の流れも強い後押しとなりました。

ヨーロッパでは「女性が3割いないと投資をしない」という話になってきた。「そんなん無理やん」と思ったのですが、一方で、カーボンニュートラルへと一気に舵を切っていった世界の変化の早さを考えると、これは対応しないとまずいとも感じたんです。

理工系のところでいえば、女性の学生も教員も増やさないといけない。それこそ女性教員が一定割合いないと大学のランキングが下がる、と言う話もあります。

—— 文科省が組む予算にも影響があるようですね。

益:そうでしょうね。将来を考えたら、女性の研究者や学生をまずはなんとしてでも増やさないといけない。これも危機感なんです。

多少無理をしても今できることからやらないと、日本は30年後さらに遅れてしまう。

—— ちなみに先程「ヨーロッパでは女性の割合を3割に」という話がありました。3割は、よく少数派が一定の存在感を示すために必要な割合と言われていますが、東工大の2030年までの目標は女性教員・女子学生共に20%です。1割足りないのはなぜですか?

益:そうですね…。なかなか難しいところもあって、今回は確実にできると思っている2割という数字にさせていただきました。

入試「女子枠」創設の出発点

東京工業大学は、2024年度以降の総合型・学校推薦型選抜の入試に「女子枠」を導入する。

東京工業大学は、2024年度以降の総合型・学校推薦型選抜の入試に「女子枠」を導入する。

撮影:三ツ村崇志

—— 女子枠の入試では、一部の学院で「女性活躍社会にどう貢献していくか」という視点が問われると予告しています。なぜ女子枠だけ特定の側面への貢献を問うのでしょうか?

益:それは女子学生からも言われました。

東工大のアドミッションポリシーには「社会に貢献する」という文言が入っています。これは男女関係なくです。

「総合型選抜」の面接では、「あなたはなぜ東工大に入りたいんですか?何を勉強するんですか?」ということを聞くこともあります。東工大のアドミッションポリシーを理解しているかどうかはやっぱり答えてほしい。

女子枠は、その総合型選抜の中に設けたわけです。

総合型選抜の中には男女問わない一般枠もあって、評価軸は昔ながらの試験や面接です。そこでは女性活躍社会への貢献については聞かない。

女子枠の方は、女性活躍社会を作るために枠を設けて、希望する学生を掘り起こそうという狙いがある。だから女子枠への応募者には、女性活躍社会への貢献について聞くこととしています。

※編集部注:入試の詳細については、現段階での構想であることに注意。

—— ただ、女子枠のようなポジティブ・アクションは、これまで生じていた男女の教育機会格差やアンコンシャス・バイアスを是正するためのものではないのでしょうか? そういう視点で考えると、女性活躍社会への貢献を問うことは、少しずれている気もしました。

益:もちろん、アンコンシャス・バイアスは取り除かなきゃいけない。ただ、私の出発点は違うんです。

科学技術でイノベーションを生み出すためには男だけ、日本人だけの発想だけではダメ。多様性こそがイノベーション、あるいはインベンションの源泉だということが先です。

今の東工大の実情を見たら、男ばかりの画一的な状態です。これを改善したいというところから、落とし込んでいった先に、ポジティブ・アクションの発想が出てきた。

—— 出発点が違うということですね。ちなみに、女子枠導入に際して、学内からの反発はなかったのでしょうか。

益:男子学生に対する不平等とか、偏差値が下がるといった声はあります。

でも、今までの不平等を直す取り組みなので理解してほしい。偏差値については「大学を偏差値でしか見ていないのか」と言いたくなる。

世界を見ると、大学評価における入学者の偏差値序列なんてものはどこにもない。今までの日本の評価軸がどこか間違っていることが、改めて浮き彫りになってしまった。

—— いままでの軸でうまく行かなくなったのなら、チャレンジをしないといけない。これはインタビューの最初から一貫して仰っていることですね。

益:結局、これまでは決断をせず楽をしていただけなんです。試験一発で入れるより、面接で丁寧に評価する方が手間がかかる。新卒の学生が4月に一斉入社するのと一緒です。

でも、楽なやり方が世界標準ではなくなっている。大学入試に関しては1周遅れ、2周遅れ、3周遅れにもなってる。そこについて、考えないといけないのだと思います。

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