ロシア・モスクワで開かれた青年政策に関する国務院の会議後の記者会見で話すロシアのウラジーミル・プーチン大統領。
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2022年の世界経済はロシアに翻弄された。
旧ソ連が崩壊したのは1991年12月25日、それから30年の歳月が経過し、事実上の後継国家であるロシアは、欧米など先進国社会を中心とする世界経済に着実に組み込まれることになった。そしてロシアは、先進国社会に石油やガスなどの天然資源を供給する重要な役割を担ってきた。
そうした役割分担が、2022年2月24日にロシアがウクライナへ侵攻したことで、瞬く間に崩壊することになった。欧米を中心とする先進国社会はロシアに対し、経済・金融制裁を矢継ぎ早に強化した。ロシアの貿易を困難にさせるため、主要な銀行を国際銀行間通信協会(SWIFT)から締め出したことはその象徴的な出来事だった。
極言すれば、「先進国を中心とする世界経済の仕組みからロシアを締め出すこと」が、ヨーロッパや米国の狙いだった。先進国を中心とする世界経済に取り込まれていたロシアがその仕組みから締め出されれば、ロシアの経済はもちろん立ち行かなくなる。天然資源を輸出して外貨を稼がなければモノの輸入ができない経済、それがロシアだ。
とはいえ、このロシアに対する制裁の強化は、先進国社会自身が激しい返り血を浴びる手段でもあった。
先進国を中心とする世界経済の下でロシアが担ってきた役割を、他の国がすぐに代わることなどできないため、その仕組みの再構築にかかるコストは莫大なものとなる。そのコストこそ、特にヨーロッパで深刻化したエネルギーインフレだった。
世界経済でロシアが果たした役割の再構築が進む
モスクワの赤の広場でクリスマスマーケットを歩くロシアの人たち(2022年12月26日撮影)。
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エネルギーの代表的な価格指標であるブレント原油の先物価格の動きを確認すると、ロシアがウクライナに侵攻した直後の3月8日には終値で1バレル127.98米ドルまで急騰した。その後しばらくの間、ブレント原油の価格は高止まりしたが、徐々に安定し、12月には80米ドルを下回って戦争前の水準にまで落ち着いた。
原油価格が安定を取り戻した最大の理由は、世界経済の成長鈍化にある。
米国を中心とする利上げを受けて、世界の景気には徐々にブレーキがかかっている。とはいえ、「ロシアが世界経済に果たしてきた役割の再構築」が徐々に進んだことも、原油の需給ひっ迫の緩和につながり、原油価格が安定を取り戻す一因となったと考えられる。
欧米、特にヨーロッパがロシア産の化石燃料の利用を減らし、非ロシア産の化石燃料の利用を増やすなら、非ロシア産の化石燃料の需給がひっ迫する。しかし欧米以外の国がロシア産の化石燃料の利用を増やせば、非ロシア産の化石燃料の需給が緩和する。そうなれば、世界全体の化石燃料の需給は変わらないというロジックだ。
これが机上論でないことは、各国の貿易データが示している。
データは週次ベースになっている。
(出所)ICEフューチャーズ・ヨーロッパ
実際に欧米、特にヨーロッパはロシアから化石燃料の輸入を減少させる(と同時に、ロシアがヨーロッパへの化石燃料の供給を絞り込んでいる)一方で、中国やインド、トルコといった国々がロシアから化石燃料の輸入を増加させた。
ロシアが世界経済で担う役割は着実に変化したことになる。
新興国の中でも弱体化し始めたロシア
ロシアはかつて旧ソ連を束ねる立場だった。旧ソ連崩壊後も、1998年から2013年まで先進国首脳会議(G8)にも参加し、先進国としての立場から世界をリードしようと躍起になっていた。しかし、2014年のクリミア侵攻以降は欧米から距離を置かれ、今回のウクライナ侵攻を受けて、先進国社会から締め出される結果となった。
そして、ロシアは新興国社会への依存度を高めた。
しかし、新興国の両雄である中国やインドが常に親ロシア的な立場にあるわけではない。中国やインドもまた、欧米との関係を重視している。中国は世界2位の、インドは5位の経済大国に上りつめる一方、ロシア経済はウクライナとの戦争で着実に弱体化している。
中国やインドがロシアから原油を引き受けない限り、ロシアの貿易は立ち行かくなっている。つまり経済的な力学関係は、もはや中国やインドのほうがロシアに勝っている。確かにロシアは、欧米社会から締め出された一方で、中国やインドといった新興国社会と関係を深めた。とはいえ、ロシアが新興国を束ねる立場にはなりえない。
仮にロシアがウクライナとの間で早期の停戦に合意したとしても、ロシアと先進国社会、特にヨーロッパとの関係は冷え込んだままだろう。当然、先進国社会から課された経済・金融制裁が緩和される展望も描けない。
ロシアが新興国社会への依存を深めると同時に、ロシアのプレゼンスが低下し埋没していく姿が、2023年にはより鮮明になると予想される。
日本への影響も。エネルギー情勢が左右する2023年の世界経済
米ニューヨーク証券取引所のトレーダー(2022年12月14日)。
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世界は依然として、世界経済の役割分担を再構築する過程にある。
一時期に比べると落ち着いたとはいえ、世界のエネルギー情勢は不安定な状況が続いている。そうした中で、2023年の世界経済は、インフレ対策の観点から米国を中心に利上げが進み、活力を失うことになるだろう。
そのため2023年の世界経済は、2022年以上に不安定なエネルギー情勢に左右されることになりそうだ。特にロシア産の天然ガスに依存してきたヨーロッパの場合、厳しい一年となる。ヨーロッパの天然ガス価格は2022年12月11日週時点で、1メガワット時当たり115.4ユーロまで落ち着いたが、過去に比べると高いままだ。
EUは2022年12月、天然ガス価格を1メガワット時当たり180ユーロまでとすることで合意した。これ以上の価格の上昇はないわけだが、足元の水準と60ユーロ程、乖離がある。つまりあと60ユーロ分の値上がりについては、引き続き各国で負担し続けることになるため、価格の上限を設定してもインフレ圧力が緩和するかは不透明だ。
それに、価格に上限を設定したところで、天然ガスの供給そのものが増えるわけではない。
戦局が不利になればなるほど、ロシアはヨーロッパ向けのガス供給を一段と絞り込むはずだ。そうした不安定なガスの供給に鑑み、ヨーロッパ勢は液化天然ガス(LNG)の調達を増やそうと、2023年は今まで以上に躍起になるだろう。
こうしたヨーロッパ勢の動きが玉突きのように、日本を含むアジアのLNG市況にも悪影響を及ぼす。行き過ぎた円安に修正が入ったとはいえ、アジアのLNG市場で需給がひっ迫すれば、日本のエネルギー価格もまた不安定となる。
(出所)CME Group
これはロシアがウクライナに侵攻した当初から予想されたシナリオだが、それが2023年に入って本格的に始まることになりそうだ。
繰り返しとなるが、2023年の世界経済は成長が減速する可能性が高く、その場合日本の景気も悪化するだろう。ロシアに端を発したエネルギーインフレが日本経済に与える影響は、むしろ2023年のほうが酷くなるかもしれない。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です