前編に引き続き、10社以上の大手VC(ベンチャーキャピタル)が注目する2023年のトレンドを紹介する。VCたちがピックアップした17の最新トレンドのうち、残る8つにはどんなトピックがランクインしているのだろうか?
スタートアップが競合を飲み込む
スタートアップを取り巻く環境は2022年に大きく潮目が変わった。2023年には統合が進むとの見方も。
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この2年間でめまぐるしく規模を拡大し、資金を消費し続けたスタートアップに対し、「2023年には統合や事業縮小の段階に入るよう備えるべし」と警告するのは、.406ベンチャーズ(.406 Ventures)のパートナーでデジタルヘルス投資担当のパヤル・アグラワル・ディバカラン(Payal Agrawal Divakaran)だ。
エナジャイズ・ベンチャーズ(Energize Ventures)のマネージングパートナーでクライメートテック担当のジョン・タフ(John Tough)も、スタートアップのM&Aが加速するとの見通しを示している。
「景気減速が続く状況では、強力な知的財産や顧客契約を持っているスタートアップが経営難に陥ると、同じ業界の大手スタートアップの買収先として狙われるでしょう。資本力と野心のある企業には、ロールアップ戦略(同じ業種の会社を多く買収すること)を展開するチャンスが訪れます」(タフ)
M&Aが多く見込まれるのはメンタルや問題行動に関するヘルステック分野だとディバカランは予測する。過去2年間の資金調達の熱狂で、「実質的なバリュープロポジション(顧客へ提供できる価値)、患者の獲得戦略、正当な経済モデルを持っていない」スタートアップにも資金が投入されているからだ。
意外なハイテク・ホットスポットが出現する
アフリカの地にも注目のスタートアップが育ちつつある。
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中東・北アフリカで急成長するテック・エコシステムに目を向ける投資家が増えている。ここ数カ月、ライトスピード・ベンチャーズ(Lightspeed Ventures)、インデックス・ベンチャーズ(Index Ventures)、500グローバル(500 Global、旧500 Startups)といったVCが現地パートナーを雇い、この地域のビジネスチャンスを探っている。
さらに、スタートアップアクセラレーターのYコンビネータ(Y Combinator)は、過去2回のコホートでアフリカから32社を迎えており、これは2021年から28%の増加だ。
マイティ・キャピタル(Mighty Capital)の創業マネージングパートナーであるSCモアッティ(SC Moatti)は、「克服すべきステレオタイプは多々ありますが、この地域はしっかりと先を見据え、石油に依存した経済から脱却しようとしています。優秀な技術者も多く抱えているので、ドバイ、リヤド、カイロから次々とイノベーションが生まれると思います」と話す。
大手VCが上場し始める
アンドリーセン・ホロウィッツの共同創業者、マーク・アンドリーセン。
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名高い超大手VCの中には、VCらしくない様相を帯びてきているところもある。仮想通貨に投資する者、上場しているテック企業の株式を購入する者、支援しているスタートアップ創業者の財産まで管理する者などだ。
トップクラスのVCは2023年、スタートアップの上場を支援してきたように、今度は自ら上場に踏み切るだろう。
キャピタル・ワン(Capital One)の共同創業者でQEDインベスターズ(QED Investors)のマネージングパートナーであるナイジェル・モリス(Nigel Morris)は、「財源を多く確保するためにも、上場するVCが次々と現れるでしょう」と話す。
ちなみに、高成長の非上場企業に投資するVC、スロ・キャピタル(SuRo Capital)は2011年に上場を果たしたが、2022年の年初から約70%下落している。
スタートアップは従来の販売戦略を見直す
シアトルのマッコウホールで開催されたスターバックス年次株主総会でエボリューション・フレッシュ・ジュースのサンプルを株主に配る従業員(2017年3月22日)。
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スタートアップは長年、「プロダクト・レッド・グロース(PLG)」(企業がプロダクト、サービスを無料で提供して顧客の獲得・維持を目指す手法)に傾倒してきた。.406ベンチャーズのパートナーでデータ・クラウドチームのグラハム・ブルックス(Graham Brooks)は、この戦略は景気減速のなか亀裂を見せ始めていると指摘する。
「PLGから真の成果を得るのは一般的に思われている以上に難しく、非常にまれです」とブルックスは話す。
PLGを成功させるためには、容易に接触できるユーザー、直感に強く訴えるユーザー体験、使い始めてすぐの段階で目の覚めるような「Wow!」と思わしめる要素がなくてはならない。ブルックスいわく、企業がこれらの条件をすべて満たしたとしても、コスト削減局面で無料ユーザーを有料顧客に転換するのには苦戦を強いられることになる。
法人向けフィンテックが爆発的に普及する
2023年の決済分野は特にB2Bに注目だ。
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パンデミックの初期には消費者向けフィンテックアプリが大流行した。しかし、フィンテック株が下落し不況が迫るなかでは、より早く効率的に利益を上げられるようサポートする法人向けスタートアップのほうが、今後も利用者数を伸ばし、VCからの資金調達も受けやすいだろう。
アンダースコアVCのパートナーであるクリス・ガードナー(Chris Gardner)は、「B2Cのフィンテックが大打撃を受けて、フィンテックの本命はB2Bだと誰もが気づくでしょう」と話す。
経済的な不安や不確実性は、給与への即時アクセス(EWA)や企業間決済、財務関連ツールなどを提供するスタートアップにとって好材料だとモリスは言う。
ベッセマー・ベンチャー・パートナーズ(Bessemer Venture Partners)のパートナーであるチャールズ・バーンバウム(Charles Birnbaum)は、2023年に特に注目を集めるのは決済分野だと言う。FRB(連邦準備制度理事会)が即時決済サービスであるFedNowを開始するためだ。「高速決済サービスにまつわるビジネスチャンスに注目度が高まっています」とバーンバウムは話す。
レイオフで労働市場に構造変化が起こる
2022年にはテックジャイアントが大量解雇を実施。求職者たちはスタートアップにも向かうだろう。
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テック業界が冷え込むなか、労働市場はアマゾンやツイッターから解雇された何千人もの技術者であふれ返っている。やがてはアーリーステージのスタートアップが、このような求職者を受け入れていくだろうと投資家は見ている。
「悪い面があれば良い面もあります。大手テック企業のレイオフは、長い目で見れば、アーリーステージのスタートアップに恩恵をもたらす可能性があります。この大量解雇をきっかけに、やる気のある求職者はシードやシリーズAのスタートアップになだれ込むでしょう。景気が良かった頃はまず獲れなかったような優秀な人材です」
そう話すのは、CRVのゼネラルパートナーであるマックス・ゲイザー(Max Gazor)だ。
投資家は、ツイッターやメタ、アマゾンの大規模な人員削減を契機に、新しいスタートアップが次々と花開くことに期待を寄せる。(Seven Seven Six)の創業パートナーであるケイトリン・ホロウェイ(Katelin Holloway)は次のように話す。
「IT大手出身者がクールなアイデアを生み出し、拡大されたスタートアップエコシステムに導入していくでしょう。来年の今頃は、大量解雇のニュースではなく、そんな話題で持ちきりになっていると思います」
セキュリティ予算が急増する
セキュリティは2023年も引き続きホットなテーマだ。
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多くの企業が急速にクラウド化を進めているため、サイバーセキュリティ業界に新たなイノベーションの波が起きるだろう。
インデックス・ベンチャーズのパートナーであるエリン・プライスライト(Erin Price-Wright)は、「企業は予算をほとんどの項目で削減していますが、セキュリティ関連の予算、特にクラウドについては、削減の対象には滅多になりません」と話す。
アクセル(Accel)のパートナーであるケイシー・エイルワード(Casey Aylward)は、景気減速とリモートワークへの移行により、既存のテクノロジーインフラを最新のソフトウェアに置き換える企業が増えていると言う。
この動きは、セキュリティに特化したスタートアップにとってビジネスチャンスとなる。「リソースが制約されているので、セキュリティを『構築する』よりも『買う』ことを望む企業が増えているのです」とエイルワードは話す。
スタートアップが気候危機に終止符を打つ
クライメートテックの重要性がますます高まる。
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一朝一夕にはいかないが、スタートアップが今、二酸化炭素排出量を減らす仕組みを試行錯誤していることは、気候危機の問題解決の一助となるだろう。
ツーシグマ・ベンチャーズ(Two Sigma Ventures)のプリンシパル・パートナーであるビナイ・アイアンガー(Vinay Iyengar)は、「配電分野の分散型グリッドの構築から、グリーンエネルギーの使用と生産を最適化する最新AIの適用に至るまで、スタートアップは気候危機の解決に大きな役割を果たします」と話す。
また、ベッセマー・ベンチャー・パートナーズのパートナーであるテス・ハッチ(Tess Hatch)もクライメートテックの動きに注目しているという。
「温室効果ガス削減に重点を置いたクライメートテックは非常に重要です。2023年には、バイデン政権のメタン削減計画のような規制が追い風となり、メタン排出への注目が高まるでしょう」(ハッチ)
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