インドのニューデリーで、交通渋滞の中を進む宅配便ドライバー。
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インドのネオバンクであるオープン(OPEN)は、2022年5月に評価額が10億ドル(約1330億円、1ドル=133円換算)に達し、インドで100例目のユニコーン企業となった。
これは、インドのテック企業のエコシステムにおいて大きなマイルストーンになるとともに、過去6年でインドが得てきた勢いを印象付けるものでもあった。
インドのテック企業のエコシステムは、長い間、中国、ヨーロッパ、アメリカなど、より確立されたエコシステムがある国の陰に隠れ、目立たない状態が長く続いていた。さらにインドからは、シリコンバレーなどの企業が提供する豪華な福利厚生を求め才能ある人材が大量に流出し、「インドの深刻な頭脳流出」ともいわれるほどだった。
しかし、2021年はインドのスタートアップのエコシステムにとって、転換点となる年になった。ソフトバンク(SoftBank)、タイガーグローバル(Tiger Global)、アクセル(Accel)など巨大投資会社が中心となって、490億ドル(約6兆5000億円)という記録的な額がインドのスタートアップに流れ込んだのだ。
同じアジア地域の競争相手である中国がテック業界に対して規制を導入したことも、さらに多くの投資家がインドをアジアのテック系エコシステムの代替的な中心地と見なして投資するようになった一因だ。
多くの投資家がインドに目を向けるなか、乗り越えなければならない重要な課題も複数ある。インドの規制体系は必ずしもスタートアップの成長を促進するものにはなっていないと、アントラーVC(Antler VC)でパートナーを務めるラジーヴ・スリーヴァッサ(Rajiv Srivatsa)は語る。分かりやすい例として、スリーヴァッサはWeb3エコシステムを挙げる。Web3に関する明確な規制の枠組みがないため、多くの企業が前に進みたくても進めない状態になっているのだ。
また、起業経験者が率いるベンチャー投資ファンドも不足している。「ベンチャー投資の世界には起業経験者がほとんどいません」というのは、インドのアーリーステージのスタートアップに集中的に投資しているファンド、2エイエムVC(2am VC)の共同創業者兼ゼネラルパートナーのブレンダン・ロジャーズ(Brendan Rogers)だ。
それでもロジャーズは、インドには海外投資家の資金が集まるだろうと予想している。スタートアップのデータを提供しているディールルーム(Dealroom)によると、2021年には数多くの海外投資家がインドにこぞって投資しており、同年のインドへの投資の約70%は海外投資家からのものだったのだ。
Insiderは、複数の投資家とアナリストに、テック業界のハブとしてのインドの展望について話を聞いた。彼らは、インドが成功すると考えられる理由を5つ挙げた。
1. インドの膨大なZ世代人口が才能ある人材プールになる
インドでは、1996年から2010年の間に生まれたZ世代が3億7500万人を超える。インドこそ次世代の才能あるテック系人材の中心地になると考える理由はここにある。
若者が多いことで、インドではテック業界に潤沢に人材が流れ込んでくるだけではなく、若者の起業も加速している。
2エイエムのロジャーズによると、インドではZ世代人口が多いことが、テック系エコシステムの拡大につながっているという。
「Z世代の人口は本当に多い」と語るロジャーズの説明によれば、マクロ的に見ても、かつてインド人たちはアメリカで仕事を得るためにアメリカに移住していたが、今ではアメリカに渡った後インドに戻って起業するケースが増えているという。2000年代初頭から始まったインドの頭脳流出の流れが戻り始めているのだ。
アントラーのスリーヴァッサも、大学卒業後に海外に行く人が減ったと感じている。
「5、6年前に、大学卒業後に海外に行く人と国内にとどまる人の数がほぼ逆転しました。大学卒業後にインドに留まる人が多くなったのです」(スリーヴァッサ)
またCNBCによると、インドはテック系の開発者数が世界最多となる見込みであり、次世代の労働者にとってインドはテック業界のハブとしての存在感をますます高めている。
2. 中国のテック業界規制により投資先をインドに変える投資家が増加
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中国のテック系エコシステムは6兆ドル(約800兆円)規模と見積もられている。これは、インドの8004億ドル(約106兆4500億円)をはるかに超える額だ。
しかし、中国の習近平国家主席は、中国屈指の規模を誇るテック企業への規制をますます強化している。アリババ(Alibaba)やテンセント(Tencent)などの巨大テック企業に政府から多額の罰金が科せられ、テック企業の株価や中国へのベンチャー投資額が下がっているのだ。
実は、投資家が中国でベンチャー投資ラウンドにあまり資金を投じなくなっていることが、インドのスタートアップにとってはチャンスとなっている。
ディールルーム
ディールルームのデータによると、インドのスタートアップは過去3年で、中国のスタートアップより多額の資金をベンチャー投資ラウンドで集めている。ただし、評価額においては、インドはまだ大きく後れをとっている。
インドでは、新型コロナウイルス感染症が一因となって、デジタル決済やモバイルアプリの普及率が高まっており、それによるデジタルエコノミーの拡大から、中国に代わる現実的な投資市場になる可能性があると、フォーチュンは報じている。
2022年5月、プライベートエクイティ企業のゼネラル・アトランティック(General Atlantic)は、中国への積極的な投資をやめ、インドと東南アジアのスタートアップに20億ドル(約2660億円)を投じると発表した。また、その翌月にはセコイアインディア(Sequoia India)が、インドのスタートアップに特化した20億ドル(約2660億円)のファンドを立ち上げた。
3. インドの強固なマクロ経済環境がスタートアップ成長の追い風に
インド最大手のデジタル決済企業であるペイティーエム(Paytm)がインドのノイダに構える本社の写真。2018年8月29日撮影。
REUTERS/Sankalp Phartiyal
世界的なテック業界の低迷の影響という点ではインドも例外ではないが、マクロ経済的な減速の影響は比較的小規模にとどまっている。
モルガン・スタンレー(Morgan Stanley)は、インドのGDPは2023年には6.2%上昇すると試算しており、欧米ではなくインドこそ「再度成長軌道に戻る兆しを見せてくれる」と予想する。
「インドのテック系エコシステムは、ヨーロッパやアメリカなどの成熟したエコシステムに比べ急速に成長してきました」と、ディールルームでアナリストを務めるイヴァン・ドラガノフ(Ivan Draganov)は述べる。
「ベンチャー投資会社からインドへの投資額は、2016年と比べて7.5倍に増加していますが、ヨーロッパとアメリカへの投資額は、それぞれ5.3倍と4.1倍の増加にとどまっています」(ドラガノフ)
インドでは、インターネットの利用者数も確実に増加すると見られており、2030年には13億人に達すると見込まれるとドラガノフは言う。
インドでは、生活費も企業運営経費も非常に低いため、スタートアップの拠点として経済的にはかなり適しており、特に景気低迷期にはそのメリットが大きくなると、ロジャーズは言う。
「多くのファンドで、シリーズA以降の待機資金が多額になっています。インドでは、イギリスやアメリカと比較して、50万ドル(約6650万円)でもはるかに息長く使える。本当にゆっくりと時間をかけて成長していけるのです」(ロジャーズ)
ただし、テック系の才能ある人材の人件費も上がっていると、バンガロールに拠点を置くヘルステック系のスタートアップ企業イーヴン(Even)の共同創業者、マヤンク・バナジー(Mayank Banerjee)は指摘する。バナジーは、10年前のインドなら才能ある人材をはるかに安く雇えたが、「人件費の安さというメリットは最近どんどん薄れてきている」と言う。
インク42(Inc42)が分析したデータによると、インドのベンチャー投資会社の待機資金は、2022年に集めた資金に基づくと160億ドル(約2兆1300億円)となっている。この資金の多くは、インドのスタートアップにまだ投入されていないため、2023年の資金環境は有望なものになる可能性がある。
4. インド政府がアーリーステージのスタートアップを支援
習近平主席がテック企業を規制しているのとは対照的に、インド政府は同国のアーリーステージのスタートアップの成長を促進するための政策を打ち出している。
「インド政府は、デジタルを重要課題とし、スタートアップへの投資を増やすための政策を推進してきた」と、インド最大のスタートアップアクセラレーター、100x.VCの共同創業者であるサンジェイ・メータ(Sanjay Mehta)は言う。
2016年に、インド政府はスタートアップ・インドという取り組みを始めた。その目的は、資金調達の機会、学術機関との提携、およびアーリーステージのスタートアップのインキュベーションの取り組みを拡充することだった。
インド政府はスタートアップを支援する理由として、スタートアップには経済を活性化するポテンシャルがあることを挙げてきた。スタートアップは、雇用創出やインド経済の成長を支えるために、なくてはならない役割を演じてきた。スタートアップのおかげで、ムンバイやバンガロールなどの大都市だけではなく、より小さなティア2やティア3の都市でも雇用の機会が生み出されてきたのだ。
5. インドは海外投資家からの支持を集めている
2010年以降、インドのスタートアップにアメリカとヨーロッパの資金が投入され、特に2021年は、370億ドルもの海外資金が投資された。 (数字はプライベートエクイティファンドからVCまでのすべての海外投資を含む)。
ディールルーム
外国からの投資が増えることで、インドのスタートアップにとっては成熟期にまで成長しやすくなり、IPOに向けてより適切な形で備えることができていると、フォーチュンは報じている。
2016年以降、タイガーグローバル、アクセル、セコイア、およびライトロックといったアメリカやヨーロッパの大規模投資会社がインドのスタートアップに資金を投じ、バイジューズ(Byju's)およびペイティーエム(Paytm)などのインド最大のユニコーン企業を支えている。この傾向は今後より強まっていくと見られている。
ディールルームのドラガノフは、「インドはマクロ経済学的環境や市場のデモグラフィックスが好ましいため、今後も海外のベンチャー投資会社にとってかなり魅力的な投資先であり続ける」と予想している。
ディールルームのデータによると、2021年、インドにはベンチャー投資会社から450億ドル(約5兆9900億円)という記録的な額の資金が集まっており、うち約200億ドル(約2兆6600億円)が、ヨーロッパやアメリカに拠点を置く投資会社からのものだった。これは、インドのエコシステムが今後数年で、海外投資家からさらなる注目を集めることを予感させる数字だ。