「ゆるい職場」でどうスキルをつけるのか?リクルートワークス主任研究員の古屋星斗さんに聞きました。
撮影:Business Insider Japan編集部
最近にわかに話題になっている「職場がゆるすぎて離職する若者たち」。
Business Insider Japanではいち早くこの現象を取り上げ、「ホワイトすぎて離職?働きやすいのに“不安”な理由」、「若手の離職リスクを高める『いい上司ばかり』の職場」などの記事を掲載してきました。
広まりつつある「ゆるい職場」は本当に「悪」なのか?上司は、若者は、どう向き合えばいいのか?
2022年12月に『ゆるい職場ー若者の不安の知られざる理由』を刊行した、リクルートワークス研究所主任研究員の古屋星斗さんと共に、「ゆるい職場」時代を生きるための処方箋を考えます。(聞き手・横山耕太郎)
「ゆるい職場」◯×方式で深堀り解説する動画はこちらから。
大企業若手の3割「職場がゆるい」と回答
大企業の若手の3割以上が「職場をゆるい」と感じている。
出典:リクルートワークス研究所「大手企業における若手育成状況検証調査」
──「ゆるい職場」とは、どんな職場のことでしょうか?
働く若者の能力や期待に対して、著しく仕事の負荷が少なく、やりがいや成長の機会が乏しい職場です。上司や先輩からのフィードバックが乏しいと感じてしまう職場でもあります。
リクルートワークス研究所が、大企業に務める入社1年目から3年目の若手を対象にした調査では、「ゆるい職場ですか?」という質問に対し、36%が「あてはまる」または「どちらかと言えばあてはまる」と回答しています。
大企業の若手は3人に1人以上が、職場がゆるいと感じているのが実態です。また職場のことを「ゆるい」と答えた若手は短期的な就業継続意向の割合が高いこともわかっています。
職場を「ゆるい」と感じている人の方が、「2.3年は働きたい」と答える割合が大きい。
出典:リクルートワークス研究所「大手企業における若手育成状況検証調査」
──なぜ「ゆるい職場」が生まれたのでしょうか?
「ゆるい職場」が生まれたのは2015年以降のことです。
当時の背景として、いわゆる「ブラック企業」に対する批判がありました。2013年にはユーキャン新語・流行語大賞トップテンにも入っています。
若者の働き方に関してエポックメイキングな出来事となったのが、2015年、若者雇用促進法の施行です。
この法律によって、平均の残業時間や、有給休暇の取得率など労働環境に関する情報公開が義務付けられました。また2019年には働き方改革関連法、2020年にはパワハラ防止法が施行されます。
こうして法整備が進むなかで、無駄な残業をなくそう、有給休暇を取れるようにしようなどのインセンティブが生まれたことで、若者を取り巻く職場環境は徐々にですが確実に良いものに変わってきました。
こうした近年の職場環境の変化は、「職場の雰囲気が変わったから」とか、「若者の価値観が変わったから」などフワッとした話ではないのです。法律が変わったことに起因する構造的な話なのです。
「ゆるい職場」は悪なのか?
古屋さんは「ゆるい職場」が増えたことについて、「間違いなく評価できる」と強調する。
撮影:今村拓馬
──「ゆるい職場」の課題として、若手の離職があります。若手の離職を考えると「ゆるい職場」の誕生は悪いことなのでしょうか?
勘違いはしないでほしいのですが、労働環境が改善し「ゆるい職場」が生まれたことは、間違いなく評価すべきことです。
ただ急激な環境の変化によって若者たちは、「このまま働いていて一人前になるのか」「この職場にいるとどんどん周りと差をつけられてしまうのではないか」と不安に思う人が増えているのも事実です。経営者や管理職からは、「なぜこれほど労働環境を良くしたのに、うちの若手は離職するんだ」という声を本当にたくさん聞きます。
──なぜ若手社員は「ゆるい職場」で不安を感じてしまうのでしょうか?
研究結果によると「職場での仕事の量の多い・少ない」は、成長実感にはあまり関係がありません。成長実感と関係があるのは、労働時間の多さなどの仕事の量ではなく、質です。
仕事の質とは、具体的に言うと、仕事の難易度が昨日よりもちょっと高いなと感じるとか、新しく覚えることが多いなと感じることです。
若手社員が「ゆるい職場」で不安を感じてしまうのは、任される仕事の質に課題があると言えます。
飲み会では「不安」は消えない
飲み会が持つ意味も変わりつつある。
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──そんな若手の不安を解決するために、飲み会に誘うのは効果的でしょうか?
コミュニケーションを図ることは大事です。ただ、飲みに行ったとしても、若者の不安は解消されません。
確かに、上司や先輩と飲みに行って愚痴を言ったりすると、「不満」は解消できるかもしれません。でも、「不安」や焦りは全く解消されない。
私たち現在35歳前後の世代の若手時代でも、土日に忘年会・新年会の準備をしたり、出し物の練習したり、仕事終わりに深夜まで先輩・上司と飲みに行って、武勇伝を聞くと言うことも当然のようにありました。
さらに上の世代でも、OJTや同じ釜の飯を食う式で育成されてきた部分があるのですが、すごく残酷な言い方をすると、もはや上司は若者たちのロールモデルにはなり得ません。
今の日本の上司の方は、自分達が育ってきたやり方で部下を育てられないという難しさに直面しているともいえます。
若手育成は「職場の外」で
──今までと同じ若手育成ができないとなると、どうすればいいのでしょうか?
人材育成という観点では「職場の外の場」を使う会社というのが、次の時代に「人で勝つ会社」になっていくと思います。
具体的には外部のキャリアコンサルタントと協力したり、若手が副業や兼業をしたりすることで、みんなで寄ってたかって若者を育てる時代になってきています。
──とはいえ、副業解禁で離職してしまうと、会社にとっては痛手だと思います。
離職を防ぐために副業を禁止するなど、囲い込みはむしろ逆効果の面があります。
確かに若手の離職防止ということだけが目標であれば、自社の内だけを見せていればいいかもしれません。
しかしイノベーションが必要とされている時代に、本当に求められているのは、「どんな職場でも活躍できるけれど、それでも自社が良いと言って残っている若手」ではないでしょうか。
副業先の会社の方が良いと、一定数の社員は会社を去って行くかもしれません。でも外を見て修行することで、本当に中核になるような人材が出てくるし、スキルを積んでまた戻ってくる「出戻り」の可能性もある。
私は自社の正式なメンバーではないけれど一定のエンゲージメントを持っている人材のことを「関係社員」と呼んでいますが、そんな関係社員を作っていく会社が、次の時代に人で勝つと思います。副業人材、OBOGなどのアルムナイ、インターンシップ経験者などさまざまな関係社員がいるはずです。
「ゆるい職場」は辞めた方がいいのか?
若手社員の育成にはこれまでとは全く違う方法が求められている。
撮影:今村拓馬
──副業が許可されていなかったり、成長できる機会が与えられていなかったりすることも少ないと思います。「ゆるい職場」で成長を感じられない場合、転職した方が良いのでしょうか?
すぐに転職するのではなく、社内でもできるアクションがいっぱいあると知ってもらいたいと思っています。
これは知り合いの大手企業の入社3年目の方の話ですが、彼は上司からのフィードバックが不足していて、成長が感じられなかったといいます。
そこで、良いフィードバックもらえてるなと思う同期にヒアリングして、どんなフィードバックを、どんなシチュエーションでもらったかを箇条書きにして資料にまとめ、自分の上司にレクチャーしたそうです。
ちょっと我々世代からは想像できない話ですが、上司は彼に感謝していたそうですから上司の方も器が大きいです。
この話でもそうですが、成長や育成の「主語」が変わっているんです。企業が若者を育てる、上司が育てるではなく、「若者が上司を使って育つ」とか、「若者が会社を使って育つ」ということです。
若者も企業も、まだこの点をあまり認識できてないかもしれませんが、まさに今、大きな転換点を迎えています。
キャリアに必要なのは「仮決め」
古屋さんに「ゆるい職場時代」のキーワードを書いてもらった。
撮影:渡慶次法子
──最後に「ゆるい職場」時代を生き抜くために、古屋さんが必要になると考えるキーワードを教えてください。
キーワードは「仮決め」です。
変化が激しい時代になり、キャリアを覚悟を決めて「本決め」する必要は、もうなくなってるのかなと思います。必要なのは仮決めです。
自分が「こういうことに向いてるかもしれない」とか、「こういうことをやってみたい」とか、まずは仮決めしてしまう。そしてそれに向かってとりあえず進んでみる。ちょっと違うなと思ったら、また仮決めし直せばいいんです。
例えば営業職から、興味あるマーケティング職にいきなり転職するのではなく、副業で試すとか、オンラインスクールでリスキリングしてみるとか、仮決めして体験することがまず大事だと思います。
私が言いたいのは、「決めない」という選択はしないでほしいということ。
決めないことは一番コスパが悪いのです。進みたい方向を決めて初めて、今の状況がラッキーだったりチャンスだったりするのか否かがわかりますから。
──「ゆるい職場」時代だからこそ、仮決めが必要になっているのでしょうか?
かつては会社がキャリアの「本決め」を全部やっていたのです。
あなたはこの職種で頑張りなさい、あなたは転勤して視野を広げなさい、あなたは将来幹部になるために今は海外に行きなさい……。これまでは、会社がそれを決めてたんですよ。
逆にいえば、以前の日本の職場においては、「仮決め」を個人の気持ちではできませんでした。
「ゆるい職場」時代は、個人の選択のタイミングが飛躍的に増える時代です。
不安を感じることは決して悪いことではなく、むしろ次の段階に進む前の準備運動のようなものだと、心理学者・チクセントミハイも言っています。
私たちもそうですが、何歳になっても「仮決め」を続けていく時代がきているのでしょう。新しい職場環境のなかで、仮決めをする主体となった若手をいかに応援しサポートしていくのか、もちろん私たち大人側も考え始めなくてはなりません。