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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
新しい年が明け、「今年こそはこれをやろう!」と新年の抱負を考えた方も多いのではないでしょうか。問題はそれを「どう続けるか」。途中で挫折することなく、習慣として定着するまで持続させるにはどうしたらよいのでしょうか。最近になって読書を習慣化することに成功した、という入山先生にコツを聞きました。
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どうすれば運動を習慣化できるか
あけましておめでとうございます。入山章栄です。
新しい年が始まりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
BIJ編集部・常盤
少し前に『日経トレンディ』が2023年の「ヒット予測100」を発表していました。トップ5の1位が「コンビニジム」。chocoZAP(ちょこザップ)など、気軽に運動できるジムですね。
私はいつも年初に必ずその年の目標を立てるんですけど、去年の目標が「運動習慣を身につける」だったんです。「今年こそは!」と固く誓ったのに、早々に挫折してしまいました。
常盤さんはまったく運動をされないんですか? 学生時代の部活などは?
BIJ編集部・常盤
高校時代はバドミントン部でしたが、顧問の先生と確執がありまして(笑)。諸事情あって結果的に部活を辞めることに。それが運動との決別でもありましたね……。
それでも運動習慣をつけるために任天堂のWii Fitなどいろいろ試したんですが、なかなか続かなくて。でもこのコンビニジムのchocoZAPの話を聞いて「私にもできそう」と興味を持っているんです。入山先生、これはヒットすると思いますか?
もうヒットしていると思いますよ。chocoZAPはご存じの通りライザップの新業態です。僕はライザップの瀬戸健さんを個人的に存じ上げています。瀬戸さんは、周囲ではいろいろな評価があるでしょうが、僕個人は、彼は一気に大きな勝負に出ることのできる、おもしろい経営者だと思います。ライザップもコロナの影響で業績が下がったはずですが、いまはchocoZAPで巻き返している。
コンビニジム、あるいはchocoZAPの特徴は「1日5分でもいい」というところです。服も着替えなくていいし、靴も履き替えなくていい。会費も月額3000円以下。誰でも気軽に運動を始められる。そう考えると確かにこれはいい視点だなと思いました。
chocoZAPの戦略的なキーワードは、まさに常盤さんがおっしゃる「習慣化」ではないでしょうか。人間って行動の半分くらいは、習慣によるものなんですよね。自分の24時間の行動は、ほとんど習慣で埋め尽くされているといってもいい。そう考えると、自分を成長させていこうとすれば、習慣を変えるしかないんです。
従来のライザップの場合は何で人を習慣させてきたかというと、それは「コミットメント」でした。ライザップに入会した友人のある女性から、こんな話を聞いたことがあります。
彼女が入会すると、まずすごくさわやかな男性トレーナーさんが担当についてくれたそうです。彼はいいアドバイスをしてくれるだけでなく、ジムに行かない日もしょっちゅう連絡をくれて、熱心に応援してくれる。こうなると、彼女も「トレーナーさんのためにも頑張ろう」という気持ちになる。だから挫折せずに結果を出すことができたそうです。
この話を聞いて僕は、とても失礼な言い方ですが、「ライザップの本質的なメカニズムはキャバクラやホストクラブに近いところがある」と思いました。例えばキャバクラに通う男性は、そこに勤める女性を振り向かせたくて毎回お金を使うわけでしょう。ある意味、その女性に「コミット」しているわけです。ライザップの場合、人間性に優れたトレーナーさん(場合によっては異性)が励ましてくれるから、その人のために頑張ろうとコミットする。それが、運動の習慣化につながるわけです。
ただしライザップの場合は3カ月くらいで結果が出ると、会費も安くはないですし辞めてしまうこともある。するとトレーナーさんとも縁が切れるので、体重がリバウンドしてしまうかもしれない。そういう短期集中のコミットメントを促す仕組みをやめて、より長期に通ってコミットしてもらい、運動を習慣化してもらおうとしているのがchocoZAPなのではないでしょうか。
出社でも在宅勤務でも通いやすい
普段着のまま手ぶらで行けて、スマホ動画でやり方を教わり、誰にも会わずに5分だけ運動して帰ってくるというchocoZAPは、いまの時代にハマっていると思います。というのも、いまはちょうど人々の働き方が変化して、新しい習慣づくりをみんな模索しているところですよね。
コロナになってからの2年間というもの、われわれはずっと家にいました。コロナ前は平日は会社、週末は自宅、とはっきりと行動習慣が分かれていた。でもコロナが落ち着きだして、2023年以降はこの両方がミックスされて、その中でどういう行動習慣がベストかをそれぞれが考え始める元年ですよね。そこへchocoZAPのような選択肢を提供できたというのが、注目の理由ではないでしょうか。
BIJ編集部・常盤
分かります。私も今はリモートワークが多いので、通勤しないで済む分、エクササイズしようと思ったんです。今までだったらランチタイムもほとんど仕事をしていましたけど、昼休みを1時間しっかりとって、昼ごはんを食べる前に30分、家でできるワークアウトをやろうと計画を立てたんです……2日で挫折しましたが(笑)。
おそらくchocoZAPが目指す世界観は、在宅勤務でも会社に行く日でも気軽に行ける、利用しやすいジムだと思います。もし1時間以上がっつり運動してだらだら汗をかくタイプだと、着替えも持っていかなければいけないし、シャワーを浴びたりして時間をとられる。だから会社に行く日は忙しくてジムに行けない。他方で在宅でも、普通のジムに行くのは準備に時間がかかる。
でも、1日5分で服も着替えなくていい運動なら、在宅勤務でも出社の日でも気軽に通えますよね。そんな「ちょうどいいところ」をchocoZAPは取ろうとしているのではないでしょうか。
すでに習慣化しているものにプラスするのが習慣化のコツ
BIJ編集部・常盤
chocoZAPのサービスはいいと思うんですけど、私はジムに行くまでのハードルが高くて……。どうしたらいいでしょう。
僕のオススメの1つは、すでに習慣になっていることにくっつけることです。例えば、そもそも常盤さんは1週間のうち2回くらいは駅前に買い物に行くという習慣があるとする。そうなら、そのついでにジムに行くようにしたらいいんですよ。このように人は、今ある別の習慣にくっつけると、新しい習慣を定着させやすくなるんですよ。
BIJ編集部・常盤
そうか、私が挫折した理由はそこにあるのかも。今まで何もしていないところにエクササイズだけを始めようとしていましたから。
入山先生はこの2023年に、新しく習慣化したいことはありますか?
いっぱいありますよ。ただ僕の場合は2022年に新しく身についた、いい習慣があるんです。それは、本を読むようになったこと。実は、僕はもともと本を読むのが苦手でした。特に難しい経済書とかです。学者なのに何を言っているんだと思われるかもしれませんが、本当に本を読むのは長らく苦手だったんですよ。でも、一昨年の末にたまたま日経新聞から書評の連載の依頼が来たんです。
本を読むのは苦手だけど、書評を受けると3週間に1冊は、必ず新しい本を読むことになる。つまり習慣化が強制的にできますよね。万が一にも、本を読まなかったら、書評が書けないから周囲に大迷惑をかける。なので、逆にこれはいい機会だと思って、思い切って引き受けたのです。
そして連載を初めて1年以上経ちますが、おかげさまで今ではすっかり本を読むのが苦ではなくなりました。今はもう、本を読むのが楽しくてしょうがないです。
BIJ編集部・常盤
仕事として引き受けた以上は相手に迷惑をかけられませんからね。半ば強制力をもって、途中で投げ出すわけにはいかない状況に自分を追い込むというのも、続きそうですね。
「私は絶対に運動を習慣化する」と宣言して、やらないと恥ずかしい状況に自分を追い込むとかもそうですよね。その意味では、「トレーナーさんの期待を裏切るわけにはいかない」というように負荷をかけるので、従来のライザップが得意としたパターンに近いのでしょう。でも一方で、気軽にできて楽しければ習慣化するというパターンもある。chocoZAPはこちらですね。
このように、ここまでの議論をまとめると、習慣化をうまくやるにはコツがあります。おおまかに3つに分けると、
- 習慣化して続けないと恥ずかしい、迷惑をかけられない、という強制パターン(従来型のライザップや私の読書がこれです)。
- 気軽にやれるからこそ、細々と続けられるパターン(chocoZAP)
- 別の習慣と抱き合わせでやるパターン(駅前による習慣に、ジム通いをくっつける)
みなさんも、自分に合った習慣化がどれか考えてみてください。これで新年の誓いが続けられるかもしれませんよ。
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入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。