Business Insider Japan
IT批評家の尾原和啓さんと、AI研究者でプログラマーの清水亮さんとの対話から、「生成系AI時代の2023年以降、ビジネス現場で起こること」を徹底討論する後編。
話題は、「生成系AIxビジネス」で、どんな芽が出始めるのかに話が広がっていきます(聞き手:Business Insider Japan編集長 伊藤有)。
前編「AI(人工知能)が「カンブリア爆発」する時代の新ルール(尾原和啓×清水亮)」はこちら
「YouTube化」する漫画コンテンツ
—— 生成系AIのインパクトは、どういうビジネス、業界に大きく働いてくると考えていますか。
清水:おそらく、漫画コンテンツの数が急増すると思います。賛否はあるでしょうが、現実問題として、画像生成AIによって漫画の制作コストがとにかく「バカ下がり」するからです。
今だって、漫画と呼ばれるものは星の数ほどあるけど、言ってみれば漫画の世界が「YouTube化」する。
—— YouTubeによって、映像分野で素人という言葉を使わなくなったように、「アマチュア漫画」というものがなくなると?
清水:YouTubeの何がすごいって、どんなニッチなジャンルでも、必ずチャンネルがあること。 漫画にしやすくなるっていうのは、言い方を変えると「読者」を増やしやすいということ。
自分でAIに漫画を書かせてみてわかったんですが、漫画の方が、小説と比べて表現方法の自由度が高い。
清水さんが自身のnoteで公開している実験漫画「宇宙の探偵 五反田三郎」。ChatGPTとMemeplexを使って、どこまで描けるか挑戦する漫画として連載している。
作:清水亮
—— 漫画というフォーマットの特徴でしょうか。
清水:実は子どものころに、小説を書きたいなと思って、少し書いたりしてたんだけど、 小説を面白く書くのって、本当に難しいわけじゃないですか。
状況の説明と物語の説明と、 登場人物の心情の説明っていうのを全部同じ原稿上で表現しないといけない。
一方、漫画では、(怒られるかもしれないけど)極端に言えば、下手は下手なりに、直接的に伝わらなくていい情報もいっぱい入れて成立させられる。
情報量の点ではアニメもそうです。
例えば『新世紀エヴァンゲリオン』の多くのカットには、庵野秀明監督がリスペクトする作品へのオマージュという「元ネタ」が散りばめられています。
だから本当にエヴァの内容を完全に理解しようと思ったら、全カットの元ネタを知らないと全部は楽しめないはずなんです。でも、実際には全然知らなくても十分楽しめる。
—— 元ネタや何のオマージュなのか探すこと自体が1つのコンテンツになってますしね。
清水:さらに、AIに漫画を描かせて気づいたのは、AIが僕の言いたいことを汲み取って、「分かる人には分かる」サインを入れてる可能性も全然あるなってことです。
書かせてる僕も意識していないような、ちょっとした書き込みにそうした要素が紛れ込む可能性がある。
—— 作家が、これまで見てきた映像作品を意識のなかで咀嚼(そしゃく)して取り入れているように、画像生成AIが無意識に表現してくれると?
清水:「あなたが言いたいのはこういうことですか?」って。
プロ漫画家でもない僕ごときが偉そうなことを言えないですが、(画像生成AIの仕組みから逆算すれば)、読者から「このシーンの構図って、本当はこういう狙いだったんですよね?」って言われるような出来事は、必ず出てくると思う。
—— 漫画がYouTube化するような世界では、何が起こりますか?
清水:漫画を創るハードルが低くなるということは、今まで漫画にできなかったものが、どんどん漫画化されていく可能性があるってことです。
例えば、製品やサービスの「説明書」とかね。あれって、漫画で描こうとすると、時間がかかりすぎて難しいんですよ。
情報社会を変えるのは「アップロード」
—— 画像生成AIも面白いですが、ChatGPT的なテキスト生成も非常に興味深い流れです。Notion AIのような事例も既に出てきています。
注釈:Notion AI:ドキュメンテーションサービスのNotionが作った、AIを活用したノートの生成機能。現在はアルファ版。ChatGPTのように、書きたいドキュメントを少し書き始めると、AIがそれっぽい「たたき台」を自動でつくってくれる。ユーザーは、「ドキュメントの構造を考える」のではなく、「AIが生成したたたき台を見て、変な部分を直していく」というように作業プロセスが大きく変わる可能性を秘めている
尾原:そうですね。編集部のその言説で言うと、(AI時代のビジネスの新しいメソッドになる)「ブリコラージュ(日曜大工的なパッチワーク)は制作方法を変える」んですよ。
今までのように、物事の理想の「完成形」があって、逆算して作る、というプロセスではなくなる。
とりあえずAIが妥協の産物をすごい速度で生成してくれて、そこから人間がもう1回、再構築を繰り返していく—— ということが、ビジネスのプロセスになってくる。
とすると、やっぱり圧倒的に誰もが発信者になれる世界になる。
—— Notion AIのような作り方はまさに新時代の制作プロセスですね。発信者、制作者になるための「ワザ」が限りなく必要なくなる世界。
尾原:誰もが発信者になるって、(ビジネスのルールが変わるという意味で)ものすごく大事。知ってますか。情報社会が変わるときって、「ダウンロード」で変わるんじゃなくて、「アップロード」で変わるんですよ。
指示語「情報都市」でAIが生成した画像。
Business Insider Japan
—— YouTubeはダウンロード(安く、動画が見られる)を変えたのではなくて、アップロード(誰もが発信するチャンネルを持てる)を変えたから、ここまで広がった。
尾原:Web2.0を軽視する人は少なくないですが、 そのWeb2.0の時代に、みんながレストランのレビューを書いたことによって、誰も知らないような、駅から離れた一軒家のめっちゃ美味しい店でも、ビジネスができるようになったわけですよ。
同様にAIの時代には、とりあえず妥協の産物であっても、1回モノを作って置いてみるっていうことをやっていくと、そこにビジネスが生まれてくる可能性がある。
もう1つ例を出します。
WIREDの創刊エグゼクティブエディターのケビン・ケリーが2008年に言った、「1000人のファンがいれば、クリエイターは生きていける」という名言があります。
それが最近になって、(著名なベンチャーキャピタルの)アンドリーセン・ホロウィッツのリー・ジン(Li Jin)氏が、「100人いれば、生きていけるんだ」っていう話をしています。
—— いまや10分の1で成立する時代になったと。
尾原:そう思うと、(生成系AIの世界では)妥協と再構築を作りながら、でも、その世界観をつくれるのは世界中でこの人しかいない……みたいな、「100人がずっとお金を払い続けてくれる」みたいな人がもっと増えると思うんです。
清水さんや僕みたいな、「ちょっと変わってるけど、こいつら世の中のためになるから、飼っといてやるか」みたいな人間がもっと増える(笑)。
AI時代にはマイノリティ問題が解決しやすくなる
Business Insider Japan
尾原:もう1個は、前編の前半で話していた「問題解決としてのプログラミング」っていうものが、(高校卒業程度の)教養があれば、誰でも実装できるっていうふうになっていく。
そうすると、今度は(今まで拾われなかったような)「マイノリティな問題」が、 解決されやすくなるはずです。
さらには、マイノリティな問題を抱えている人が100人いれば、例えば「このAという人は、プログラマーとしての教養と、俺たちマイノリティの問題を解決できる何かを持っているから、毎月1人1万円ずつ払おう」みたいな世界観は十分ありえる。
—— 「プログラミングは今や教養」という話と、「生成系AIでモノ作りが変わる」っていう話は重要なテーマですね。一方で、2023年時点では、両者の距離はまだ遠いように思います。解決策はあるでしょうか。
尾原:みんな忘れてるんですけど、壁打ち相手によって、人間のトレーニングって恐ろしいくらいに高速化しますからね。
自分にフィットした壁打ち相手とか、いろんなランダムを繰り返して、自分に合うものを見つけて、壁打ちが高速回転すると爆速で成長するんです。
だから、「プログラミングできる、という教養」は、AI自身が成長する速度より、人間が成長する速度のほうが速くなると思ってて。
僕は、マイノリティな課題解決をしていく教養としてのプログラミングは、思ったより早く芽が出るんじゃないか、と思ってます。
—— 少し、プログラミングという教養と、生成系AIが近づいた感じがします。
尾原:もちろん最終的には、AIがちゃんと「問題を解決するプログラムそのもの」を提供するようにはなると思いますけど。
AIより人間の成長速度のほうが早い、と。僕はこう思いますが、清水さんの見立てとしてはどうですか?
2026年〜2028年予想:会話AIが人を助ける限界
清水:半分ぐらいはまさにその通りかなと思う一方で、もう半分はちょっとわかんないとも思います。AIよりも人間の方が進歩が早いっていう話は、わかるんだけど、多分、理論上は……
尾原:ああ、時間軸としては、この先3年〜5年ぐらいの話です(笑)。
清水:そうですよね。少なくとも僕は、今回のChatGPTとStable Diffusionの登場で、明らかに、工数を重ねる速度が上がったのは間違いないと思ってます。
またChatGPTも、このまま正常に進化していくと、プログラムのほぼ大部分を書いてくれるだろうな、とも思います。
—— それでもまだ難しい?
清水:ただ、おそらくだけど、(進化したChatGPTを)うまく使うには、使う人自身はやはりプログラムが書ける必要があるはず。
「コードが書けない人が作れるようになる」までは、そう簡単には到達できないのではないかと。
「課題を解決するには、そもそも何が必要なのか」っていう、ブレイクダウンがAI自身のみではできない。少なくともあと3年とかでは難しい。
一言でいうと、「面白いゲームを作って」って指示されて、作れるAIはそう簡単に出ないだろうなってことです。
尾原:なるほど、「面白い」って難しい。
清水:例えば、「横スクロールのシューティングゲームを作って」だったら、AIが作れそうだけど、それって極論すれば、コードスニペットが出てくるのと何が違うの?って話です。
しかも、コードスニペットやサンプルプログラムのほうが動くことが保証されてるわけで。
—— ChatGPT的な自動生成AIだと、提示されたコードが本当に動くのかどうかはわからない。
清水:別の見方をすると、横スクロールとか縦スクロールとか、FPSとか「ジャンル」があるものだったら生成できるかもしれない。
でもね、ゲームっていうのは、そもそも常にジャンルがないものが出てきて、大ヒットしたりするわけです。
そういうレベルで構築するまでには、3〜5年ではまだまだハードルが高いだろうなっていう風には思います。
2023年以降は「エンジニアリング」より「思想」の時代
清水:ただ、一方でプログラムそのものがどんどん簡単になっている事実は、プログラマーという職業を変える可能性がある。
例えば僕が作っている「Memeplex」という画像生成AIのWebサービスを例にとると。
Memeplexの規模って、冗談じゃなく、小さなスーパーコンピューターぐらいの規模があるわけです。GPU50枚で駆動して、さらにGoogleクラウドとかも使って。
その上、プロンプト(AIに絵を描かせる指示文)の自動翻訳もやるし、作画もやるし、学習までやってると。
過去何十年のプログラマー人生のなかで、今まで僕一人で作ったシステムの中では1番規模が大きいくらいですよ。
なんだけど、いまやたった1人で開発して、運営できている事実がある。実際、人を増やしても頼む仕事がない。
なぜかというと、結局、プログラミングっていうものがかなり「枯れてきた」ってことだと思います。
その結果、今のプログラミングって、「技術」(エンジニアリング)というより、「思想」が占める比重が大きくなった。例えば、「課金」サービスが象徴的です。
今、ストライプとGoogleクラウドを使うと、ほぼプログラムを書かずにサブスクサービスすら作れる。大体、これまでは課金と分散処理が一番難しかったんだけど、この2つはもう 全く人がいらなくて。
この比喩で伝わるかわからないけど、今、Memeplexを作る難しさって、(1980年代の)8bitマシンのマシン語を書いてるくらいの難易度しかないと思ってるんですよ。
もちろん、サービスの裏側を見てみると、コードが整理されていない、いわゆる「スパゲッティ」な状態ではありますよ。
—— むしろ「スパゲッティ」なプログラムでも、何万人もの利用者を捌けるってこと自体がすごい。
清水:そう。こういう現状を実感したときに、「プログラミングの専門職っていらなくない?」って改めて思うわけです。それが、前編で言ったことにつながります。
必要な場所には、もちろん、プログラマーは必要ですよ。ただ、みんながその「専門職」になる必要は全くない。
そうすると、むしろさっき言ったように、エンジニアリングよりも、むしろ思想だと。
(動くプログラム、サービスを作ることに際して)エンジニアリングよりも「こういう考え方をすると、うまくいきますよ」っていう思想の占める比率が大きくなっているのは間違いない。
昔は、「こういう考え方で、システムをゼロから作りましょう」だったから、作るのが大変だった。だけど 今は思想が一緒だったら、「動かすためのコード、ここにありますけど」ってなる時代なんですよ。
だから、AI時代に提言があるとすると「必要なのはアイデアだ」ってことです。
あなたのビジネスは「妥協と再構築」できるか
Business Insider Japan
—— 清水さんの視点では、AI時代に必要なのは技術ではなく「アイデア」だと。尾原さんからみると、AI時代のビジネスへの提言は何ですか。
尾原:まだ話してない話題で言うと、AIを多用する手法に行くとき、多分僕たちって「ホワイトボックス化」を捨てなきゃいけないんですよ。
※ホワイトボックス化とは:AIを使う際に、そのAIがどういう判断に基づいて特定の処理をしたのか、を説明できるシステムのこと。ブラックボックスに対してホワイトボックスと言われる。「説明可能AI」とも言われる。
説明可能AIって、みんな好きじゃないですか。
—— 「AIがなぜその判断をしたのか、がブラックボックスであってはならない」「説明できなければならない」という話は自動運転なんかでもよく争点にのぼりますね。
尾原:話を分けて考えなければならないのは、「ミッションクリティカル」(失敗が致命的な損害を引き起こすこと)な仕事が、生成系のAIに奪われるっていうのは、かなり時間がかかるということ。多分、そのミッションクリティカルな処理をAIがやる場合は、生成系AIと人間がバディを組んで、AIをホワイトボックス化して、ちゃんと検証してから使います、みたいな世界観が来るはずです。
—— でも、世の中ミッションクリティカルな仕事ばかりじゃないですよね。
尾原:そうです。重要なのは、「妥協と再構築で使える用途はビジネスでも多い」ということなんですよ。
で、この「妥協と再構築」の超高速回転に乗っかると、気付いたら本家なんかよりもずっと進化してるし、本家なんかよりもずっと自分にフィットするものができ上がってるよ——っていうのが、1個目の提言です。
もう1つは、生成系AIは「育てる」ことを、みんなで楽しめるってところが大きい。いわゆる「共同妄想」とか、「共同幻想」が形になりやすくなる。
「AIの過学習」こそが資産になる
—— 興味深いですね。もう少し深掘りしてもいいですか。
尾原:僕は「AIの過学習こそが宝かもしれない」みたいなSNSポストもしてます。
なぜかといえば、「僕たちのグループのモデルだけが強烈に過学習したもの」こそが、自分たちの妄想の塊だから。そっちのほうがビジネスになりやすいんですよね。
—— 共同幻想のビジネス化ってどういうことですか。
尾原:共同幻想・共同妄想が「資産になる」っていうのはイメージしづらいかもしれません。でも、言ってみればディズニーランドって、みんな共同妄想を楽しむ空間でしょう?
—— その感覚はわかります。夢の国の世界観に参加することにお金を払ってますね。
尾原:これってテーマパークだけではなくて、ザ・リッツ・カールトンなどのハイエンドホテルも、まさに共同幻想・共同妄想じゃないですか。
こう考えると、共同妄想って「資産」なんですよ。
それをもう1回どう考えるのか。共同妄想の民主化っていうのは、AIの時代のすごいテーマになるんじゃないかって。
—— その視点はなかったですね。面白い。先ほどの話に戻ると、ミッションクリティカルではないビジネスに関しては、AIを組み込んでゲームのルールが大きく変わったり、発展する可能性がある、と。
尾原:はい、ニッチに特化したこれまでにないサービスができ上がっていく。そしてさらに言えば、サービスやその根本にあるAIに共同幻想・共同妄想がついてくると、機能性だけじゃなくて、「意味性」まで伴ってくるかもしれない、と考えているんです。
尾原和啓:IT批評家。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー、NTTドコモ、リクルート、グーグル、楽天などを経て現職。主な著書に『ザ・プラットフォーム』『ITビジネスの原理』『アフターデジタル』(藤井保文氏との共著)『アルゴリズムフェアネス』など。
清水亮:幼少期にプログラミングに目覚め、高校生からテクニカルライターとして活動。米大手IT企業で上級エンジニア経験を経て1998年に黎明期の株式会社ドワンゴに参画。2003年に独立して以降19年間に渡り、5社のIT企業の創立と経営に関わる。2018年より東京大学で客員研究員として人工知能を研究。主な著書に『よくわかる人工知能』など