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オンライン取引プラットフォームをグローバル展開するインタラクティブ・ブローカーズ(Interactive Brokers)のチーフストラテジスト、スティーブ・ソスニック氏の仕事は同業他社と一線を画する。
彼は株価の動向を予測したり、投資すべき銘柄を推奨したりといった業務に時間を使うことはない。その代わり、トレーダーと対話し、普通なら見逃してしまいそうなトレンドを研究することで、市場に何か動きがあればいつでもすぐに把握できるようにしている。
ソスニック氏は、2023年の株式市場ひいては経済の見通しについて、投資家のコンセンサス(一致した見方)に基本的には賛成だ。
ただし、36年間市場に関わり続けてきたベテランとして、足元で流布している見識、とりわけ景気後退入りを回避して経済は回復に向かうという、いわゆる「ソフトランディング」の見方に彼は同意しない。
ソスニック氏は、7つのキートレンドこそが2023年の市場動向を決定づけると考えており、年明け以降もそれらを注視している。
Insiderの取材に応じたソスニック氏は、各トレンドの詳細を説明するとともに、同業他社の見方の正当性あるいは誤解を指摘した。
【トレンド1】FRBの金融政策「過剰な金利高は景気後退を誘発」
ソスニック氏によれば、米国株のリターンは米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策次第で決まってくる。
FRBはパンデミック発生直後から、前例のない大規模な金融緩和策を導入。それが2020年、21年と続いた米国株の高騰を引き起こした。低金利と景気刺激策により、投資家たちは「流動性中毒」の罠にハマった、とソスニック氏は表現する。
ところが、2022年に数十年ぶりの高水準となるインフレが始まるやいなや、FRBはすぐさまタカ派姿勢に転じ、それを受けて大半の銘柄が急落しリターンを期待できない状況に陥った。金利上昇が経済成長に急ブレーキをかけ、経済はどん詰まりに行き当たった。
一部のアナリストたちは、景気やインフレに関する指標が悪化すれば、FRBは深刻な景気後退を回避しようと再びハト派転換せざるを得なくなると、楽観的な姿勢を崩そうとしない。
しかし、ソスニック氏は間もなくそうした展開が待っているとは考えていない。むしろ、FRBはインフレ退治のためなら景気後退のリスクを冒すことを厭わない姿勢ゆえ、ボラティリティの高い時期がもう1年は続くとみる。
「FRBがインフレ退治を目指すタカ派姿勢から転換するまで、あるいは転換しない限り、市場に対して前向きになるのはきわめて難しいと感じています」
「多くの人が口にするところの『ソフトランディング』が実現するなら、素晴らしいことです。しかし、ベースケースもしくは基本シナリオとしてそうした展開があるのでしょうか?
違います。実現はかなり難しい。と言っても、誤解しないでください、私としては実現してほしいのです。ただ、希望は必ずしも優れた投資テーマではないと言っておかねばなりません」
【トレンド2】GDPデータ「過剰な期待は失望のもと」
厳しい金融引き締めが続いているにもかかわらず、国内総生産(GDP)はじめ米経済の動向を示す指標は比較的堅調に推移しており、それが市場に関する最大の謎だ。
経済成長を表す指標として最も多く用いられるGDP伸び率は、2022年第1(1〜3月)・第2(4〜6月)四半期と連続で前期比マイナスを記録したものの、第3四半期(7〜9月)は同2.6%増と市場予想を上回った。
アトランタ連銀は第4四半期(10〜12月)の見通しを3.7%とし、引き続きロバストな成長を見込んでいるが、ソスニック氏はそれほど大きな数字が出てくるか疑問視する。
同氏は、米経済が景気後退を回避できると考えていないし、景気後退が多くの識者が予測するような「マイルドな」着地になるとの見方にも同意していない。
「現在言われるところの『ソフトランディング』とは、テクニカルに定義された景気後退を市場が回避できるという意味か、もしくは最もマイルドな景気後退を経るだけで済むという意味だと私は理解しています。
しかし、私が恐れているのは『真の』景気後退、比較してみた時にはっきりそれと分かる景気後退に陥ることなのです」
【トレンド3】消費者の健全性「支出は鈍化する」
米経済の浮沈は、国の経済活動(国内総生産)のおよそ7割を占める個人消費支出にかかっている。
ソスニック氏の見立てによれば、2023年は自動車や住宅などの大きな買い物を控える人が増え、個人消費は多少なりとも悪化する。
ただし、マスターカード・スペンディングパルス(Mastercard SpendingPulse)の消費動向データを見ると、2022年11月1日から12月24日までの支出額は前年比7.6%増と、市場予想の7.1%を上回っている。
本当にこの数字ほど力強い消費需要が存在するのか、見極める材料となる2023年の最新データが出てくるのを待ちたいとソスニック氏は語る。
また、米ミシガン大学消費者マインド指数を指標とする消費者センチメントは、2022年6月を底に多少の改善を見せているものの(それでも1年前より約15%低い水準だが)、毎月のアンケート調査結果に基づく同指数の上昇(つまり消費者センチメントの改善)は、ガソリン価格の下落との相関関係が高く、ソスニック氏はあまり重視していない。
ミシガン大学調査は「これから起きることに消費者がどう動くかという予測ではなく、むしろすでに起きたことに消費者がどう反応したかを示すもの」であり、その意味で、消費者の(アンケート調査に対する)発言より実際の行動を注視すべき、というのがソスニック氏のスタンスだ。
【トレンド4】労働市場「失業率上昇の可能性は無視できない」
個人消費支出と同様に、労働市場はFRBによる金融引き締め策のもとでも驚くべき力強さを維持している。
直近12月の米雇用統計によれば、非農業部門雇用者数は前月比22万3000人増と市場予想を上回り、失業率も市場予想を下回る3.5%だった。
失業率は2022年以降、50年ぶりの低水準で推移しているものの、FRBが利上げサイクルを継続する限り、突然上昇に転じる可能性もあるとソスニック氏は警鐘を鳴らす。
懸念を払拭できない理由として見落とされがちなのは、企業が足元で新卒採用数を減らしていることや、昨今のハイテク企業による大規模人員整理の対象となった従業員たちが解雇手当(退職金)を受給中で、その数字がまだ失業率に反映されていない可能性があることだ。
その点で言えば、今後は失業者の内訳が重要になってくるとソスニック氏は指摘する。その多くをハイテクセクターの元従業員が占める展開になるのであれば、来るべき景気後退の影響もハイテクセクターだけにとどまる可能性はある。
【トレンド5】中国の行動制限解除「信じるかどうかはあなた次第」
2023年、グローバル市場における最大のワイルドカードは、ゼロコロナ政策を大転換した中国の社会・経済活動がどのように進むかだ。
ソスニック氏の想定する強気シナリオをたどる場合、中国は他の国々がそうしたようにパンデミック下で導入された規制を完全撤廃し、感染拡大をコントロールしながら経済は再び活性化に向かう。失墜した中国株も急上昇を期待できる。
一方、弱気シナリオの場合、感染者数は再び増加に向かい、おそらくその過程で新たな変異株も登場し、中国政府はゼロコロナ政策の終了を撤回することになる。
中国政府の判断と決定は透明性を欠き、何の前触れもなく方針転換が行われるので、現時点で一方のシナリオに賭けるのは、いずれを選んでも無駄足を踏むことになるというのがソスニック氏の見方だ。
【トレンド6】原油価格「供給より需要に注目」
アフターコロナの経済再開、ロシア石油輸出を対象とする経済制裁、10年単位で続いた石油関連インフラへの投資不足などを背景に、原油価格は14年ぶりの水準まで高騰し、それを追い風にエネルギー銘柄は史上まれに見るパフォーマンスを2年間にわたって記録した。
2021年は経済再開を受けた需要の回復、翌22年はロシア・ウクライナ戦争による供給制約が最大のテーマだったが、供給側の問題は良くも悪くも一段落した感じがあり、23年は再び需要が原油価格とエネルギーセクターの先行きを左右することになるとソスニック氏はみる。
景気拡大が続けば原油価格は上昇するが、WTI原油先物は過去6カ月で25〜30%程度下落しており、需要減退を伴う景気後退の可能性のほうが高いと市場は考えている模様だ。ただし、中国の経済再開が無事進展する可能性はそこに織り込まれていない可能性がある。
また関連するポイントとして、エネルギーセクターで十分に認識されていないトレンドがあるとソスニック氏は指摘する。
上場投資信託(ETF)「エネルギー・セレクト・セクターSPDR(スパイダー)ファンド」の値動きを見ると、原油価格とエネルギー銘柄の株価が逆方向に動いているのだ。同ETFは過去6カ月で25〜30%程度上昇している。
このねじれ状態は、景気拡大を予想するトレーダーと景気後退を予想するトレーダー、いずれかの見立てが間違っていることを示唆する。が、ソスニック氏の視点は異なり、同ETFを保有する投資家たちは売却益にかかる税金(株式譲渡益課税)の支払いを2024年に先送りするため、23年1月1日まで売却を控えていただけの可能性があるという。
【トレンド7】債券利回り「2年間は苦境が続く」
2022年、FRBの急速な利上げサイクルを受けて暴落したのは株式だけでなく、債券も同じだ。
債券の利回りは価格と反対方向に動き、金利と同じ方向に動く。そんなわけで、2022年の金利急上昇は債券価格の暴落を招いた。
10年物米国債の利回りは2022年に入って一時2倍ほどまで上昇したものの、10月以降は上下動を繰り返しつつ低下に向かっている。
「本当に深刻な不況に陥れば、金利は急低下するでしょう。しかし、足元の数字を見る限り、債券市場ではこれから2年間苦しい時期が続くと思われます」