2021年のIPOの多さに続き、より広範な市場と経済の不確実性が、2022年のハイテクIPOの休止を招いた。
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冬の寒さを感じているのは街に出ている人だけではない。テック系スタートアップや投資銀行家も、長いIPOの冬の終わりを待ち望んでいるのだ。
アーンスト&ヤング(EY)によると、世界のIPOボリュームは2021年に過去最高を記録したが、2022年には61%減少し、1795億ドル(約23兆3500億円、1ドル=130円換算)に落ち込んだ。2022年は、2021年11月に119億ドル(当時のレートで約1兆3500億円)で上場したリビアン(Rivian Automotive)のような巨大上場もなく、市場でのディールサイズの平均も減少した。
モルガン・スタンレー(Morgan Stanley)によれば、2022年は金融危機またはドットコムバブルの後よりも長い、大型IPOがない過去最長の年となった。
Insiderが取材した5人の投資家、銀行家、テック市場の専門家によると、株式公開を検討していた企業の多くが、評価額の下落により、現在IPOに向けての活動を一時停止しているという。
「社員たちに『ほら、これだけ価値が下がるから、君たちのストックオプションも〇〇まで下がるんですよ』と告げるのは本当に厳しいです」と、あるテック市場の関係者はInsiderに語る。
特に消費者向けやWeb3関連企業は、ベンチャーキャピタル(VC)からの資金調達に苦戦している。資本ニーズと従業員からのプレッシャーが高まる中、これらの企業の中には「それなりに良いディールができる」と判断し、M&Aに目を向け始めているところもあるという。
シアトルのマドローナ・ベンチャー・グループ(Madrona Venture Group)のマネージング・ディレクターであるマット・マキルウェイン(Matt McIlwain)によると、ベンチャー投資家も、大規模な損失が出ることを恐れて上場を控えるよう企業に勧めているという。
「彼らのキャップ・テーブル(資本構成表)には、評価額が極めて高かったときに株を買った投資家たちがいます。ですから、ダウンラウンドの資金調達で上場を目指す人がいるのかは疑問です」(マキルウェイン)
2022年は、テック企業のIPO市場にとって決して悪い年ではなかった。ロイター通信によると、同年10月には自動運転技術企業のモービルアイ(Mobileye)が上場。IPOの数カ月前に予想されていた500億ドル(約6兆5000億円)からは程遠かったが、評価額は170億ドル(約2兆2000億円)をつけ、公開時に37%以上の株価上昇を記録した。
モービルアイのIPOにより、株式公開が飛躍的に増えると期待する声もあった。しかし、そのような展開にはならなかった。
テック市場に詳しい別の人物によると、SEC(米証券取引委員会)に秘密裏に上場申請していた企業の中には、高額の弁護士費用を払い続けないようにするため、IPO手続きの完全停止を考えているところもあるという。
また、スタートアップやIPOアドバイザーらも今後の金利上昇に目を光らせていることから、2024年まではIPOが再び活発になることはないだろうと予想される。そのため多くのテック企業は、待ちの姿勢を貫くよう勧められていると、テック市場関係者たちはInsiderに語る。
市場の変動が落ち着き、アナリストが業績予想を上方修正するようになれば、とりわけ有望な企業にはIPOへの道が開ける可能性があると言う者もいる。
RBC キャピタルマーケッツ(RBC Capital Markets)のテクノロジー投資銀行部門の国際責任者であるカーク・カルディス(Kirk Kaludis)は、「この状況が逆転したと感じるようになるのは、2023年の上期ではなく下期ごろでしょうね」と述べる。
上場を目指す企業は、株式の発行を増やさず、それゆえに既存株主の株が希薄化しない直接上場を好むかもしれない、とマキルウェインは予測する。
「データブリックス(Databricks)など知名度の高い企業は、直接上場を希望する可能性があります。その方がはるかに柔軟性がありますからね」(マキルウェイン)
テック市場の専門家らが、IPOの冬を終わらせる可能性がある5社を紹介する(各社の累計調達額はPitchBook調べ)。
1. データブリックス(Databricks)
データブリックスのアリ・ゴドシ(Ali Ghodsi)CEO。
Databricks
累計調達額:35億ドル(約4570億円)
収益:非開示
業務内容:データブリックスは、大量のデータを処理・変換し、機械学習モデルによってデータを調べる際に使われるクラウドベースのデータ工学ツールである。アドビ(Adobe)、バーバリー(Burberry)、ナショナル・バスケットボール・アソシエーション(NBA)、アメリカ航空宇宙局(NASA)など、多くの組織を顧客に抱える。
IPOの冬を終わらせることができる理由:CEOのアリ・ゴドシは、何年も前から株式公開の意向を語っていた。2021年にチャンスを逃したが、2023年後半にようやく好機がやってくるかもしれない。
2. インスタカート(Instacart)
インスタカートCEO、フィジー・シモ(Fidji Simo)。
Instacart
累計調達額 :27億ドル(約3500億円)
収益:2021年時点で18億ドル(約2340億円)
業務内容:宅配食料品事業
IPOの冬を終わらせることができる理由:インスタカートは2022年5月に株式公開のための機密書類を提出したと発表したが、市場が悪化するとその計画は棚上げされた。同社は最近、社内の評価額を2022年に4度目となる100億ドル(約1兆3000億円)に引き下げたと、インフォメーション(The Information)は2人の匿名の情報筋を引用して報じている。しかし、インスタカートは市場が改善されれば上場するとみられている。
3. ネットスコープ(Netskope)
ネットスコープ創業者兼CEOサンジャイ・ベリ(Sanjay Beri)。
Netskope
累計調達額: 10.4億ドル(約1360億円)
収益:非開示
業務内容:サイバーセキュリティ関連のスタートアップであるネットスコープは、企業を脅威から守りデータを保護するリアルタイムの透明性を備えたクラウドセキュリティプラットフォームを提供している。
IPOの冬を終わらせることができる理由:2021年7月、ネットスコープは3億ドル(約400億円)のシリーズHラウンドを獲得し、評価額は75億ドル(約9800億円)に達した。ネットスコープの共同創業者兼CEOのサンジャイ・ベリはテッククランチ(TechCrunch)に、同社が再び非公開ラウンドで調達する可能性は低く、「株式公開は我々の進むべき道だ」と語った。
「その日が来るかもしれない」とテック市場に詳しいある関係者は語る。ネットスコープはフォーチュン100社のうち25社以上を含む世界2000社以上の強力な顧客基盤を持ち、これまでのところ、少なくとも公には、他のテック企業を苦しめているような人員削減を回避してきた。また、2022年に他のテック企業が人員削減を行う中、ネットスコープはM&Aに力を入れ、2022年8月にサイバーセキュリティのスタートアップ企業インフィオット(Infiot)を買収した。
さらにこの関係者は、ネットスコープはサイバーセキュリティに注力することで、広範なコスト削減の波から自社を守っていると語る。厳しい時代であっても、強力なセキュリティ体制は企業の強化には極めて重要であり、顧客の最高情報責任者らの優先事項の上位に残るという。そのことから、同社の今後の業績は期待でき、IPOの休止を終わらせることができる魅力的な企業となり得る。
4. ストライプ(Stripe)
ストライプ共同創業者兼CEO 、パトリック・コリソン。
Stripe
累計調達額:22.3億ドル(約2900億円)
収益:全世界の総売上は非公開であるが、インディペンデントニュース&メディア(Independent.ie)によると、ヨーロッパ、中東、アフリカ、アジアの売上をカバーするダブリンの本社部門の売上が、2021年の13億5800万ドル(約1770億円)から22億5500万ドル(約2930億円)に達し、全世界では2021年の決済処理額が6400億ドル(約83兆円)にのぼったという。
業務内容:決済スタートアップのストライプは、企業の決済処理を楽にし、収益回収と財務報告を自動化し、ビジネスファイナンスなどの金融サービスを製品に組み込めるようにするツールを提供している。
IPOの冬を終わらせることができる理由:ストライプがIPOの法律顧問を雇い、資金調達の必要がないため直接上場による株式公開を検討しているとロイターが報じた2021年半ば以来、ストライプの周辺ではIPOの噂が渦巻いている。
しかしその後、盤石だったストライプのキャッシュ状況は鈍化したように見える。2022年11月、同社は営業費用の上昇と個人消費者マインドの低迷を理由に、従業員の14%を削減した。同社にはまだ「十分な資本がある」ものの、そろそろ流動性を確保しようと考えているのかもしれないと、テック市場に詳しいある人物は語る。
さらにストライプは、2023年にストックオプションの期限が切れる初期に採用した従業員から株式公開のプレッシャーを感じているようだ、とインフォメーションは報じている。
ストライプのIPOは740億ドル(約9兆6200億円)という非公開の評価額に支えられている。約1000億ドル(約13兆円)という以前の評価額からはやや下がったが、これが際立った数字であることは変わらず、市場にとっては久しぶりの大型POとなる可能性がある。
ストライプの広報担当者は、共同創業者のジョン・コリソン(John Collison)がCNBCで述べた、非公開企業であることに「とても満足している」というコメントを引用した。
5. トリップアクションズ(TripActions)
トリップアクションズの共同創業者兼CEO アリエル・コーエン。
TripActions
累計調達額: 23億ドル(約3000億円)
収益:非公開だが、創業者兼CEOのアリエル・コーエンは2022年5月にInsiderのインタビューに対し、2021年の売上高の3倍以上のペースで推移していると答えている。
業務内容:企業の従業員の出張や社用カード、経費の管理を支援する。顧客には、リフト(Lyft)、ショッピファイ(Shopify)、ユニリーバ(Unilever)、アドビ、ネットフリックス(Netflix)、リビアン、トムソン・ロイター、ハイネケン(Heineken)、ノーション(Notion)、キャンバ(Canva)、カルタホールディングス(Carta)、ルーム(Loom) 、データブリックス、パトレオン(Patreon)などが名を連ねている。
IPOの冬を終わらせることができる理由:Insiderは、2022年9月にトリップアクションズが2023年の第2四半期、120億ドル(約1兆5600億円)の評価額を目標に、株式公開のための機密書類を提出したと報じた。
同社は投資家が求めるもの、すなわち、あらゆる犠牲を伴う成長ではなく、堅実なユニットエコノミクスと収益成長の可能性を持っている。そのため出張旅行が再開されつつある今、同社はIPOの冬を終わらせられるだけの立ち位置にあると考えられる。