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2022年の年末、メタ(Meta)やアマゾン(Amazon)、ツイッター(Twitter)によるレイオフや採用凍結の話を聞いたとき、アフマド・レザ(Ahmed Reza)は耳を疑った。
「思わず動揺してしまいました」と彼は言う。
AIを搭載した小さなコミュニケーションアプリ、ヨビ(Yobi)のCEOであるレザにとって、ビッグテックのレイオフと雇用凍結はチャンスだった。突然、数千人の優秀な技術者が就職活動をするようになったのだ。ビッグテックがすぐに彼らを雇い戻すとも思えない。
それ以降、ビッグテックの雇用削減は止む気配がない。2023年に入り、セールスフォース(Salesforce)は従業員の8%を解雇すると発表した。アマゾンは1万8000人の解雇を発表している。
ビッグテックが記録的な数の従業員を解雇する一方で、スタートアップのファウンダーたちの受信トレイには履歴書が大量に届いている。ビッグテックとスタートアップ、この両者の間に何十年にもわたって横たわっていた人材採用に関するパワーバランスが、逆転しつつあるのだ。
ビッグテックは従来、選り抜きの技術系人材を手に入れられる立場にあった。それは、魅力的な報酬体系、福利厚生、知名度に負うところが大きい。一方、Insiderの取材に応じたスタートアップのファウンダーや採用担当者は、自社に入社してもらうためにより多くの候補者を口説かなければならなかった。
ルナ・キャピタル(Runa Capital)のゼネラルパートナー、アンドレ・ブリズニュク(Andre Bliznyuk)によると、テック業界が厳しい冬に備えて支出を抑えるなか、スタートアップで働くというギャンブルはテックワーカーにとってより魅力的な選択肢になってきているという。
「アーリーステージのスタートアップの多くは、『君は多くのものを失うことになる』と言うでしょう。しかし、高い目標を掲げてアップサイドを取りにいくためには、偉大になるポテンシャルを秘めたスタートアップで働くことです」(ブリズニュク)
競争が激化するスタートアップの雇用機会
Insiderは、スタートアップ9社とベンチャーキャピタリスト5人に取材した。彼らの企業では、ビッグテックに勤務する転職希望者の中から人材を引き抜くことに成功しているという。
ヨビの場合、アメリカ国内で開発者を探すのは当初、非常に困難だった。それどころか、ビッグテックがオフィスを構える国ではどこでも、優秀な人材を採用するのは困難だったと、CEOのレザは話す。しかし最近は状況が変わりつつあり、元ビッグテック社員にとってヨビの魅力が増しつつあるという。
カリフォルニア州マウンテンビューに拠点を置くソフトウェア企業、レイスワーク(Lacework)も同様に、ビッグテック出身者の採用に成功している。そう話すのは、フェイスブックからレイスワークへ転じて採用の責任者を務めるエリーゼ・カーステンセン(Elise Carstensen)だ。ただしレイスワークでは、採用候補を前職企業の規模ではなくあくまで技術的な判断力の鋭さで評価している、とカーステンセンは強調する。
景気後退がスタートアップの採用にも影を落とす
Insiderが取材したVCおよびスタートアップのファウンダーたちは、景気後退の懸念が強まるなかでスタートアップは人材採用に慎重になっていると明かす。
投資会社デル・テクノロジーズ・キャピタル(Dell Technologies Capital)のマネージングディレクター、グレッグ・アドキン(Gregg Adkin)は次のように語る。
「アーリーステージの企業にはこうアドバイスしました。採用に慎重になること、売上が増えてもいないのに過剰採用などしないこと、と」
スタートアップでは資金調達が細っており、コスト削減圧力がかかっている。ベンチャー投資が減少しているさなかに、ビッグテックが手放した人材をすべて吸収することはできないだろう。
最近のレイオフによって人材市場は拡大しているものの、アンダーパフォーマー(成績の劣る者)と見られる人材の採用にはスタートアップも慎重になっている。
「レイオフの多くは成績下位層を対象としていますが、常にそうとは限りません。事業部全体が不適任とされることもあります」と、クラウド系スタートアップ、プルミ(Pulumi)のCEO兼共同創業者のジョー・ダフィ(Joe Duffy)は話す。
「スタートアップは規模も小さいので、そういうリスクを負う余裕はありません」
スタートアップのカルチャーに馴染めるのかという問題
スタートアップのファウンダーたちは、ビッグテック出身の人材を雇う際のハードルとして、企業文化の違いを挙げる。
データクラウド系スタートアップ、アクセルデータ(Acceldata)のマーケティング担当シニアバイスプレジデント、ギリシュ・バート(Girish Bhat)は、「率直に言って、彼らの多くは、私が求めているものにあまり当てはまりません」と漏らす。
さらに、ビッグテック出身者にはスタートアップでの経験が不足している点も指摘する。
「彼らは6カ月間の研修を受ける必要があります。ビッグテック出身だからといって、こちらのニーズに適しているとは限りませんから」(バート)
他のスタートアップも同意見だった。
「私がいつも大手に感じる問題は、『うぬぼれの文化』です。私たちのような企業とは相容れません」と話すのは、ミニオ(MinIO)のCEO兼共同創業者、AB・ペリアサミー(AB Periasamy)だ。
ビッグテックにはランドリーサービスやジム、手の込んだ食事といった福利厚生があるが、それに比べるとスタートアップの報酬体系はもっと質素なものだと、ペリアサミーは言う。
サイバーセキュリティのようなニッチな業界では、似通ったビジネスモデルに慣れ親しんだ他のスタートアップの人材を雇った方がいいと言う創業者もいる。
ビッグテックのエンジニアは1つのプロジェクトに専念できるかもしれないが、スタートアップのエンジニアはいくつものプロジェクトを同時にこなすことになると、サイバーセキュリティの人材紹介会社ピンポイント・サーチ・グループ(Pinpoint Search Group)の創業者兼マネージングパートナーのマーク・サッソン(Mark Sasson)は言う。
スタートアップが求めるのは“アーミーナイフ型”の人材だと、資金調達系スタートアップ、オロ(Oro)の共同創業者兼戦略責任者のラリサ・ラジャゴパラン(Lalitha Rajagopalan)も言う。
「メタのような企業での贅沢とは無縁でやってきた人材を採用した方がいい。ああいう企業の人材は、守備範囲がものすごく狭いんですよ」(ラジャゴパラン)
採用候補者がスタートアップに適しているかどうかをどう判断すればいいのだろうか。アプティクス(Uptycs)の最高マーケティング責任者であるエリアス・ターマン(Elias Terman)は、候補者に、前職でスタートアップ並みの高成長を遂げたプロダクトに携わったことがあるかと聞いている。
「大企業での勤務経験しかなく、起業経験もない人では、スタートアップの環境は厳しいんじゃないでしょうか。こういうのは黄色信号ですね」(ターマン)
テック業界の労働市場は調整期
近ごろのテック業界における人員削減は、長らく続いていた市場の不均衡を是正するものだ、と見る向きは多い。ハイテク株への打撃が続き、2023年に入って景気後退の影響が大きくなるにつれ、ビッグテックはこれまでの景気後退とは異次元の倹約の時代に突入している。
技術系の求職者は、市場が冷え込み、自分たちの優位性が失われつつあることに気づきつつある。技術系人材を獲得するためにスタートアップが法外な大金を用意する必要はなく、転職市場に流入する人材が増えていることをスタートアップのファウンダーたちも承知している、とNEAのパートナー、メリッサ・タウントン(Melissa Taunton)は語る。
とはいえ、スタートアップが技術者を選考する過程で、前職がビッグテックなのかスタートアップなのかだけで判断することはめったにない、と採用担当者らは話す。結局のところ、候補者個人に注目するほうが効果的だと、レイスワークのカーステンセンは言う。
「候補者を出身大学や職歴で判断したくないんです。確実に言えるのは、その人のスキルや専門性が何より大事だということです」(カーステンセン)