IVAS(統合視覚増強システム)の試作品を装着した米陸軍兵。画像は2020年10月時点の試作品。
Courtney Bacon/U.S. Army via REUTERS
マイクロソフト(Microsoft)の米陸軍向けスマートゴーグル開発計画の責任者を務めるデイビッド・マーラ氏が退社する。Insiderの独自取材で判明した。
同社はマーラ氏退社の事実を認めつつも、人事の詳細に関してはコメントしなかった。マーラ氏本人にもコメントを求めたが、本記事公開までに回答はなかった。
マイクロソフトは1月5日、米軍内で「IVAS(Integrated Visual Augmentation System、統合視覚増強システム)」と呼ばれるスマートゴーグルの改良版の設計着手に向けて、米政府との新たな契約内容に合意したばかり。
マーラ氏は2018年からIVAS開発計画のプログラムディレクターとして陣頭指揮を担い、2021年には人工知能(AI)および複合現実(MR)担当のゼネラルマネージャーに昇任(それ以前はディレクター)している。
本件に詳しい情報筋によれば、マーラ氏の後任にはプリンシパルプログラムマネージャーのクリス・ドメンツィク氏が就く。当人は1月6日に早くも一部の従業員に対して今回の人事を共有した模様だ。
なお、マイクロソフトはInsiderの取材に対し、ドメンツィクがIVASプログラムディレクターに就任することも認めた。
マイクロソフトが2021年3月に獲得した、米陸軍向け特注スマートゴーグルの開発契約は期間10年、総額220億ドル(当時のレートで約2兆4000億円)。同社の信用と業績に大きく関わる巨大プロジェクトだが、品質および性能上の問題から納入スケジュールの遅延が続いてきた。
2022年秋に実施された「実戦デモ」と呼ばれるテストでは、事前に設定されていた6つの評価項目のうち4つについて不合格となった。
その後軍内部で共有された内部報告書(の抜粋を読み上げた音声データ)によれば、テストを担当した米陸軍のある検査官は、最新版のスマートゴーグルについて、「このゴーグルを装着して戦場に出たら、我々は命を落とすことになる」と厳しい評価を下した。
問題の一つはアクティブ状態のゴーグルが発する光で、上の報告書では、光源を通じて兵士の居場所を敵軍に知られてしまう恐れがあるとの欠陥を指摘された。
先行きの不透明感は続く
マイクロソフトの複合現実(MR)端末「ホロレンズ(HoloLens)」の共同開発者として知られるアレックス・キップマン氏が、女性従業員に対する不適切な振る舞い(とその内実を調査したInsider報道)をきっかけとして、2022年夏に退社したことで、マーラ氏は同社のメタバース戦略における事実上のトップに立っていた。
後任のドメンツィク氏はイラクやアフガニスタンでの従軍多数、米海軍特殊部隊(SEALs)中佐など米軍でのトップキャリアを経て、2020年11月にマイクロソフトに入社した人物。
マイクロソフトの内情に詳しい関係者は2022年末にInsiderの取材に応じた際、複数のプロジェクト中止、予算カット、米軍との巨額契約の交渉難航、リーダーシップの欠如などさまざまなネガティブ要因が重なり、複合現実(MR)端末の開発を含む同社のメタバース戦略は不透明な状況が続くとの見方を語った。
さらに別の関係者は、マイクロソフトのホロレンズ開発は現時点で「語るべきロードマップがない」状況で、他に頼りどころがないからこそ米陸軍のIVAS開発に注力せざるを得ないのが実情と指摘する。