CES2023のソニーブースにて記者発表でスピーチにのぞむソニーGの吉田憲一郎・会長兼社長。
撮影:Business Insider Japan
業績好調なソニーグループ(以下ソニーG)だが、その事業領域は今も変化中だ。
ホンダとの合弁事業であるソニー・ホンダモビリティは、先週、米ラスベガスで3年ぶりに本格開催されたテクノロジーショーCES 2023のカンファレンスの中で、新型EV「アフィーラ(AFEELA)」のプロトタイプを世界初公開し、大きな話題を呼んだ。
ソニーGの吉田憲一郎・会長兼社長はCES2023で単独インタビューに応じた。
吉田氏が語る「メタバース」や「モビリティ」がソニーに与えるインパクトと、今後の投資戦略を聞く。
ソニーにとってイメージセンサーは「クリエーション半導体」だ
CES2023のソニーブース。アフィーラの展示は常に人だかりができるほどの注目度だった。
撮影:西田宗千佳
「自分たちで自動車を作ることになるとは思ってもみませんでした」
7年前の2016年当時、自動運転開発企業のトップとミーティングをし、テスラをドライビングしたときの鮮烈な印象を振り返りながら、吉田氏は筆者にこう語った。
ソニーはグループとして「感動を広げる」ことをテーマに事業を進めている。
その中でも「重視している」と吉田社長が話すのが「メタバース(仮想空間)」と「モビリティ(移動空間)」だ。どちらも人の新しい活動空間を広げるもの、という共通点がある。
「メタバースとモビリティには共通領域が多い。それはイメージセンサーとゲームエンジンの重要性だ」と吉田社長は説明する。
熊本にあるソニーセミコンダクターのイメージセンサー工場には、2022年12月にアップルのティム・クックCEOも訪れた。
吉田社長は、クックCEOに対し「イメージセンサーはクリエーション半導体である」と説明した、と筆者に語った。
これは、CPUなどの「ロジック半導体」、電源用LSIなどの「パワー半導体」になぞらえて、産業のコアになるもう一つの半導体分野と考えるべきだ……という主張だ。
「メタバースやモビリティ(自動車)では、視線トラッキングや外部認識としてのイメージセンサーが重要。さらには、モーションキャプチャなどの技術にも使います」(吉田社長)
イメージセンサーは、単に「画像をクリエーションする半導体」というだけではなく、現実と仮想空間を広げ、ドライバーとモビリティをつなげる領域を「クリエーション」する半導体だという。
自動車に「ゲームエンジンが必須」な理由
撮影:Business Insider Japan
CES2023の大きな話題となったソニー・ホンダモビリティの「アフィーラ」の発表では、少し奇妙に思えるところもあった。
ゲームエンジンは、名前の通りゲームを開発するための基盤技術だ。ソニーGは最大手の一つであるEpic Gamesに資本参加しており、ソニーの会見にも、Epic GamesのCTOであるキム・リブレリ氏が登壇した。
Epic GamesのCTO、キム・リブレリ氏がゲームエンジンの重要性をソニーの会見で解説した。
撮影:西田宗千佳
だが、リブレリ氏が登壇したのは、面白いことに、「ゲーム事業」であるPlayStationの話をしている時ではなく、自動車の話をしている時だった。
なぜ自動車とともにゲームエンジンの重要性をアピールしたのか、吉田社長は次のように話す。
「モビリティは、コンピューティングとネットワークの進化によって変わっていく。
ADAS(先進運転支援システム)同様、ユーザーインターフェイスでも、コンピューターの能力はフルに使う必要があります。だとすれば、そこでゲームエンジンを使うのは自然なこと」(吉田社長)
さらには次のような「エンターテイメントの変化」も指摘する。ソニーの経営トップが言及した、この視点は重要だ。
「過去10年は、映像配信や音楽のように、ネットワークからのストリームを楽しむものがメインでした。しかしこれから、エンターテインメントは急速にリアルタイムCGに変わっていくでしょう」(吉田社長)
リアルタイムなエンターテイメントには、ゲームエンジンでの開発支援が必須だ。ソニーがエンターテイメントに関わる企業であり、自動車すらも「エンターテイメントのための場所」とするなら、EVの発表でゲームエンジンの重要性を説くのは確かに必然と言える。
7年前には「自動車を作るなんて思ってもみなかった」
CES2023の現地で単独インタビューに応じたソニーGの吉田社長。
撮影:西田宗千佳
振り返れば、ソニーGが「自動車向けとして積極策に出る」ことをアピールし始めたのは、2014年のことだ。そして、2018年のCESでは、トヨタなど自動車関連8社との協力関係を構築したことが発表された。
自動車向けとしてはイメージセンサーに加え、2022年からレーザー光で周辺環境を立体的に捉えるLiDAR向け半導体にも取り組んだ。どちらも、ソニーが得意なエンタメ領域のノウハウが通用しない世界。特にLiDARは「すでに過当競争」との声もある領域だ。
「時間はかかったが、それでも色々な企業と話が進むようになってきた。イメージセンサーだけでなく、LiDARについても、早期にデンソーのサポートを得たことで、周囲の声が変わってきた」(吉田社長)
吉田社長は、自動車向けセンサービジネスが走り始めた初期に、次のようなことがあったと語る。
「2016年にセンサービジネスの関係で、モービルアイ ( Mobileye 。ADASや自動運転技術の開発企業。2017年よりインテル傘下)の社長、アムノン・ショシュア氏とミーティングしました。そして自分でテスラを運転してみて、『ああ、これは本当に(自動車が)ITになっていくのだな』と思ったんです」(吉田社長)
モービルアイは、2018年に「ソニーの自動車向け事業をサポートする企業」として名前が挙がった1社だ。
それから7年が経過し、ソニーはホンダとともにEVを作ることになる。
吉田社長は「もちろんその時には、自分たちで自動車を作ることになるとは思ってもみませんでしたが」と、冒頭の言葉で笑いつつも、「ソニー・ホンダには本当に期待している」とも言う。
「あの(アフィーラの)デザインを私なりに解釈すると、『車もソフトでデザインされ、スマホのようにシンプルになる』ということだと理解していますし、そうなる、と思います」(吉田社長)
クリエイターのために「ソニーとだけ組むな」
ソニーGは「感動を作るところから届けるところまで」のビジネスを手がけている。
ただその中で、現在急速に投資範囲を「クリエーション」領域へシフトさせている。
背景には、コンテンツを消費者に売る・提供するだけでなく、そのコンテンツを作るクリエイターに対し「クリエーションのための環境」を提供するビジネスを重視する狙いがある。
前出のような、イメージセンサーやゲームエンジンが関わるビジネスは、まさにその中核だ。
クリエイター向け・映画制作向けの機材とサービスは、ソニーGにとって最重要項目だ。
撮影:西田宗千佳
「今後もコンテンツそのものと、クリエーション領域への投資は続ける」と吉田社長は言う。
そう聞くと、「なるほど、ソニーのツールでクリエイターに、ソニーのプラットフォームで提供されるコンテンツを作って欲しいのだな」という印象を持つかもしれない。
けれども、その点について、吉田社長は明確に否定する。
「私は今、社内で『別にソニーとだけ組まなくていいよ』と言っています。そういうシナジー・ドリブン(連携指向)な考え方だと、クリエイターにとって、考え方自体が制約要因になる。我々にとって大事なのはクリエイターをサポートすることですから、オープンである方がいい。
グループでやれたらいいですけれど、どちらかといえばシナジー・ドリブンよりも『パーパス・ドリブン(目的指向)』に変えてきているんです」(吉田社長)
EVである「アフィーラ(AFEELA)」でも、連携するサービスやコンテンツではパートナーを募集している状況だ。そこも、シナジー・ドリブンというよりはパーパス・ドリブンな意識によるものだ。
宇宙も「感動」の場に。ギリギリ間に合った衛星打ち上げ
ソニーが打ち上げた超小型衛星「EYE」。6階に及ぶ打ち上げ延期を経て、CES2023の会見前日に打ち上げが成功した。
撮影:西田宗千佳
「イメージセンサーはクリエーション半導体」という話に関連してはもう一つ興味深いことがある。
会見の冒頭では、ソニーが開発した超小型衛星「スタースフィア-1 EYE」の打ち上げに成功したことに言及した。EYEは地球軌道から、個人でも自由に衛星写真・動画を撮影する機会を提供することを目的に作られた。
衛星写真や「宇宙から撮影すること」自体を一種のエンターテイメントとして提供し、ビジネス化する、意欲的な試みだ。サービスは今春にスタートする予定だ。
2022年秋を予定していたEYEの打ち上げは事前に6度も延期され、ついには年を越した。最終的な打ち上げ日は1月3日。なんと発表会の前日になってしまった。
「問題なく打ち上がるか、本当に心配だった」と吉田社長は笑う。結果的に打ち上げは無事成功し、衛星も軌道に乗っている。
「まだチャレンジは始まったばかりで、小さいことしかできていませんが、今後は、宇宙も感動の場にしていければ、と思っています」(吉田社長)