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企業にとって最も重要なことは「ゴーイング・コンサーン」、つまり企業が継続的に事業運営できることです。
企業がつぶれると、その企業のサービスを気に入ってくれていた顧客を失望させることになりますし、購入したのにアフターサービスが受けられないなどの不便を強いることにもなります。もちろん顧客ばかりでなく、従業員やその他のステークホルダーにも迷惑がかかります。
では、ゴーイング・コンサーンであるにはどうしたらよいのでしょうか。それは安定的に利益を出し続けること、これに尽きます。
過去30年「単価を上げる」ができなかった日本
「利益=売上−費用」ですから、売上が費用よりも大きければ利益が出るわけです。当たり前のことですよね。でもこの当たり前のことをしない企業が少なくありません。
それは過去の歴史が物語っています。2000年前後のドットコムバブルの時代、ユーザー数を多く獲得した企業ほど高い企業価値がついた時代がありました。ユーザー数が増えれば一定の確率で有料顧客になってくれる。その結果売上が上がるはず。つまり、「ユーザー数が多いほど将来の売上が見込めるだろう」ということで高い企業価値がついたわけです。
しかし大半の企業では、期待したようなバラ色の未来は起きませんでした。多くのユーザーを獲得していても極めて低い割合しか有料顧客に転化してくれず、売上が伸びなかったのです。
最近でもこれに類似する話はあります。「サブスクリプションモデル」です。サブスクモデルとは、ユーザーに毎月少額の定額料金を支払ってもらうモデルです。毎月の支払いは少額ではあるものの、一定期間を過ぎると売り切りモデルよりも売上が多くなり、その期間以降は高い利益率が見込めるようになる、とされています。
インターネットの進化やSaaSビジネスの隆盛とともに、日本でも2018年前後からサブスクモデルが広がりました。しかしこれも、大半の企業ではバラ色の未来は起きませんでした。「これくらいはサービスを利用し続けてくれるだろう」と想定していた期間よりも短いタイミングでユーザーが離脱してしまったのです。
このように、利益を出すことは簡単ではないわけですが、そこをどうにかするのが経営というものです。どうすれば利益を出し続けられるのでしょう。
前述のように「利益=売上−費用」です。また、売上は「単価×個数」と分解できます。つまり、単価を上げるか、販売数を増やせばいいわけです。
ところが日本では、デフレの影響でここ30年ほど値上げをすることが実質的にできませんでした。「単価を上げる」という選択肢が取れないので、むしろその逆、値下げをして「販売数を増やす」ことを志向していました。
しかし、値下げをして販売数を増やすのもまた簡単ではありません。ましてや利益を増やすのはさらに難易度が高いということは前回も説明した通りです。
客の回転数を上げて利益を確保する
そんななか、販売数を増やすことに成功した企業ももちろん存在します。
例えば、俺の株式会社などがそうです。2011年に「俺のイタリアン」をオープンさせ、次いで「俺の焼肉」「俺のフレンチ」など、俺の○○という看板のレストランを続々と出店。一躍話題をさらったことをご記憶の方も多いはずです。
彼らは何をしたのか。
例えば、フレンチやイタリアンの高級食材を安価で提供したのです。これだけだと他の企業の値下げと同じです。しかし同社はこれを「立ち食い」にした。ここがポイントです。
当たり前ですが、フレンチやイタリアンは通常、テーブルに着座して食事をします。着座で平均滞在時間が2~3時間であれば、夜の顧客は1回転がせいぜいでしょう。
それを立ち食いにするとどうなるか。着座と比べて顧客の滞在時間が短くなります。例えば平均1時間だとすると、夜の営業で3回転が可能です。しかも、1時間程度なら2次会や軽い飲みの需要も取り込めますから、4回転や5回転も不可能ではありません。
実際に立ち食いを経験したことのある方ならお分かりだと思いますが、1時間立ちっぱなしで飲み食いするというのは案外つらいものです。となると実際の平均滞在時間はさらに短くなり、顧客の回転数はさらに高くなります。
立ち食いにしても、顧客は相対的に利幅の大きいアルコールは飲んでくれます。同社が実現した「立ち食いで高級食材を安価に提供する」という画期的なビジネスモデルは、顧客数を2割増しや3割増しどころではなく、数倍にできる素晴らしいアイデアでした。
さらに、一流料理店のNo.2、No.3として活躍していた人材をシェフとして採用することで、料理の質は担保しながら、(No.1と比較すると)人件費を抑えることにも成功しました。
また目玉である「安価に提供する高級食材」は、顧客の大半がオーダーするので仕入れでも有利な立場に立て、原価を抑えることができて、さらに利益を確保しやすくなったのです。
ただ、好調だった同社にとって最大の不運はコロナ禍でした。勝ちパターンだった「立ち食い」は、コロナ禍では狭い空間で客同士が密になりやすいというデメリットになります。これをやめてすべて着座形式にした結果、客の回転率は下がり、利幅も大幅に減ってしまいました。同社は現在、ECやデリバリー(自社配送により品質を担保)に活路を見出そうとしています。
「ビール1本でも送料無料」で採算がとれるワケ
次にご紹介するのは、「利益=売上−費用」の「費用」を減らすことで、トータルで見れば利益を確保できるビジネスモデルを実現したカクヤスの例です。
カクヤスは大都市圏を中心に酒販売をしている企業ですが、その売りのひとつは「店舗から1.2km圏内はビール1本でも無料で配送」としている点です。たった1本のビールでも無料で届けてくれるというのですから利用客にとっては便利ですが、それで採算はとれるのだろうかと心配になりませんか?
実はカクヤスは、宅配スタート当初は一般的な宅配事業によくある下限金額を設けていたそうです。1万円以上の注文の場合にかぎり送料無料、ということですね。
ところが、この評判が悪かった。そこで、もう一度配送の価値を再考したそうです。
来店して購入してもらうことと、商品を顧客の自宅まで配送すること、カクヤスにとって本当はどちらのほうが嬉しいのでしょうか。
お酒は重いので、来店する顧客はたいてい車を利用します。となれば当然、店には駐車場が必要です。店で決済するのでレジも必要ですし、レジスタッフも必要です。
でももし、来店者の半分が宅配を利用したらどうでしょうか?
来店する顧客数は半分になりますから、店舗の駐車場スペースもレジの数も、レジスタッフも減らすことができます。つまりこれらすべてが、固定費(しかも、首都圏の高価な土地の地代や高価なレジのリース、求人を出してもなかなか採用できないレジスタッフの人件費)の削減に有効なのです。
この連載でも以前お話ししましたが、企業経営において「固定費をできるだけ低く抑える」ことは基本中の基本です。固定費が高いと、売上が減少した際にすぐに赤字になってしまうからです(下図)。
筆者・編集部作成。
そう考えると、たとえビール1本であっても配送料を無料にすることには、土地、人件費が高い首都圏でビジネス展開をしているカクヤスにとって余りあるメリットがあることが分かります。
また、自社の配達員が配送先に足を運ぶことで顧客との関係を強化できるので、酒以外のクロスセルなども可能です。顔なじみになって顧客の好みを知れば知るほど、同業他社へスイッチされてしまうリスクも下がりますし、販促費も減らせます。
もちろん、すべての顧客がビール1本だけしか注文しないのでは赤字になってしまいますが、実際は飲食業のオーダー単価が高く、そこで全体の帳尻を合わせることができていました(「できていました」と過去形なのは、カクヤスもコロナ禍以降、飲食店からのオーダーが激減して苦境に陥っているためです)。
このように、「ビール1本でも送料無料」という部分だけを見れば一見採算を度外視しているように見えても、トータルで見れば「利益=売上−費用」の「費用」の部分を抑えることで利益を確保できる例もあります。
飲食業界が徐々にコロナ禍前の落ち着きを取り戻してくれば、そこからのオーダーが増加し、カクヤスも再び利益を確保できるようになるのではないでしょうか。
紙からWebになっても値下げしなかったK社長
最後に、そのサービスの価値が何なのかを的確に考えて価格設定したことで、安易な値引きを免れて利益を確保できた事例を紹介しましょう。それは、就職活動でおなじみの「SPIテスト」です。
今の大学生は想像がつかないかもしれませんが、SPIテストはかつて、紙で実施されていました。大学生は受検するたびにそれぞれの企業に赴き、そこでマークシート型の紙のテストを受検していたのです。つまり、10社受けるならマークシートのテストを10回受ける必要があったということですね。
このSPIを当時から主管していたリクルートマネジメントソリューションズ(以下RMS)は、2003年ごろに紙のテストのWeb化を志向します(ただし、当初は受検者の本人確認の問題があったので、自宅でWeb受検するのではなく、テストセンターに行って受検するという形式がメインでした)。
当時はといえば、ネットのサービスは無料が当たり前という風潮でした。ですからSPIテストも、Web化するなら安くしなければ販売できない、という評価が大半でした。顧客企業は言うまでもありませんが、SPIを販売するRMSの営業担当もその認識でした。
しかし、当時のRMSのK社長は最終的に「値下げはしない」という判断を下しました。そのロジックは次のとおりです。
これまで顧客企業は紙のSPIテストを実施するために、会議室を手配して、試験官を確保し、紙のSPIテストを受験生に配布し、テストが終わればそれを回収し、RMSに返送(郵送やFAX)する必要がありました。つまり、顧客企業の側には、場所の確保や一連の作業を実施する人件費がかかっていました。
けれど、Web化すればこれらがすべて不要になりますから、顧客企業にとっては大幅なコスト削減です。
一方で、RMSには新たに負担すべきコストが発生します。まずシステム開発をしなければならないので先行投資が必要です。加えて、上述のようにテストセンターを手配しなければいけません。テストセンターを運用するスタッフも必要です。
SPIをWeb化したところで、その本質的な価値は何ら変わりません。それどころか、これまで顧客企業が負担していたオペレーションコストを、今度はすべてRMS側のテストセンターが肩代わりするのです。本来であればその価格分を負担いただきたいくらいです。でも初年度は従来価格で提供しましょう——。
「ネットのサービスは無料が当たり前だから」という世間の“常識”に引きずられかけていたところ、「Web化によって顧客側のコストは減る」という付加価値を見える化したのはK社長の英断だったと思います。こうしてRMSは値下げ圧力に打ち勝ち、価格を下げることなくWeb化を実現することができました。
またこれと並行して、一度受検した結果を他社にも送付できるようにしたことで、学生側にとっての利便性も高まりました。RMSにとっては必要なテストセンターの席数が減ることを意味しますから、コスト削減ができました。その結果、RMSの収益性をさらに改善することもできたのです。
昨今、商品の売れ行きが思わしくないとすぐに値下げに走る企業が少なくありません。しかし、価格を下げるということは利益を削ることと同義であることを忘れてはいけません。また、原価がここまで上がっているのに、日本にはいまだに値上げをしないことが美徳であるかのような風潮が根強くあるのも問題だと感じます。
自社の製品・サービスを安売りすることなく、本来の価値に見合った対価を受け取ってきちんと売上を立てること。そのために「利益=売上−費用」のどの変数をどう変化させるのが自社にとっての最適解なのかを熟慮すること。
これまで以上に難しい舵取りを迫られる現在の経営環境だからこそ、あなたの組織でもゴーイング・コンサーンに向けた取り組みによりフォーカスしてください。
中尾隆一郎:中尾マネジメント研究所代表取締役社長。1989年大阪大学大学院工学研究科修了。リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長、リクルートワークス研究所副所長などを経て、2019年より現職。「旅工房」、「LIFULL」、「ZUU」社外取締役、「LiNKX」非常勤監査役、「博報堂テクノロジーズ」 フェローも兼任。新著に『「本当に役立った」マネジメントの名著64冊を1冊にまとめてみた』がある。