習近平氏、恒例「新年の挨拶」が台湾「完全統一実現」から「両岸は親しい家族」に一変した 納得の理由

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中国の習近平国家主席(2022年10月の第20回中国共産党大会での様子)。対台湾「戦術転換」が注目される。

REUTERS/Tingshu Wang

中国の習近平国家主席は2023年の「新年のあいさつ」で、台湾民衆に向け、(台湾海峡の)両岸は家族であり、両岸同胞が幸福のためにともに歩もうという、極めて穏健なメッセージを送った。

台湾統一には一切触れず、1年後に控える台湾総統選での政権交代の可能性を意識して、中国との関係改善こそが台湾に「平和、安定、発展」をもたらすと、台湾民衆に直接訴える「和平攻勢」に出た。

台湾民衆の感情に訴える「戦術転換」

習氏は毎年の大晦日(おおみそか)に「新年のあいさつ」を発表するのが恒例となっている。

過去1年の施政の成果を誇るのが主な内容で、前回2022年は台湾に関して、「祖国の完全統一実現は両岸同胞の共通の願い。全ての中華の子女が手を携えて前進し、中華民族の素晴らしい未来をともに築くことを心から期待する」とした。

戦略目標である台湾統一を前面に出し、中国の統一戦略を内外に「知らせる」意味が強かった。

それに対し、今回は「海峡両岸は親しい家族。両岸の同胞たちが向き合い、歩み寄り、手を携えて前進し、ともに中華民族の末永い幸福を作り上げることを、心から望んでいます」(全文)と変わった。

「統一」を言わないだけでなく、押しつけがましい表現を避け、「同胞たちが向き合い、歩み寄り、手を携え」などと台湾民衆の感情に直接働きかける内容だ。

もちろん、習氏は統一戦略を放棄したわけではなく、あくまで台湾当局と民衆を分ける「戦術転換」とみるべきだろう。

2024年1月に予定される台湾総統選までの海峡情勢を把握・理解する上で、この変化は軽視できない。

中国は台湾統一を「急いでいない」

習氏の戦術転換の狙いを説明する前に、中国共産党の台湾政策を押さえておこう。

習氏は2022年10月の第20回党大会の党活動報告で、台湾政策として次のような方針を述べた。

  1. 最大の誠意と努力を尽くし平和的統一を実現
  2. 武力行使放棄は約束せず、必要な措置をとる選択肢を残す
  3. 武力行使の対象は外部勢力の干渉と台湾独立勢力の分裂活動にあり、広範な台湾同胞に向けたものではない
  4. 祖国の完全統一は必ず実現 

党大会では(党の憲法に相当する)党規約も改定し、「台湾独立に断固として反対し、抑え込む」との記述を盛り込んだものの、党活動報告にある「完全統一は必ず実現」(上記4)など、台湾統一を急いだり武力行使を容認したりする記述は含まれていない。

党活動報告と改定された党規約の内容から判断すれば、2027年まで5年間の台湾政策は、米中対立の継続を念頭に、「独立阻止に力点を置き、統一は急がない」と理解できる。「統一のためには武力行使も辞さない姿勢を示した」などと解釈するメディアもあるが、的はずれだ。

冒頭で触れた習氏の新年のあいさつは「広範な台湾同胞」に向けた内容であり、当局向けの部分と民衆向けの部分とで表現を変え、硬軟を使い分けている。

第20回党大会での活動報告が、西側諸国で武力行使を辞さない強硬姿勢と受けとめられ、その点ばかりが強調されたことを意識して、習氏はあえてそのような表現とした可能性がある。

台湾民意の主流は「平和、安定、発展」

中国側からの穏健なメッセージを発したのは習氏だけではない。

台湾政策の実務責任者である国務院台湾事務弁公室(国台辨)の宋涛・主任は中国誌『両岸関係』(2023年1月号)に寄稿

2022年11月末に実施された台湾統一地方選の結果について、「平和は両岸民衆の心の声。台湾地方選挙は『平和、安定、発展』が台湾社会の民意の主流であることを示した」とし、「台湾独立勢力が策を弄した『抗中保台』(中国に対抗し台湾を守る)は人心を得られず、独立を企む陰謀は失敗した」と分析した。

宋氏はこの寄稿で「平和」という言葉を7回も使っている。

宋氏が指摘するように、中国の「和平攻勢」とも言える戦略転換の狙いを解くカギは、台湾地方選での与党・民進党の敗北にあると筆者は考える。

台北を含む21県・市の首長選で、野党・国民党が1増の13ポストを獲得したのに対し、民進党は1減の5ポストになり「結党36年来の惨敗」(台湾有力紙『聯合報』)を喫している。

台湾地方選の有権者は約1900万人で、総統選のそれとほぼ重なるため、「総統選の前哨戦」とされてきた。

民進党主席を兼務する蔡英文総統は、選挙戦が終盤に入ってから劣勢を挽回しようと、「自由と民主の最前線に立つ台湾に世界中が注目している」と主張し、「抗中保台」の対中政策を争点化した。

しかし、内政や地方政治が主要な争点となる地方選と、対中政策が最大争点の総統選とでは、性格が大きく異なる。地方選では、有権者は対中政策だけで票を投じるわけではない。

2000年の総統選で対中強硬路線を打ち出して大勝した経験から、2匹目の「柳の下の泥鰌(どじょう)」を狙った蔡氏の目論見は外れた。

台湾の有権者は、台湾海峡の情勢をはじめ、米中、米台、日中、日台など多くの変数から成る国際関係の複雑な方程式を「複眼思考」で解くことに慣れている。初の住民直接投票による1996年の総統選以降、2期8年ごとに繰り返されてきた政権交代は「振り子現象」と呼ばれ、台湾民意のバランス感覚を示すとみる識者もいる。

民進党の総統候補が「和平保台」と発言

年が明け、台湾政治は総統選モードに入った。

民進党の最有力候補は頼清徳副総統(63歳)。頼氏の弱点は台湾独立志向が極めて強いこと。蔡総統のように「抗中保台」を繰り返せば、有権者の反発を買い、苦戦は避けられない。

そこで、2022年の大晦日、頼氏は台湾南部の高雄市で「和平保台」というスローガンを口にした。中国との緊張緩和を目指す発言とみられる

1月1日に総統府で行われた記者会見で、「和平保台」の意味を問われた頼氏に代わって、蔡総統が「民進党の目標は一致しており、両岸の和平安定を維持するのが目的」と苦しい回答。現時点で「和平保台」の具体策は明らかではない。

総統選には、台北市長を2期務めた何文哲氏(民衆党)の出馬が確実視されており、残る問題は最大野党・国民党の候補者だ。

国民党は先述のように地方選でポストを増やしたものの、「勝利したわけではない」と自ら認める。朱立倫・現主席は2016年の総統選で惨敗しており、2020年にはポピュリスト政治家と呼ばれた同党の総統候補、韓国兪・元高雄市長も敗北を喫している。

そこにダークホースとして浮上したのが、台北のベッドタウン・新北市の市長に再選された侯友宜氏(65歳)だ。日本の警察庁長官に当たる職を経験した警察官僚で、地元では圧倒的な支持を誇る。

総統選が、民進党の頼氏、国民党の侯氏、民衆党の柯氏による三つ巴の争いになった場合について、ある世論調査では侯氏が38.7%でトップとなり、頼氏の29.0%、柯氏の17.8%を引き離すとの結果が出ている。

同調査はまだ人気投票レベルにすぎないものの、すでに有権者の「民進党離れ」の兆候が伺われる。また、国民党の支持も上昇傾向にある。

台湾政権交代の可能性を察知

こうしてみると、習氏が新年のあいさつで台湾民衆に向けて「和平攻勢」に打って出た狙いが読めてくる。

中国は、台湾民意が民進党から離反し始めたのを見逃さず、次期総統選で政権交代のチャンスがあることを意識し始めたのだ。

国民党の馬英九政権(2008〜16年)時代には、中国との緊張が緩和して航空直行便が解禁された。「経済協力枠組み協定(ECFA)」も締結し、馬氏と習氏のトップ会談(2015年)まで行われた

政権交代となれば、米中対立の行方にも大きな影響が及び、中国はアメリカと日本、台湾の軍事的協力関係にくさびを打てる。

日本については、台湾有事を前提とする安全保障関連3文書に基づく岸田政権の軍拡路線にも、世論の疑念や風当たりが強まるかもしれない。

政権交代は東アジア政治の「ゲームチェンジャー」であり、中国にとってはまたとないチャンスなのだ。

バイデン米政権もそのことを承知で、今後も中国の強硬対応を引き出す挑発を繰り返し仕掛け、中国の脅威を煽(あお)って民進党政権の継続を促すだろう。米中間で激しい宣伝戦・サイバー戦が行われる展開も想定される。

習氏が仕掛けた「和平攻勢」はまさにそうした動きの先駆けになった、というのが筆者の見方だ。

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