富士通、マルイ、商船三井……組織の中から社会を変える。「ソーシャル・イントラプレナー」という生き方

チーム一丸になって議論する様子

社会課題をビジネスの力で解決するとともに、収益の確保にも取り組む起業家 ソーシャル・アントレプレナーの数は、近年増えている。一方、社会課題解決の手法は起業のみなのかというと、決してそうではない。今、企業に所属しながら社会課題に取り組む「ソーシャル・イントラプレナー」というあり方が、注目されている

企業はいかにソーシャル・イントラプレナーの存在をサポートしつつ、新規事業を創出すべきか。また事業アイデアを持つ企業内個人は、この仕組みを通してどのように社会を変革できるのだろう。

2022年11月17日、丸井グループが「ソーシャル・イントラプレナー・フォーラム」を開催。先駆者として商船三井の香田和良さん、富士通の本多達也さんが登壇、そして丸井グループの代表取締役社長 青井浩さんと社外取締役 ピーター D. ピーダーセンさんを交え、パネルトークが行われた。

社会課題と事業、情熱の円の重なりを見つけた

商船三井のブルーカーボン事業例

ブルーカーボン事業では、マングローブの森づくりと漁業を組み合わせ、地元の人々の生活向上にも貢献するシルボフィッシャリーにも取り組む。

画像提供/商船三井

商船三井の香田さんは、エネルギー輸送事業の仕事に携わりながら、どこかで「自分に何かが足りない」という思いを感じていたという。そこで、夜間や週末を利用して大学院大学至善館に通い、MBA取得を目指すように。

卒業後、商船三井の社員提案制度を利用して、脱炭素社会への貢献を目指した事業アイデアを提案。マングローブや海草など海の生態系を積極的に再生保全する「ブルーカーボン事業は、採択へと至った。

この事業を着想したきっかけは三つある。一つは、この10年の行動が未来の地球環境を大きく分けると言われていること。二つ目は、2020年に発生した、モーリシャス島沖における同社がチャーターしていた貨物船による油濁事故。これを境に海運・海洋事業を持続しながら、いかに環境に対してトレードオフを超える影響を与えられるのかを考えた。そして三つ目が、香田さん自身の海に対する情熱だ。

「幼少期によく両親と海に出かけるほど、海が好きだったんです。商船三井に入社したのもそのためですが、自社の事業とは別に、この青い海を守るためにもっと自分ができることはないかと考えるようになりました。そして社会課題と自社の事業、自分の情熱の三つの円が重なるところが、私にとってブルーカーボン事業だったのです」(香田さん)

香田さんが事業の提案をした当初、企業側は2050年に残ってしまう可能性がある炭素排出量を相殺するネガティブ・エミッション計画を必要としていた。香田さんの提案は、まさにこれに貢献できるものとして採択されたのだ。ソーシャル・イントラプレナーとなるには企業戦略への落とし込みが不可欠であり、タイミングも重要だということを示す例といえる。

香田さんのチームでは現在、モーリシャスでの自然環境回復活動をきっかけに得た専門家とのネットワークや、海運業を通じて築いてきた地域社会とのつながりをポジティブに生かしながら、インドネシアでのマングローブの保全・植林を30年かけて行う計画を進めている。マングローブの森づくりと漁業を組み合わせ、地元の人々の生活向上にも貢献するシルボフィッシャリー※も導入する計画だ。

※「Silviculture(造林)」と「Fishery(漁業)」を組み合わせた手法で、マングローブの森づくりと水産養殖再生の双方の便益を創出する方法。これにより、サステナブルな森林経営と水産養殖経営を実現することができる。

事業のアイデアを持って、富士通に就職

ontena

Ontennaは、音源の鳴動パターンをリアルタイムに変換することで、音のリズムやパターン、大きさを知覚することができる。

画像提供:富士通

香田さんのように社内で働くうちに起業のアイディアを抱く場合もあれば、元々持っていた事業アイデアを実現するために大企業に就職するというケースもある。事業を形にするだけの資金や人材などのリソースが、大企業にはあるからだ。

現在、富士通に所属する本多さんは、大学時代にろう者と出会ったことをきっかけに、手話サークルに参加したり、NPO法人を立ち上げたりしてきた経歴を持つ。当時から徐々に温めてきたのが、音の大きさを光の強さと振動で示すユーザインタフェース「Ontennaだ。修士課程では、経済産業省と独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が主宰する「未踏プロジェクト」に選ばれ、開発費用も獲得している

とはいえ、すぐには事業化に至らなかった。修士課程修了後、本多さんは電気機器メーカーにデザイナーとして就職。そこでOntennaをプレゼンしたが、「新人なんだから、そんなことより自分の仕事を覚えたほうがいい」と相手にされなかったという。

一方で、Ontennaの社会的な認知は次第に広まり、メディアにも取り上げられるようになる。

「もやもやしていたとき、未踏プロジェクトで知り合った経済産業省の方が富士通の役員を紹介してくれました。そして、その場で『面白いからうちの会社でやってみろ』と声をかけてくれたのです。前の会社を8カ月で辞めて、富士通に入社しました」(本多さん)

Ontennaは、富士通が社会課題の解決に向けて推進するオープンイノベーション活動の一環として製品化され、現在、全国の8割以上のろう学校で使われている。さらに、2021年には富士通とJR東日本、大日本印刷によるプロジェクトチームも発足。駅の音を、AIを使って識別し、リアルタイムで文字や手話、オノマトペを表示する「エキマトペを実現し、その活動を広げている。

新規事業を共に進める“コ・トラベラー”の存在

ソーシャル・イントラプレナー・フォーラムの会場の様子

オンライン、オフライン共に大勢が参加した「ソーシャル・イントラプレナー・フォーラム」。

画像提供:丸井グループ

丸井グループには、イントラプレナー促進の取り組みとして、課題に関心を持つ社員が集まり、解決策を提案していく「公認イニシアティブ」という活動がある。2022年10月にはこうした活動の一環として、ソーシャル・イントラプレナーのグローバルな学習コミュニティであるリーグ・オブ・イントラプレナーズによる書籍『The Intrapreneur's Guide to Pathfinding』を、『ソーシャル・イントラプレナー~会社にいながら未来を変えられる生き方~』(生産性出版)として翻訳出版した。

本多さんのこれまでの経緯を聞いた青井さんは、「新規事業のアイデアを持って大企業に就職したということに、『このパターンもありだったのか』と、驚きを感じましたね。いろんなパターンや手法を探していきたいですよね」と発言。

本多さんは、同書についても触れながら、「“コ・トラベラー”(旅の仲間)という記述がありますよね。1人ではできないから、新規事業を創出し、かたちにする旅の仲間を見つけないといけない。僕の場合、未踏プロジェクトで実績を出していたから、認めてもらえたというのもあると思います」と語った。

ずっとESGなどに関心はあったという香田さんは、大学院で学び直したことで「自然と自分の中に火が灯ってきた感覚がありました。この火を消したくない、と思ったのです」と振り返る。

「大学院は、一度立ち止まって自分のコアな部分を見つめ直す機会になりました。また、意欲的な人がそろっていたので、社内だけでは得られない刺激を得ることもできました。

会社で提案する前に大学院の人からも多くの指摘をもらったので、私にとって大学院の同期が“コ・トラベラー”のような感覚です」(香田さん)

火が消えかかったら、原点に帰る

エキマトペは、ろう学校の子どもたちのアイデアをもとに、発案から3カ月で実装に至った。前述の通り、本プロジェクトは富士通とJR東日本、大日本印刷など多数の大企業を横断したもの。これだけの短期間で実装まで漕ぎ着くのは、「異例」(本多さん)という。

「ろう学校の子どもたちと一緒にプレゼンをしたことで、その場にいた大人たちの間に『なんとかしなきゃ』という意識が生まれたんです。その場のグルーブ感は事業を推進するために、非常に大事」(本多さん)

香田さんはこれに頷き、「私はコ・トラベラーになってもらう人には、話を聞いて自ら燃え上がってくれる“自燃性”の人や、影響されて燃え上がる“他燃性”の人を選ぶようにしています」とコメント。

ソーシャル・イントラプレナーにとってのもう一つの大きな壁は、所属する企業で承認を得ることだ。本多さんは「CSRなどの小規模な取り組みにとどまらず、ビジネスとして推進するまでには部署の移動や経営層への個別のセッションなど、いろんな苦労がありました」と語る。

「迷った時、壁に直面した時には、プロジェクトの原点ともいえる、ろう学校を訪れました。一人でも行きましたし、チームや役員クラスの人などさまざまな人を連れていくことも。そうすることで、頑張ろうと思えました」(本多さん)

ピーダーセンさんは、「ソーシャル・イントラプレナーは、実際には様々な苦労がつきものです。しかし、大企業に属しながら社会課題を解決できるというメリットは大きい。日本の文化にも合っているのではないでしょうか」と、話した。

青井さんは「自分の力で社会を変えるアントレプレナーだけでなく、組織の中から未来を変えるソーシャル・イントラプレナーも同時に増えていくことで、働く人の生きがいややりがいが増し、より良く幸せな社会になる。たくさんの火が広がってこそムーブメントとなるはず」と締めくくった。

ソーシャル・イントラプレナーという生き方を目の当たりにし、参加者の中に確かな火種が宿った、有意義な機会となった。

MASHING UPより転載(2022年12月13日公開


(文・取材:中島理恵)

中島理恵:ライター。神戸大学国際文化学部卒業。イギリス留学中にアフリカの貧困問題についての報道記事に感銘を受け、ライターの道を目指す。出版社勤務を経て独立し、ライフスタイル、ビジネス、環境、国際問題など幅広いジャンルで執筆、編集を手がける。

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