星野リゾートの星野佳路代表。
撮影:伊藤圭
「2019年に戻ろうとするのではなく、2019年とは違う新しい観光の姿に変わっていかなければいけない」
日本有数の総合リゾート・星野リゾート代表の星野佳路氏はこう断言する。
Business Insider Japanでは、星野リゾートが2022年4月に発表したホテル業界で「歯ブラシをなくす」という「脱プラスチック」の提言にも注目してきた。
2023年の観光業のあり方に、脱プラ……。実はこの二つは、星野代表が2023年以降の観光業のあり方として睨む「ステイクホルダー・ツーリズム」という一本の軸でつながっている。
これから先の観光業界のあるべき姿とはなにか、星野代表に聞いた。
「2019年に戻りたい」の幻
2019年の観光はそこまで理想の姿ではなかった、と星野代表は語る。
撮影:伊藤圭
—— 2023年はコロナ禍から再生するために重要な1年になると思います。観光業は復活しますか?
星野佳路氏(以下、星野):確かにコロナ禍で観光業界は大きく痛みました。ただ、そのショックがあまりにも大きかったせいで、みんな「あのときに戻りたい」と、2019年が実態以上に輝いて見えているのではないかと思っています。
ただ、2019年を振り返ってみると、課題だらけで決して理想の観光の姿ではなかった。
ですので「2019年に戻る」のではなく、「新しい観光の姿に変わっていく」必要があるというのが私の感覚です。そこで提案し始めているのが「ステイクホルダー・ツーリズム」という言葉です。
—— どういう意味でしょうか?
星野:2020年以降、コロナの流行によって都市から観光客がいなくなりました。
その結果、アメリカ・ロサンゼルスでは空気が綺麗になって雪山が見えるようになったり、イタリアのベネチアでも水質が改善したり、「観光客がいない都市っていいよね」と世界中の人が気づき始めた。
つまり、観光事業者は2019年の状況に戻したいと考える一方で、地域の人たちは決して元に戻ることを望んでいません。
京都もそうですよね。オーバーツーリズムで「渡月橋」あたりはものすごく混雑していた。「当時の状況に戻りたいのか?」と、みんなが疑問を感じている。
コロナの流行直後、観光客が消え、水質が改善されたベネチアの運河。2020年4月16日撮影。
REUTERS/Manuel Silvestri
—— 観光地がこれまでの観光の違和感に気づき始めた。
星野:これからも世界の観光需要は伸びることが予想されています。ただ、観光客の数を追い求めるのではなく、「地元の方々からも歓迎される観光客を呼ぼう」と。これが、ステイクホルダー・ツーリズムという概念です。
ハワイのハナウマベイという有名なビーチではこの考え方に大きく踏み出して、1日の観光客の上限を1400人に限定して、入場料も倍以上に設定しました。また、1週間に2日間入場禁止の日を設けました。
自然の回復力を維持する方針に転換しました。
「ステイクホルダー・ツーリズム」で観光を変える
—— 観光産業はそれで維持できるのでしょうか?
星野:維持できるかどうかという話ではなく、「水質を綺麗に保つ」という観点に方針を転換したのです。
ニュージーランドのDMO(観光地域づくり法人)では、「一泊の客は断ろう」という話も出ています。
—— 2泊以上を求めることもステイクホルダー・ツーリズムと関連しているのでしょうか?
星野:観光産業のCO2の約半分は、交通インフラから出ています。年間10泊の旅行でも、一泊2食の旅に10回行くのと、2泊ずつ5回行くのでは交通量は単純に半分になります。
また、一泊だけだと、主にお金が入るのはバス会社(交通インフラ)とホテル、旅行エージェントになってしまいます。ですが、連泊すると、1日目と2日目で違う場所でご飯を食べようと地元のレストランに行きお金を落としてくれる。
—— 観光を通じてかかわる人や地域全体がメリットを得られるような形が求められているわけですね。
星野:再び観光需要が増加した際に、地元の人たちが感謝するような観光客を呼べないと、観光産業そのものが支持されなくなってしまいます。
ニュージーランドの場合は、マオリ文化にかかわる施設が多いので、そこへのリスペクトを持っている人を呼びたい、という話にもなっている。今までは、Return from Tourismという思考で、経済的な指標だけを追いかけていました。今後は、コミュニティ(地域)や環境にもリターンが求められる。
ステイクホルダー・ツーリズムの概念。
提供:星野リゾート
—— 旅行者はそこにどう関わっていけばよいのでしょうか?
星野:旅行者もステイクホルダーになってもらう。これは大きなテーマです。
世界では「責任ある旅行者になるための行動」や「良い旅行者になる方法」というような旅行者に対する情報発信が増えています。
地元の人が旅行者に守ってほしいルールや、来てほしい旅行者の属性について情報発信することは、コロナ禍以前はありませんでした。今は環境に理解のある人がステイクホルダーとして観光地にやってくることを期待している。
ステイクホルダー・ツーリズムの概念というのは、これからすごく大事になってくると思っています。
2023年には、そういうことを本気になって推進していかなければならない。社内では「我々はこっちに行くぞ」と既に踏み出しています。
脱プラスチックの取り組みとして「歯ブラシを持参してください」と呼びかけることも同じなのです。
進まなかったホテル業界の脱プラ
撮影:伊藤圭
—— 星野リゾートは2022年4月、ホテル業界に対して「歯ブラシなどの無料アメニティの廃止」について提言を出されています。脱プラの取り組みはどう進みましたか。
星野:2022年4月に施行されたプラ新法ができる前から、私は大量に捨てられている歯ブラシをリサイクルしようと業者と連携し始めていました。
使い終わった歯ブラシを回収し、それを原料に再び歯ブラシを作る。この取り組みがかなり進んでいた。
ただ、法律ができて宿泊客にプラスチックアメニティの利用の有無を「確認」する必要が出てきた。運営上、大きな手間が発生することになってしまった。
結局、ホテル業界では、代替プラスチックの歯ブラシを設置しているケースがよくみられるようになりました※。
※編集部注:ビジネスホテルなどではフロントデスクでアメニティを配布しているケースもよくみられる。
—— 代替素材の利用は「プラスチックの消費量の削減」という意味ではそれなりに効果があるのでは?
星野:ゴミの出る量は変わりません。僕はプラスチック以外の素材なら捨ててもいい、という話ではないと思っています。
そこで私たちは「いっそ歯ブラシの設置自体を止められないか」と、2022年4月に発表した調査を実施しました。
—— 調査では、半数近くが「歯ブラシを持参している」という結果が出ていました。
星野:「アメニティの設置を廃止した施設を選ばない」と回答した人は25%程度で、ブランドイメージが良くなると回答した人も多かった。事前にしっかり伝えれば、歯ブラシの撤廃に踏み切るチャンスがあるのではないかと思っています。
星野リゾートが実施したアメニティ調査の結果。プラスチック資源循環促進法施行前から、歯ブラシ持参で宿泊しているという人が4割を超えていた。
提供:星野リゾート
—— 調査結果を発表した際には、脱プラに対する取り組みを業界内で広げていきたいと話していました。この1年弱で状況はどう変わりましたか?
星野:あまり変わってないのが現状です。この半年、旅行業界はアフターコロナのことに一生懸命で、あまり脱プラの話題は進展しませんでした。
途中から全国旅行支援への対応もあり、忙しくなってしまった。
—— ホテル業界で消費しているプラスチックの量が全体から見て少ないことも、取り組みが加速しない要因では?
星野:ほかの業界のことはあまり関係がないと思っています。そもそも積み上げていくことで社会的に効果が出るものです。それぞれが自分の仕事、自分の業界、自分の事業の中で、社会的要請に応えられることを考えなければなりません。これは、CO2削減の議論も含めた環境問題全般に言えることです。
—— 2023年に改めて業界としてプラスチック削減を進めていくにはどうすれば良いでしょうか?
星野:コンビニ袋の有料化はすごく効果がありましたよね。あれは業界の競争のネタにならなかったことに加えて、0円と1円の差が大きかった。業界全体で統一して効果のあるルール決めができていたのだと思います。
一方、ホテル業界では「プラスチック製品の利用の有無を確認する」というレベルに留まり、必要なら無償で提供できる。しかも代替素材なら自由に設置して良い。
私たち(ホテル業界)の場合は、ゴミの種類が変わるだけだった。
—— ホテル業界全体に影響を与える実効的なルール作りや取り決めが必要だと。
星野:歯ブラシの場合、(私たちの調査では)42%が持参していたことを考えると、業界全体で「歯ブラシ持参キャンペーン」のようなものをやるべきだと僕は思っています。
今、全国旅行支援やワクチン接種証明の確認、平日と休日で異なるクーポン券の確認など、さまざまなキャンペーンをやっています。脱プラの施策も同様に考えてみればれば良いのかもしれません。
歯ブラシを持参した人にメリットがある施策をする。持参率が例えば80%〜90%にまで増えれば、歯ブラシを設置しないという決断をするホテルも現れると思います。
そういうことを官民一体となってやっていけると、劇的に効果が出るのではないかと思います。
実際にやってみると、「今はそういう時代だよね」と歓迎してくれる旅行者の方も多いのではないでしょうか。環境への取り組みは、その分野に興味関心がある方たちのロイヤリティを高めることにもつながります。企業としても、積極的に取り組む価値はあると思います。
観光が生む「循環」が環境を持続可能にする
撮影:伊藤圭
—— リゾート開発は、生態系への影響など脱プラ以外の環境に対する視点も重要になります。こういった側面についてはどう取り組んでいくのでしょうか?
星野:私は元々エコツーリズムを軽井沢で実践していました。エコツーリズムの概念は「活用」と「保全」の両立です。
旅行者にきちんと情報発信をして、ルールを守ってもらうことを徹底してやっていく。その活動が収益を生み、地域の保全に役立てる。
お金の循環を整えることは、観光の重要な役割の一つです。
—— 直近の決算では、星野リゾートのブランド開発に力を入れていくと書かれていました。その中では、いま話された「循環」を生み出していくことがポイントになるのでしょうか。
星野:星野リゾートリート投資法人が気にしているのがESG投資です。環境だけではなくて、地域社会や地域の持続性への観光の貢献ということをすごく評価しているのだと思います。
「環境」とは少し違う側面ですが、日本の地方の人口減をどう止めるのかという部分もポイントの一つです。
管理する人がいなければ、環境を良くすることができない。環境を守る上で、経済規模を保たないといけない。
私たちが沖縄の離島や北海道の占冠村などの人口の維持に貢献できる経済規模をしっかりと確保していくことも、「循環」のすごく大事なポイントだと思っています。