サントリーの事業方針資料と鳥井信宏社長の言葉から、2023年のサントリーが描く事業戦略をひも解きます。
撮影:吉川慧
酒類大手のサントリーは1月12日、東京都内で2023年の国内酒類事業の事業方針説明会を開いた。今年はサントリーがビール事業に参入してから60周年。この節目の年を鳥井信宏社長は「勝負の年」と位置づける。説明会の内容から、サントリーが描く2023年の戦略をひも解く。
2022年の総括:「消費者が外へ飲みに行くようになった」
「(酒類)市場にとって一番大きな出来事は、消費者の皆さまがウズウズして我慢できなくなったといいますか、緊急事態宣言や“まん防”がなくなって、外へ飲みに行くようになったことだと思っております」
鳥井社長は説明会の中で、コロナ禍に突入して3年目となった2022年の酒類業界をこうふり返った。
2022年の酒類市場(前年比)とサントリーの販売実績(前年比)。
出典:サントリー株式会社国内酒類事業方針
サントリーによると、2022年の国内ビール類総市場は前年比102%程度で市場規模が拡大したと推定。2026年にかけて税率が軽減されていくビール類の市場推移は好調だった。
業務用ビール(瓶・樽)市場は前年比137%で、コロナ禍前(2019年)の6割程度まで業務用の需要が復調したとみられる。
サントリーも業務用ビール類の販売実績は904万ケース。前年比148%で市場を上回った。
サントリーのビール事業の販売実績。
出典:サントリー株式会社ビールカンパニー事業方針
ビール事業の中核を担う4ブランドのうち、「ザ・プレミアム・モルツ(プレモル)」ブランドは1309万ケース(前年比119%)、糖質ゼロの「パーフェクトサントリービール(PSB)」は306万ケース(前年比154%)と販売数を伸ばした。
新ジャンル「金麦」ブランドは3399万ケース(前年比98%)だった。酒税法改正の影響もあり、発泡酒や「第3のビール」の市場需要は2023年も減るとサントリーはみている。
ノンアルコールビールテイスト飲料「オールフリー」ブランドの販売数量も前年割れで851万ケース(前年比97%)にとどまった。
一方で健康志向を反映し、「金麦〈糖質75%オフ〉」は前年比101%で推移。機能性表示食品「からだを想うオールフリー」は374万ケース(前年比110%)と伸長した。
2023年、サントリーが描く「価値戦略」とは?
撮影:吉川慧
サントリーグループは2022年7月に組織を改編し、国内5つの酒類会社を統合。持株会社「サントリーホールディングス」の下に「サントリー株式会社」を発足させた。
新会社の社長には、創業家出身でサントリーBWS社長だった鳥井信宏氏が就任。その舵取りを担っている。
組織改編には、コロナ禍など予想できない外部要因や多様化する顧客ニーズへの対応など、よりスピーディーな組織運営が求められていることが背景にあった。
さて、2023年のサントリーはどんな戦略を描いているのだろうか。
出典:サントリー株式会社国内酒類事業方針
方針説明の中で、鳥井社長は「お酒は人々の暮らしを豊かにする生活必需品」と定義。総合酒類メーカーとして「お酒の価値」を伝え続ける「価値戦略」を2023年の事業戦略に掲げた。
鳥井社長が強調したのが「価値」という言葉だ。
出典:サントリー株式会社国内酒類事業方針
そこからは創業以来100年以上にわたって、お酒の価値と文化を届けてきた自負とともに、酒類市場の変化に対応しなけれ生き残れないというサントリーの危機感も伺える。
国税庁によると、2020年度の成人一人あたりの酒類消費数量は全国平均で75リットル(沖縄県を除く)。ピーク時の1992年(101.8リットル)に比べると約26%減った。
近年では人口の減少や少子高齢化といった人口動態の変化に加え、ライフスタイルの変化、嗜好の多様化も進む。いまや、誰もがお酒を飲む時代ではなくなった。
多様化するニーズの変化を掴むことが生き残りの要になるとサントリーは考えているようだ。
出典:国税庁「酒レポート 令和4年3月」
具体的には「徹底的にお客様の立場に立ったマーケティング」(鳥井社長)を推し進めることで、幅広い商品ラインナップを用意。さまざまなシーンや新しいお酒の飲み方を提案し、「お酒の価値」の提供を目指すという。
出典:サントリー株式会社国内酒類事業方針
このうち、特に需要が高まっていると鳥井社長が指摘した顧客ニーズは2つだ。
「自分好み」と「ノンアル」の拡大を見込む
サントリーは今後も、お酒を炭酸で自分好みに割って楽しむ「自分好み」需要の拡大を見込む。
撮影:吉川慧
1つは、ウイスキーやジンなどを自分好みの濃さ、量で炭酸で割った楽しむ「自分好み」だ。
炭酸で割って楽しむお酒といえばハイボールが近年人気だが、2022年にサントリーは炭酸水で割るビール「ビアボール」を発売。ビールカンパニーの西田英一郎社長(兼サントリー常務)は「当初の狙い通りビールのメインボリュームの50〜60代のみならず、20代〜40代のお客様に数多く取っていただいた」と説明する。
2022年11月中旬〜下旬のインテージSCIによる調査では、「ビアボール」購入客の46.2%が20代〜40代だった。
お酒、特にビール離れが進んでいるとされる比較的若い世代に評価されたと手応えを感じているようだ。
今後も自宅の冷蔵庫に炭酸水を常備し、炭酸で好きなお酒を割って楽しむニーズが拡大していくとサントリーは見ている。
また、ジャパニーズクラフトジンの「ROKU」は海外販売が好調で60カ国以上に展開。2022年は海外販売が売り上げの98%を占めた(49万ケース)。原酒の開発技術などグループの強みを活かし、今後もRTDの海外販売の拡大を目指す。
サントリーのノンアル商品。
撮影:吉川慧
需要の高まりを見込むもう一つのニーズが「ノンアル」だ。先に酒類消費量の減少について触れたが、人口動態の変容に加え、コロナ禍では健康志向も高まっている。
酒類市場が中長期的には縮小するとみられる中、ノンアルコール飲料の市場に注力している。お酒をたしなむ人も、そうでない人も一緒に楽しめる文化の想像を目指す。
2022年には3月にはノンアルコールのスパークリング飲料「ノンアルワインで休日」を発売し、期間限定商品も展開した。
2023年は定番商品のリニューアルや商品ラインナップの拡充を強化し、2026年にはノンアル市場の50%シェアを目標に掲げる。
出典:サントリー株式会社国内酒類事業方針
今後、お酒が飲めない人でもお酒の味や雰囲気、料理とのマリアージュなど“お酒の価値”を楽しめるトレンドを創出できるかがキーになりそうだ。
ビール事業60周年、プレモル20周年で「勝負の年」
サントリーの鳥井社長とビールカンパニーの西田社長。
撮影:吉川慧
事業方針のプレゼンの終盤、鳥井社長が「熱いご支援を」と述べたのがビール事業だ。
創業者・鳥井信治郎が1899年にぶどう酒の製造販売をはじめて以来、赤玉ポートワインやウイスキーなどサントリーは日本の洋酒文化を切り拓いてきた。
そんなサントリーにも、過去には失敗の歴史があった。その一つがビール事業だ。戦前に参入するも数年で撤退した苦い経験がある。
そんなビール事業に改めて挑戦したのが、今から60年前の1963年のこと。奇しくも前身の寿屋から社名を「サントリー」に変えたのもこの年だった。
サントリーのビール事業の歴史。
出典:サントリー株式会社国内酒類事業方針
サントリーのビール事業参入から60周年。創業者・信治郎のひ孫にあたる鳥井社長は、失敗を重ねながらもビール事業に挑戦し続けてきたサントリーの歩みをこうふり返る。
サントリーはこれまでも失敗を重ねながら、画一的ではなく、さまざまなビールの楽しみ方を届けたいという思いで挑戦を続けてまいりました。
さまざまな失敗、もっと言うとなかなか本当に成功しなかったというのが、サントリービールの歴史だと思っております。
その後、熱処理をしない生ビール「純生」(1967年)、日本初の発泡酒「ホップス」(1994年)、プレモルの愛称で親しまれている「ザ・プレミアム・モルツ」(2003年)などビール需要の拡大に挑戦してきた。
リニューアルする「ザ・プレミアム・モルツ」。
撮影:吉川慧
2023年はプレモルの発売開始から20周年の節目にもあたる。これを受けてサントリーはプレモルをリニューアル。中味、パッケージ、コミュニケーション、プロモーションを全て一新する。
中味では、日本酒の精米技術にヒントを得た「磨きダイヤモンド麦芽」を一部用いて醸造。華やかな香りと深いコクを創出した。リニューアルしたプレモルは2月28日から全国発売する。
サントリーのビールカンパニー2023年販売計画。
出典:サントリー株式会社ビールカンパニー事業方針
ビールカンパニーの西田社長も、「2023年はビールカテゴリー(プレモル、PSB、ビアボール)にマーケティング投資を徹底集中し、より力強く事業を成長させていきたい」とビール事業への意欲を語る。
2023年の国内ビール類市場は前年比97%程度になると推定される中、サントリーはビール類の販売計画を前年比102%とした。
中核事業の「ザ・プレミアム・モルツ」「パーフェクトサントリービール」を擁するビールの販売計画は、前年比121%と強気の数字を掲げる。
鳥井社長は事業方針発表の最後にこう語った。
「本年はビール事業に再挑戦をしてから60年目という節目の年でございます。この節目の年を勝負の年と捉えて、より多くのファンの皆様を増やすべく、全社一丸で挑戦をしてまいります」