株価急落と業績低迷を受け、アップルのティム・クックCEOは2023年の報酬を半分に減らすことを決めた。
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年明け早々、アップルショックが世界の株式市場に不安を与えた。ニューヨーク証券取引所で2023年最初の取引となる1月3日、同社の株価は4%超下落し、時価総額が2021年3月以降初めて2兆ドル(約254兆円、1ドル=127円換算)を割った。2月3日(日本時間)に発表される2022年10-12月期の業績は悪化が避けられず、同社は1月12日にティム・クック最高経営責任者(CEO)の2023年の報酬総額を半減すると明らかにした。
業績悪化の背景にはゼロコロナ政策による中国のサプライチェーンの混乱があり、アップルは生産拠点の分散を急いでいるが、そう簡単ではない。
ハイエンドで一人勝ちが急転
クック氏の2023年の報酬総額は4900万ドル(約62億円)と、2022年(9942万ドル〔126億円〕)の半分以下に引き下げられた。アップルによると報酬の大半を占める株式報酬の金額を、同年の7500万ドル(約95億円)から4000万ドル(約50億円)に減額し、アップルの業績に連動する比率を50%から75%に高める。クック氏の報酬については投資家から「高すぎる」との指摘が相次いでいた。
同氏の報酬は2020年が1746万ドル(約22億円)、2021年が9873万ドル(約125億円)だった。2023年に半減したとはいえ、2020年と比較すると3倍の水準にあり、アップルがコロナ禍以降、業績と株価を急伸させてきたことが分かる。そして2022~2023年は世界的なインフレと物価高を抑制するための利上げで景気後退感が高まってはいたものの、アップルの業績は引き続き堅調なはずだった。
アップルの主力商品であるiPhoneは、ライバルである中国企業のファーウェイ(華為技術)が米国の規制でスマートフォンの大規模生産ができなくなったことで、2020年後半から中国でシェアを高めている。韓国メーカーのサムスンはその数年前から中国でのシェアは1%に満たないほど低迷し、中国勢のシャオミ、OPPO、vivoはハイエンドの延伸に苦戦し、ファーウェイの転落で空いた空白をアップルが独占する形になった。
2022年4-6月は中国市場で他のメーカーが軒並み不振に陥る中、アップルは堅調を維持した。
Counterpoint
1年前にアップルが発表した2021年10-12月決算では、売上高、純利益が四半期ベースで共に過去最高を記録した。地域別の売上高は米州が前年同期比11%増の514億9600万ドル(約6兆5200億円)、欧州が同9%増の297億4900万ドル(約3兆7800億円)、日本が同14%減の71億700万ドル(約9000億円)だったのに対し、中国圏(香港、台湾、マカオ含む)は同21%伸長し257億8300万ドル(約3兆2700億円)だった。
2022年に入ると中国ではオミクロン株の感染が流行し、上海が3カ月にわたってロックダウンした。経済への影響は甚大で、市場調査会社のCounterpointによると同年4-6月の中国のスマホ販売台数は同14.2%減となり、2012年10-12月期の水準に落ち込んだ。
ただ、中国の主要メーカーの大半が出荷台数を大幅に減らす中でも、iPhone 13が好調だったアップルの販売は鈍らなかった。新iPhoneを発表する9月からクリスマス商戦の12月がアップルにとって最大の稼ぎ時であり、中国市場でのシェアはさらに高まると見られている。
鄭州工場の混乱でiPhone 14出荷2割減
目算が狂ったのは、2022年秋の中国での感染再流行だ。世界のiPhoneの半分を生産する鴻海精密工業(ホンハイ)の鄭州工場で感染者が出たことをきっかけに、工場のマネジメントが大混乱。従業員が大量離職し、10月から11月にかけて10万人の欠員が出た。鴻海は当初、11月下旬の生産正常化を目指すとしていたが、2022年末時点の稼働率は70%以下にとどまった。
iPhone 14の需要のピークと重なった影響は大きく、市場調査会社のTrendForceは、2022年のiPhone 14の出荷台数を7810万台に下方修正した。前年比では22%の減少となる。同社のほか、複数のアナリストが2023年1〜3月の出荷台数も当初予想を引き下げている。
生産国とサプライヤーの分散加速
アップルの生産の中国依存はかねてからリスクとみなされており、米中関係が悪化する中で、同社はサプライヤーに生産移転を要求してきた。
鴻海はインド工場とブラジル工場で小規模ながらiPhoneを生産している。従来は発売から半年~1年経った旧型機種を生産していたが、インド工場では2022年、最新機種のiPhone 14の組み立てに着手した。
ゼロコロナ政策による鄭州工場の混乱は、中国一極集中のリスクを改めて浮き彫りにした。中国メディアの報道によると、今回の騒動で鴻海はインドへの生産移転の加速を決断し、今後2年でインド工場の従業員を現在の4倍である7万人に増やす計画を立てた。
鄭州工場の混乱を受け、鴻海はインドへの生産移転を急いでいる。
Reuters
アップルは長期的に生産国の分散を図りながら、短期的にはサプライヤーの多様化に動くと見られ、iPhone 15 Pro Maxの組み立て委託先に中国EMSの立訊精密工業(ラックスシェア)を加えると報じられた。
ラックスシェアはワイヤレスイヤホンなどアップルからの受注を年々拡大しており、鴻海の鄭州工場での生産減少を補うため、江蘇省昆山工場でiPhone 14 Pro Maxを少量生産するようになった。ラックスシェアはアップルの「脱中国」の要請に応じ、ベトナムでの生産を拡大している。
ただ、世界の多くのメーカーが「脱チャイナ」を掲げながらもなかなか進められないのは、相応の事情がある。
アップルは最終的にインドでのiPhoneの生産を全体の4割前後まで高めたいと考えているようだが、幅広い産業でグローバル企業との協業の歴史が長く、分厚いサプライチェーンが構築された中国からの移転は容易ではない。インドは2023年中に中国を抜いて人口で世界一になる可能性もあるが、中国よりも規制が複雑で人材の質にもばらつきがある。クックCEOも2017年に、「中国の製造業は熟練した技能労働者、複雑な機器、コンピューター技術が集積しており、このような国は世界でも他にほとんどない」と述べている。
iPhone 15シリーズの受注を獲得する見込みのラックスシェアも、同機種をベトナムで生産する可能性は否定している。最新鋭のiPhoneについては、当面は中国に依存せざるを得ない現実があり、アップルの業績回復は中国の動向に左右される状況が続く。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。