アマゾンのシアトル本社にあるアマゾンスフィア。
LINDSEY WASSON/Reuters
人員削減の実施を発表したアマゾン(Amazon)は、迅速に規模を拡大するために、よく知られた「バーレイザー(bar raiser:採用基準を引き上げる人)」による面接を一部の採用プロセスで廃止し、採用基準を事実上引き下げていたことが、Insiderの取材で明らかになった。
バーレイザーはアマゾンの厳格な採用プロセスにおいて初期から導入されているユニークな制度だ。フルタイムの業務を行う傍らで他部署の入社希望者の面接を行うバーレイザーは、あらゆる採用決定を拒否する権限を持つ。彼らが目指すのは、面接における「客観的なアドバイザー」として、応募者の企業文化への適合性を評価することだ。
しかし、Insiderが入手した社内メッセージによると、アマゾンは2022年1月、新卒者を対象としたエントリーレベルのソフトウェアエンジニアの採用面接からバーレイザーを排除するようになった。
非エンジニア系のエントリーレベルの職位の一部に関しても、近年は採用面接にバーレイザーが参加しなくなっていると、この動きに詳しい関係者3人(メディアに話す権限を与えられていないことから匿名を希望している)は口を揃える。ただし、バーレイザーは今でもエントリーレベルの採用決定に助言を与えたり、よりレベルの高い職位の面接に参加したりしているという。
この変更理由の一つには、アマゾンが急速に拡大していることが挙げられる。2019年末と比較すると人員はほぼ倍増し、154万人を超えている。通常は社員のトップパフォーマーの中から選ばれ、厳しい研修プロセスを経なければならないバーレイザーはアマゾンの全社員と同じペースでは増えていないため、採用面接における役割を果たすことが負担になっていると、関係者の一人は言う。
アマゾンでは、主にエントリーレベルの一部の採用面接でバーレイザーを廃止して採用プロセスを短縮したことで、より積極的に採用ができるようになった。その結果、これらの職位の人材の質が落ちたと、最近の採用プロセスに関わった3人の社員は話している。
アマゾンのアンディ・ジャシー(Andy Jassy)CEOは先日、同社史上最大規模となる1万8000人の人員削減を発表した際に、採用の問題に言及した。
ジャシーは社員向けのメッセージの中でこう述べている。
「今年の評価はより難しいものとなった。経済が不透明なことに加え、過去数年間に急速に採用を進めたためだ」
アマゾンの広報担当者はInsiderの取材にメールで回答し、人員削減がバーレイザー制度に関係しているという説を否定したが、特定の職位についてバーレイザーによる面接を廃止したかどうかは明らかにしなかった。広報担当者によると、バーレイザー制度は今でも採用プロセスの「大部分」で使用されているという。
旺盛な採用によってバーレイザーに強いプレッシャー
通常は社内のトップパフォーマーの中から選ばれるバーレイザーは名誉の印とされるが、ボランティアの職位であるため、追加の手当はない。この制度に詳しい関係者がInsiderに語ったところでは、バーレイザーに指名されているのはアマゾンの全社員のうち約1%に過ぎないという。
しかし、アマゾンはここ数年で大規模な採用を続けたため、バーレイザーはより多くの採用面接を行わなければならないという強いプレッシャーに晒された。彼らはセールスやエンジニアリングなどさまざまな職種で通常の業務も行っているため、この役割を務めることの負担は増すばかりで、バーレイザーが不足するようにもなったという。
アマゾンはこの問題に対処するため、近年になってバーレイザーになるための要件を緩和したと関係者の1人は話す。それでも、バーレイザーの人数は全社員と同じペースでは増えなかった。バーレイザーであり続けるための要件は特にないため、活動を控えたり、休止したりする人も多くなった。
Insiderが入手した社内メールによると、このことは少なくとも3年前から議論を呼ぶ問題になっている。例えば、2021年1月には複数のバーレイザーが、社員全体に対して自分たちの人数が少なすぎる上に、やる気に欠けた人が多いと不満を漏らしている。
アマゾンのアンディ・ジャシーCEO。
Dan DeLong/GeekWire
バーレイザーの1人が引用した当時の社内データによると、週に2回の面接に参加するという目標を達成していたバーレイザーは6%に過ぎず、残りの94%は週平均1回以下しか面接を行っていなかった。当時、アマゾンの全人員120万人(倉庫作業者を含む)のうちバーレイザーは5001人だった。関係者の1人によると、この比率は2022年まで概ね一定だった。
前出のメールのやりとりの中で、ある人物は「そのとおり。アマゾン社員の中のBR(バーレイザー)の割合を高める必要がある」と書いている。
疲れていてやる気もない
バーレイザーが疲れ切っていたり、やる気がなかったりするせいでアマゾンの人材の質が落ちている可能性について懸念を表明する声もあった。2021年のメールの中で、ある人物は、バーレイザーが会社の基準に応えられなければ「アマゾンの採用基準が危うくなる」と言っていた。
その人物はこう書いている。
「今後6カ月間でBRが2倍か3倍に増えるかもしれないが、その質も傑出している必要がある。各人が採用業務に注げる情熱、時間、努力を考えると、その実現は疑わしい」
バーレイザーが活発でないのはアマゾンが彼らの仕事を十分に認めていないせいだと言う人もいた。バーレイザーは「ボランティア」とされており、パフォーマンス評価において「仕事」と見なされていないと、彼らは主張する。
ある人はこう書いている。
「バーレイザーは、本来の業務を行いつつ、時間を作ってバーレイザーの役割を果たすという二重生活を送っている。バーレイザーとしての貢献は、アマゾンという企業に対する全体的な貢献の一部であるべきだ。2つの領域の間に境界線があるべきではない」
パンデミック中のテック業界の好況により、テック企業の多くは積極的に採用を行った。その結果、当然ながら優秀な社員を採用することが難しくなった。アメリカの民間企業で2番目に多い社員を抱えるアマゾンにとっては、採用基準を高めることは難しくなるばかりだったのだ。
実際、Insiderが入手した2019年のアマゾンの全社会議の記録によると、ある社員がこの問題について質問している。会社の規模が大きくなり過ぎた場合、アマゾンは同じ職位の社員の50%よりも優秀な人材を採用するという基準を改める必要があるかという質問だ。アマゾンの人事責任者であるべス・ギャレッティ(Beth Galetti )は、同社の採用基準は「上がり続けている」ため、「我々全員が日々成長し、進化し続けている」と述べている。
たとえ一部の職位に関してであれ、バーレイザーが参加する面接が廃止されたという事実が示唆するより重要なことは、アマゾンがその成功の礎となった価値基準からますます離れつつあるということかもしれない。
それを「Day2」の到来と表現する社員もいる。これは、アマゾンは常にフレッシュでリスクを恐れない「Day1」のマインドセットを持つべきだというジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)のモットーを踏まえたものだ。
Insiderが取材した関係者の1人は「アマゾンのレベルは全体的に下がっている」と証言している。