Lu ShaoJi/Getty Images
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
上司と部下とのコミュニケーションに「1on1」を取り入れる企業が増えてきました。「でも30分間でどんなことを話せばいいのか?」との疑問に、入山先生は「いかに話さないか」が1on1の最大のポイントだと回答。禅問答のような回答、その理由とは?
【音声版の試聴はこちら】(再生時間:9分45秒)※クリックすると音声が流れます
30分間、部下と何を話せばいいのか?
こんにちは、入山章栄です。
この連載の第132回で「部下が動いてくれない」と悩んでいたBusiness Insider Japan編集部の野田翔さんですが、また別の悩みが出てきたようです。
BIJ編集部・野田
最近、上司と部下の一対一のミーティング、いわゆる1on1が注目を集めています。これがうまくできれば、部下とのコミュニケーションが活発になって、齟齬や温度差がなくなり、仕事に打ち込んでもらえると言われていますよね。
実は僕も去年の12月から、何人かの部下と1on1を行うことになりました。しかし正直いって、「30分間、何を話せばいいのか分からない」という気持ちもあります。果たして1on1がうまい上司とそうでない上司の違いはどこにあるのでしょう。
なるほど。僕が1on1で重要だと思っているポイントはとてもシンプルです。
「30分間、何を話せばいいのか分からない」ということですが、上司は1on1で何を話せばいいか、悩む必要は1ミリもありません。最大のポイントは「いかに話さないか」ですよ。
BIJ編集部・野田
そうなんですか! これは大きなポイントですね。
これは1on1に限らず、会議などでも同じです。この連載でも何度かファシリテーションについて話しましたが(第13回、第83回を参照)、僕が一貫して強調してきたのは、「できるだけ自分がしゃべらないようにする」ということです。
要するに話を引き出したい相手がいる場合、一番やってはいけないのは、自分がしゃべることなんですよ。
そもそも1on1は時間が限られています。多くの1on1は1回30分程度だと思いますが、これはけっこう短い。なぜなら人間というのは、いったん話しだすと勢いづいて、予想以上にしゃべってしまうものだからです。こうなると上司が30分のうち25分くらい、1人で話すことになりかねません。
これは欧州の巨大IT企業にいた方から聞いた話です。以前、この会社も1on1が大事だと思って導入したそうです。この会社ががすごいのは、ただ導入するだけでは意味がないから、1on1の様子をすべて録音し、それをテキスト化して解析したんだそうです。
すると、ほとんど上司がしゃべっていたらしい(笑)。欧州のトップ企業でもこうなのです。日本企業でも、ほとんどが上司の独演会になっていることでしょう。
もっとも上司がしゃべりすぎてしまうのは、責任感ゆえでもあります。「上司として部下に何かアドバイスしなきゃ」と思うから、自分の体験談や持論を話してしまう。しかしその気持ちが強すぎると、せっかく部下が「実は最近、こういうことで悩んでいて」と話し始めたところなのに、「分かるよ、俺も昔そうだった」と、自分の話に持っていってしまうのです。上司はそのままいい気分になってしゃべり続けるので、部下は口をはさめなくなってしまう。
つまり、上司は「1on1で何を話そう?」と悩む必要は一切ない。できるだけ黙って、相手の話を聞くことに徹すればいいんです。
BIJ編集部・野田
何か質問したら、あとは黙って聞いていればいいわけですね。
そう。1on1での上司の仕事の一つはコーチングですよね。多くの人が誤解していますが、コーチングとはコーチをすることではありません。まさにいま野田さんが言ってくれたように、相手に質問だけして、自分で考えることを促すのがコーチングです。
だから野田さんは、ひとつ質問したら、あとは「なるほど」と相槌を打ちながら、基本的には黙っていればいい。気まずい沈黙が訪れてもかまいません。それにじっと耐えていれば、必ず部下のほうから沈黙を破って何か言ってきます。
「最近どう?」これだけでOK
BIJ編集部・常盤
では最初の質問は、何を聞けばいいですか?
それはもう単純で、「最近どう?」とだけ聞けばいいんですよ。あとは黙っていればいい。ただし、相手の話をしっかり聞く必要があります。相手の目を見てうなずきながら、興味をもって聞くこと。
これからの時代、リーダーの仕事は「聞くこと」です。ちなみに僕が担当している日本経済新聞の書評で、2021年のベスト本に選んだのが、篠田真貴子さんが監訳している『Listen』。傾聴の重要性を説いたとてもいい本なので、ぜひ読んでみてください。
というわけで、どうしても上司は部下にいいところを見せようと、気の利いたアドバイスをしたくなるものですが、そういう欲はもう捨てましょう。
「最近どう?」と聞いて、「実は取引先とうまくいっていなくて」と返ってきたら、「そうなんだ、取引先とうまくいってないんだね」と繰り返すだけでいい。
僕は最近、ある若い人から「入山先生って“コミュニケーションお化け”ですよね。なんでそんなに相手の本音を引き出すのがうまいんですか?」と言われたことがあります。
自分ではそんなつもりはありませんが、もし僕が他の人よりも若干コミュニケーションがうまいとすれば、逆説的ですが、「コミュニケーションをするつもりがないから」かもしれません。
僕は自分が取材を受けるときはしゃべりますが、実は、対談の場ではかなり黙っていることも多いんです。相手の目を見てうんうんとうなずいていると、相手は自分が受け入れてもらっていると思うから、うれしくなってどんどんしゃべる。そうすると本音が出てきて、普段、公の場では言わないようなことも言ってくれる。なので僕は、主催者から特に指示がない限り、基本はずっと聞いています。
BIJ編集部・野田
じゃあ、対談の様子を文字に起こすと、対談相手ばかりしゃべっていることになりますね。
そうですね(笑)。あまりにも発言量が一方に偏ると、対談として成立しませんから。でも僕の発言は、記事化する前に後から加えることもできるじゃないですか。やはりその場では相手の話を引き出すことが第一ですね。
相手の悩みにはオウム返しで相槌を打つ
もう1冊、本を紹介しましょう。『子育てハッピーアドバイス』(明橋大二著)という本をご存じでしょうか。僕はマニュアル本はあまり好きではありませんが、唯一、日本中におすすめしているのがこの本です。この本によれば、子育てで一番大事なのは自己肯定感を育むこと。
ではどうすれば自己肯定感を育てることができるかというと、子どもを肯定する親の声掛けです。具体的にどういうふうにするかというと……野田さん、さらっとでいいですから、今の悩みをちょっと言ってみてください。
BIJ編集部・野田
えーと、今までリモートワークだったのが、最近出社が増えてきて、通勤のとき寒いです。
こう言われたら、こちらも、「ああ、確かに! 最近、寒いですよね〜」と返すだけ。つまり相手が言ったことを繰り返すだけでいい。子どもに対しても同じです。相手が言うことを繰り返すだけで、相手は認められたと思うので、これで子どもの自己肯定感が育ちます。
これは相手が大人であっても同じ。オウム返しをしただけなのに、「自分に共感してもらえた」「自分のことを認めてくれている」と思って、どんどんしゃべってくれるようになる。
BIJ編集部・常盤
確かにそれは子育てだけでなく、部下の育成にも通じるものがありそうですね。でも、もし部下がいま困っていることの解決策を知りたいと思った場合は、どうすればいいですか?
僕の個人的な経験によると、8~9割は相手が勝手に解決策を考えつきます。つまり、普段は言語化できていないけれど、答えはすでに相手の中にあるんです。それが1on1でしゃべっている間にだんだん整理されてきて、「もしかしたら、こうすればいいんでしょうか」と話し始めるというわけです。
もしどうしても何も出てこないようだったら、「じゃあ、どうすればいいと思う?」と聞けばいいだけ。アドバイスをする必要はありません。
BIJ編集部・野田
ありがとうございます。なんだか、自分にもやれそうな気がしてきました。先ほど挙げていただいた2冊もチェックしつつ、「最近どう?」「なるほど」「オウム返し」の3本柱でやっていこうと思います。
【音声フルバージョンの試聴はこちら】(再生時間:21分26秒)※クリックすると音声が流れます
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。