ソニー・ホンダモビリティーの新型EVプロトタイプ「アフィーラ」。CES2023会場にて撮影。
撮影:Business Insider Japan
1月初旬、3年ぶりに本格開催されたCES2023を取材して、やはりCESは一見混沌として見えるテクノロジー業界の勢力図を見通すことができるイベントだということを再確認しました。
2023年以降のテクノロジー業界の潮流は、大きく7つのキーワードで語れるだろうと思います。
全2回構成で、「2023年テクノロジー業界7つのキーワード」として考察します。
「CES」とは何か。なぜ業界で重要とされるのか
CESのウェストホール会場前にて。部屋の突き当たり見えないほど大きい4つの展示会場がある巨大なテクノロジー展示会として知られる。
撮影:Business Insider Japan
CESがなぜ、テクノロジー業界で重要なイベントとされるのか。それは規模にあります。
出展社は全世界から3200社。ブースの面積は2022年から70パーセント増えました。全世界140カ国以上から参加登録があり、Fortune500企業中323社、つまりFortune500の60パーセントの企業が出展しているイベントです。
CESの4つある主要会場の中で、それぞれの面積がどれくらいなのかは、実は大きなポイントです。
要は、この面積が大きいものほど、「アメリカにおけるテック業界の中で、次に力を入れて伸びるのか」「資本投下されるのか」というのがざっくりと概観できるからです。
まず、2022年のCESから新設されたウェストホールが注目です。自動車から、船の自動運転から、建設機械、巨大な農業トラクターの自動運転まで。ここで約300社の出展がありました。
巨大なウェストホールの中にはもう入りきらなくて、隣接するノースホールの約4分の1をモビリティ関係で+αで使った、という構図です。
ウェストホールに隣接するノースホール。ジャンル別展示になっているが、ウェストホールのほぼ全部が自動車関連だったにもかかわらず、ノースホールにもビークルテックエリアがある。
出典:CES公式マップをもとに編集部が加工
メルセデス・ベンツ、多国籍ブランド連合ステランティスなど大手自動車メーカー、JohnDeereなどの巨大農機具メーカー、QualcommやMobileyeのようなAI技術を持つ半導体企業も。キーはすべて自動車系であることだ。
出典:CES公式マップ
一方で、デジタルヘルスも3分の1ぐらいの規模でノースホールを使っていて、こちらも非常に注目度が高い。これはもう、「実装段階として、デジタルヘルス関連のアプリケーションの事例が非常に増えてきている」と見るべき事態です。
それに対して、比較的新興のジャンルを扱う別会場「ベネチアン」はどうか。
ベネチアンに関しては、スポーツテック、ライフスタイル、フードテックなどがあります。その中で、何気にすごかったのがスマートホームです。CES全体の出展者データによると、スマートホーム関連の出展は540社、スポーツテックも130社あります。
ベンチアンの展示マップ。これは2階。1階には、スタートアップ展示が集まる名物エリア「エウレカパーク」がある。
出典:CES公式マップをもとに編集部が加工
これは、テクノロジーというものが、非常に身近な変化を加速しているという傾向の一つだと捉えています。
ここまでがマクロの話です。
1. コンセプトはもう終わり。2023年は「実装に入る」年
それでは2023年で、具体的に何が変化したかというと、読み取るべきトレンドの一つは「コンセプト段階から実装段階に入った」ということ。そして、世界の潮流としては、「エンタープライズ領域がこれからもどんどんどんどん投資されていく」ということです。
一般論としてモバイルの変革は、まずユーザー側から始まります。
最初にエンターテイメントに来て、その後に実利に向かい、B2Cに向かい、そして、最後にB2Bに来るんです。
そういう意味では、モバイルの変革、IoTの変革っていうのが成熟期に入った。2023年は景気的には、ほぼ間違いなくリセッションに向かうとはいえ、これからいよいよ5G化に伴って、全てのネットがつながっていく。
一方で、2022年はAI分野のさまざまな成果が目に見える形になってきましたよね。ChatGPTしかり、Stable Diffusionしかり。開発者レベルでは次の進化系に移っていますが、一般の人にもAIが日常生活で見える時期になってきたんです。
この先、おそらくAIによる自動化が本格的に進み、全てがつながって、全てが掛け算になっていくタイミングに入っていくと見るべきです。
2. 世界は「バリューチェーン」から「バリューネットワーク」に変わり始めた
LuckyStep/Shutterstock
コンセプトから実装に入ったタイミングで何が起こるか。
実は、「本当のイノベーション」を作り出せるのは、一部の革命リーダーだけだという現実があります。
ただ、悲観する必要はありません。
イノベーションが実装段階に入ると、多くの企業がイノベーションを手軽に使って、自分のビジネスに適用できるタイミングに入ってくる。
例えば、テスラからその他の企業へ広がる構図は、そのわかりやすい一例です。6年前、世界でEVメーカーとして知られる企業と言えば、極端に言えばテスラ一択だったわけです。
そのテスラですら、2010年代半ばまでは、ここまで成功すると信じている人の方が少なかった。
それが今年は、EV関連だけで300社近い展示があった。一体何が変わったのか?
この背景には、「バリューチェーンから、バリューネットワークへ変わる」という世界の潮流があります。
今回、ソニーがホンダと組むことによってEVを作ろうとしているわけですが、これがなぜできたのかって話なんです。
下の図は僕が考えるDXの全体像を作る7つのフレームワークなんですけども。
尾原氏が考えるDXの7つのフレームワーク。右上の囲みの中の2つを含めて7つの領域がある。
作:尾原和啓
多くの人は、産業変革として「DXを全部自分で作らなきゃいけない」と思ってるかもしれません。でも、DXって他の人が作ってくれる領域もいっぱいある。
その視点で言うと、明らかにモビリティはテスラが産業変革としてのイノベーションをやりました。そして配車大手のGrabがライドシェアとしてのDXをやっている。ですから、もう新しく自分でゼロから作る必要はないわけです。
従来の自動車産業は、精緻なモノづくりの集合体でした。
車の中で爆発しながら動き続けるエンジンのようなものとか、大小さまざまなパーツを作る金型まで、ものすごい規模の産業です。
製造にあたっては、「鎖(チェーン)」のように上流から下流までガチガチに固めて作らないと、良いモノが届けられなかった。だから、「バリューチェーン」だったわけです。
それがEVになると、極端に言えばモーターだって、特定の1社にしか作れないってことはない。車両のベースになるシャーシだって、3Dシミュレーションで作れる時代が来ます。
金型だって3Dプリンティングで作れるようになってきます……となってくると、EVの時代にはチェーンのように一体となって「系列化」する必要性がなくなるわけですよ。
むしろこれからのEVでは、自動運転自体の新しいOSだったりとか、自動運転を実現するためのセンサーだったりが大事だし、本当に自動運転がうまくいけば、移動時間の車中の過ごし方が変わって、「どんな車中体験を提供できるか」の方が大事になるわけですね。
3. まだソニー・ホンダのEVを「売れる・売れない」で論じるの?
CESでソニーが開いたカンファレンスでは、アフィーラを前に半導体大手クアルコムのCEOが登壇した。
撮影:Business Insider Japan
全てがネット化デジタル化していく時というのは、むしろ自分の得意な領域に特化して、他業界と組んで、 イノベーションを実現していく、っていう「ネットワーク性」が大事な時代です。
この観点で考えてみると、ソニーとホンダの提携は、ものすごく妥当な話なんです。
作:尾原和啓
結局、ソニーは、上の図の中の赤線で囲んだ「車中体験」というエンターテイメント、そして、自動運転の安全性・実用性に関わる「センサー」で技術やノウハウを持っている。
さらにもう一つ大事なことが、 これからの家電は全てネットにつながるということ。全てスマホのようにアップデートし続けなきゃいけないわけです。
実際もうテスラは、車両を購入した後に「自動運転オプションを●●万円で買いますか」とか「加速をもっとあげられますが買いますか」ってことをやっています。
サブスクのように、家電をメーカーが後出しで課金できる時代になってくると、ネットワークアップデートっていうのが、実はものすごい大事な切り札になってくる。この分野で一番、経験値を持っているのはスマホメーカーなんですね。
まとめると、ソニーはEV時代に必要な、「オンラインアップデート」と「車中体験」と「センサーによるセーフティ」、この重要な三つの機能を提供できる。
当然ながら「それ以外」はホンダが提供できる。
コンセプトが確定した時代には、こんな風に「バリューネットワークのどの一角を取るのか」が、1番大事な時代になってきます。
もう少し踏み込んだ話をしてみます。
半導体大手のNVIDIAは、さまざまなEV関連のサーバーやテクノロジーのソリューションに手を広げる中で、SaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)化していくEVのエコシステムというものを、今回発表しています。
作:尾原和啓
ここまできたら、乱暴に言えば「当社はエコシステムのこの部分を、担当させてください」と手を上げるだけです。EVという市場拡大が確定された世界に、多様な業界から参入することができる。
ソニー・ホンダのEVが果たして成功するのかどうか。色々な意見を言う人がいます。僕も、ソニーのEVは売れないかもしれない、と思う部分もあります。
ただ、ソニーからしてみれば、それでも構わないんじゃないか。
だって、自動運転時代の車載センサーのベストプラクティスを、あのホンダと作っていくことで、並みの自動車メーカー以上のノウハウを得られる。
そして、EV市場全体の中で、センサーメーカーとしてのポジションを築ければ「勝ち」なんですから。