日本のエーザイとアルツハイマー治療薬を共同開発する米バイオジェンの元最高経営責任者(CEO)で、現在はヴィア・バイオテクノロジーの経営トップ、ジョージ・スカンゴス氏。
Vir Biotechnology
米バイオジェン(Biogen)のジョージ・スカンゴス元最高経営責任者(CEO)はInsiderに対し、2021年6月に(深刻な疾患の実用化を急ぐための)迅速承認を受けて物議を醸した同社のアルツハイマー病治療薬「アデュヘルム(一般名アデュカヌマブ)」の価格設定を「高すぎる」と語った。
2010〜16年にバイオジェンの舵取りを担ったスカンゴス氏は、アデュヘルムの有効性を確信していると前置きした上で、臨床試験結果および承認決定(あるいはそのプロセス)に対して向けられた批判は「科学的とは到底言えないものだった」と振り返った。
ただし、バイオジェンが当時設定した5万6000ドルという価格は「高すぎた」という。
現在はバイオ製薬ベンチャー、ヴィア・バイオテクノロジー(Vir Biotechnology)のCEOを務めるスカンゴス氏は、JPモルガン主催のカンファレンス期間中にInsiderのインタビュー取材に応じ、次のように語った。
「バイオジェンの当初の価格設定はいわば自滅、自殺行為でした。あまりに高い価格を付けたことで、諮問委員会の周辺から出ていた非難の声が強まっただけでした」
米食品医薬品局(FDA)は2021年6月、バイオジェンと日本のエーザイが共同開発したアデュヘルムを迅速承認した。その前年の11月、外部の専門家で構成される諮問委員会が承認に反対する意見を可決していたが、FDAはその勧告を受け入れなかった。
この承認と販売に至る経緯については、米下院(監視・改革委員会およびエネルギー・商業委員会)が1年半にわたって調査し、2022年12月に報告書を公表している。
同報告書は、FDAとバイオジェン/エーザイの協力関係に問題があったことを指摘(後述)。承認プロセスは「きわめて不規則な形で行われた」とするとともに、バイオジェンが「不当に高い価格を設定した」と結論した。
当時バイオジェンの経営トップとして、アデュヘルムを後期臨床試験への移行に導いたスカンゴス氏は、もし当初もっと安価な価格を設定していたなら、「あなたと私はここで(インタビュー現場を指す)こんな話をすることもなかったでしょう」と語った。
「仮に当初の価格設定が1万ドルだったら、こんな議論は起こらなかったのです。誰もが喜んでアデュヘルムを使っていたでしょうから」
「5万6000ドル」の目的は「利益の最大化」
先述の米下院による調査報告書を通じて、私たちは製薬会社の価格決定の裏側を垣間見る形になったが、これは非常に珍しいことだ。
製薬会社がしばしば謳(うた)う「患者にとっての価値に基づいて」医薬品の価格を設定しているというのはあくまで建前で、米医療専門ニュースサイト「スタット(Stat)」が報じたバイオジェンの社内向けプレゼン資料によれば、結局のところ、その根本にあるのは利益の最大化だ(2022年12月29日付)。
同資料によると、バイオジェンは独自に実施した市場調査により、価格設定のレンジによって実現される利益が変化する事実を把握した。
それは、2万ドル以下なら患者の(医薬品への)アクセスが、3万ドル以下なら医薬品の価値がそれぞれ最大化され、4万ドル以下なら民間保険会社や医師たちの反発を抑えることができる、というものだ。
しかし、そうした市場調査に基づくインサイトを得たにもかかわらず、バイオジェンはアデュヘルムの価格を5万6000ドルに設定した。上述のような患者の便宜や医療関係者の理解を置き去りにし、自社の収益最大化を優先することで、「史上最高の新薬ローンチ(上市)」を実現する道を選んだわけだ。
ところが、ローンチからわずか半年後の2021年12月20日、バイオジェンは同薬を当初の半額となる2万8200ドルに値下げする判断を下す。
前節で触れた諮問委員会の報告書が公表されたのは、そのほぼ10日後だった。
ブルームバーグなどの報道によれば、FDAの承認・発売後、諮問委員会のメンバー3人が辞任。米連邦政府が運営するメディケア(高齢者・障害者向け公的医療保険)はアデュヘルムを対象とする保険給付を制限するなど、同薬には猛烈な向かい風が吹いた。
物議を醸した「史上最高の新薬ローンチ」は出鼻をくじかれ、当のバイオジェンも1月6日にFDAから迅速承認を受けた別のアルツハイマー病治療薬「レケンビ(一般名レカネマブ)」へと、一気に軸足を移す結果となった。
スカンゴス氏がInsiderに語った内容について、バイオジェンの広報担当にコメントを求めたものの、回答を控えたいとのことだった。
なお同広報担当は、現在も患者へのアデュヘルム投与が可能であることを強調した上で、前出の米下院による調査報告書の公表時にバイオジェンが出した声明(2022年12月29日付)を記者に共有した。それによれば、「バイオジェンは企業行動の一貫性を堅持します」という。
「科学的とは到底言えない」批判
スカンゴス氏は先述のように価格設定の問題を指摘しつつも、バイオジェンおよびアデュヘルムに寄せられた批判の一部については、「科学的とは到底言えない」と語った。
同氏が問題視した批判の大半は、バイオジェンとFDAの関係に関するもので、米下院の調査報告書はそれを「異常な」協力関係と表現した。
前出の医療ニュース「スタット」は、バイオジェンの経営幹部がFDAから迅速承認を得るために行った水面下の工作を「プロジェクト・オニキス(Project Onyx)」として詳細に報じている(2021年6月29日付)。
こうした「異常」さが明るみに出たことで、アデュヘルムの有効性に関する議論に火がついた。
バイオジェンは2019年3月、外部のデータモニタリング(監視)委員会が行った無益性解析の結果、治験を継続しても主要な評価項目が達成される可能性が低いと判断されたとして、後期(第Ⅲ相)試験の中止を発表。
ところが、その後の(治験に参加した患者全体ではなく一部の集団を対象とする)サブセット再解析の結果、臨床的有効性が確認されたと主張し、翌2020年に承認を申請した経緯があり、それが不透明な印象を生み出している面もある。
スカンゴス氏は当時の経緯をこう説明した。
「アデュヘルムは効果を発揮すると私は考えています。第Ⅱ相試験のデータは印象的でした。第Ⅲ相試験のデータも、結局は有効性を示すものと言えると思います。
当時、多くの人たちが『これは効果がない、FDAは間違いを犯した、バイオジェンはデータを操作した』という一種の流行りの見方に乗りました。何も知らない人たちの(専門家が見ればそれと分かるような)たわごとに飛びついたのです」
ただ、スカンゴス氏はそのようにアデュヘルムの有効性を語りながらも、それが「魔法の薬」ではないことを強調した。1月に承認されたばかりのレケンビも同様だという。
いずれもアルツハイマー病の進行を多少(modestly)遅らせる効果があり、魔法のように認知機能の低下を抑えられるわけではないものの、患者にとってはその「多少」が大きな違いになり得るとスカンゴス氏は語った。
「バイオジェンのアデュヘルム、一般名で言うところのアデュカヌマブの恩恵を受けられるはずのたくさんの患者が、それを受けられないこと、受けられなかったことを思うと、残念でなりません」