1月初旬に開催されたCES2023を現地取材した尾原和啓さんは、「2023年以降のテクノロジー業界の潮流は大きく7つのキーワードで語れる」と言います。前編に引き続き、残る4つのキーワードを考察します。
撮影:Business Insider Japan
前編で話した、イノベーションから実装段階に入って起こることは2つあります。
1つは、多くの企業が作り価格が下がる「大衆化・民主化」。もう1つは「差別化」です。
要は後発として入ってくるときに、「先行企業とどこが違うのか」と言わなきゃいけないわけです。
そういう観点で見ると、今年のCESは、実は技術や最終製品を知ることが重要なのではなく、「ユースケースを知る」場として、非常に大事な役目を果たしていました。
4. 2023年は民主化したテクノロジーの「差別化の年」
5億4000万年前に起きた、生物が爆発的に多様性を増す「カンブリア大爆発」。まさにテクノロジー業界は、コンセプトから大量の実装で社会に問うフェーズに入っている、と尾原氏は指摘する。
canbedone/Shutterstock
一言で言えば、「テクノロジーがカンブリア爆発する時期に入っている」というのが、CES全体を俯瞰した僕の見立てです。
2023年はいろいろなテクノロジーの「差別化の年」になります。別の言い方をすれば、いろんなデザインが乱発される年になるはずです。
その上で、「カンブリア爆発」というのは、たくさんの生命が生まれて、進化淘汰の中でごく一部だけが生き残る多産多死の世界です。
今年出てくる新興メーカーのうち、生き残るのは8パーセントぐらいかもしれません。
ただ、大事なことは、どれが生き残るかではないんです。多産多死な提案の裏側にある「全体として、何を目指していたのか」というコンテキストを見抜くことが大事です。
5.「ユースケース爆発」していく実例
技術革新が新しいデザイン性を作り出すと、新しいユースケースと機能が生まれる。その過程を具体事例として見ると、気づきがある。
作:尾原和啓
一例を出します。
CESに出展していたPowerfoyle(パワーフォイル)のユースケースとその展開です。CESで僕が見たのは確か2年前なんですが、CESのイノベーションアワードを受賞していました。
ソーラーパネルなのに、レザー(皮革)風のデザインを持たせられる新素材です。レザーみたいに見える部分で「充電できる」製品が作れるようになるわけです。
技術革新が起きて、それがデザイン性を帯びるといろいろなユースケースに適用され始めて、急激に「多様化」が起こります。
実際、CES2023の展示で言えば、アディダスと組んで、太陽光で充電しながらそのまま聴けるヘッドホン「RPT-02 SOL」があります。
※アディダスのソーラー充電ヘッドホン「RPT-02 SOL」は Powerfoyleを採用した製品として発売済み
アディダスのソーラー充電ヘッドホン「RPT-02 SOL 」。
作:尾原和啓
またスポーツ向けのヘルメットなどを展開するPOC Sports社からは、自転車のヘルメットが発表されました。自転車で走りながら、後頭部のライトを充電できて、電池切れせずに走ることができる製品です。
Powerfoyleを採用して充電不要で動作する、バックランプ付きヘルメット「OMNE ETERNAL」。日本でも3万2500円で購入できる。
作:尾原和啓
このように、ユースケース爆発が起こるわけです。
興味深いのは、普及期に入ると見たパワーフォイルが実行したことですね。「ユースケースを押さえるために、一番ビジネスになるところはどこだ」と考えた。
それで、OHSUNG Electronics社と提携しました。
Ohsung Electronicsとの提携で作った、ソーラーで動くリモコン。
撮影:Business Insider Japan
OHSUNG Electronicsは一般にはほとんど知られていないメーカーなんですが、実はテレビや家電リモコン製造の超大手企業です。
リモコンに太陽光パネルを付けたような製品は過去にもありましたが、普通に実装するとカッコ悪くなってしまいます。優れたデザイン性を持たせた上で、「リモコンの電池切れがなくなる世界」というユースケースを握れば、パワーフォイルはその世界で圧倒的なシェアを取ることができるわけです。
6. 日本に危機感。テクノロジー地政学で勝った「サムスン」
CES2023にて、サムスンの巨大なブース。SmartThingsを強く押し出した展示になっていた。
撮影:Business Insider Japan
また、次に「おいしい業界」もCESで見えてきました。それがスマートホームです。
スマートホームは、ずいぶん長いこと、CESの展示テーマの1つでした。
それでも劇的に動かなかったのは、他社連携が極めて弱かったからです。製品全部を1社に揃えないと、スマートホームの最大のメリットである「すべての機器がつながって、統合・自動制御できる」ようにできなかった。
そこへMatterという世界統一規格ができたことで、今、オープンに変わっていく端境期にいます。すると、ゲームチェンジ、戦略のポイントが激変します。
この好例がサムスンでした。
サムスンは今回、セントラルホールの巨大ブースでも、かなりの面積でスマートホームを推していました。
サムスンは9年前の2014年に、SmartThingsというIoTプラットフォームの企業を買収していて、その展示で攻勢をかけました。
サムスンのSmartThingsを強く打ち出した展示。これだけの幅広い対応製品によるエコシステムがあることをアピールしていた。
撮影:Business Insider Japan
CES2023でサムスンが開いたプレスカンファレンスの様子。傘下のSmartThingsプラットフォームで、世界統一規格のMetter対応ハブを発表した。
撮影:Business Insider Japan
また、CES2023全体では、実はスマートホーム関連だけでも540社が出展している状況にあります。まさに「カンブリア爆発」を起こしている。
今回、サムスンはこのMatterにいち早く対応していくとも言っています。
「では、勝つのはサムスンではなくMatterでは」と思うかもしれませんが、それは違います。
オープンコラボレーションになると、製品単体の機能で選ばれることよりも、UXやUIで「ダッシュボードを取る」ことがポジショニングのうえで非常に重要になってきます。
例えば今回のサムソンで言えば、彼らが提示したのは、このちっちゃい、IoTコントロールハブです。
サムスンはスマートホームの標準規格Matterに対応したSmartThingsのハブ「SmartThings Station」を発表した。
撮影:Business Insider Japan
これがキモです。
充電器になっているので、例えばベッドサイドに設置すると自然とスマホを置きますよね。
この行動をトリガーに、充電器にスマホを長く置いたということは、この人は寝るんだなと察知できます。すると、「電球が暗くなって」「空調が寝るのに適温になって」「アラームが自動セットされる」という自動化ができます。
このように、「行動の入口」を取れば、例えば電球はどこの会社でもいい。
だから今回、アメリカの中でスマート電球として最大手のフィリップスのHueと組む、ということを堂々と発表するわけですね。レッドオーシャンの電球に、今さら参入する必要はない。
Golden Dayz/Shutterstock
ただ、スマートホームに関してはCESだけではわからない部分があります。それはやっぱり、中国メーカーがほとんど出展していないからです。
正直、デジタルヘルスケアやスマートホームに関して、日本は3周遅れです。
でも、2023年現在、中国とアメリカのデカップリングによって、中国企業は地政学的にアメリカに展開しづらい。「テクノロジーの地政学」的に空白ができているわけです。
これを勝機と見て、サムスンは一気に取りにいった。こんな風に僕には見えます。
本来、日本の家電メーカーが元気な時代だったら、サムスンと同じポジションを取れていたはず。それを指をくわえて許してしまっている——これには愕然とします。
7. 日本が巻き返すチャンスはある
出典:CES公式マップをもとに編集部が加工
もちろん、標準規格としてのMatterが本当にみんなに選ばれるかどうかは、まだわかりません。グーグルもアマゾンも、まだ本腰にはなっていません。
ただ、スマートホームでは、ハブがサムスンになるかもしれないけれど、まだ日本はデジタルヘルスケアに関しては陣地を広げられるかもしれません。
また、今年の出展領域で見ると、スマートクッキング(フードテック)に関しても、勝てる可能性は残っています。
もっとも、デジタルヘルスケアにせよスマートクッキングにせよ、本質的には「ダッシュボードをどう取るか」が主戦場です。
ダッシュボードを取ると、データが自然に溜まっていく。すると、その後AIで自動化していけますし、AIがパターン学習をしていって、新しい体験を提供するようなユースケースが作れる可能性が広がる。
日本が強みを持つメーカーに「革命」が起こせるとすれば、このダッシュボードを取れるかどうかです。
そしていずれにしても、前後編で書いてきたように、「コンセプトが確定した時代」に入ったからには、「バリューネットワークのどの位置にポジション取りをするか」の戦いに突入していくことになります。