撮影:三ツ村崇志
「量子技術」の社会実装に向けた取り組みが進んでいる。
NECは1月20日、グループ会社であるNECプラットフォームズの事業所にこの3月から量子コンピューターの技術を活用した「生産計画立案システム」を導入することを発表した。
これにより、設備稼働率が15%向上、生産計画の立案工数も90%削減。生産性向上・業務効率化が期待できるとしている。
組み合わせ最適化を実現する「量子」の力
量子コンピューターは、グーグルやアマゾンをはじめ、世界の名だたるIT企業が研究開発を進めている次世代コンピューターだ。
NECは国内のプレイヤーとして、幅広く量子コンピューターに関する技術開発を続けている。
NECがカバーしている量子関連技術は大きく三つある。
量子技術の分類
画像:NEC
一つ目は「ゲート型」と呼ばれる、既存のコンピューターを置き換える可能性をもつ量子コンピューター。二つ目は「組み合わせ最適化」と呼ばれる計算に特化したタイプの量子コンピューター(量子アニーリングマシン)。
そして三つ目が、既存のコンピューターによって「擬似的」に量子アニーリングマシン的な振る舞いをシミュレーションする「疑似量子」と呼ばれるタイプだ。NECでは、2021年より擬似量子アニーリングサービスを展開しており、今回の発表で活用された技術もこれにあたる。
NEC量子コンピューティング事業統括部⾧の泓(ふち)宏優氏は、1月20日に開かれた記者会見で、
「すでにNECの大きなお客様に100社以上に実用化を前提とした提案をしています。アニーリング(疑似量子を含む)は『組合せ最適化問題』を解く決定打になっていると感じております」
と量子技術の可能性を語った。
NEC量子コンピューティング事業統括部⾧ の泓宏優氏。
記者発表の画面をキャプチャ
組み合わせ最適化問題とは、例えば、複数のトラックによる効率的な配送を実現するために「いつ何を運ぶか」という配車計画を考えたり、納期を満たしながら作業コスト・効率を最適化する生産計画を考えたりするような問題のことを指す。
こういった現実の問題は、考慮すべき組み合わせが膨大であることから、人力で全てのパターンを精査して計画を立案することが難しい。だからこそ、これまでは長年のカンと経験によって、ある程度“最適そうな”計画が立てられてきた。
「ただ、量子アニーリングの技術を使えば解けることがわかってきた。何兆通りもあるものの中からいい条件を選ぶという観点では、千里眼のようなものを手に入れたとも言えるのではないかと思っています」(泓部長)
実際に量子アニーリングを使って最適化を進めていく際には、解きたい課題を「モデル化」して計算。「良い解答」になっているのかどうかをフィードバックしながら、モデルの修正をしていくことになる。
その中で、それまで見えていなかった重要なパラメーターを新たに抽出できることもあるという。
「業務プロセスのあぶり出しができるんです。本当の業務改革に結びつく課題のようなものを、私たちが提案することができるようになっています」(泓部長)
量子アニーリング技術を使って最適化計算をしていくフローのイメージ。
画像:NEC
無数の制約条件を満たす生産計画を最適化
今回、量子コンピューターの技術を活用した「生産計画立案システム」の導入が決まったのは、NECプラットフォームズの福島、白石、大月、掛川の4事業所にある製造ラインだ。これらの事業所では、電子部品をプリント基板に実装する表面実装工程(SMT工程)を展開している。
この工程では、プリント配線板の上にハンダを印刷した上で、半導体チップなどの部品を数百から数千個高速で実装。そこに熱を加えることで、プリント基板を製造している。
SMTの生産ライン。
画像:NEC
生産する品種によってハンダの付け方やチップの種類、温度のかけ方は違う。ただ、製造の基本は共通しているため、一つのラインでさまざまな品種を生産する。生産する品種を変更する際には、数百種ある部品や製造条件の設定を変更する「段取り」という作業が必要になる。
NECプラットフォームズの重岡雅代・生産技術本部マネージャーは、段取りを考える上での課題を次のように話す。
「部品の交換や温度変更など、いろいろな変更があり、その間は生産が止まります。段取りの回数が多かったり、時間がかかったりすると稼働率が下がってしまう。これを防ぐには、長い時間生産したり、共通性の高いものを生産し続けるような生産計画が重要になってくる」
この生産計画の考案が、まさに量子アニーリングマシンが得意とする「組み合わせ最適化問題」に相当するわけだ。
数時間かかった計画業務を「秒」で解決
最適化のイメージ。
画像:NEC
生産計画を決定する上では、さまざまな条件が課せられる。
今回、NECでは、熟練者が計画立案するプロセスを明文化し、それを量子アニーリングで計算できる形にモデル化。
「その中でどうすれば量子アニーリングが効率的に計算できるかということや、生産現場で譲れない条件などをすり合わせながら、複雑な問題を現実的に解ける形に落とし込んでいきました 」(重岡マネージャー)
SMTラインを持つ2拠点で実証した結果として、設備稼働率が15%向上、段取りの工数が50%削減。立案にかかる時間は1〜2時間から「数秒」にまで短縮できた。
実際に立案した計画の「質」も高いという。
「計画を立案する上では、複数ライン間での段取り作業者や治工具のリソースの重複などを考慮する必要があります。ただ、人の頭ではなかなかそこまで複雑な計画を最適化できないというのが実情でした。今回、複数ラインの最適化についてもモデル化し、さらなる生産性向上を実現しています」(重岡マネージャー)
NECでは今後このシステムのタイ工場にあるSMTラインへ展開する計画だ。
また、工場の中には、今回のケース以外にもまだまだたくさんの「組合せ最適化問題」が存在する。NECとしては、サプライチェーン全体での生産性を最大化するためにも、あらゆる側面で最適化を進めていきたい考えだ。
加えて、他社への展開も進めていく。
NEC広報は、今回のNECプラットフォームズへの導入経験を生かして、「同様の大規模のお客様提案においては、このノウハウを活用し期間・費用などを抑えた提案(数千万-数億規模見込み)を進めています。中堅企業が導入しやすいパッケージの検討を進め、2024年度の展開を目指します」としている。