カーペンターさん一家。
Shannon Carpenter
- 有給休暇や育児休暇が十分に保障されていない国では、多くの親にとって家にとどまって子どもを育てることが一番の選択肢になる。
- こうした選択をした親たちは家事や育児が好きだと話す一方で、自分たちの仕事は過小評価されているように感じるとInsiderに語っている。
- 人口が減り、仕事に対する考え方も変わりつつあるアメリカでは、子どもを育てる親にそろそろお金を払うべき時なのかもしれない。
- この記事はコラム記事です。
娘が1歳7カ月の頃、シャノン・カーペンターさんは朝6時半に起きて、7時に娘を託児所に送り届け、仕事へ行き、仕事が終わると娘を迎えに行って、午後6時半に帰宅したら夜ごはんを食べて、寝るを繰り返す日々だった。
「自分の子どもの面倒を誰かにみてもらうお金を稼ぐためだけに働いているような感じでした」とカーペンターさんは当時を振り返った。
こうした日々から抜け出すために、カーペンターさんは妻とどちらかが専業主婦/主夫になることを話し合い始めた。初めはジョークのつもりで自分が専業主夫になるとカーペンターさんは主張した。その後、現実が見えてきた —— カーペンターさんが専業主夫になるべきだ、と。広告業界で働くカーペンターさんの妻は、州政府で働く「自分よりもキャリアが上だった」のだ。それから15年、カーペンターさんは現在、専業主夫として3人の子どもを育てている。
「自分には仕事があるし、自分はこれを仕事として扱っています。自分にとっては休みではないんです」とカーペンターさんは語った。「職務説明書もありますよ。これは終わることのない仕事なんです」というカーペンターさんは、自分にとっての報酬はしっかりとした家庭を築くことだと話している。
Insiderが取材した多くの専業主婦/主夫と同様、カーペンターさんも経済的な現実を受けて専業主夫になる決断を下した。それは"終わりのないキャリア"として花開いたが、カーペンターさんの状況はアメリカが親や子をどのように扱っているか、その"欠陥"を示すものでもある。
専業主夫であるカーペンターさんは、しばしば家事や育児といったケアワークは"女性の仕事"という偏見にさらされている —— そしてケアワークは経済的に脇に追いやられた仕事だ。アメリカの1時間あたりの連邦最低賃金7.25ドル(約940円)をもとにしたInsiderの試算では、アメリカでは2021年、1兆6100億ドル(約209兆円)相当のケアワークを女性が無償で担っていた。
「アメリカの女性が担う無償労働の本当の価値(推計)」
こうした現実に加え、ますます不足し高額化する保育サービスや連邦政府による子育て支援の少なさが人口減少の一因となっているようだ。
「これが世界各地の先進・資本主義国で出生率が低下している理由の1つです」とペンシルベニア大学のロシア・東欧研究の責任者クリステン・ゴドシー(Kristen Ghodsee)教授はInsiderに語った。
「適正な報酬なしで家庭のケアワークを担ってきた人たちが、いよいよ『無理! もう限界』と言っているんです」
仕事に何を求めるのか、さまざまな業界で働く人々が再考する中で子を育てる親は"最後の未開拓分野"になるのかもしれない。国は人口減少への対応を急いでいる。例えば、ハンガリーは30歳になるまでに母親になった女性の所得税を生涯免除とし、フィンランドのある自治体は親に「ベビーボーナス」を出している。エストニアは1年半の家庭休業と毎月の子ども手当の制度を導入したことで出生率を上げることに成功したとBBCは報じている。デンマークも子ども手当を支給している。
アメリカでは一時期、児童税額控除を拡大して親に毎月、直接小切手が送られていた —— 多くの親がこれを子育てに充てた。ただ、アメリカには連邦政府が定めた有給休暇などはない。そのため、子を持つ親たちは外で働くかどうかにかかわらず、独自の経済モデルを考えねばならず、それが親になること自体をアメリカ人に躊躇させている。
「労働力を再生産するために必要な労働の全てを基本的に女性が担っている社会で、女性たちはこの非常に価値の高い"商品" —— 労働力を"商品"と考えるならば —— をいわば無償で提供しているのです」とゴドシー教授は指摘する。
だとすれば、「代わりに女性たちに報酬を支払ったらいいのでは?」との声が経済学者や政治学者、そして親たちから上がり始めている。
「これだけやっていても『ただの専業主婦』と思われる」
専業主婦として双子の女の子を育てているジェシカ・ストランクさんは、あと2年で教職の資格を取って大学を卒業するというタイミングで妊娠が分かった。
「大学のちょっとした仕事があれば、子ども1人育てるのに必要な費用は賄えるだろうと考えていました」とストランクさんは当時を振り返った。
「その後、双子だと分かったんです」
ジェシカ・ストランクさん。
Jessica Strunk
ストランクさんは自身の「シフト」を毎日8~10時間くらいだと話している。いうなれば、子育てはアメリカ経済の未来のための仕事だ。ストランクさんは子どもたちを幸せで健康な社会の一員に育て、夫がやるべき仕事を全うできるよう必要なものを確保するために働いている。
「これを誰かにお金を払ってやってもらおうと思ったら、赤字になるでしょう。だからこそ、わたしは誰かにやってもらうのと同じ価値を自分自身に見出すべきだと考えているんです」とストランクさんは話している。
報酬が支払われるなら、時給15ドル(約1950円)くらいもらえればストランクさんは満足だという。カーペンターさんは、少なくとも時給30~50ドル(約3900~6500円)は欲しいと話している。Salary.comによる専業主婦 —— 料理、車での送迎、掃除など彼女たちがやっている全ての仕事を考慮に入れた場合 —— の推定年収は18万4820ドル(約2400万円)だ。経済学者の試算をもとにしたGoBanking Ratesによると、専業主婦の年収は4万1504.15ドル(約540万円)だという。
出生率を上げるために親に金を払い、その子どもたちにより良い未来をも開こうとする考えは、新しいものではない。実際、無条件の子ども手当を導入している国は少なくない。親への直接給付は貧困を食い止め、親と子の健康を長期的に向上させるだけでなく、出生率の上昇につながることを研究は示唆している。
ウィロー・テッパーさんにとって、子どもたちとの充実した時間は仕事のようには感じられないが、それ以外の大半の時間は仕事のように感じられるという。
「必ずしも認識されていないものが他にもたくさんあるように思います」とテッパーさんは話している。
リーダーシップ・コンサルタントやライターとして働いてきたテッパーさんは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが始まる3カ月前に専業主婦として"働く"ことを決めたばかりだった。今は子育ての価値を訴えるインスタグラムを運営している。
ウィロー・テッパーさん。
Willow Tepper
「自分が専業主婦になるまで気付かなかったのが、これまで培ってきたリーダーシップスキルの存在でした」とテッパーさんは付け加えた。
「それは問題解決であり、交渉であり、ストレス・マネジメントでもあり、プロジェクト・マネジメントなのです」
フルタイムで子どもたちを育て、家庭を回すスキルと、次世代を育てる仕事の重要性は公共の利益と言ってもよく、何らかの経済的支援があって然るべきだ。
「現代のアメリカでは、子どもを産むかどうか、家庭を築くかどうかは非常にプライベートな選択だという考えがあります」とゴドシー教授は指摘する。そのため、アメリカでは子育ては個人の選択と捉えられ、「経済や国が生き残るために必要な、ものすごく価値のあるこの仕事 —— ただ利益が減るのでお金は払いたくない —— をサポートするための社会的支援やセーフティーネットはあるべきでない」と考えられている。
専業主婦/主夫としての子育ては従来の仕事の範囲から外れ、無報酬のため、それを担う親は過小評価されているように感じるのだ。専業主婦として子どもを育て始めたばかりの頃、ストランクさんはものすごく悩み、自分は全くお金を稼いでいないように感じたという。
「これだけやっていても、『ああ、ただの専業主婦か』と思われるんです。わたしは『ただの』何かじゃありません」とストランクさんは話している。
「子育てへの報酬」が恐らく実現しないワケ
1975年の『Wages against Housework』(家事労働に対する賃金)で学者のシルヴィア・フェデリーチ氏は、家事に賃金を払うことで、家事は"仕事"というより"女性の生まれ備わった特性"だとする考えに異議を唱える助けになるだろうと書いている。
「家事に対してお金を求めるということは、家事を拒否するための第一歩だ。賃金を要求することで、わたしたちの仕事が可視化されるからだ」とフェデリーチ氏は述べている。
セーフティーネットもなく、家事が無視されているアメリカの現実がある限り、わたしたちは適応せざるを得ない。マイケル・コネリーさんは1986年頃から専業主夫として働き、子どもを育ててきた(その後、孫も育てている)。コネリーさんと大学教授の妻は、ジャーナリストとしてのコネリーさんの収入がほぼ保育と税金に消えていることに気付いた。
「もう忘れようとわたしは言ったんです。自分が家にとどまって息子を育てる、と。数年後、それが2人になり、3人になり、4人になりました」とコネリーさんは当時を振り返った。専業主夫として子どもを育てる生活は幸せだった。ただ、必要に迫られて家にとどまる以外の選択肢がせめてあったらとも話している。
マイケル・コネリーさんと4人の子どもたち。コネリーさんの親友と。
Michael Connelly
「本当に必要なのは公的な保育サービスです。40年以上経つのに質の高い、手頃な保育サービスを市場は提供できずにいるからです」とコネリーさんは語った。
「アメリカにはそれがありません」
有給休暇や無条件の子ども手当といったサポートがない中、子を持つ親たちは自力でどうにかしなければならない状況に置かれている。そうしたことに金銭的な価値を与えることで、国によっては補助金を出している仕事が、アメリカではほぼ何の経済的な支えもなく担われていることが浮き彫りになるだろう。
ただ、有給休暇を普遍化しようとか、保育サービスをもっと手頃にしよう、子を持つ親に月々の手当を給付しようといった提案は、アメリカではいずれも姿を消してきた。子を育てる親に金銭を払うことは、子育てをより持続可能なものにする1つのアイデアではあるものの、それは根本的な社会秩序を脅かす可能性もある。
「多くの政治家が『家にとどまって自分たちの子どもの面倒を見る人間に金を払うなんてバカバカしい!』と言うでしょう。でも、それこそがわたしたちのやるべきことなんです」とコネリーさんは言う。
「それで全てつじつまが合います。マイナス面はありません。そのために政府が負担する費用は、それ以上に経済に還元されるでしょう。わたしたちは1950年代かどこかから抜け出せなくなっているだけです」