春節の飾りが施された北京のフードコート。行動制限が解除され国内旅行者は5~7割回復した。
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国連世界観光機関(UNWTO)は1月17日、2023年の海外旅行者がコロナ禍前の80~95%に回復するとの見通しを発表した。2022年の海外旅行者数は2021年から倍増しのべ9億人に回復したが、中東や欧州への旅行者数がコロナ前の約80%まで戻っているのに対し、アジア太平洋地域は中国のゼロコロナ政策の影響を受け、旅行者数がコロナ前の23%にとどまった。
今年はその中国で行動制限が解かれたため、海外旅行市場の急回復が期待される。ただ、新型コロナウイルスの流入を懸念する日本は中国からの渡航者の水際対策を強化し、中国と軋轢が生じている。日本のみならずアジアや世界の観光業本格回復の鍵を握る中国人の海外旅行はどの程度回復するのだろうか。
国内旅行は5~7割回復
中国は1週間の春節休暇(旧正月)の真っただ中にある。感染拡大が表面化し、震源地となった武漢市が封鎖されたのは2020年の春節直前。中国政府は以後、感染を徹底的に封じ込めるゼロコロナ政策を導入し、入国時には自費での隔離を義務付けたほか団体旅行も規制した。
そのゼロコロナ政策が昨年12月に修正され、1月8日には入国時隔離も撤廃された。今年の春節は3年ぶりに行動制限がない長期休暇となった。
国内旅行は活気づいている。感染は引き続き流行している一方、中国疾病予防コントロールセンターの専門家は21日、中国の人口の約80%が既に感染したとの分析を発表した。感染した人は「当面かからない」とばかりに、街や観光地に繰り出している。
1月7日から21日までの旅客運送量はのべ1億1000万人で前年同期比28%増えた。オンライン旅行会社の同程旅行によると、春節休暇が始まった21日の国内観光地の入場チケット予約数が前年同期比76%、宿泊施設予約数が同16%、航空券予約数も同16%上昇した。
航空行政を管轄する民航局がまとめた春節休暇初日(21日)の航空旅客運送量も前年同期比倍増し、コロナ前の7割近くまで回復した。
飛行機、フェリー、高速道路の輸送状況を見ると、国内の移動はおおむねコロナ前の5~7割に回復している。
厳しい日韓、制限なしの東南アジア
中国人の海外旅行は入国規制のない東南アジアに集中している(1月22日、インドネシア・バリで撮影)。
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日本を含め外国が気にしているのは海外旅行の回復度合いだろう。中国は感染爆発期に行動制限を解除したため、いくつかの国はウイルス流入を抑止するために中国向けの水際対策を強化している。
特に中国と地理的に近く往来が活発な日本と韓国は、いち早く水際対策強化に動いた。
日本は昨年末に中国からの渡航者を対象に「入国時の検査」「陽性者の隔離」などを導入。PCR検査で陽性だったら指定施設に隔離される。韓国はさらに厳しく、入国時の検査や陽性者の隔離に加え、1月末まで旅行など短期ビザの発給を制限するほか、中国発の航空便の増便を認めず、到着便を仁川国際空港に限定するなど、中国から旅行目的の訪問を事実上ブロックしている。また、日本は陽性者の隔離費用が公費負担なのに対し、韓国は自費となっている。
米国やEUの多くの国も、中国からの渡航者に陰性証明書の提示を義務付けている。一方、観光産業で中国人への依存度が高いタイやフィリピン、インドネシアは景気回復を優先して中国からの渡航者に特段の措置を取っておらず、対応が分かれている。
中国政府は日本と韓国の水際対策に「差別的な入国制限」と猛反発し、1月10日、対抗措置としてビザ発給制限をかけた。世界の中国への対応を見ると、中国からの入国を禁止したモロッコが最も厳しく旅行ビザの発給を止めた韓国がその次で、日本はビザに制限をかけたわけではないのだが、なぜか中国は日韓だけを対抗措置の対象とした。しかも韓国人向けのビザ発給一時停止措置は「短期ビザ」を対象としているのに対し、日本人向けは政府職員や政治家に発給される「外交ビザ」「公用ビザ」を除く「普通ビザ」全般を一時停止した(実際にはビジネス用途のビザ申請が受け付けられているなど、不透明な運用になっている)。
中国政府は日本を繰り返し批判しており、日本政府も「対抗措置とは言えず一方的だ」と反発しているため、今のところ着地点が見えない。
5類引き下げが鍵
中国人旅行者向けのディスプレイを行っているイタリア・ミラノの高級ブランド店。
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では春節期間の海外旅行は実際にはどうなっているのか。昨年12月末に1月8日付けでの入国時隔離の撤廃が発表された際には海外旅行の航空券の検索数が激増したが、国際便のフライトが増えておらず航空券価格がコロナ前の数倍に跳ね上がっていたり、団体旅行向けのビザ手続きが停止されたままなので、海外旅行に行ける人は高所得者に限られている。日本と中国を結ぶフライトも大幅に減便され、片道の航空券価格がコロナ前なら欧米を往復できる価格に高騰しているので、渡航する人たちはビジネスや帰省目的がほとんどだ。
国家移民管理局は18日、今年の春節期間の海外旅行者数を前年同期比3倍、2019年同期比67.3%減ののべ60万人との予測を発表した。
入国時隔離の撤廃が発表されたときは「海外旅行先として日本とタイが人気」と報じられたが、前述の通り中国が日本の水際対策強化を再三批判しているため、海外に出る余裕がある中国人旅行者も日本への渡航を避け、タイやマレーシアを選んでいる。「日本に行くのは今じゃない」という雰囲気が漂っている。
中国政府としても国内の観光産業や消費の回復が第一であり、海外旅行を推奨する状況にもない。中国人の海外旅行が本格化するのは、春節が終わった後だろう。中国政府は20日、約3年停止してきた海外への団体旅行を2月6日から解禁すると発表した。ただし解禁されるのはタイやカンボジア、ロシアなど20カ国で、ここでも日本は除外されている。
中国人の日本旅行は5類への引き下げが鍵となりそうだ。岸田文雄首相は1月20日、今春にも新型コロナを5類に移行すると表明した。中国からの渡航者向けの水際対策について「5類移行後も維持する」と発言する政治家もいるが、5類に移行すると陰性証明書やワクチン接種証明書の提示といった水際対策を行う法的根拠がなくなり、中国からの渡航者への水際対策も維持しづらい。
また、割引率を下げて1月10日に再開した全国旅行支援は、3月31日で終了予定となっている。現在は政策効果で国内旅行者が日本の観光産業を支えているが、全国旅行支援というカンフル剤が切れれば、インバウンド拡大に舵を切るしかない。5類に移行し、現行の枠組みの全国旅行支援が終わる春は、花見のシーズンでもある。日本の消費を刺激するためにも、この時期が中国人旅行者受け入れのタイミングになりそうだ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。